19 ヒヨリさんには敵わない
異変は、ウェズたちの引退が、残りあと5日というところだった。
この日までは、ほんの少しの想定外があったものの、おおむね順調だった。
「『ぽかぽか』『浄化』!」
ヒヨリさんの浄化スキルが、モンスターの能力値を下げる。
「大地よ。槍となって敵を突き刺せ」
ザビエルの魔法が、何体かのモンスターを串刺しにしたところで。
「っらあ!」
ウェズが飛び出して斧を振り回し、返す刀でさらに斬る。ウェズの右側をケイリーが、左側を僕が片付けていく。
後方のザビエルとヒヨリさん、モーリーの所にはほとんど行かせない。もしものことがあったとしても、ヒヨリさんには防御壁のスキルがあるし、ザビエルさんの攻撃手段は魔法だけでなく、敵が接近してきたら剣で応戦してくれる。
「っしゃあ! 5階層の掃除完了。解体して今日は帰るぞ」
「「おう」」
「「はい」」
今日の依頼は、カストルムの西にあるダンジョンの掃除。ダンジョンは定期的にモンスターを一掃しないと、スタンピードが発生しやすいんだ。
なんでヒヨリさんとモーリーがダンジョンにいるかって?
そう。想定外っていうのはヒヨリさんとモーリー。
僕は連れてくる気はなかったんだけどね。
ウェズたちのパーティーに入れてもらってから、一週間は何も言わずに待ってくれてたんだ。
でも一週間後。
「やっぱり私も連れて行ってください!」
って、真剣な様子で詰め寄られちゃって。
「いやでも、モーリーはどうするんですか」
いつも通り、ベッドに腰かけモーリーを膝に乗せていた僕は、ヒヨリさんを手のひらで制した。
男女で一緒の部屋はよくないと二部屋とってるんだけど、寝る時間になるまでは僕の部屋で一緒にいるんだ。
「もちろんモーリーも一緒です」
「それがどれだけ危険か分かってますよね」
「はい」
ヒヨリさんがうなずくと、モーリーもこくんと大きくうなずいた。
「テイマーの卵はモンスターを呼び寄せてしまうんですよね。そのことなんですが、ソラが解決してくれました」
僕の背中に、お尻を着けて丸くなったソラが、にゃんと鳴く。
「聖獣って聖なる獣じゃないですか。ということは、いるだけで浄化の効果があるんじゃないかと思って聞いてみたんです。そしたらソラがそうだってうなずいてくれて。念のため試しに町のすぐそこにモーリーとソラと一緒に出たんです」
「えっ」
確かに聖獣のいる場所は聖域になって、モンスターを寄せつけないって聞いたことがある。
「毎日ちょっとずつ外にいる時間や距離を増やしてみましたが、モンスターの姿が見えてもこっちに寄ってきませんでした」
「えええ」
僕のいない間にそんなことを。前から思ってたけど、ヒヨリさんって結構大胆だよね。
「でもですね。モンスター討伐は身の危険以外にも、血や内臓とかが平気じゃないと」
魔石や素材を取るための解体作業は、慣れてない人にはキツイ。男でも駄目な人は駄目だ。女性や子どもとなるともっとキツイだろう。
「私、わりとスプラッターとかグロとか平気なので大丈夫です。モーリーもお家が食用に鶏と牛を飼っていたので、解体も見慣れてるって」
「そうなの?」
「うん。モーリーおにいちゃんといっしょがいい」
「そうかぁ。うううーん」
それなら……いやでも、小さな女の子を連れて行くのは抵抗が。やっぱり危ないし。
危なげなく守りきれるほど僕が強ければいいけど、弱いし。
「ルイさんと一緒に冒険するために登録したんですよ。このままだとどんどん差が開いてルイさんについていけなくなります」
差が開くほど僕、強くなってないですって。
「モーリーだって、テイマーの卵ならモンスターに慣れた方がいいのでは? ウェズさんたちがいてくれる今が絶好の機会ですよ」
それは確かにそう。そうなんだけど。うーん。
悩んでいると、ヒヨリさんがにっこりと笑った。綺麗な笑顔だなぁ。
「ウェズさんたちからは、オーケーもらってます」
