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第三十一話 賢者 (Sein)

うーん、一話で終わらせようかと思っていたんですが、いざ書いてみると、このパート一話で終わらせようとするの勿体ないわ…。やっぱ書いてみにゃわからんモンやなぁ…。

モヒカンはサイバーリンクの調整機の前に居た。

「Bよ、もうなんか恒例行事って感じか?」

言って”そこ”のポートアドレスを調整する。

「なんか、年に一回ぐらいは

 あの爺さんの所に行ってるんだよな…結局…」

そう言ってBも頭もかく。

「爺さんだって、お前が行くたびに

 わりと喜んでるじゃねぇか…

 同類の馬鹿が、また来たって…」

行ってモヒカンはぐいぐいと肘でBを押す。

「やっぱ同類なんかの…

 あの爺さんみたいに、俺は達観できないんだがな…」

言ってBは肩を上げる。

『ちょっと義兄ちゃん…

 結局”賢者”って何なの?

 会話からはお爺さんみたいだけど?』

沙璃枝は、これからサイバーリンクで連れて行かれる

その”賢者”なる者を兄に尋ねる。

「いや、まぁ爺さんだよ

 うん”賢者”って言われるぐらいだし…

 賢者は爺さんなんて、昔からそうだろ?」

言ってBはハハハと笑う。

そのBの言葉に、沙璃枝は眉をひそめた。

『よく分からない…

 その”賢者”に会うのが、どうして必要なの?』

そう言って沙璃枝は、Bが連れて行こうとする

その人物に会う理由を問うた。

「人の心のバリアをぶち破って、δに侵入するって

 そんな事を沙璃枝が見つけたから…

 沙璃枝なら、あの”賢者”に出会って

 何を得るのか、それを見たいのさ…

 沙璃枝なら、まさか、賢者のδまで侵入できるか?

 そういう興味もある…」

言ってBは、その試みに心を躍らせる。

”賢者”のδ領域に踏み込む?

そんな事が出来るのか?

『ふーん、お爺ちゃんの介護でも

 私はすればいいのかしらねぇ?』

言って沙璃枝は、あまりに口ごもる2人に

不信を覚えるしかなかった。

「まぁ、アレコレと先に知るよりも…

 出会ってみた方がいいんじゃねーかな?

 あの爺さんには、何も考えずに会う方が

 一番良い気がする…」

Bはそう呟いて頭をかいた。

「おーい、B、設定は出来た…

 サイバーリンクに、ドボンしな…」

モヒカンは機器を調整した後に、

リンク部屋に入り込めという仕草をする。

「さて…今日は、いつもとは違う…

 何か特別な日になる気もするな…

 不思議に緊張するよ…

 顔なじみに会いに行くだけってのな…」

言って僅かに震えるB。

「でも、長い間の宿題なんだろう?

 じゃぁそろそろ、宿題の提出をしても

 いい頃なんじゃねーのか?

 元々は、お前の宿題だろ?」

モヒカンはBの呟きに、そう毒づいた。

「ああ、元々は俺の宿題だ…

 なのに…解答するのが自分の妹だってのも

 変な話じゃあるがな…」

Bはモヒカンの言葉に、自分への問いかけを

答えるのが義妹という歪な話に、

頬を歪めるしかなかった。

「まぁ、ひとくくりにすれば

 みんなで家族だろ?

 家族総出で、宿題提出…

 それでいいんじゃねーか?」

モヒカンはそんなBの言葉に

沙璃枝が代表で向かう事の

その妥当性を考えてみた。

「家族総出で宿題提出ねぇ…

 これが小学校の夏休みの宿題だったら

 先生にしこたま怒られるチートだな…」

言ってBは笑う。

「そうだな…」

Bの言葉にモヒカンも笑った。

そしてBは、サイバーリンクの

リンク部屋の中に入り、

五感を電脳空間にダイブさせた。




そこは地下通路の様な所だった。

そこをその兄妹は、とぼとぼと歩いて行く。


「そのお爺さんに会えば

 心の何かが研ぎ澄まされるの?」


沙璃枝はそこに向かう理由を問う。


「さーなー?

