20 接敵前
基本的に町や都市は壁で囲い、東西南北にそれぞれ門がある。そしてその周辺に農業を営む村が点在している。
ウェズたちの村もその1つだ。
壁や冒険者に守られた町とは違い、無防備で戦力も乏しい。迎撃なんて最初から無理。逃げの一手しかない。
「家財道具は諦めろ!」
「牛と羊は柵から出して自由にしてやれ。自分で逃げる。運が良ければまた会える」
「年寄りは荷台に。乗り心地は悪いが勘弁してくれよ」
当たり前だけど、村は騒然としていた。それでも、大きなパニックにはなってない。
「ウェズ! ザビエル! ケイリー! 来てくれたのか!」
「当たり前だろ!」
村人を避難誘導していた中年男性とウェズがハイタッチ。この馬鹿力め、と男がよろめきながら笑った。
「状況は?」
「まだ大群じゃないんだが、ばらばらと何匹か来てる」
男性が指差した方向はやや東北。
カストルムからはほぼ東だから、この村はスタンピードの進行方向の端っこだ。北側に逃げれば範囲から外れられるかも。
村の側の地面には、3体のモンスターが転がっていて、2体のワイルドボアと村人数人が格闘していた。
ワイルドボアを網で絡め、すきと槍でグサグサと突いているが、なかなか仕留められていない。
「おらよ!」
「せいっ!」
ウェズとケイリーが止めを刺した。
「避難先は北の森だな」
「ああ。森に入って出来るだけ離れたら、木葉か土を擦りつけて隠れろと言ってある」
「よし」
木葉や土を擦りつければ、人間の匂いを消せる。少しでも生存率が上がる。
ガラガラと老人たちを乗せた荷車が、森を目指して出ていく。続いて子どもを乗せた荷車と女性たち。その後を他の村人たちが着いていく。
残ったのは冒険者の経験者と、数人の若者が合わせて30人ほど。彼らと僕たちは、壁のようにずらりと並んだ。
気休めの壁だけど、ないよりはましだ。
「避難しているやつらが、ある程度離れたら、俺らもゆっくり後退しよう」
「モンスターの相手は3人以上でな。それが無理なほどモンスターの数が増えたら、なりふり構わず逃げろよ」
東の森は、集まったモンスターがうぞうぞとうごめいていて、森自体が巨大なモンスターみたいだった。色も黒、緑、黄色、赤と様々で不気味だ。
数は分からないけど、数千、いや万かも。こっちに流れてくるのは、そのうちのいくつだろう。
「進行が遅いのが不幸中の幸いだな」
杖を構えたザビエルが呟いた。確かに動きが遅いおかげで、少しとはいえ逃げる時間と備える時間ができた。代わりにゆっくりと迫る脅威を見守るという、落ち着かない時間も。
剣を握る手が、じっとりと嫌な汗で湿る。
巨大な生き物のようなモンスターの群れは、じわじわと範囲を広げながらカストルムの方へ移動している。前方だけでなく左右にも広がっていってるから、いずれここも飲み込まれるだろう。
そうなればここにいる人たちは死ぬ。北の森に逃げた人たちも、どうなるか分からない。
「端のモンスターだけでも、減らしていけないですか?」
「駄目だ。近づくと囲まれる。群れから離れてこっちに来たやつらだけを撃破だ」
「気持ちは分かるが焦るな」
肩にぽんと置かれた手のひらの温もりで、少し気持ちが落ち着いた。
「ヒヨリさん」
「ルイさんが逃げない限り私も逃げませんからね」
うぐっ。名前を呼んだだけなのに、次に言おうとしたことを先回りで潰された。
「おい、こら、ルイ。お前の優先はヒヨリとモーリーだろ。自分で言ったくせに忘れたのか?」
「ぐぇっ。覚えてますけど」
ウェズに太い腕でがしっと首をホールドされた。
「だったら、迷うな。見失うな。大事なもんを守れよ」
「‥‥‥はい」
「今から逃げてもいいんだぜ? ぐずぐずして逃げられなくなる前にな」
