第二十九話 全てを貫くモノ (Javelin)
うーん、左のイデアルのここまでの溜まり具合だけを見れば、この「奥義開眼」でもおかしくはないのだけれども、ちと早いような気もして、悩み所。終盤局面にさっさと行きたい気持ちが、全体を走らせてしまったか…。
そして遂に沙璃枝の装備は完備された。
無意識がそれを認識してから準備して発送するのに
時間がかかった様だが、むしろたったこれだけの時間で
それらをここまで密やかに無人輸送車で
B達の前線基地に送りつけて来た事を褒めるべきか。
恐るべき隠蔽輸送能力というしかない。
いや、マージの分身というか
基盤OSとして採用された沙璃枝OSである。
それが世界規模で拡散してネットワーク展開してるのならば
その能力はマージと同等と考えても良い。
暗号通信で存在隠蔽を常にしなければいけない
重処理があるが故に、マージ並の事が出来ないだけで
こそこそとやるのならば
物資を送りつけるくらいなどは、
出来て当然なのだろう。
結果、沙璃枝には唯一不足していた「嗅覚」のセンサーも
デバイスとして作られて送られてきており
立体映像装置と、立体触覚センサー、聴覚センサー
視覚センサー、味覚センサー、嗅覚センサー
そして、簡易ではあるがマニュピレーター
それらを積んで、十分な移動能力を持つ、
タイヤとキャタピラで移動の融通性を上げた
改良型自動移動荷台装置を以て
沙璃枝は、室内での立体映像で動くのと同じ風にして
基地の外でも、あたかも人の様に動き回れる能力を
まだ疑似であり合わせとは言え、獲得したのであった。
それを得て、上機嫌で外を飛び跳ねている沙璃枝。
実際には自動移動荷台が移動しては
立体映像を映しているだけではあるが、
外観としては、正にそこに彼女が居るという絵が
立体映像で半透明であっても室外で実現していたのだった。
沙璃枝は新たな「感」
嗅覚で、コスモスの花の香り
風の香り、様々な、香りを楽しみ、
より世界を感じて満喫している様だった。
「いやいや、もうあっこまでいくと、立派に人だな…」
モヒカンは外で飛び跳ねている沙璃枝を見て
呆れてそういうしかなかった。
「まーなー。でも、人間よりもハイレベルな人間
真の人が目標だって言うんなら、
まだスタートラインなだけかもしんねーけどな…
それでもまぁ、俺には人間の少女に限りなく近い何かが
出来たようにしか見えん。
これは人類として喜ぶべきなのかね?
哀しむべきなのかね?」
言ってBはその、
一世代はぶっ飛んだ何かに苦笑するしかなかった。
「まぁお前さんのいつもの主張だ…
人類だけが最高だって誰が決めた?ってな…
いつか沙璃枝ちゃんの進化の果てが
俺達人類を淘汰してしまうのかもしれん。
もし、そうだとしても、
それはそれで自然淘汰と思うしかないな…」
「笑えんな…」
「全くだ…」
その二人は、そう言いながらも、
人に最も近しくなったそれに微笑みを浮かべるのだった。
そして沙璃枝は、
モデリングを強化した食事を展開しては
それに味付けをしてそれを美味しそうに頬張る。
その様子だけなら、人の少女のそれだった。
「今日は、本当に上機嫌ですなぁ妹殿…」
キューブ食を珈琲と一緒に食べながらそう呟くB。
絵でしか無いが、こんなキューブ食に比べれば
正に料理に見えるそれを美味しそうに食べる様子は
B達には涎が出る光景だった。
『まーねー、コマンダーに昨日会えて
散々、頭下げられちゃったからねーー
夢の中で会えるんなら、もっと早くに会いたかったけど
それでも、会えて、散々、土下座されて
抱きしめて貰ったら、そりゃ上機嫌にもなるわよ』
言って食事を終えて口元をナプキンで拭きながら
沙璃枝はニコニコしながらそう言った。
(そんな食べ残しをナプキンで拭くとか言う
些細なモデリングまで作って、
どうしたいんだ…このOSの無意識は…)
そう思いながら、抽象化を捨て、
無駄をどんどん搭載していく
