22 正しい姿勢、正しい角度、正しい動き
雷を食らっても、数秒ほどで復活したオーガが、メイスを振り下ろす。
透明な防御壁に亀裂は見えないけど、みしっと嫌な音がした。ヒヨリさんがもう一度防御壁を重ねたけど、このままじゃ、じり貧だ。
「僕がもう一度引きつけます」
「駄目だ。俺たちが引きつけるから、お前たちは逃げろ!」
立ち上がると、ウェズに肩を捕まれた。
「大丈夫です。さっきスキルを覚えました」
「は? なんだそれ」
「どういうことだ?」
異世界出身のヒヨリさんと小さなモーリーを除くみんなが、ぽかんと口を開けた。
だよね。普通は新しくスキルを覚えたりしない。
「僕のスキルは、瀕死になった時に新しくスキルを覚える、というスキルです」
推測だけど合ってると思う。
はじめてスキルを覚えた時、ドウェインに殺されかけた。さっきスキルを覚えた時、「生命の危機に陥ったから発動」というような声が流れた。
どうりで今までスキル無しだったはずだ。死にかけないと覚えられないんだから。
「はあああ?」
「そんなスキルが? いやしかし、それなら確かに新しくスキルを覚えたというのも納得だ」
口を開けて驚くウェズ、ふむ、と腕組みをしたザビエル。
「しかしなんだな‥‥‥死にかけないと覚えられないとは」
最後にケイリーが、可哀想にと三白眼を細めると、他の二人も生温かい目になった。
「そうだな。不憫というか。ルイらしいというか」
「頑張れよ‥‥‥」
ぽん、と優しく肩に手を置かれた。
そんな風に同情しなくても。もう新しくスキルを覚える気はないんで。
‥‥‥ないよな?
「ええい、とにかく大丈夫なんで行きます! 『ふわふわ』!」
対象はオーガだ。
『対象のランクが高いため、変えられる質量は50%から200%までです。オーガの質量を50%軽くします』
半分か。それでも効果はあるはず。
メイスを振り上げていたオーガが、持っていたメイスの方によろめいた。そのままバランスを崩して転ける。よしっ。
「なんだ? なにした?」
「簡単に言うと、重さを変えられるスキルです。オーガの重さを半分にしました。さらに『ドスン!』」
「ぐおおお?」
起き上がったオーガが、メイスを持ち上げようとして踏ん張っているけど、びくともしない。
「メイスを倍の重さにしました」
体重が軽くなっているせいで踏ん張れず、武器は重くなっている。そんな状態でいつもと同じようにメイスを持てるわけがない。
でも体格と筋力が変わったわけじゃないから、持ち方と重心を変えればいい。なんならメイスを諦めて素手で殴るだけでも、オーガの力と硬さなら防御壁にダメージを与えられるだろう。
だけどオーガは馬鹿なので、メイスを持ち上げようとしては失敗して、首をひねっている。
「おお? すげーな」
「重さを操れるスキルか。自分や武器の重さが変わったら、そりゃまともに動けないな」
感心するウェズの横でザビエルが顎を撫でた。
「厳密には違いますけど、同じようなものですね。半分から2倍にできます。ただし、制限時間は10分です」
「10分か‥‥‥」
みんなの顔が曇った。カストルムを襲うスタンピードが鎮圧されなければ、応援は来ない。たった10分ではまず無理だ。
「10分の間にオーガを倒します」
「おい。お前また無茶する気か。逃げるって約束はどうした」
「逃げますよ。逃げる前にやるだけやってから逃げるだけです」
「あー」
ウェズがにっと笑い、ザビエルが肩をすくめ、ケイリーが腰に手を当てて鼻から息を吐いた。
「はは。男がそういう顔したら止められねぇな」
「行ってこい」
「健闘を祈る」
「はい!」
三人の拳と拳を合わせる。踵を返して防御壁の外に出た。
オーガはまだメイスと格闘している。
D級の武器でオーガを斬ることはできない。浅く斬るだけではすぐ回復される。
けれど。
『できるさ。正しい姿勢、正しい角度、正しい動きで繰り出した攻撃は、どんなものでも斬れる』
何度も何度も脳内で再生している、母の言葉、剣筋が自然と再生される。
大丈夫。今の僕ならできる。
深呼吸して一歩。
ただの一歩。されど一歩。
余分な力を抜き、呼吸を整え、骨と重力を意識する。
