17 掃除に行かないか?
「はあ、生き返ったぁ」
ヒヨリさんに回復してもらった僕は、夢中でパンとスープ、焼いたチーズを平らげ、お腹をさすった。僕の膝の上のモーリーも、真似をしてお腹をさする。
「おにいちゃん、いたいいたい、だいじょうぶ?」
「うん。もう平気だよ」
きゅっと僕の袖口を掴んで、眉を八の字にして聞いてくるモーリーに力こぶを作ってみせた。僕はあんまり筋肉がつかないタイプなので、ムキッと分かりやすい力こぶはできないけど。
「明日も1人で依頼を受けるんですか? 私も一緒に行った方が‥‥‥」
僕が食べ終わるのを待ってくれていたヒヨリさんが心配そうに眉を下げた。
「駄目です。モーリーはどうするんですか」
正直ヒヨリさんが来てくれたらめちゃくちゃ助かる。でもそうするとモーリーを連れて行かなくちゃいけなくなる。モンスターを引き寄せるテイマーの卵のモーリーがいたら、今日の比じゃない数のゴブリンを相手しなくちゃならないだろう。
「今日ははじめてだったので無様なことになりましたけど、無理しないで一体ずつ倒せば大丈夫ですよ」
「でも」
ヒヨリさんの眉は下がったまま。
だよね。僕自身も大丈夫だと思えないんだから。
だけど依頼を受けないわけにはいかない。
今日の報酬は宿代でほとんど消える。明日も最低でも今日と同じくらいは稼がないと、路頭に迷ってしまう。
はあ。ドウェインたちといる時は、ある意味守られてたんだよな。性格はともかく皆強かったから、ほとんどのモンスターは余裕で倒していた。戦闘中の僕は、流れ弾に当たらないようにだけ気をつけていればよかった。
だからまあ、追放自体は仕方ないことだと思ってる。ヒヨリさんの暗殺を引き受けたのは許せないけど。
せめて短剣一本でもあればなぁ。全然違うんだけど。
「あの。ルイさんこれ」
ヒヨリさんがテーブルの上に置いたのは、皮袋。
「?」
「これで武器か何か買えないですか?」
ヒヨリさんが袋の口を開けると、ぎっしりと銅貨が入っていた。
え、これって銅貨50枚はあるよね。
えええ? ってことは、僕の稼ぎより断然多くない?
「これ、どうしたんですか!?」
「ルイさんが出てる間、なにもしないでただじっとしているのは落ち着かなかったので。モーリーと一緒に宿の仕事を手伝わせてもらったんですけど」
仕事の最中に女将さんが、腰が痛いとぼやいていたので、『ぽかぽか』と『回復』を使ったら、すっかり痛みがなくなった。
それを見ていた店の客が、自分も痛い所があると言い始めたので、快くスキルを使おうとしたら、お代を取るよう女将さんがアドバイスしてくれたらしい。
「私の回復だと肩こりや腰痛を治すくらいですけど、『ぽかぽか』と『回復』が意外と好評で、近所のお年寄りや冒険者の方がお客さんになってくれて」
「いやあ、ヒヨリちゃんのスキルはすごいね! 長年の痛みが消えたのも感動だけど、ぽかぽか温かくて気持ちがいいんだよ」
女将さんの言葉に、それは分かる、と僕はうなずいた。ヒヨリさんのスキルは、じわーっとふわーっと温かくなって、ぽかぽかして至福なんだよね。
「うあーっ、ありがとうございます。これなら短剣が買えます!」
と言ってから、僕はがくっと肩を落とした。
「でも、なんかすみません……」
大丈夫だと大見え切って出たのに、ぼろぼろにやられるわ、稼ぎはないわ。結局ヒヨリさんに稼いでもらうとは。
情けなっ。
「何言ってるんです。この町に来るまで、私はルイさんにおんぶにだっこでしたよ。この服も宿もルイさんが用意してくれたんじゃないですか。これくらいはさせてもらわないと、私がいたたまれないですよ」
確かに。ヒヨリさんの立場からするとそうかも。
僕はヒヨリさんが稼いでくれた銅貨に目線を移した。
「分かりました。遠慮なく使わせてもらいます」
非常に情けないけど、善意を受け取らないのは失礼だ。ありがたく受け取って、いつか返そう。
