26 敵意のない殺意
あっという間だった。腕を取られたと思ったら後ろに固められて足払いを喰らった。
そのまま床に倒されて、うつ伏せで拘束されている。
ああ、もう。敵意がないからって油断した……っ!
上級冒険者相手じゃ、油断してなかったところで、結果は同じだっただろうけど。
エリックの制圧は、気配も音もなかった。なんとか抜けられないかと、力を込めてみてもびくともしない。
「指名手配って何ですか」
背後を見ることはできないから、目の前のフィーナに聞く。
動けないよう、背中に体重をかけられているけど、僕が窒息しない程度に加減してある。
命を取らない制圧。交渉の余地はあるかもしれない。
フィーナが楽しそうに手配書を取り出して読み上げた。
「ルイ。家名はなし。ドウェインが率いるパーティーの荷物、装備を盗み、一般女性を人質にして逃走。手配犯と女性の情報を求む。正確な情報提供者には大金貨1から10枚。手配犯、人質の身柄を確保したものには大金貨60枚」
そうきたか。
偽聖女とされたヒヨリさんの召喚は、なかったことになっている。ヒヨリさん本人の指名手配はできないから、僕をターゲットにしたんだ。
それにしても僕とヒヨリさんの首じゃなくて、身柄の確保なのか。なんでだ。
いや、今それはどうでもいい。ヒヨリさんだけでも逃がさないと。
「人質は保護のための身柄確保ですよね。犯人から離せたんですから、解放してください」
「それは駄目ですわ。報酬は身柄の引き渡しが条件ですもの」
「引き渡すのは僕だけで十分でしょう!」
一度殺されかけたんだ。身柄を引き渡されたらどんな目に遭うか。
「待ってください!」
ヒヨリさんが僕の前に立った。まただ。
「駄目です、ヒヨリさ‥‥‥!」
「私は人質なんかじゃありません!」
ああ、もう。僕の馬鹿。ヒヨリさんはこういう人だ。どんな状況でも誰かを見捨てたりしない。
ヒヨリさんを解放する交渉じゃなくて、凶悪犯のふりして突き放せばよかった。
いやでも、僕そんな演技できるかな。
できたとしてもすぐ見破られそう。
さっきからフィーナの目は、温度もなく僕たちを探っている。背後のエリックからも同じ視線を感じる。
下手な嘘や、妙な素振りを見せたらヤバい気がする。
「私は自分の意思で一緒にいます。それにルイさんは盗みなんかしていません。むしろルイさんの物を盗ったのはドウェインの方です」
ヒヨリさんも僕と同じように思ったのか。単に嘘が苦手なのか。正直に打ち明けた。
こうなったら、かばい合う僕たちに絆されて、信じてほしい。
「ふうん……?」
フィーナの目線が、僕を拘束しているエリックに動いた。視線をかわし合い、戻ったその目が、すうっと細くなった。
空気が変わる。
「随分とかばい合うのですわね。共犯者かしら?」
「命は取られないとたかをくくっているのか。暢気だな」
背後のエリックから冷たく重い空気が爆発した。殺気だ。
『スキル目標達成が発動します。目標、生存』
『スキル不屈が発動します。全ての能力値が相手と自分の能力値差の30%上昇』
「ヒヨリさん、逃げて!『ふわふわ』!」
「……!」
僕は渾身の力で、体重が半分になったエリックをはね除ける。
エリックはいつもと違う自分の体重に、一瞬怪訝な顔をしたものの、すかさず蹴りを放ってきた。
速い。蹴りを首をひねってかわす。
ヂッと右首に熱が走った。
「『ドスン』!」
かすっただけなのに、吹っ飛ばされそうになった己の体の重さを倍にして、歯を食い縛り下半身に力をこめて止める。
退いたら死ぬ。
エリックから押し寄せる、逃げ出したくなるような圧を振り払って前に踏み出した。
「『ドスン』!」
今度はエリックにスキルをかける。
半分から2倍という急激な体重変化。これで動きを鈍らせられるはず。
そのまま左フックで顎を狙った。
僕の力でダメージを与えるのはおそらく無理だ。だったら脳を揺らして隙を作る。格上相手から逃げるならこれしかない。
「!」
直前まで、息のかかる距離にいたエリックの姿がかき消えた。
