14 カストルム
「行っちゃいましたね」
「そうですね」
ヒヨリさんに上の空な相づちを打ってから、モーリーの兄らしき男の子からもらった袋に、視線を落とした。
あまり大きくない革袋で、膨らみ方と重みから、多分小さなものがじゃらじゃら入っている。
中身が何かは分からない。開けるのはモーリーで、何をどう受け取るのかも本人の役目だ。
「行きましょっか。ソラ、今度こそお願いね」
眠るモーリーを抱いた僕から袋を引き受けたヒヨリさんが、ソラの背中を撫でる。ソラはゆっくりと立ち上がり、棚の上に飛び乗るようにしなやかに地面を蹴った。
「ひえええええぇ」
分かっていてもやっぱり怖いぃ。
実際は棚なんて可愛らしい高さではなく、家を三、四軒縦に並べたくらいを一息だ。
ぐんっと草木が遠退き、視界がソラの瞳の色に染まる。風が頬や手足を打つ。破れたシャツの隙間から高所の冷えた空気が流れこみ、ばたばたと踊らせた。寒っ。
寒さに震えたのは一瞬。すぐに風を感じなくなって温度も地上と同じになった。ソラが調節してくれたんだろう。
空の旅は快適だ。揺れはなく温度も適切。ふわふわの毛の上だから、座り心地も最高。
ただ高いだけ。下を見なきゃいい。
……んだけど。
うう、見てなくても高さを意識しちゃうんだよな。
****
カストルムの町には、思った通り数時間で着いた。目立たないように近くの森に降りて、街道を歩くことにする。
「うえぇぇぇぇ」
ソラの背中から降りて地面に足を着けたなり、僕は情けなくへたりこんだ。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます……」
ヒヨリさんが背中を擦ってくれる。優しい。
うう。無駄に力を入れてたから。手足が、がくがくする。肩と腰がガチガチに固まってる。痛い。
頭では大丈夫だって分かってるんだけど。どうしても恐怖が勝つんだよ。力を入れてしまう。
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
「あはは……大丈夫……ありがと」
くうう。モーリーにまで心配かけちゃったよ。
空の旅の間、モーリーはずっとぐっすりだった。しっかり寝て、すっきりしたモーリーと手を繋いで、カストルムに向かう。
ソラは猫の大きさになって、尻尾をぴんと立てて後ろをついてくる。
数十分ほどで門に着いた。
カストルムは大人の三倍ほどの高さの防御壁に囲まれている。東西南北に門があり、横幅は、馬車が二台余裕をもってすれ違える。
混み合って並ぶほどじゃないけど、それなりの人通りがあった。
「門番みたいな人がいますけど、身分証とかいらないんですか?」
「トラブルがないか、モンスターが入ってこないか見張ってるだけです。いちいち手続きや身分証明はいりません。指名手配されていたら呼び止められますけど、それは大丈夫だと思います」
ヒヨリさんと僕は、死んだと思われているし、王家ははずれ聖女の存在を隠したがっているから、指名手配はされてないはずだ。
「もしもの時はソラに乗って逃げましょう。準備はしておいてください」
「はい」
少し緊張するけど、顔に出さないように。自然に自然に。
ドキドキしながら門をくぐろうとした時。
「おい、兄ちゃんたち」
「はいっ?」
門番に呼び止められた。
まずい。まさか指名手配されちゃってた?
