23 タラレバ
音もなく、オーガが縦に割れる。
遅れて噴き出した血を、一歩横に動いて避けた。
『オーガを倒しました。レベルが上がります』
『『不屈』の効果が終わります』
「……よしっ」
この土壇場で成功したっ。
思わず片手で拳を握った。
僕が岩を斬ることに成功したのは、ただの一度だけ。母のように小枝で斬るのは無理だった。
だからオーガを斬れるかどうかは、千回、万回に一回あるかないか。その奇跡的な勝利を手繰り寄せるために、不安も恐怖も彼方に押しやり、オーガを斬ることだけに集中した。
成功したことで極限の集中力を切り、喜びに浸ったのも束の間。
にゃああああああっ!
「うわっ」
いつの間にかすぐ近くまでやってきていた、スタンピード第二波のモンスターが、ソラの雷に焼かれた。
オーガという僕たちにとっての最大の脅威が消えても、スタンピードという数の濁流が新たな暴威となって押し寄せてくる。
「よくやったな、ルイ!」
雷で焦げたモンスターを踏み越え、迫ってきていた別のモンスターをウェズが盾で押し返し、斬る。ケイリーが短槍で素早く刺し殺した。ザビエルは魔力が尽きたのか、剣で応戦している。
しっかりしろ。ぼーっとしてる場合じゃない。
慌てて剣を構えると、刀身が今にも折れそうにボロボロだった。
あああああ。大金貨7枚分が~。
仕方なく剣をその辺に捨てると、短剣を抜く。ゴブリンの喉を狙った短剣は、斬るというより潰した。駄目だ、短剣も血脂で斬れたもんじゃない。
「『ぽかぽか』『浄化』『ぽかぽか』『防御壁』『ぽかぽか』『回復』」
「おりゃ!」
「それっ!」
ヒヨリさんの援護を受けながら、村人たちも奮闘している。けど、どこまで持ちこたえられるだろう。
スタンピードそのものの数は何万から数十万という莫大な数。その端っこであるとはいえ、数百から数千。本来ならたった30人ほどの僕たちじゃ、どうにもならない。
どうする。
オーガのような、デカくて膂力のあるモンスターを利用する手段はもう使えない。
逃げ時だと、理性も本能も言っている。
でも、ここまで来たらウェズたちを見捨てられない。
身をかがめ、倒れたゴブリンのこん棒を奪い、上に振り抜く。すぐ横に来ていたキラーウルフの顎を跳ね上げた。低い姿勢のままコボルトとゴブリンの足を払い、こん棒を振り下ろして潰す。横から噛みつきにきたキラーウルフの横面を張り倒すと、こん棒が折れた。
あーもう、木のこん棒じゃすぐ折れる。何かいい武器は‥‥‥。
ふと目に入ったのは、小山のようなオーガの死体の横にある巨大なメイス。僕の身長よりも大きな金属製のメイスは、普通なら扱えない。けど僕には新しいスキルがある。
「『ふわふわ』!」
チャージタイムの10秒はとっくに超えた。
半分の質量になったメイスを持ち上げる。
ぐっ。半分でも重い。だけど持てないほどじゃない。
「うっりゃあっ!」
気合いでメイスを持ったまま、みんなから離れる。メイスの間合いに味方がいなくなってから、両足を踏ん張り、メイスを振り回した。
「『ドスン!』」
ある程度振って速度が出たら、今度は重さを加える。
メイスの届く円形の範囲内のモンスターを薙ぎ払った。
『ゴブリンを倒しました』
『エントを倒しました』
『‥‥‥を‥‥‥した。‥‥‥を‥‥‥』
頭の中に声が猛スピードで響く。いちいち聞いていられない。
スキル制限時間の10分内、軽くしてはメイスを振り、重くしてモンスターを倒す。クールタイムの10秒や握力がなくなってメイスが握れなくなったは、その辺の武器を拾って使うか、素手で凌ぐ。レベルが上がって復活し、またメイスを振るう。それを何度繰り返しただろう。
少しずつモンスターの数が減る。遥か先の前方、カストルムでぶつかっていたスタンピードも、無数の集合体からばらばらの小さな塊になっていき、そのうちただの残骸に変わっていた。
モンスターの咆哮も、僕やウェズたちの怒号も、武器の唸りも、魔法の地響きも鳴りを潜めていった。
『スタンピードから生存しました。おめでとうございます。目標達成。運が元に戻ります』