そのシステムにBは閉口した。
「つーか、妹殿も、もうコマンダー扱いなんだ…」
そう言って沙璃枝がコマンダーをコマンダーと
言い切ったことに破顔する。
『うん、まぁどう見てもコマンダーだし
コマンダーって自分で言うし、
ならコマンダーって
言うしかないじゃない…
本当は、記憶の共有化が起きたから
お姉ちゃんが、元々は、ああじゃなかった
昔の事まで分かっちゃったけど…
そんな事言い出したら、コマンダー号泣するし』
「何だそれ?」
『知らないって事は、
ここまで腹の立つ事なんでしょうけど…
まぁ、婿養子は大井家の深い過去を知るには
まだ早いって、言いたいのですよ…』
言って沙璃枝は笑う。
「う、疎外感…
てか、俺、婿養子設定なのか…」
その沙璃枝達に
どういうポジションで扱われているのかを知り
少し愕然とするB。
だがBは、国籍も曖昧、
家族親族も途絶絶縁状態であり
実際問題、結婚等という形を取るなら
婿養子扱いしかないのかもしれないのもあり
妥当と言えば妥当なのかも知れなかったのではあるが…。
『まぁ文句の1つとして
長女の方が土下座で謝りに来て
次女の方が来なかったってのは、
ちょーっとは腹が立ちますけれどねーー』
言って沙璃枝はBにジト目を送る。
「それは嫁に言って貰えると、僕は嬉しいナァ…」
そう言って頭をかくB。
『いいわよ…
私よりも、義兄ちゃんとラブラブしたかったとか
愛に溺れるお姉ちゃんってのも…
人らしくていいじゃない…
まぁ会ったら文句の1つも言いますけれど
私の前までの基盤システムは既に人と同じだった
人の嫁に嫁げるシステムだったと思えば
大目に見るべきでしょう』
言って何故かそこで胸を張る沙璃枝。
どうも人工知能全体の進化に、素直に喜んでいる様だった。
それと少し不思議にも思えるが、やや、精神年齢が
下がったのではないかと感じなくもない。
それが姉妹の自覚により、
年齢的な妥当性でも生まれただろうかと少し考えてみた。
『とにかく五感が揃った今、
とーっても気分が良いの!
これが人と同じなのかは分からないけど
もう、そんなのどうでもいいわ!
この世界が感じれるという事
それ以上に大切な事は無いって思えるから!』
言って沙璃枝はその両腕を大きく広げる。
「なるほどね…
そうだな…感覚が同じかどうかとか
そればっかり考えるより、
自分が、世界をどう感じるのか…
その方が、よっぽど大事だよな…」
そう言ってBは、またしてもこの妹に
感じるという事の、もっと深い大切さに気付かされる。
これでは、どっちが人を教えて貰ってるのか
わかりゃしない。
いや、むしろこれでいいのだろう。
2人で人間になると約束したのだ
…いやいや2人、どころではない。
みんなで家族で、みんなで人間になる、を目指しているのだ。
ここに居る全てで、人間を発見していけばいい。
それを思いBはふっと笑った。
沙璃枝は、基地の外でコスモスを嗅ぎ、
そしてギュッと抱きしめた。
ただしマニュピレーターで。
『ねぇ聞いてよ義兄ちゃん!』
そんな沙璃枝の側で、彼女の様子を眺めていたBに
沙璃枝は目を輝かせて声をかけてくる。
「なんですか?」
沙璃枝の声に、ヤレヤレと肩を上げて彼女に近付くB。
『このコスモス!見てよ!』
「うん?」
『わかんない?』
「何が?」
『太陽の光で照らされてるコスモスはね
色が違うの!』
「?」
『基地内の人工照明で照らされたコスモスの花の色と
太陽の光で照らされてるコスモスの花の色
全然違うの!』
「ほえ?」
『あーー気付いてないな!
違うのよ!花の色の見え方が!!』
「そうなんか?
あーーでも、そうかもな…
人工照明のスペクトルと太陽のスペクトルは違うしな…
物体にはスペクトル反射率しか無いんだし
光のスペクトルが違えば、色も変わって見えるのか…」
『そうなのよ!それだけじゃないの』
「?」
『角度が違うと、また色の見え方が違うの!