ぎくっと肩を震わせて止まった。背中に冷たい汗が流れる。
「大丈夫か? 酷い格好だが、盗賊かモンスターにでもやられたのか?」
門番にぴりぴりとした様子はなく、声も優しかった。
「あ、はい。ええと、モンスターに遭遇して」
ほっと肩の力が抜ける。
良かった。指名手配はされてなかった。
「最近はモンスター被害が増えてるからな。怪我もしてるんだろう? 治療院の場所は分かるか?」
「……あ」
門番の視線を辿ると、あちこち破れたシャツとズボン。洗ったものの、取れなかった血の染み。
あらためて自分の格好を確認すると、かなり酷い。勘違いするのも分かる。
「ありがとうございます。でも、怪我は彼女が治してくれたので大丈夫です」
見ず知らずの旅人を心配してくれるなんて、いい人だ。捕まえられるのかと、疑ってごめんなさい。
「ヒーラーがいるのか。ということは、冒険者か? すまん。モンスターから逃げてきた村人かと思った」
ですよね。
ボロボロで頼りなさそうな男とか弱い女性と子供の組み合わせだもの。
どう見ても冒険者じゃないよな。
「冒険者といっても、F級なんです。大きな町で経験を積むために来たんですが、モンスターに遭遇して命からがら逃げてきました。道中で、家族を亡くしたこの子を保護したんです」
本当のことを言うわけにはいかないから、あらかじめ決めていたことを言う。
「ああ、成り立てか。命を落とす新人は腐るほどいるから、不幸中の幸いだったな。孤児院の案内はいるか?」
門番がモーリーを見ると、びくっと震えて僕にしがみついた。
「いりません」
「そうか。頑張れよ」
モーリーを抱き上げて、ぽんぽんと背中を撫でる僕に、門番は目を細めた。
「ありがとうございます。あの、冒険者ギルドの場所と、道中で土雲茸を見つけたので引き取ってくれそうな店を教えてください」
「ああ、それなら……」
親切な門番さんに色々教えてもらって、カストルムに入った。
「うわぁ」
僕に抱っこされたモーリーと、隣のヒヨリさんが眼鏡の下の瞳をキラキラと輝かせる。可愛い。
「おっきい」
「大きいよね。人も多い」
ほわぁ、と息を吐くモーリーに同意する。
カストルムは領主がいる街だから、その辺の町や村とは規模が違う。
道は石畳だし、大通りには所せましと商店が並んでいる。行き交う人も多い。
「ファンタジー世界だぁ」
けれどヒヨリさんは街の規模とは違うところで驚いてるみたい。
「もしかしてヒヨリさんは都会育ちですか?」
「そうですね。元の世界では都会生まれの都会育ちです。この街より全体的に何倍も建物が大きくて、人も多いです」
「何倍も?」
えっ、すごい。
「ビルっていう建物が並んでいて、高いビルは60階以上のものもあるんです」
「ろ、60階!?」
国で一番高い建物である魔塔でも13階建てなのに。ヒヨリさんの世界は想像以上にすごい。
「その代わり魔法なんて絵空事で。あそこを歩いている人みたいな種族もないです」
ヒヨリさんの視線の先には、犬の獣人とトカゲの獣人が談笑している。
「二足歩行の犬とかトカゲとか、すっごくファンタジーです。単に耳と尻尾があるだけもいいですけど、まんま動物の姿の人というのも素敵ですね」
きょろきょろとヒヨリさんが辺りを見る度に、黒髪が揺れて黒い眼鏡の下の黒瞳がきらきらと光を弾いた。
「ヒヨリさんの世界の人は。単一の種族だけなんですか?」
「んん~、基本的に二足歩行で言語と文化を持つ動物は人類だけですね。肌や髪の色という見た目だけで区別すると、黒人種、白人種、黄色人種がありますけど、遺伝的には違いがないので、古い考えです」
「へええ。この世界でも地域によって肌の色の違いはありますよ。わざわざ区別はしないですけど」
「そうなんですね」
そんなこんなで話しているうちに門番さんが教えてくれた商店に到着した。店主に僕のぼろぼろの恰好に胡乱な目を向けられながらも無事に土雲茸を売却。そのお金で今度は古着屋に行き、全員の衣服とヒヨリさんの靴を買った。
ぼろ切れとなった僕の服もだけど、ヒヨリさんの異世界の服は目立つ。モーリーの服もかなり擦りきれていた。
「これで違和感なくなりましたね」
ヒヨリさんが、くるりと回って自分の姿を確かめる。生なりのブラウスの上から、赤茶色の編み上げワンピース。皮のブーツ。ごく一般的な格好だけど、美人は何着ても似合うな。可愛い。
モーリーもヒヨリさんとおそろい。こっちも可愛い。
僕はとりあえず白シャツと茶色のズボン。出来れば短剣も欲しかったけど、宿代くらいしか残らなかったので諦めた。
僕はいいとしても、モーリーとヒヨリさんをこれ以上野宿させるわけにいかないからね。
次に冒険者ギルドに向かう。ヒヨリさんの登録もしたいし、依頼も受けたい。ギルドは様々な情報が集まるから、安くて安全な宿も教えてもらおう。
「わあ、ゲームみたい」
ヒヨリさんが小声でつぶやいた。ギルドがゲームみたいってことは、ひよりさんの言うゲームは多分僕が知ってるものとは違うんだろうな。後で聞いてみよう。
カウンターに受付が三つ。後ろに事務机。受付の左横には食堂兼酒場が併設されていて、こちらにも厨房と繋がったカウンターがある。
ごく一般的な冒険者ギルドの構造だ。
時刻は昼過ぎ。食事をとる冒険者たちもそれなりにいて、いい匂いが充満していた。
ぐうぅぅぅう。
僕たちのお腹が鳴る。振り返ると、恥ずかしそうにお腹を押さえるヒヨリさんと、ぐっと堪えるような表情をするモーリーがいた。