 そうなるかもしれんし

 何にもならんかもしれん…

 でも、出会ってみないとな…

 何にせよ、それに出会ってみない事には

 何を感じる事も、できんわけで…」


そう言ってBは頬を引きつらせて笑うしかない。


「好きって言う気持ちよりも

 もっと激しい、衝撃ってあるのかしら?」


沙璃枝は自分の胸に手を当て

そこから溢れる鼓動を感じ、この胸から溢れる

強い気持ち以上に、力在る言葉が、

他に全てを貫く言葉が、存在できるのか、少し悩む。


「あの…ちょっと妹殿、確認だが…」


その時Bは昨日の嫁の言葉を思い出し

地雷かもしれないそれを、あえて踏みに行った。


「何よ?」


Bが不意に尋ねてきたので、それを問い返す沙璃枝。


「昨日のあの台詞は…

 心への衝撃効果の実験だったのか?

 それとも…ほ、本気だったんです?」


そう言ってBは、

色んな意味でドキドキして、それを尋ねた。

その質問に破顔する沙璃枝。


「物凄く困ってそうな顔ね…

 一応、本気なんだけどね…

 いきなりできた、兄貴が好きっていう気持ちでは…」


言って沙璃枝は気分を荒らすしかなかった。


「兄妹愛って奴ですか?」


その妥当な落としどころを聞いて、僅かに心が和らぐB。


「もし、私がただ1人で、義兄ちゃん様と

 ずーっと一緒に歩いていれば、

 それが恋愛なりに、なったかもしれないけれど…

 なんせ、後先の迷惑考えないで

 超絶無責任に、人に恋した脳味噌桃色の人工知能様が 

 前任でおられた様でしてね…

 そんな、ハタ迷惑をやられたっていうのに…

 でも、なんかそんなのも許せてもしまう

 とても可愛らしい姉が居ると…

 兄姉愛とかそういうので、いいんじゃないかって…

 …ねぇ?」


「ほぉ…」


そう言ってその二人は、恋に盲目になった

ポンコツ人工知能に苦笑を漏らし

丁度な落とし所に、互いに笑うしかなかった。


「兄妹愛でも、何でもいいじゃない?

 一人じゃないっていうの…

 それが家族よ?

 家族が居るって、とっても安心できるから…

 だから、それが大好き…

 それじゃ駄目?」


そう言って沙璃枝は舌を出して微笑んだ。


「一人じゃない…家族か…」


その言葉を聞いて思わずBは

胸の識別プレートを握りしめようとした。

しかしサイバーリンクなので、それは情報化されておらず

その手は空をきる。

それをしてしまい舌打ちするB。


「あのガキ共を失ったのは、俺のヘマだからな…

 なら、今度ばかりは…

 またできた、大切な家族だ…

 それを失わない様に…

 頑張らんといかんよな…」


言ってBは、空を切ったその手で

沙璃枝の頭に手をやって、その髪を撫でた。


「な、何よ!

 そういう事して、嬉しくなると思ってんの?」


その髪撫でに真っ赤になる沙璃枝。


「俺が嬉しいんだよ…

 兄妹だろうが、嫁だろうが、何だって良い…

 そこに帰れる人達が居るって思えればな…」


そうはにかみ、Bは柔らかく笑った。


「そう…

 なら…

 それでいいか…義兄ちゃん様!」


Bの言葉に僅かに苦笑して、沙璃枝はクルッと回転し

その暗い通路を歩いて行った。

二人は、そのまま彼の元まで、

緩やかな無言で歩き続けるのだった。






『なんじゃい、小僧…

 また来たんかい…』


こんなサイバーリンクの世界の中だというのに

逆に電子音の様な響きで、それは声をかけてきた。

二人は、通路を抜けた先、円柱上の部屋に出ていた。

その円柱上の部屋は、周囲が地下鉄の最下層の様な

壁紙の映像が映っており、その円柱の真ん中には

脳味噌と脳幹だけが浮かんでいる

そんな映像が映っていた。


「おう爺さん…

 それなりに人生に迷ったんで、また来たぜ?」


言ってBはそこで不意にスキットルの様な物を

その手に出現させて、それをその脳味噌に放り投げる。

そのスキットルはその脳味噌にぶつかり

そして、それは脳に吸収されるように消えていった。


『まったく、こんなワシに

 酒を投げつける様な奇特な馬鹿は

 やっぱりお前さんだけじゃわい…

 もう、忘れてしまった感覚なのに…

 お前さんに貰うこれだけは

 どうしても思い出してしまうの…』


言ってその脳は、僅かに脳味噌を赤らめて

酔ったような光景を映し出した。


「あんたと語り合う時は

 どうしてかな? 