「どうせお前一人いたところで、結果は変わんねーさ。ヒヨリちゃんはいてくれると助かるけど」
サビエルが僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、ケイリーが肩をすくめた。
涙が出そうになった。ウェズたちは覚悟を決めてる。最後まで戦う覚悟を。
この荒っぽいスキンシップと優しい軽口が聞けなくなるのは嫌だ。
「ちょっと相談します」
ウェズの腕から抜け出して、ヒヨリさんとモーリーの側に寄る。
「ヒヨリさん。ぽかぽかのスキル解禁でいきましょう」
「もとからそのつもりです」
ヒヨリさんがにっこり笑ってうなずいた。
ウェズたちと依頼をこなすようになって、ヒヨリさんのスキルは全て等級が上がった。でも普通スキルの等級は上がらないもの。等級が上がるのは、ヒヨリさんが異世界から来た聖女だから。
なので、聖女だとバレないよう、念のため等級が上がったことを隠していた。スキル強化のぽかぽかを使ったふりをして、E級の回復スキルがD級の威力になったことにしてたんだ。
それを解禁してぽかぽかを使えば、C級の回復力になる。骨折くらいなら一回で治せるし、ヒヨリさんは連発できるから瀕死でも全回復できる。
「それとソラ。今まで君に戦わせたことがないけど、今回は力を貸してほしい。もちろん大きさも自由でね」
ソラもまた、ただの猫のフリをしてもらっていた。けど曲りなりにも聖獣だ。それなりに強いんじゃないだろうか。
「ただヒヨリさんとモーリーの側は離れないでほしいんだ。勝手なお願いだけど、いい?」
かといってソラが最前線に立ったら、二人が無防備になってしまう。それは避けたい。
んにゃ。モーリーの横に座ったソラが、任せろというように胸をはり、しっぽの先をぱたぱたと振った。
「ありがとう」
ヒヨリさんより、ソラが大きくなる方が明らかに目立つ。
でも今はもう、そんなの気にしないことにした。みんなが覚悟してこの場にいるんだ。少しでも勝率を上げることをやろう。
「モーリー」
本当は一番に逃がしてあげたい。でも村人たちを逃がすより、ソラの側の方が安全だ。幸い飛行系のモンスターはいないから、危なくなればソラと飛んで逃げられるし、モンスターを引き寄せる特性も封じられる。
「もしモンスターが近くに来たら、来ないでってお願いしてごらん。君の言う事ならきくかもしれない」
モーリーのテイマーの力がどの程度なのか分からないけど、うまくいけば使役できるかもしれない。使役できなくても動きを鈍らせることはできるだろう。
こくんと頷くモーリーの頭を撫でてから、僕はウェズたちのところへ戻る。
後は僕自身だ。ウェズたちとの約1カ月でロングソードと胸当てを買えた。レベルも上がった。それでやっとウェズたちと同じD級くらい。スタンピードをどうにかできるような強さはない。僕一人いたところで結果は変わらないのは、その通り。
「僕じゃ焼け石に水なのは分かってますけど、やれるだけやります」
「おう。そうか」
盾を構えるウェズの横で剣を構えた。
『スキル目標達成が発動します。目標、スタンピードからの生存』
『スキル不屈が発動します。全ての能力値が相手と自分の能力値差の30%上昇。対象はオーガ』
カストルムに向かって縦長に移動する群れがこっちにも迫ってくる。冷たく重く、不快な瘴気が押し寄せてくる。
ゴブリン、キラーウルフ、ワイルドボアなどの低級モンスターの中に一際大きな個体がいた。
人間の3倍の身長。太く分厚い鎧のような筋骨。大きな牙と立派な角。体躯に見合う巨大なメイス。
B級モンスターのオーガ。D級の僕とウェズたちが全員でかかっても倒せないモンスターが、数十体のモンスターと一緒にこっちに向かっていた。
お読み下さりありがとうございます。
すみません。遅刻しました。




