15 腹ごしらえと冒険者登録
僕は追放されてから、ヒヨリさんはこの世界に召喚されてからまともな食事をしていない。やせ細ったモーリーは森に捨てられていたし、そもそも日頃からあまり食べさせてもらっていなさそうだ。
つまり全員腹ぺこってこと。
「先に何か食べましょうか」
「いいんですか?」
「ええ。もちろんです」
手持ちに余裕はないけど、昼食分くらいはある。冒険者ギルドの食堂は安いから、今日の宿代は残る。
僕は厨房の中年女性に声をかけた。
「すみません。三人分の食事をお願いします」
「あいよ! 今日の日替わりはシチューか羊の香草焼きだよ。酒はいるかい?」
「いえ。食事だけで結構です」
「私はシチューでお願いします」
「あはは! 随分と丁寧だね」
僕もヒヨリさんも敬語で頼んだから珍しいんだろう。
戦いを主な生業とする冒険者は気性の荒い人が多いもんね。
「モーリーちゃんはどっちがいい?」
しゃがんだヒヨリさんがモーリーに聞く。モーリーはもじもじと手をこすり合わせてうつむいた。
「どっちも気になるなら分けてあげるよ。僕は香草焼きにするから、シチューにしておく?」
迷っているのか、遠慮しているのか。どっちか分かんないけどこう言えばどっちでも食べられるよね。
ぱっと顔を上げたモーリーが、少し目を潤ませて笑ってこっくりと頷いた。良かった。
シチューを二つと香草焼きを一つ頼んで空いている席に座った。
小さなモーリーにはテーブルが高いので、僕の膝に乗ってもらう。ソラはヒヨリさんの足元で丸くなった。
「あんたたち、冒険者じゃないよね?」
水を持ってきた中年女性が僕たちを順にながめ、最後にモーリーをじっと見た。
彼女が疑問に思うのはもっともだ。僕もヒヨリさんも武器や防具が全くない。特にモーリーなんて痩せっぽちの小さな子どもだ。こんな冒険者がいるわけない。
「僕はF級です。今日はこちらの彼女の登録に来ました。この子は道中で保護したんです。その、親は‥‥‥」
嘘はついてないけど、知られてはいけない情報はぼかした。モーリーについては本人の前で「捨てた」という単語は言いたくなくて言葉につまる。
「ああ、そっか。変なこと聞いてすまなかったね」
僕が言えなかった部分を中年女性は勝手に解釈したらしい。悲しそうな顔になった。
親を亡くし、子どもだけで生活したり、孤児院や誰かの養子になる子どもは珍しくない。多分だけど、モーリーの親が死んだとでも思ったんだろうな。
「もしかしてあんたが育てるつもりかい」
「はい。僕もそうやって育ててもらいましたから」
僕の場合は、中年女性の想像通りの死別だけど。
「そうかい」
そこで別の客に呼ばれ、中年女性は仕事に戻った。ちょっとしんみりした空気になりかけてたから助かったかな。
しばらくして、頼んでいた料理を中年女性が持ってきた。あ、ちゃんと取り皿も二つつけてくれてる。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。はい、これはおまけだよ、お嬢ちゃん」
中年女性がモーリーにポケットから取り出したあめ玉を手渡してくれた。
「わああ」
小さな手にあめ玉を乗せたモーリーが目を輝かせる。可愛いなー。
「喜んでくれてよかったよ。じゃあ、ゆっくり食べておいき」
「あ……あの……」
モーリーの蚊の鳴くような声に、中年女性の足が止まる。
「ありがとう」
「あらあら、どういたしまして」
モーリーのはにかんだ笑顔とお礼に中年女性の頬が弛む。僕とヒヨリさん、近くの席の屈強そうな冒険者の顔もほっこりしていた。
いいなあ、こういうの。
モーリーの取り皿にシチューと小さく千切った香草焼きを入れる。ソラの分も同じように皿に盛って目の前に置いた。
「美味しい~」
羊の香草焼きはカリカリのパン粉と、ハーブとにんにくの風味が口いっぱいに広がって幸せだ。肉も臭みがなくて柔らかい。