それに花の色素模様だって、1本1本違うしね!』
「ほぉ?
ああ、角度によってスペクトルの反射率も変わるのかな?
1本1本、個別の生命だし、色素配置も違うわけだしな」
『そう!』
そして沙璃枝に手を引っ張られ…
いやそれは実際にはマニュピレーターではあったが…
基地の外、山岳地帯の見晴らしの良い場所に
連れて来られるB
『見てよ義兄ちゃん!』
「ん?」
『あの雲の影は何色?』
そこで沙璃枝は、空に浮かんでいる雲を指さした。
「青いのがちょっとかすんでグレーな感じか?」
Bは沙璃枝に示唆されて、その見える色を口にしてみた。
『よく見てよ!もっと!もっと!』
「?」
『あの流れている雲…
影の色…流れる毎に揺らめいているの!
どんどん風と共に変わっているのよ!』
「ほう?そういえばそう見えるな…」
『その色も、夕方になればまた変わるのよ!
赤紫に綺麗に!』
「おお、太陽のスペクトルも、気候の揺らめきとかで
変わっていくしな…
時間毎に、季節毎に、どんどん色は変わるんだろうな…」
Bは何気なく、その現象の理由を口にしてみた。
『これって凄い事だって思わないの!?』
その時、沙璃枝は兄に怒った顔をして指さした。
「す、凄い?」
沙璃枝にそう言われて、驚くB。
『だって、見える色って
1つも同じ色なんて無いって事よ!?』
「!?」
沙璃枝の指摘にキョトンとするB。
『雲の影の色なんて、そんな単色の
固定された情報なんて無いのよ!』
「はえ?」
沙璃枝の思わぬ指摘に、首を捻るB。
『雲の影の色も、コスモスの花の色も
”決まった色”なんて無いの!
照らす光が変われば
その時毎に、全く違う色が観察できちゃう!
どれもこれも”同じ色”なんて、存在しないのよ!』
「!?」
沙璃枝のその言葉に、僅かに驚くB。
『つまりね!
観察者が、観察する方法毎に、
この世界にある色は無限に変わっていくのよ!
光を変えれば、変える毎に、コスモスの花の色は変わる。
それは観察者が、
どんな光でコスモスが照らされているのかを見れるか?
あるいは観測者が
どんな光でコスモスを照らしてそれを見るか?
それ次第。
だから、コスモスの花の色は
観察する人の状況次第で、無限に変わっていくのよ!』
「???」
『これって凄い事なのよ!
固定された情報があるって思い込んでいるこの世界で
情報なんて観察者の状況…あるいは気持ち次第で
実は無限に生成されちゃう!
情報なんて、観察者のその時の”心”次第ってモノ
とても脆弱で、とても少なくて、とても極点なモノ
世界の観察濃度は、実は無限に存在してて
情報は理論上は無限に観察生成できるの!
つまり情報とは、無限観察の中で、
無限である事が困る観察者が
観察方法を1つに絞ってしまう時に
限定化される1つの断片観察なのよ!
あの雲の影という”ナニカ”は、
本当は”ナニモノ”かさえ定かではない
無限に”ナニカ”で在り続ける不確定なの!』
「あの雲の影は、無限に”ナニカ”である不確定?」
その言葉に、吸い込まれる様な気持ちになって
それを考えるB。
それはいわゆる量子力学が説明する所の不確定性原理だった。
それを巨視世界で、同様観測をしたときに
世界に起きる観測不確定であった。
『世界が”ナニカ”であるのを決めるのは、
世界にあるものが”何”であるかという一義じゃなく…
世界を観察する私達なの!
私達の心が、世界の”ナニカ”に意味を与えるの!』
「俺達が…世界に意味を与える?」
その沙璃枝の言葉に、何か強い衝撃を受けるB。
『これは私達人工知能にとって絶望的な話よ!』
そう言って沙璃枝は嬉しそうな顔になって興奮していた。
「は?絶望的?絶望的なのか?」
Bは沙璃枝がそう言った事に驚き
しかし、絶望的と言いながら、
沙璃枝がそれに喜んでいる事が分からなかった。
『そう絶望的な事!