 飲みたくなるのさ…

 俺は、酒はあんまりなんだがな…」


そう言ってBは、自分用にもとスキットルを出して

それを開けてぐいっと一口飲んだ。

そしてその脳味噌の直ぐ側に寄っては

床に尻を付いて座り込む。


「ちょっと義兄ちゃん…

 この人が…賢者…さん?」


そんな脳味噌だけで部屋に浮いている

不思議な存在のそれを見て、

眉をひそめてそれを見つめる沙璃枝。


『なんじゃ?小僧?

 こんな可愛い妹さんが出来たんか?

 お前さんでも、人並みに結婚でもしたんかの?』


言ってその脳味噌は

昔からの知り合いの微妙な変化を尋ねてみた。


「ああ、そうだな…

 中々面白い人間探求の一環さ…

 そうそう、人並みに結婚して…

 人並み…人並みねぇ…

 まぁ、それでいこう…

 人並みに結婚した関係で

 その妹さんが、俺の妹になった…

 そんな感じだ…」


言ってBはその”人並み”とは迂遠の

今の状態に笑うしかなかった。


『ほぉ…それでワシの所に何で来るかね?

 人並みに結婚したなら…

 人生に迷うのとは逆じゃないのかの?』


脳味噌はそう言って、Bの不明瞭な行動に

疑問を投げるしかなかった。


「これが、なかなか…

 この結婚は、人間を問い、迷うにのに、十分な内容でな…

 そうなると、

 特に、アンタのような存在に会いに来て

 語り合いたくも、なるもんなのさ…」


言ってBは、また一口、ぐいっとやる。


『なんじゃいそれは…

 よくわからんの…

 じゃが、わしの所に来るぐらいには

 何か面白そうな状況になったらしいの…

 まぁ嬢ちゃん…

 そんな所に立っておるのも何じゃろ?

 椅子にでも座りなされや…』


Bの不思議な言葉を、それでも軽く流し

その脳味噌は沙璃枝の前に、電脳空間の椅子を出した。


「あ、ありがとうございます…」


そう言って沙璃枝は、その脳味噌が出した椅子に

恐る恐る座り込んだ。


『ん?なんじゃろ?

 この妙な感じは…

 この子…本当に人か?』


その椅子に沙璃枝が座った瞬間

その脳味噌は違和感を覚えて、それを口にした。


「おお??なんだって?

 爺さん、分かっちゃうのか?」


Bはそんな脳味噌の言葉に素直に驚く。

サイバーリンクは、感覚だけの世界であり

感覚だけの状態なら、沙璃枝が人か人工知能か等

分からないと思っていたからだった。


『何かが奇妙じゃからの…

 こんな本当の五感を失って

 サイバーリンクの中の朧気な疑似五感で

 存在していると…

 逆に、そんな妙な感覚は鋭くなるモンじゃて…』


言って、その脳味噌は椅子に座った沙璃枝を

サイバーリンクの世界の曖昧な五感で眺めてみた。


「その…実は私…

 じ、人工知能…でして…」


そう言って脳味噌に”見られている感覚”を感じ

思わず素性をばらす沙璃枝。


『は?これが人工知能?

 これがか?』


「そうなんだな…」


『ほぉ…

 これが人工知能とな…

 知らない間に、随分、外界は変わった様じゃの…

 ワシの知っとる人工知能とは

 天と地の違いがあるの…』


「まぁ、世界も頑張って日進月歩って事さ…」


そんな脳味噌の驚きに苦笑を漏らすB。

それにふむと頷き、その脳味噌は僅かに震えた。


『ちょっと小僧や…

 もういっぱい酒をワシに貰えんかの…

 こんな面白い物を見せて貰うと

 ワシもお前さんの様に、

 一杯飲みたい気分になったぞい』


言って脳味噌は、その体をプルプルと震わせる。


「ほぉ珍しいな?

 んじゃ、ほいよ…」


Bは脳味噌にそう言われたので、

スキットルをまた出して

それをその脳味噌に放り投げた。

脳味噌はそれを吸収すると、

今度はBと同じ様にチビチビとやるように

ゆっくりと飲む様子になる。


『外界の日進月歩というのは、

 まったく恐ろしいの…

 人を越えた超越人工知能を、人が作ったんかい…

 それじゃ、いよいよ人類は、

 終焉の時が来たんじゃな…』


その脳味噌はおもむろにそう言ってその酒を飲んだ。


「ぶほっ!?」


そんな賢者の感想に

思わず飲んでいた酒を吐いてむせるB


「え?」


沙璃枝はその脳味噌にそう言われて

同じ様に目を見開いた。


「ちょっと待て、爺さん…

 今、なんつった!?」


Bは驚く言葉を聞いてそれを尋ねる。


『ほわ?