『だがそれを成すのは恐ろしく難しい。相手もまた、攻撃してくるからだ』
メイスを持ち上げようとしていたオーガが、僕に気づいた。メイスよりも僕への怒りの方が上にきたらしい。素手で僕に突っ込んでくる。
『主導権を握れ。場を支配しろ。戦いとは主導権を握った方が勝つ。相手の得意を潰して封じ込め、己の得意に持っていけ。そのために技がある』
軽くなった分、速い。一瞬で肉薄してくる。
自分の顔より大きい拳が迫ってくるというのは、中々の恐怖だけど慌てない。僕はオーガの拳が届く前にスキルを使った。
「『ドスン』」
「ぐおっ」
200%の増加についていけず、オーガが地面に膝を着いた。
「ぐおおおおおおっ」
血管を浮き上がらせてオーガが吼える。重くなった体を起こすため、思い切り力んだんだろう。
「『ふわふわ』」
「ぐおっ??」
そこで体が軽くなったらどうなるか。勢いあまってジャンプした挙句、すっ転んだ。すかさずスキルをかける
「『ドスン』」
「ぐ、おおおおおっ??」
こうなると知性の低いオーガはパニックだ。
普通に起き上がろうにも重くて起き上がれず。かといって力を入れるとまた急に軽くなる。わけも分からず、ばたばたと中途半端にもがいた。
よし。これでオーガの攻撃力を潰した。
『相手を封じたなら、あとは自分の得意をぶつけるだけだ』
『でも僕、攻撃得意じゃないよ‥‥‥』
涙目で下を向く僕の頭を、母はいつも乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた。
僕は目と勘は良かったからか、技を覚えるのも得意だった。でもどんなに技を覚えても、人やモンスターへの攻撃で全くダメージを与えられなかった。
『お前が優しいだけさ』
『違うよ。僕が弱いから』
『ルイ』
僕の肩を掴んだ母の手は、力強く大きかった。
『力の強さで言えば、大人の母さんの方が圧倒的に強い。子どものお前は弱い。でもな。それはお前が弱いということとは別物だ』
『分かんない』
『ははは! だろうな!』
大きな口を開けてからっと豪快に笑う。僕は母の豪快さが少し苦手で、でも好きだった。
『じゃあ分かりやすくしてやろう。この頼りなく弱っちい小枝。これであの硬くて強い岩を斬る』
『そんなことできるの?』
ぱああっと心に光が差してから、一気に曇った。
『でもそれ、母さんが強いからできるだけでしょ。僕には無理だよ』
『できるさ。正しい姿勢、正しい角度、正しい動きで繰り出した攻撃は、どんなものでも斬れる』
そう言って、手本を見せるのではなく、僕に剣を振らせた。
『いいか、ルイ。剣術の極みというのはな。火力の高い必殺技やスキルじゃない。基本中の基本。基礎の基礎。それこそが最強の極意なんだ』
E級剣術スキルでありながら、A級冒険者に登りつめた母は、僕にひたすら地味な基礎を叩きこんだ。
足腰を鍛えるためにひたすら走り、正しい振りのためにひたすら棒を振る。スキル持ちであれば一瞬でできることを、何日も何週間も何カ月も何年もかけて。一滴一滴、岩に水滴を落とすように。
当然、馬鹿にされた。
それでもやり続けた。母の剣を証明したかったから。
『できるさ。正しい姿勢、正しい角度、正しい動きで繰り出した攻撃は、どんなものでも斬れる』
何度も何度も脳内で再生している、母の言葉、剣筋が自然と再生される。
派手さはない。基礎中の基礎の動き。
笑われ、呆れられ、馬鹿にされても追い続けた、その頂きはまだ見えないけれど。ほんの手前くらいなら能無しの僕でも再現できる。
剣を正眼に構え、地面で無様にもがくオーガに歩を進める。
深呼吸して一歩。
ただの一歩。されど一歩。
余分な力を抜き、呼吸を整え、骨と重力を意識する。
雑念が消え、オーガ以外は一つの場となる。僕の目には、ばたばたともがくオーガだけ。
オーガが動くから、斬るべき角度も目まぐるしく変わる。
剣を振り上げる。真っ直ぐに。一ミリ、それよりももっと小さなブレもなく。
正しい姿勢、正しい角度、正しい動きで。
ただ、真っ直ぐに振り下ろした。
お読み下さりありがとうございます。
おかげで頑張れてます!