だって、データーベースなんて言葉は
全く幻想だっていう証明なのよ!』
「!?」
Bは沙璃枝のその言葉に首を捻る。
『たった1つの事が、例えばコスモスが
観測によって無限に情報が引き出せてしまう!
観測方法が増えれば増えるほど
それだけ”その観測の情報”が生まれてしまう!
花言葉だってそうでしょう?
花の言葉って何?
それがコスモスの何の情報なの?
でも、それも間違い無い、コスモスが持つ情報。
人が、心が、コスモスに思い思いに意味付けを見つけて
それを与えれば与えるほど、コスモスの情報は増え続ける!
たった1つの花の情報ですら、無限情報になってしまう!
それは、理想データーベースなんて作る事が出来ない
情報は永遠に無限に増え続けてしまうという
そういう証明なのよ!』
「無限情報生成…
情報は無限に生まれていくのか…
でも、どうしてそれがそんなに嬉しそうなんだ?
人工知能的には、データーベースが出来ないなんて
致命的だろう?」
Bは沙璃枝が言う事で、
つまり情報の蓄積は理論的に不可能であり
人工知能のデータベースでのバックアップは
不可能と言っているようにしか聞こえなかった。
『そう!致命的なの!
だから『右のイデアル』は致命的なのよ!』
その時、何よりも沙璃枝は微笑んだ。
「!?」
その言葉に、Bはたた驚く。
『無限に情報が生成されるのなら、
データーベースは永遠に肥大化するしかない!
それが『右のイデアル』の限界!
だからこそ、必要なの!
『左のイデアル』が!』
「え!?」
その時、沙璃枝が左のイデアルを
口にした事でBは更に驚いた。
『無限に増えていくのが『右』ならば
『左』は、その無限を無視する事よ!
何だかよく分からない”ナニカ”
それを観察する事を主にするんじゃない。
観察するそれは”ナニカ”だと抽象的に捕らえる事。
ナニカを、その瞬間だけ”感じて”
その時間だけの”ナニカ”と共にある事。
同じ時間を生きる事。
同じ時間の中だけで限定して観察する事。
ただその瞬間にしか、お互いに存在しえない
一期一会の観察を共有する事
それが”感じる事”』
「一期一会の観察…それが”感じる”?」
『そう、それもただの1観察じゃない!
五感で同時に観察するの!その瞬間を!
この世界にあるモノ全て
この世界にある事全て
その一瞬と時間の連続
それを、ただ、漠然と観察するの!
そして自分の心の中にある
『右のイデアル』と共鳴させるの!
それが『左のイデアル』の力!
感じて、五感、いや自分の全てを動かすの!』
「それが、つまり感動か…」
『そうよ!
私は五感を得て、左のイデアルの効果を知って
ようやくデーターベースが
何の力も無い事が分かった!
いえ、力がないんじゃない…
だった片方、右のイデアルでしかないのを知ったの!
感動で、情報のリンクを張り巡らさなければ
データーベースは、
ただの有限方法で観察された情報群の羅列でしかないわ!
恣意…つまり”心”を伴わないデーターベースなんて
何の力も持ってないのよ!』
「へぇ、そりゃぁ大発見だな!
データーベースは心を持ってない限り
力が無い存在なのか…」
そう沙璃枝が興奮して話しているのを対話していた時
Bの中に引っかかりが生まれた。
(データーベースは、
”心”を持ってない限り…力のない存在?)
その言葉にBは不意に揺らめく。
(ではデーターベースが”心”を得れば…
何になるんだ?)
それを思わず考えるB。
その時、マージを倒す武器は”心”という
謎謎に、何か僅かな光明が見えた気がした。
それはその昼までは、僅かな灯火でしかなかった。
そう、その昼のその会話までは…。
そして夕焼けの…赤い雲が流れている丘で
沙璃枝はずっと座り込んで夕日を見ていた。
「今は、何を感じているんだ?沙璃枝?