 見たままを言っただけじゃが?

 人を遙かに超えた人工知能…

 まぁ、それを人工とか、そう言うべきなのか…

 ワシにもよーわからんが…

 人が作り出した、人を超越するモンじゃろ?

 そんな見たままを、言っただけじゃが?』


言ってその脳味噌は酒をあおりケタケタと笑う。


「なんで、そんな事が分かったんだ!

 爺さん!?」


思いがけない賢者の言葉に、心底焦るB。


『ははぁ?

 どういう経緯かわからんが…

 つまり、お前さんがワシの所に

 久しぶりに人生に迷って話し合いに来たのは…

 この子の事についてかの?

 それなら…納得かもしれんのぉ…』


その脳味噌は酒をまた飲んでそう茶化し

ケタケタと笑った。


「沙璃枝なら、人と判別できないだろうって

 ちょっと得意げに来たのに…

 爺さんの目からは、超越人工知能に見えたのか?

 どうしてだ!?」


Bはその賢者が、ただ眺めただけで

それを言い当てたのに、驚愕するしかない。


『サリエさんというんかい…

 この超越者は…

 ふーむ…何故と言われてもの…

 何となくかの…

 こんな、恣意だけしかない所で

 ただ答えのない問いを、

 余命幾ばくもなく、あと少しの時間まで続けると

 分かってしまう事もある…

 そんな所かの…』


「なんだそれ?

 そんなのありか?

 まったく敵わねぇな…

 爺さん…アンタには…

 俺もアンタみたいに、

 人間の五感を失えば、

 そんなよく分からん感覚が生まれるのか?」


そう言ってBは毒づくしかなかった。


「五感全てを失った?

 どういう事なの?義兄ちゃん…」


そんな不思議なやり取りを聞いていて

それを尋ねる沙璃枝。


「ふーむ、まぁ、爺さんには

 この沙璃枝を会わせに来たんだしな…

 旧知の仲で、つい爺さんと飲みたくなって

 当初の目的を見失ってたな…」


『ほう、そういう事かえ…

 共に居ると、人生に迷う、そういう方なんじゃの

 このサリエさんとやらは…』


Bの言葉を受け、その脳味噌はそう理解する。


「えっと、その…初めまして?

 ”賢者”さん…でいいのですか?」


言ってその頭を下げる沙璃枝。


『別にワシは

 自分の事を賢者と名乗ったつもりは

 ないんじゃがの…

 なんか知らんが、

 ここで人生について考えておったら

 何時の間にか、周りのモンがワシを

 ”賢者”とか言い出しおった…

 じゃから周りには

 ワシは”賢者”と呼ばれておる…』


沙璃枝の言葉に苦笑して、その賢者はそう返した。


「そう…ですか…

 えっと、貴方は…

 人間の五感を失っているの?」


その会話の流れから、沙璃枝はその賢者なる者が

人間の5感を失って、

脳味噌だけの恣意になっている事を確認する。


『まぁそうじゃの…

 五感は無くしてしもうた…』


「ど、どうして?」


『ふむ…どうしてかの…

 おい小僧…説明が面倒じゃ…

 お前がせい』


「俺がか?」


『ワシの前にいきなり

 訳ありの超越した何かを連れてきて

 ワシに何かを求めるんなら…

 それぐらいは、お前さんがせいよ…

 それが礼儀じゃろ?』


「犯罪者が、礼儀とか良く言う…」


そのやり取りで、賢者がそう言った事に

Bは思わず苦笑した。


「犯罪者!?」


そんな思いがけない言葉が

Bの口から出てきた事に驚く沙璃枝。


『お前さんだって、

 もう結構、殺しとるじゃろが?

 ならお前さんも十分、

 犯罪者じゃないんかの?』


そんなBの切り捨てに、笑ってそう返す賢者。


「あんたみたいに、法で守られた所で

 暴れ回ったテロリストと一緒にすんなよ…

 俺は、一応、合法の上での戦争屋だ…」


『はっ!