パンも外がカリッと中はしっとり。ほのかな甘みもあって、そのまま食べても香草焼きと合わせて食べても美味しい。シチューに浸したらまたそれも美味しい。
「おいしい~」
膝の上のモーリーが僕の真似をしてにっこり笑った。テーブルの下からソラが「うにゃ~」と言ってる。うんうん、美味しいね。
「シチューも美味しいです。ミルクの甘味とコクがルーじゃない」
「ルー?」
「ええと、シチューの味付けがすぐできる、固形の調味料です」
「へええ。なんか便利そうですね」
「簡単便利ですし味付けに失敗しないです。でもやっぱりこっちの方が美味しいです」
美味しいもの食べて美味しいと言って、あれこれ楽しくしゃべる食事は倍美味しい。ドウェインたちとの食事はいつも僕だけ別で食べてたからなあ。
「ごちそうさまでした」
ヒヨリさんは食べる前と食べた後に手を合わせて挨拶していた。背筋がすっと伸びていて綺麗だ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
僕とモーリーもヒヨリさんと同じ挨拶をした。この挨拶には食材や関わった人への感謝の気持ちという意味があるんだって。素敵だよね。
食事が終わったらヒヨリさんの登録だ。
「この人の登録をお願いします」
「名前は?」
「ヒヨリです。姓はありません」
「ヒヨリですね」
受付の女性は魔道具で小さな金属板に名前とF級とだけ刻む。
「説明はいる?」
「‥‥‥いえ、この人に聞くので大丈夫です」
ヒヨリさんは少しだけ悩んだ後、僕をちらりと見て首を横に振った。
「そう。じゃあこれで手続きは終了よ。はい、頑張って」
受付の女性はヒヨリさんにポン、と板を渡すと次の人に目線を向けた。ヒヨリさんは少し戸惑いながら、いそいそと受付を離れた。
「これで終わりですか?」
「はい」
あはは。大きく拍子抜けって顔に描いてあるね。
「冒険者には誰でもなれるので、名前と等級が刻まれるだけなんです。等級は必ず最初はF級で、名前は自己申告なので偽名でもいけます」
「身分証にはならないんですね。何のために発行するんですか」
ヒヨリさんがこくんと首を傾げると、黒髪がさらりと揺れた。
「D級以上にならないとあまり意味はないですね。F級とE級の場合は、どこかで死亡した時に誰か分かるくらいです。それも偽名でなかったらの話です。試験に合格して昇級すると、強さの証になるんで価値が上がっていきます。斡旋してもらえる依頼も難易度と金額が高くなりますね」
低い等級でも上の等級の依頼を受けることはできるけど、死亡率が高くなるからまず受けない。基本的に報酬は後払いだしね。死んだら元も子もない。
「スキルの鑑定とかないんですか」
「それは個別で鑑定士に頼まないと駄目ですね」
「えっ? 私は……」
スキルの鑑定をしてもらったのに? と言いかけて口を閉じた。うん、その方がいい。ヒヨリさんがスキルの鑑定を受けたのは、異世界から召喚された聖女だからだもの。
「スキル持ちは普通、自分でスキルを把握します。鑑定料は高額ですし、鑑定士は希少です。鑑定を受けるのは主に貴族や金持ちの子どもですね」
僕は冒険者志望の癖に弱かったから、心配した両親が鑑定を受けさせてくれたけど。見事に何もなかったな。
一応、F級の自己回復だけはあったけど。他人よりちょっとだけ治りが早いだけのスキルだもんな。
「じゃあスキルがあることを知らなくて、使ってない人もいるんですね」
「いえ。スキル持ちは本能的にスキルを使うので、そういう人はほぼいないと思います」
赤ちゃんがハイハイをして、歩きはじめるように。言葉を覚えてしゃべるように。
スキル持ちは自然と自分のスキルを使いこなすようになる。それが普通。
普通なんだよな。
じゃあ、僕は?