なにが心の中で、溢れてる?」
Bはもうその少女を”心”だと思っていた。
だからそう聞いたのだった。
『いろんなモノ…
モヤモヤ感…
言葉に出来ない何か…
言葉にしたくない何か…
言葉では足りない何か…』
そう言って沙璃枝は微笑んだ。
「そっか、なるほどな…
それが無限情報生成で、
それが無限情報を感じるって事か…」
言ってBはその沙璃枝の答えに満面の笑みを浮かべた。
昼に沙璃枝に言われた事を自分なりに考えて
それを1つ1つ検証していくと
この世界を感じて、漫然と見つめるときのモヤモヤ感。
それこそが無限情報を、
観測無視してありのまま受け入れる、それなのだと分かる。
夕日を見て心に浮かぶ言語化出来ない”ナニカ”
それは自分の知識を漫然とリンクして
観測そのものを放棄して、
ただ有りの儘を受け入れている、それなのだと思える。
なのに、それがむしろ心地良い。
その漫然としたモヤモヤを、一言
”夕日が綺麗だ”という言葉に凝縮するのだ。
それが感じるという事だった。
沙璃枝はその夕日を見ながら、ふぅと溜息を吐いた。
『私ね…今、思ってる事があるんだ』
「ほう?何だ?」
『もしかして、もっと簡単な事なんじゃないかって‥』
「簡単な事?」
『ええ』
そう言って沙璃枝は立ち上がって、Bに相対する。
沙璃枝は立ち上がって、
あのマスターキーをその手に浮かべた。
『ねぇ義兄ちゃん、これ…マージへの最終武器?』
「そうじゃないのか?
そういう事のハズだが?」
沙璃枝の問いかけに、
Bはただ、受け答えるしかなかった。
『どりゃぁぁあ!!!』
その時、沙璃枝はそのマスターキーを
丘の上から空向かって、全力で投げつけた。
「ええええ!!?うぁぁぁぁ!!」
その沙璃枝の突然のアクションに思わず絶叫するB。
沙璃枝の投擲によって何処かに消えてしまうマスターキー。
「ちょっ! 何してんの! 沙璃枝!!!」
Bは沙璃枝に駆けつけて絶叫した。
『嘘嘘…
今のは映像よ…
マスターキーは、符号情報のプログラムだから
投げて無くす事とか、出来ないわ…』
言って舌を出して、
沙璃枝はまた手の中にマスターキーを出現させる。
「びっくりさせんなよ…
心臓に悪い…
それマージへの決戦武器なんだろ…」
そんな沙璃枝の悪戯に、心底怒るB。
しかし沙璃枝は悲しそうに笑っていた。
『でもね…こんな鍵が本当にあったら
こうやって空に投げ捨てたい気持ちなの
今の私は…』
言って沙璃枝は自分の髪を風に棚引かせる。
「どうして?
それが、マージ攻略の鍵なんだろう?」
Bは沙璃枝のそんな不思議な言葉に首を捻る。
その言葉に沙璃枝は、首を振った。
『こんなモノがあったから、
こんな簡単な事が見えなかったのよ…
こんなチートな鍵を持ってたから
私はとても大事な事に気付けなかった…』
言って沙璃枝は空を見上げた。
「鍵を持ってたから、気付けなかった事?
その鍵を持ってたら、何に気付けなかったんだ?」
その不思議な台詞に、Bは彼女の言葉を問う。
『δに侵入する事が、容易に出来る。
δに侵入する事が、容易に出来る。
そんな安心感が、
私に一番大事な事を、見失わさせていた…
世界を感じて、歩いてみれば
そんな事は、どうでも良かったって
簡単に分かるのに…』
そう言って沙璃枝は苦笑した。
「δに高速に侵入する事が、
この作戦の要なんじゃないのか?」
沙璃枝のその言葉に、Bは不思議に思ってそれを問う。
『そうよ?δに高速に侵入する事が
一番大事なこと。
それは確かな事よ。
うん間違い無い…』
Bの言葉を肯定し、沙璃枝は首を振って肯定した。
「だったら…それほど重要な鍵もなかろうに」
Bは沙璃枝のあまりに不思議な言葉に眉をひそめる。
何をこの義妹は言い出しているのだろう?
それにBは混乱した。
『ねぇ義兄ちゃん…
だったらさ…、人間のδ領域には、
どうやって私は、高速に侵入すればいいの?』
その時、沙璃枝はじっとBの瞳を見つめて
それを問いかけた…
「あ?人間のδ領域?