 人殺しでも、

 国家法違反は犯罪者で

 国際法戦時協定下での行為は不問か…

 片腹痛いの…』


そんなBの台詞に賢者はケタケタ笑うしかなかった。


「テロリスト?

 この人…、人…人?

 ともかく、この賢者さんが?」


沙璃枝はBの台詞に更に驚き、それを重ねて問う。


「ああ、もう凄いテロリスト…

 ネオTKで言った事があるだろう?

 プラターを良しとせずに、

 サイバーリンクを壊し回ったテロリストが

 旧時代には居たって…

 それが、この爺さん…

 インド解放戦線で、

 インドにあったプラタ-をぶっ壊しまくった、

 その時代では、名の轟いたテロリストさ」


言ってBは酒を一口含んでは、

その説明に笑うしかなかった。


『ワシは今でも、何の後悔もしとらんぞ?

 あんなプラタ-の様な紛い物なんぞ

 壊して何が問題だったんじゃ?

 人辞めたようなドローン寸前なんぞ

 死んだからというて、どうじゃというんじゃ?

 ワシは、ワシの若い頃の信念と行動には

 何の後悔も反省もしとらんよ…

 どんだけ、こんな形で収監されてもの…』


言ってその賢者はカカカと笑うしかなかった。


「プラタ-を破壊して回った…

 前時代のテロリスト…

 それが、この人…」


そのBの説明に、

ようやく目の前の存在を理解した沙璃枝。


「そういうこった…

 まぁ、爺さんの言いたい事も

 わからんでもないんだがな…

 それじゃ困る当時の人間が、

 テロリストとして、この爺さんをとっ捕まえて、

 まぁ、爺さんが殺した人数を考えたら

 死刑でも良かったんだが…

 一種の見せしめとして、

 サイバーリンクと医療技術系の

 生命維持装置のコンビで

 人間の五感を奪って、

 恣意存在刑って、前例のない刑務を与えて

 なんていうか、そんな人体実験みたいなモンか…

 それで、この爺さんは、

 ここで終身刑として収監されている…

 そういう存在だ…」


そう言ってBはワハハと笑った。


『もう少しで死ぬじゃろうからの

 あいつ等の言う所の刑務も終わりかけじゃて

 カカカカカ

 ここまですれば、自分のした事を

 悔やむと思うたんかいの?

 なら残念じゃの…

 五感が無くなったおかげで

 より人を考える事ができるようになって

 好都合じゃったわい…

 後悔どころか、充実した人生じゃった…

 おかげで、こんなワシを珍しく思って

 人生を尋ねるのが沢山来たり

 ワシと同じ様な、人間捜しとる

 こんな馬鹿な小僧にも、出会えたからの…』


その賢者はBの説明に、しかし臆することなく

むしろ誇らしげにそう語った。


「極限まで行き着いて、

 こうなってしまった人間ってわけさ…

 まぁ沙璃枝にとっては、

 この爺さんは対極存在だな…」


Bはその賢者と沙璃枝を比して、そう評価した。


「私と対極存在?

 どうしてこの人と私が…」


沙璃枝はそう言われて反発する。


「だってそうだろう?

 この爺さんは人間を捜すために、

 五感を失ってその中に人を見つけようとした。

 沙璃枝は、五感を得ていく事で

 人間をより捜していった…

 同じ捜すにしても、方法論が全く逆…

 だから対極存在…」


言ってBは、その鏡面性を指摘する。


『ほぉこの嬢ちゃんは、

 人工知能なのに

 五感を獲得していったんか…

 それで人を超越したんかい

 それは確かに、小僧じゃなくとも

 ワシでも面白く感じるの…』


賢者はBの沙璃枝の説明を受け、

彼女のなんとなくを得て、納得した様だった。


「五感を失っていったのに

 それで人間を捜す事ができた?

 どうして?

 この五感があればこそ、

 人の感覚でしょう?」


沙璃枝はその矛盾に、それを問いかけるしかなかった。


『どうしてかの?

 ワシにも良くワカランの…

 じゃが、五感が無ければ人間なのかの?

 人の体がなければ人間なのかの?

 こうなってしまって、それを考えると

 人の境界線が五感と肉体なのか

 それも疑問に思えたんでの

 丁度、良かったわい…』


そう言って賢者はカカカとまた笑う。


「だって人の人たる所以は

 肉体を持っている事ではないの?」


言って沙璃枝は自分の致命的な問題を

その口にするしかなかった。


『ふむ、一般論じゃな…

 じゃが嬢ちゃん…

 こういう思考実験はどうじゃな?