「えっ!」
なんて、笑顔に見とれてる場合じゃなかった。
「でもでも、どどうやって! モーリーも一緒なんですよ」
同じくらいの子どもを持つウェズたちだ。小さな女の子を連れて行くことを許すはずがないのに、どうやって説得したんだ。
「それもソラですよ。テイマーの卵ではなく、すでにテイマーのスキルを使いこなせていて、ソラを使役してるってことにしたんです。ちゃんと自衛手段があるから大丈夫と言って説得しました」
だけど僕が反対できる要素を全部潰されていて。
「分かりました。一緒に行きましょう」
と、承諾するしかなかった。
ほんと、ヒヨリさんには勝てないよなぁ。
結果的に、ヒヨリさんがメンバーになってめちゃくちゃ助かってる。
『ぽかぽか』のスキルがあれば、全てのスキルの等級が一つ上。
モンスターの能力を下げてくれる浄化スキルは、本来のF級ならほぼ差を感じないけど、E級なので若干動きが鈍くなる。この若干っていうのが戦闘時は大きい。
回復スキルはE級だけど、実質D級。下級ポーションくらいの効力がある。ポーションは1回飲んだら終わり。ヒヨリさんは魔力量が多いから、10回くらい使っても平気な顔だ。
まあ本当はもっと使えるらしいけど無理させたくないし、低級なのに魔力量が多いのは不自然だ。なので、10回までしか使わないようにしてる。
「ルイ。お前マジでいい子捕まえたなあ」
「うわっ」
ウェズが僕の頭をぐりぐりと撫でた。解体して、血がべっとりとついた手で。
「ちょっと! 今はやめてくださいよ」
ダンジョン内には水がない。持ち歩ける水は限りがあるから、汚れても町に帰るまで洗えないんだよ。
「悪ぃ悪ぃ」
ちっとも悪いと思ってなさそうな顔のウェズが、がははと笑う。まあどうせ返り血で汚れてるから今さらなんだけどさ。
「洗浄しましょうか?」
ヒヨリさんが気を遣って提案してくれたけど、こんなことに魔力を使わせるなんてとんでもない。
「いえいえ! ウェズの雑さを注意しただけで、汚れくらいどうってことないです」
「言ったな、この」
「うわーっ」
太い腕で頭を抱えられ、髪をぐしゃぐしゃにされた。だけど正直僕は、この荒っぽいスキンシップが好きだ。母さんを思い出す。
「もうすぐ引退なんですよね」
だから彼らとの別れは寂しい。
「おう。やっと引退だ」
「なんだよ。しんみりするなよ」
「これからが俺たちの本業なんだからな」
「そうですよね」
寂しいのは僕の勝手な感情で、ウェズたちにとってはこれからが夢を叶える門出だ。
解体を終え、魔石と討伐部位をカバンいっぱいにつめてカストルムの町に戻る。
「‥‥‥なんだか空気がざわついてるな」
人々が門に入らずに引き返している。門番がひっきりなしに何か叫んでいた。
「おい、何があった!」
「反対の東側でスタンピードの兆候だ! 冒険者だな。東の防衛に参加してくれ!」
「なに?」
ウェズたちの顔が青ざめた。彼らの村は東にある。
「行きましょう!」
僕は慌てて門に入ろうとした。けど、ウェズたちは動かない。
「お前たちはこのまま引き返して別の町に向かうか、中で他の冒険者と合流しろ」
「ウェズたちは?」
なんとなく察しながら聞いた。
「俺たちは外から村に向かう。混乱してる街中を突っ切るより、外を回った方が早い」
やっぱりだ。
冒険者たちはカストルムは守るが、近隣の村は放置される。
村からは報酬も冒険者同士の支援もない。真っ先に飲み込まれ、壊滅する。僕の村もそうだった。
ヒヨリさんの方を見ると、眼鏡の下の黒曜石の瞳とぶつかった。
「僕たちも行きます」
「いいのか」
「危なくなったら逃げます。僕にとっての最優先はヒヨリさんとモーリーですから」
いざとなったらソラに乗って逃げる。でも、ぎりぎりまで戦うつもりだ。
村人が逃げる時間だけでも稼いでやる。
お読み下さりありがとうございます。
なんとか滑り込みました。