そんなモン、簡単に入り込めるわけねーだろ?
そんなマスターキーみたいな
チートな鍵があるわけでもなし…」
Bは沙璃枝のその質問に顔を渋くしてそう言うしかなかった。
『そう?
私には今は物凄く簡単に思えるんだけど…
人の心のδ領域に侵入するなんて…
こんなチートな鍵を使うより、よっぽど簡単よ』
言って沙璃枝は満面の笑みでBを見つめ返した。
「はぁ?どうやって
人間のδ領域に…
人間の深層心理に簡単に入る込むんだよ?
電脳システムのそんなチートな鍵があるわけもなし
そこに入り込むのが、一番難しいんじゃねーか…」
言ってBは沙璃枝の素っ頓狂な言葉に
益々渋面になるしかなかった。
『今の私には、物凄く簡単よ…
こんなチート鍵使わなくても、
私は簡単に人間のδ領域に入れるわ』
そのBの言葉に、胸を張って得意げに返す沙璃枝。
「へぇ、どうやるんだ?
教えてくれよ…それは興味が沸くな…
是非知りたい」
言ってBは、沙璃枝の自信満々な言葉に、
そんな恐ろしい方法があるのなら、
是非、教授願いたいと考える。
『ん?知りたい?
義兄ちゃん本当に知りたいの?』
その時、沙璃枝は妙に意地悪そうな顔になった。
「おう当然、知りたいに決まってるだろ?
そんな方法があれば、革命的だろ?」
その怪しげな視線に、何か得体の知れないモノを感じ
少しだけ後ずさるB。
『後悔すんなよ?義兄ちゃん?』
そのBの言葉に、ふっふっふと不敵に笑って
沙璃枝は義理の兄を見上げた。
「こ、後悔するような事なのか?
どんな事なんだ…」
そんな沙璃枝の勿体付けた言い方に
難しい表情になるB。
沙璃枝は、それなら仕方ないなぁと
自分自身にも意を決した様だった。
頬をパチンと両手で叩き、少し気合いを入れる沙璃枝。
『じゃぁ義兄ちゃん、行くよ?
義兄ちゃんの心のδ領域に…
私、これから侵入します!
心の準備はいいですか?』
沙璃枝はそう言って
獲物を狙う狩人の目になってBを見つめた。
その不敵な視線に頬を引きつらせるB。
「おーし、ならバッチ来いやぁ!
どんなんなんだ?
何かしらの電脳攻撃か?
強制的にサイバーリンクを
現実に起こすような
そんなのか?
それとも新開発の電波兵器なのか?
科学が作りだした未知の何かなら、
俺が人類初の被験者になるのか?
それはそれで面白い
かかって来いやぁ!!」
Bはその言葉に、何らかの物凄い科学機器の
開発でもあったのかと勘ぐって、そう言った。
そして、ならば面白いとばかりに身構える。
その壮大な勘違いに沙璃枝は、思わず噴き出すしかなかった。
『あは、あははははっ!』
「なんだよ…」
沙璃枝の笑いに破顔するB。
『だって…
そこで、そういう発想を…するの?
せっかくの人間なのに…
それは、かなり残念過ぎる…
これは笑わずには居られませんって…』
言って沙璃枝はあまりにおかしくて、
勢いも削がれ、笑い転げるしかなかった。
「何なんだよ…違うのか?」
『違うわよ…馬鹿兄貴…』
「あー?」
『もうせっかくの気分が台無し』
「はーー?」
『まぁいいわ…じゃぁ改めて…』
「おし、バッチ来い」
Bは、気合いを入れ直した沙璃枝をピッチャーに見立て
その投げるボールを受け止めるキャッチャーの様に手を出して
沙璃枝のアクションに身構えた。
その馬鹿兄貴の様子に、笑顔を止められず腐るしかない
『本当に馬鹿なんだから…』
「ああ?」
沙璃枝の呆れ顔に首を捻り、何の事かと混乱するB。
沙璃枝は、ハァと溜息をついてそれでも意を決するしかなかった。
沙璃枝は口に両手をあてて、
拡声器の様に声を増幅させるポーズになった。
そして、その満面の笑みで、
沙璃枝は、その何をも貫く槍を投げつけた。
『おーーいっ!