残ったのはおびただしい死体と、生臭い風と、疲労と血で重い自分自身。
そして。
「『ぽかぽか』『回復』『ぽかぽか』『回復』っ、『ぽかぽか』『回復』」
ヒヨリさんの悲痛な声だった。
ヒヨリさんが回復スキルをかけ続けている青年は、蒼白な顔で浅い呼吸をしていた。血は止まったものの、脇腹がごっそりと無くなっている。欠損はA級以上の回復スキルでないと無理で、臓器が無くなればどうやっても人は死ぬ。
「もういい、嬢ちゃん」
「でも」
ヒヨリさんの顔色も真っ白だった。体もふらふらと揺れている。魔力切れだ。
「無駄だ、もうやめてやってくれ」
ウェズが言うと、のろのろとヒヨリさんが青年から離れた。頼りなく落ちた細い肩に手を置くと、腕の中に飛び込んできて、力のない嗚咽が漏れる。
「うううっ」
「ごめんなさい。辛い状況に付き合わせてしまって」
ヒヨリさんをスタンピードに向き合わせたのは僕だ。僕がウェズたちと村人を逃がすという選択をしなければ、この惨状を目にすることなく次の町に行っていただろう。
だけど僕は、何度同じ場面になっても同じ選択をする。だってスタンピードの理不尽は、僕の原点だから。でもそれは僕の理由。ヒヨリさんを巻き込むのは違う。
「いいえ」
腕の中のヒヨリさんが首を横に振った。
「私、どこかでここを、現実だと思ってなかったんです。召喚された時に説明を受けたし、ルイさんからスタンピードのことも聞いてました。実際にモンスターも目にしてました。それでも、どこか。物語やゲームの世界のように思っていたんです」
濡れた黒曜石の瞳が、僕から周りに移る。
「スタンピードと人の死は、こんなにも痛くて悲しくて身近なんですね」
眼鏡の下の黒い瞳に映るのは、黙とうするウェズたちと村人。動かなくなってしまった青年。青年よりも先に逝った数人の村人も寝かされている。
「‥‥‥どれくらいの等級だったら、治せたんでしょう」
「体の欠損は程度によりますがA級以上です」
「そうですか」
静かにつぶやいたヒヨリさんは、こつんと僕の胸におでこを当てて黙ってしまった。
ヒヨリさんの言葉にしない気持ちは、おそらく僕と一緒だと思う。
ヒヨリさんはスキル等級を、僕はレベルを上げられる。
回復スキルがA級だったら。レベルが上だったら。
もっともっとスキルを使って等級を上げていれば。もっともっとモンスターを倒してレベルを上げていれば。
全員助けられていたかもしれない。全員とはいかなくても、死者を減らせたんじゃないか。
そんな風に思ってしまう。
「ルイ。ヒヨリちゃん」
青年から離れたウェズたちが、僕たちに近づいた。
「まさかあいつらを助けられなかったとか、気に病んでるんじゃないだろうな?」
「それは無しだぜ」
「俺たちも、死んだあいつらも、覚悟決めて行動した。その結果で死んでも、覚悟決めたやつの責任だ。外野が背負うもんじゃない」
腰に手を当てたウェズ、腕を組んだザビエルと肩をすくめるケイリー。三人の顔には疲れと悔しさと悲しみと、優しさが滲んでいた。
「‥‥‥そうですね」
僕のせいでとか。僕がもっと助けられたとか。
‥‥‥なんて。そんなことあるもんか。
それは傲慢だ。強者の理屈だ。
弱い僕にそんなことを言う資格はない。覚悟して亡くなった人たちにも失礼だ。
他人の命を背負えるほど、僕は強くない。偉くない。賢くもない。才能も技術もない。
なかったものを嘆いても結果は変わらない。
時間は戻らない。
現時点の僕は、僕なりに全力を尽くした。
でも足らなかった。
力も、知恵も、技量も、経験も。
努力も。
何もかも足らなかった。
後からタラレバを言っても駄目だ。
「私、強くなります。もっとスキルを磨きます」
目元を赤くしたヒヨリさんが顔を上げた。
「そうか。ヒヨリちゃんならやれるぜ」
ウェズがヒヨリさんの黒髪をわしゃわしゃと撫でる。きちんとまとめていた髪が崩れて、眼鏡もずれたけど、ヒヨリさんはにっこりと笑った。
お読み下さりありがとうございます。