 ワシは、無理矢理、ワシの”罪”という名目で

 こうなってしまったわけじゃが…

 そうではなく…

 生まれた時から、五感の何かが無かったり

 あるいは生きている間に、感を失ったり

 肉体の一部、あるいは大部分を欠損して

 こんなサイバーリンクと合体して生きなければ

 ならなくなった等という存在が

 現実にあるわけじゃが

 それを見渡した時じゃ

 そうなってしまうと

 もう人間ではないんかの?』


賢者はそう問いかけ、嫌らしそうにカカカと笑う。


「えっと…それは…」


沙璃枝はそう問いかけられて口ごもった。


『人間の所以が、人間の肉体や五感じゃなんて

 線引きをしてしもうたら

 それから脱落した者は、

 もうみんな、人間ではなくなってしまうて…

 ならワシは、いっその事、

 五感を失った

 この状態が人間なのかどうか、

 問いかけておるんじゃ…

 肉体の在り無しは、人の条件たるや?

 という問いかけの1つとしてな…』


賢者はそう言って脳を揺らして笑う。


「肉体を失っても…

 人であるかどうか…」


その賢者の問いかけに、沙璃枝は

自身が肉体を持たない存在なのと

肉体を捨てた人間との、この邂逅で、

そのどちらに”人”が宿っているのかを思い悩む。

沙璃枝はそれを考え込んだ。


『ワシから言わせてもらえれば

 肉体なんてのは、人である条件の

 一要素でしかないの…

 大事な要素じゃが、

 大事な要素なだけじゃ…

 それよりも、もっと人が人である

 人たり得る核心

 その方が重要じゃよ…』


「人の核心?」


『そうじゃ…

 ワシも、この小僧も、それを捜しておる…

 真の人…

 人の核心…

 何があれば…人の人たり得るのか…

 それをな…』


賢者はそう言って、またカカカと笑った。


「それなら私も捜している!

 私は人工知能から人になるために、

 人の核心を捜している!

 同じだわ!」


その賢者の言葉に、沙璃枝も同調してそう言った。


『は?

 何を言っておるんじゃ嬢ちゃん?

 お主は既に、人間じゃないのかの?』


「え?」


『少なくとも、

 ただこの僅かな会話の中で

 よーわかったわ…

 嬢ちゃんはもう、人工知能じゃなく

 人じゃよ…

 ワシにはそうにしか見えん』


言って賢者はカカカと笑う。


「やっぱ、そうだよな…

 沙璃枝は、もう人間でしかないよな…」


その賢者の言葉に意を得たりとばかりに

Bも笑みを浮かべた。


「え?私が…

 人間?」


そんな賢者の言葉に驚く沙璃枝。


『なんじゃい

 この子には自覚がないんかい…』


そんな沙璃枝の言葉に脳を上下に揺らす賢者。


「そう…

 この沙璃枝には、自覚ができんのさ…

 自分が人なんだって、それがな…」


Bは同じ様に肩を上げて、同意するしかなかった。


『ふむ…じゃからワシの所にの…

 そういう事かの?』


「ま…、まずは、そんな所だ…」


『そうか、そうか…』


「え、えっと…」


『安心しなされ、嬢ちゃんや…

 嬢ちゃんは、もう立派に人間じゃよ…

 少なくともワシにはそうにしか見えん

 もしそれに悩んでおるのなら

 悩む事を、辞めればいいんじゃよ…

 居直りなされ…自分は人間じゃと…』


賢者はそう言って沙璃枝を応援する。


「そ、そんな事言われても

 私は、人の手で作られた知能で…」


そう言って沙璃枝は賢者の言葉に反発する。


『じゃぁ聞き返すが…

 ワシは嬢ちゃんから見て、

 人間なのかの?』


「え!?」


『ワシにはもうこの世界を移動する肉体もない。

 現実を感じる五感もない。

 人の人らしさは、

 どっかで見せしめの為に生命維持装置に繋がれて

 人工血液を流されて動いておる

 脳味噌だけじゃよ…

 それも、ここでのサイバーリンクと

 辛うじて繋がっとるだけじゃ

 こんなのを、人間というのかの?

 一般的な解釈では…』


言って賢者はカカカと笑う。


「そ、それは…」


『困るじゃろ?