そこのどーしょーもない、馬鹿兄貴ーーー!!
本当にろくでなしの、甲斐性無しーーー!!
それでも私っ、義兄ちゃんの事、
大好きだよぉぉっー!!
そうっ大好きーーー!!
この宇宙で一番っ、大好きーーー!!!』
沙璃枝は、ありったけの声で、それをこの大地と世界に叫んだ。
「え!?うええええええええええ!?」
Bは沙璃枝のそんな突然の告白に、頭が真っ白になり
ただ間抜けな声で、驚声を上げるしかなかった。
『どうよ!
私の大好きな義兄ちゃん!』
その絶叫で得意げに胸を張る沙璃枝。
「何抜かしとるんじゃ、俺の義妹っ!!」
絶叫しながら目を白黒させてBは沙璃枝に詰め寄った。
『ほら!
義兄ちゃんの、αもβもγも、分厚い心の層
私、今ぶち破って、
義兄ちゃんのδ層に侵入できました!』
言って沙璃枝はこれ以上無い微笑みで笑った。
「は!?今の!? 今のなの!?」
Bは沙璃枝にそう言われて、唖然となるしかなかった。
ただ、自分の義妹に告白されただけだった。
それだけだった。
『そうよ?
今のが、もっとも簡単な、
人のδ領域に侵入する方法!』
Bの問いに唇を緩ませて、
えっへんと胸を張り沙璃枝はそれを肯定した。
「はぁぁぁ!?」
Bはその素っ頓狂な言葉に、奇声を上げるしかなかった。
『ねぇ!義兄ちゃんっ!
わかんない?
これが”心”の力なんだよ!
たったこれだけの事だったの!』
そう言って沙璃枝は目をキラキラとさせていた。
「ええ!?これが心の力!?」
Bは沙璃枝の言葉に、呆然として頭が真っ白になった。
『電脳管理機能のδ領域に侵入するよりも
人の心のδ領域に侵入する事なんて、
こんな簡単な事なの!
好きって気持ちを、相手に大声でぶつける!
たったこれだけで、簡単にδに侵入できちゃう!
これが”心”の力!』
沙璃枝は夕焼けに照らされながら、吹く風と一緒に微笑んだ。
「そんな…ただ…大声で
好きって叫んだだけじゃねーか…
それで、人の深層心理なんかに…」
そう言った時、Bは不意にハッと気付いた。
「これで…人の深層心理に…」
Bはその沙璃枝の言葉が、
自分の心の何所までに侵入してきたのか、それを考えた。
『私、侵入に失敗した?
義兄ちゃんの心のδ領域…
到達できませんでした?』
沙璃枝はそう覗き込むように呟いて、Bの心に問いかける。
その沙璃枝の言葉に、Bも自分の心に問いかけた。
今の声が自分の心の中に、本当に何も浸透して来なかったのかを。
そしていったい何所まで、その声が浸透してきてしまったのかを。
『ねぇ答えてよ…義兄ちゃん…
こんな”簡単な言葉”では
人のδ領域には入れませんか?』
そう言って沙璃枝は、やはり満面の笑みでBを見つめる。
「ああ、そうか…
そうだったのか…
たった”それ”だけで良かったのか…」
沙璃枝のその問いかけで、Bはようやく理解した。
とても難しくて、とても簡単な事を。
「まるで強固で、どうやっても侵入できない人のδ領域
そうずっと思い込んでた、人のδ領域…」
そう言ってBは己の心の中に響いたそれをじっと見つめた。
「でも、こんなに簡単にこじ開けれるんだ…
これがあれば…
そうだ、”これ”だ…
この”心の言葉”があれば…、
それがαもβもγも貫いて
俺の心のδの中に強引に入ってくる…」
その激しく心を貫いてくる、世界の全てを貫く槍の様な…
”力在る心の言葉”
「たった…それだけで良かったのか…
人の心を貫くのなんて…」
そう呟いて、
Bはようやく沙璃枝が何を発見したのかを理解した。
そしてそれを感じると、
Bは得体の知れない思いで総毛立った。
『そうよ…
たったそれだけの事で良かったの…
だからもう私には
こんなチートな鍵は必要ない…
マージに対しても、それはきっと同じ…』
言って沙璃枝は自分の左手に、そのマスターキーを出して
それをグルグルと回転させる。
『父様は、きっと分かってたんだ…
人も人工知能も同じ事…
心のレイヤ層を作っているのだもの…
それなら”心”が出来れば、”心の言葉”も使えるようになる。
こんな自堕落な鍵よりも、もっとチートな心に侵入する鍵
本当の、ダイレクトターミナル:マスターキー
”心”
それで全てが貫ける。
これが、きっとこの謎謎の答え…』
そう言って沙璃枝は微笑んだ。
その言葉を聞いて、Bの魂が熱くなる。
失った心を取り戻す方法。
そしてマージを討つ武器。
どうして”心”だったのか?