「よーし、これで明日はゴブリンを倍倒すぞ」
「大丈夫かなぁ。お金は私も稼げるんですから、無理しちゃ駄目ですよ」
心配するのも分かる。短剣が手に入ったくらいだと大丈夫だとは言い難い。
「よお。だったら俺らと一緒に掃除に行かないか?」
「うわっ」
真後ろから肩を叩かれ、僕は飛び上がった。
「悪い悪い。驚かせたな」
肩を叩いた男が、がははと笑った。縦も横も大きくがっしりと筋肉質な30代くらいの男で、金属鎧を着けている。見るからに冒険者だ。男の後ろの三人もそれぞれ冒険者っぽいから、パーティーメンバーかな。
うーん、どこかで見たことある人たちだな。どこでだっけ。
「1人で困ってんだろ。よかったら俺たちのパーティーに混ざらないか? メンバーは全員C級だ。1人でゴブリンの群れに突っ込むよりかは安全だぜ」
「いいんですか? 僕F級ですよ」
E級に上がるのはゴブリン一体倒せばよし。D級からは元D級、C級は元C級の試験官から合格をもらわなければならない。
D級の冒険者はピンからキリだけど、C級となると中堅の実力者だ。F級の新人を連れていくなんて、お荷物でしかない。まあ僕本当は新人じゃないけど。それを言ったら余計に敬遠される。
「なあに。俺とこいつらの実家は隣村で農場やっててな。定期的に掃除っつーか、村周辺のモンスター狩りをすんだよ。あの辺はE級モンスターばっか、たまにD級がいる程度だからF級でもなんとかなる」
「それにしたって、僕を連れて行くメリットがないでしょう」
あまりに美味い話は怖い。世の中善意だけとは限らないから。
「ねえな」
きっぱりと男が言い切った。ですよね。
「だからまあ、役割は雑用。分け前は俺らの10分の1。それもある程度貢献したらやるって条件だ。全くの役立たずの場合は報酬はなしな。それと、そこの嬢ちゃんの金。そいつを兄ちゃんの護衛代にもらう」
「えっ」
分け前や扱いに文句はないけど、ヒヨリさんが稼いでくれたお金を僕の安全に使うのは気が引ける。
「構いません、お願いします」
「ちょっ、ヒヨリさん!?」
即答?
「その代わり、お金を渡すのは、ルイさんが無事に私たちのところへ帰ってきてからでお願いします」
「はは! しっかりしてんな。いい嫁さん捕まえたじゃねえか」
「いっ‥‥‥あの、ヒヨリさんは僕の嫁さんではなくてですね」
「ん? ああ、彼女っつってたな。結婚はまだか」
「? なんで‥‥‥」
彼女と言っていたって、僕がそう言っていたことを聞いていた?
‥‥‥あ!思い出した。
「昨日、冒険者ギルドの食堂にいた?」
近くの席に座っていた屈強そうな冒険者がこの人だ。見た目がいかついのに、モーリーを優しい目で見てたっけ。
「おう。なんなら今日もいたぜ。今日は食堂じゃなくて、隣の受付で換金してたんだけどな」
「え? あー、すみません。今日は周りを見る余裕がなくて」
「ははは! だろうな」
僕が謝ると男が豪快に笑った。後ろから仲間の一人が男の肩に手を置く。
「こいつと俺にはその子と同じくらいの娘がいるからな。若い兄ちゃんが育てるって意気込んでたから気にはなってたんだが。今日もギルドで会うし、同じ宿じゃないか。まあ、これも縁だってことで声かけたんだ」
「そうだったんですか」
いい人たちだ。
もちろん無条件で信じるのもよくないけど、そもそもお金のない僕らをだましたところでこの人たちにメリットはない。純粋な善意だ。
「いいってことよ。ま、1人でゴブリン10体も倒したルーキーだ。F級とはいえそこそこ使えるだろうしな」
「明日の掃除で役に立ってくれたら、別任務にも連れてってやる。装備を整える間くらい面倒見てやるぜ」
「ありがとうございます!」
僕は立ち上がって頭を下げた。ヒヨリさんも一緒に深く頭を下げている。
「ありがとござーます」
僕の膝から下りたモーリーも、真似をしてぴょこんと頭を下げた。