下だっ。
両手を交差させて腹の前に置く。本能で後ろに跳んだ。
「『ぽかぽか』『防御壁』!」
ヒヨリさんの防御壁が割れ、エリックの拳が僕の両手をすり抜けた。
床を踏む爆音と共に、みぞおちに強烈な衝撃が突き刺さる。
「ルイさん!」
「おにいちゃ‥‥‥っ」
『『生命の危機に陥りました。スキル失敗は成功のもとが発動します。防御に失敗しました。ランダムでスキルを付与します。B級スキル‥‥‥」
ヒヨリさんの叫びとモーリーの泣き声、豪奢な馬車の中の景色、全てが刹那で流れ――。
意識が落ちた。
****
「‥‥‥っ」
「‥‥‥、‥‥‥」
言い争う声が遠くに聞こえた。
体の下の柔らかくて温かい何かがゆっくりと上下している。
なんか既視感があるな。
あの時は、気絶した僕にソラが寄り添ってくれてたんだっけ。
あ、でもあの時と違うな。肩にぎゅうっとしがみつく小さな温もりがある。
「‥‥‥ぐすっ、ぐすっ」
「‥‥‥モーリー?」
目を開けると涙と鼻水に濡れたモーリーが、赤くなった目を丸くして僕を見た。
「おにいちゃん‥‥‥」
新しい涙がこぼれて、可愛い顔がくしゃりと歪む。また僕の肩に顔を伏せて泣き始めた。
「ルイさん! 大丈夫ですか」
「ヒヨリさん! 無事ですか?」
泣いているモーリーを抱きよせて半身を起こした僕の前に、ヒヨリさんがぺたりと座った。
よかった。ヒヨリさんに怪我はなさそう。縛られてもいない。
‥‥‥僕も縛られてないな。
上等な家具とシャンデリア、豪華な内装は気絶前と変わってない。振動があるので、移動中だろう。窓の外はカーテンで見えないから、何処へ向かっているのかは分からないけど、まだ馬車の中だった。
ソラは虎くらいの大きさで僕を守るように包んでいる。エリックとフィーナは座り込んだヒヨリさんの後ろに立っていて、あの重苦しい殺気や冷たさはない。
ひとまずの危機は去ったらしい。
「もう、ルイさんはまた‥‥‥」
「不甲斐なくてすみません」
力なく肩を落とすヒヨリさんに慌てて謝った。
玉砕覚悟で突っ込んでも、全く歯が立たなかった。
逃げる隙一つ作れなかった。
情けない。
「違いますよ。不甲斐ないのは守られてばかりの私です。ルイさん、私を逃がそうとばかりして全然頼ってくれなかったじゃないですか。私は相棒で、危険なことも一緒だって言ったのに。嘘つき」
「うっ、すみません」
確かに約束してたのに。ヒヨリさんに頼ろうなんて考え、全く浮かばなかった。
「ルイさんは私の心配より、自分の心配をしてください。痛みや吐き気はないですか」
「大丈夫です」
少しだるさと貧血っぽさがあるくらいで、痛みや吐き気はない。
ん? なんかこれも既視感‥‥‥。
嫌な予感がして、打たれたみぞおちを見下ろすと、服に穴が開いている。体の下を確認してみると、敷かれた絨毯の色がぐっしょりと濡れていた。ソラの毛も赤黒く染まってる。
うわ。これって僕の血だよね?
そういえば、死にかけないと発動しないスキル付与のスキルが発動してたな。
穴が開くほどの衝撃だったけど、ほんとに穴が開いてたんだ。
ぞっとしてみぞおちを撫でると、服が血と薄緑色の液体で濡れている。致死の傷を治すためにヒヨリさんのスキルだけじゃ間に合わず、ポーションを使ったんだろう。
はあ。
深いため息を吐いてから、僕はヒヨリさんの後ろのエリックとフィーナを睨んだ。
二人から敵意は感じない。前髪に隠れたエリックの表情は分からないけど、フィーナには心配と申し訳なさが見て取れた。
だけどそれは安心要素じゃない。
治療され、拘束されてないからといって逃げられないのは、身をもって知った。エリックは強い。A級か、下手をすればS級だ。
「僕たちをどうするおつもりなのか、説明していただけますか」
生殺与奪の権を握られている状況だけど、説明くらいはしてほしい。
お読み下さりありがとうございます。
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