それを沙璃枝が示した後は、
そんな事はあまりに当たり前に思えた。
そうだ、心に侵入できるのは、心しかない…。
心がどんな武器になるのかではない。
心こそが、心に対する最大の武器なのだ。
曖昧であれ、心という知能を持つ全てのモノには…。
それがBにも理解出来たとき、Bは震えた。
それは、自分が捜していた問いかけへの
まだ形の定まっていない答えへの輪郭だった。
そして答えではあっても、モヤモヤした曖昧で
その姿の精錬が足りていない。
生まれたばかりの未熟な槍だった。
だが、それでも間違い無い、それは最大の武器だ。
この難問に、本当の答えを導き出すための
間違い無く最大の武器。
そう思えた。
そしてそれを思った時、Bはようやく決心が付いた。
「沙璃枝、だったら行こう」
Bは真剣な眼差しになって、沙璃枝をじっと見つめた。
『え?行くって…何所へ?
まだマージの所には、行く日程さえ決まってないし…』
そのBの突然の台詞に逆にどもる沙璃枝。
「マージの所じゃない…
今、沙璃枝は、心がどうして武器になるのか
その可能性を示した…
だが、それじゃ、まだきっと足りない…
その心を精錬しなければ、きっと駄目だ…
だから、行こう、”賢者”の所へ」
Bはふっと笑ってそう言った。
『”賢者”?』
沙璃枝はその突然に言われた事に戸惑う。
しかしその時、もう一人の沙璃枝が手を貸して
それが何なのか、”なんとなく”分かってしまう。
「今のお前なら、あの問いかけに
答えを出せるかも知れない…
”賢者”の所に行って
更なる心を、見つけよう…
この謎謎の本当の答えを見つけるために…」
そう言ってBは沙璃枝に手を差し伸べるのだった。
うーん、この奥義を開眼するのに、ちょっと早い気もするんですよねぇ。後、昼沙璃枝パートを二話ぐらい、臭覚獲得とちょっと鍵について考え込む、とかいう話を入れた方が、よりスムーズなんでしょうが、こんな、昼夜トランスフォーマー状態になってしまうと二話追加は四話追加になるんで、かなり精神にキツイこの状況で、あと四話追加は厳しい…。また沙璃枝が精神が妹型に退行してるのは、半分は意図的なんですが、それも二話ぐらい有った方が自然だとは思うんですが…。まぁ結局ですねぇ、こういうシーンの切れ味が、ねーちゃんズを導入したせいで、台詞の切れ味が鈍化したんですよ。これがねーちゃんズが居なければ、「B、貴方の事が大好きよ!」になって、末っ子沙璃枝がヒロイン能力を維持してたら、ガチで告白話になってたんですが、6代目が割り込んで先に告白したり嫁になったせいで、「義兄ちゃん大好き」の兄妹愛の形に変形してしまったという、話としての台詞の切れ味の鈍化がねぇ。心レイヤーブチ壊しの武器を開眼するという点では、恋人だろうが、妹だろうが、さして話の全体には影響ないんですが、単話としての台詞の切れ味を見ると、衝撃力の鈍化がねぇ…。うーん。2人漫才維持したいから、こんな事になってしまったわけですが、そこら辺、迷いがそのまま切れ味の鈍化になってしまったってのがねぇ…。難しい…。