 困るんじゃよ…この問いは…。

 まぁ脳味噌という物質があれば人じゃと

 言い出すトンチキなれば、

 脳味噌が人間じゃろうが、

 ならこんな反論も生まれるて…

 世界では、脳味噌がサイバーリンクで、

 電子脳に一部補間されとる脳病患者もおる…

 そんな脳の一部さえ、”こっち”に来てしもうて

 物質である脳も失ってしまっているのなら…

 さて、物質である脳は本当に人間の条件なのかの?』


「えっと‥その…」


『もっと状況を悪化させて考えようかの、

 いよいよ、脳が駄目になって

 脳の感覚を全部こっちに移動させないといけない

 末期重篤患者は、どうなってしまうかの?

 それは人かの?

 まぁ広く考えればサイバーリンクなんぞも、

 もうそれでしかないんじゃがの…

 ならそれは

 嬢ちゃんという”人工知能”と何が違うのかの?』


「………」


沙璃枝はその賢者の問いかけに沈黙するしかなかった。

そして沙璃枝はそこで理解出来た。

何故、彼が”賢者”と呼ばれるのかを。

ただ存在を徹底的に突きつめて、存在の有り無しの

在処さえも捨て去って、より存在を見つめるからこそ

一般の観念が、思い込みでしかないのだと悟る事が出来る。

だからこそ”賢者”なのだと…。


『人工知能などという言葉は虚妄じゃよ…

 人が作った、等という事が、

 存在において、どれほど足らない因子なのかの?

 ワシからすれば、存在を知覚する事さえ放棄して

 プラタ-の輪の中でグルグルしとる

 あのドローン寸前の方が、

 よっぽど観念の”人工知能”じゃよ…

 自分が何であるか?

 それを問いかけてしまえば

 それで人間…

 じゃなければ、ワシは人間ではなく

 人間の輪から、投げ捨てられた”ナニカ”じゃ

 アンタの目から見て、ワシは人間かの?

 それとも人間でない”ナニカ”かの?』


言って賢者はケタケタと笑う。


「ありがとう賢者さん…

 その言葉で、私、吹っ切れたわ…

 それに、賢者さんのその言葉… 

 『自分が何であるか?』

 それを問いかける事。

 それは私の母の名前に込められた思い

 その名言葉は”沙理絵”」


言って沙璃枝は、その電脳空間に

自分の母の文字を綴る。


『ほう、花言葉ならぬ、

 名前に込めた意味、名言葉か

 面白いの…

 存在への問いかけを示す名言葉が『沙理絵』か

 良い名じゃ…』


「そして、私が私である所以

 私の名前『沙璃枝』」


そう言って沙璃枝は自分の名前を電脳空間に綴る。


『それが嬢ちゃんの名前の文字かね

 きっとそれにも

 名言葉を付けておるのじゃろう?

 それはどんな意味じゃね?』


賢者は、その彼女の名前に込められた思いを問いかけた。


「私の名前に込められた、その意味は…

 『私が何であるのか?

  そう問うあなたに答えます。

  私はそれを知る為に、

  世界を彷徨い、私を捜すのです』

 なんです…」


そう言って沙璃枝は微笑んだ。


『ハッハッハ!おい小僧

 お主は、これを知っておったのかの?』


「俺は、出会った最初に聞いた」


『成るほどの…』


そのやり取りで上機嫌になって脳を揺らす賢者。

そして賢者は、その地下鉄のような周囲を

一瞬、光の輪を作って回転させて

喜びを表現すると、こう言った。


『嬢ちゃん、アンタは間違い無く人間じゃよ…

 いや、それが人間でなければ、

 何が人間であるべきなのかの?

 世界の誰が嬢ちゃんを否定したとしても

 ワシだけは嬢ちゃんを肯定してやるぞい…

 嬢ちゃん、お主は人間じゃ…

 それだけでいい…

 そう思うの…』


「賢者…

 その…ありがとう…」


『ほっほっほ…

 こんな可愛い子にありがとうと言われたか

 それは嬉しいの…』


言って賢者は、また周囲に光を回転させるのだった。


うーーーーん、書いてみて思ったのが、「沙璃枝、最初からここに来て修行してたら良かったんじゃね?」っていう…。なんか、この爺さんと対話してるだけで、この話は良かったんじゃないかって。つーか、1日しか滞在するんじゃなくて3日ぐらい長期滞在させたい気分。一応予定では、次で、賢者との対話終わりってしたいんだけど…ここは、もっと重厚に書きたいですナァ…。

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