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幕間 異世界の少女 前編



思い切り走った時の、風の音が好きだ。

朝にしっかりセットした前髪も全部乱れちゃって、ひどい顔をしているのだろうとわかっているけど。

耳元の髪もすべて後ろに流れていって、私だけを前に連れて行く感覚。

その時にだけ感じる、周りの雑音を消す風の音が、たまらなく好き。




「おー!新記録!」


それを聞いて、息を切らしながら、嬉しそうに笑う。

誰よりも速く走り切ったのは、黒髪の少女。

肩までの髪をひとくくりにしており、大きな瞳が印象的だ。

名前は小林風音、この春で高校2年生になったばかり。


「カザネに勝てる気がしないー」


同い年の少女がそう言いながらへたり込んだ。

ふふふっと笑いながら、カザネは誇らしそうだ。


「小林家の双子速すぎ。お父さんチーターなの?」


「ばーか。普通の会社員だよ」


「じゃあ、お母さんがクロヒョウか何か?」


そんな会話をしながら、カザネを含む数人の少女達は笑い合う。


「クロヒョウとチーターの息子なら、俺は何なん?」


そこにひょこっと顔を出したのは、カザネの双子の兄、小林晴陽だった。


「ハルヒは白狐かな。また更に白くしたでしょ、その髪」


不良め、とカザネはハルヒを睨む真似をする。


「やりたいことはやりたい時にやる!それが俺のモットーや!」


ハルヒは意にも介していない。

少しつり目の涼しい顔立ちに、白銀の髪はよく似合う。大きなタレ目が可愛らしいカザネとは対照的だ。


「そのエセ関西弁やめなよ。かっこわるいよ?」


「ふふん。羨ましいんやろ。憧れのお兄様やもんなぁ。真似してもええんやで?」


「ばーか。ばかハルヒ」


「そこはアホって言いや」


「アホならいいんだ?」


「アホ!アホは関西の褒め言葉やで!」


「そんなの聞いたことないし。だいたいうちら千葉生まれでしょ」


似てない双子とよく言われるが、2人の掛け合いはいつも息がぴったりで、周囲の笑いを誘っていた。


「ハルヒはまだ練習してくの?」


「おう!俺の華やかな走りを楽しみにしてる女子がたくさんおるからな!」


「ばーかばーか」


「だからそこはアホって言えよ」


「はいはい、アホハルヒ。来世では双子に生まれてくるのやめてね」


一緒と思われたくないから、と言いながらカザネは舌を出す。


「そんなこと言うて、俺のこと大好きやん!寂しがらんでもなるべくはよ帰るって♡」


はぁっとため息をついてから、カザネは同じ陸上部の友人達と更衣室に向かった。

制服に着替えてから、教室に忘れ物をしたことに気づく。


「ごめん、追いかけるから先行ってて」


そう言って、1人教室に戻った。

校門を出る頃には、友人達の姿は見えなかった。

でも大丈夫、とカザネは嬉しそうに笑う。


私が走れば、すぐ追いついちゃうもん。


校門を出てすぐ、カザネは走り出した。耳をくすぐる風の音。


が、すぐに空気を切り裂くような不快な音に邪魔をされる。

車のブレーキだった。

カザネが音のほうを見た時には、もう遅かった。

まさに今、自分にぶつかろうとしている車の姿。


それが、カザネが見た最後の光景となった。


全身に走る痛みと、朦朧とする意識のなか、ハルヒの声を聞いた気がした。エセ関西弁ではないハルヒの言葉を。

しかし、目を開けることがどうしてもできなかった。

落ちゆく意識のなかで、カザネは自分が放った言葉をかき消そうとしていた。


『来世では双子に生まれてくるのやめてね。』

嘘だよ。そんなの嘘だよ。

いつも一緒にいてくれたハルヒ。

本当は走るのがあまり好きじゃないことも知ってる。


「は…る……」


紡ごうとした言葉は形にならず、カザネの意識は深い闇へと落ちていった。



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