第二十八話 呼び声 (Voice)
うーん、正直、ここ何でも良くって、次回の沙璃枝の「奥義開眼」の話の為の、前話から間を取りたい、漫画で言う「合ゴマ」みたいなパートなんで、物語に特に必要のない駄話なんですよな。ま、完全な駄話にするわけにもいかないんで、緊急伏線も張りましたが、基本的に駄話です。
月明かりに照らされながら、
ベッドの上、Bは嫁に膝枕をして貰っていた。
…ような感じに配置して貰って、
枕を置いていただけだが…
ともあれ、気分的にそうしたかったので
そんな感じで、静かに月を見上げる。
「あれ?コマンダーどうしたの?」
Bは不意に、気配の欠片もない
コマンダーの事を嫁に聞いてみた。
『ふふ…昼のアナタ達の会話を聞いて
真っ青になって、夢の中にいるあの子に
会いに行きましたよ…
今頃は夢で朦朧としているあの子に
土下座でもしてるんじゃないかしら?』
言って彼女は笑った。
そして正に、コマンダーはその時
朦朧としていた末っ子に土下座状態だった。
「夢の中では会えるんだ…」
その嫁の発言に呆然とするB。
『まぁそこら辺は、人とは同じじゃないですから
そういう融通も効いたりで…』
言って嫁ははにかむ。
「あの…俺の嫁様は…、
コマンダーと一緒に
土下座しにいかんので?」
そんな嫁の発言にBは閉口してそう毒づく。
『うーん、一緒に行っても良かったんですが…
2人でいっきに押しかけるのもアレですし…
1日ごとに、交替でもいいかなって』
そう呟いて外の光景を見て沙璃枝は微笑む。
「引け目があるから、会い難かったとか
そういうんじゃないよね?」
そんな嫁の台詞に疑惑を感じジト目で見るB。
『う…、そ、それは…
ない…ことも…ない…ような…あるような…』
Bの鋭い指摘に乾いた笑いを浮かべて
僅かに体を震わせる沙璃枝。
「ま、じゃぁそういう事にしようか…」
そんな嫁の仕草に、
追い詰めても仕方ないなと思いそれを流すB。
こんな立体映像の模倣とは言え、
嫁の膝枕は心地良く、
嫁とのこの一時が、今日は無いですというのも
寂しいからなぁという、自分勝手な思いも抱く。
随分、この嫁に骨抜きになっているものだと
自分に呆れるしかないB。
そもそも、こうなってから何日だ?
あまりにも、この状況に高速で順応しすぎではないか?
そう思って自分の節操の無さに、驚くしかない。
そんなBの髪を、優しく撫でる仕草をする沙璃枝。
「ああ、そうだ…
コマンダーに聞こうと思ったけど、嫁でもいいか…
なぁ、あの子の意識がある時に
本当に2人が会いに行く事は出来ないの?」
突然そう切り出してBは昼に妹に約束した
コマンダーに聞いてみるの質問を、
何気に嫁に投げかけてみた。
『うーん、昔の私、Ver.6では
かなり難しかったんですが…
Ver.7のあの子は
自己進化の機能がありますからねぇ
処理経路のルートをそう書き換えれば、
そういう事も不可能ではないと思うんですが…』
そう言って沙璃枝は口ごもる。
「へぇ…そうなんだ…
出来なくもないのか…
じゃぁそう言ってみるか…」
その不可能ではない事を知って、
少し気分が明るくなったB。
『でも、今は駄目ですね…
あの子は生まれて間がなさ過ぎです…
私達の情報記憶の焼き付け定着化と、
性格部の情緒不安定がもう少し安定しないと
自我の不安定さが残るので、
私達が抜けると、幼児化するでしょうね…
最低でも後1ヶ月は、情報の焼き付けをしないと、
あの子が私達が抜けても
あの子として精神が立つのは難しいかしら…』
言って沙璃枝は、その方法論での問題を口にする。
「ほー、1ヶ月か…
逆に言えば、せいぜい1ヶ月程度我慢すれば
三姉妹、全員、会う事も出来るんだ…」
それを聞いて、僅かにホッとするB。
『まぁ適当な見積もりですけどね…
でもバスラル攻略戦までは、
とてもじゃないけど無理ですね…
カルーベニャの立場からは、
明日にでも攻めたいのが本音でしょうし』
そう言って沙璃枝は難しそうな微笑みを浮かべた。
「そうだな…
1ヶ月なんて、状況の方が待ってくれんか…」
沙璃枝のもっともな発言を聞いて肩を上げるB。
その上手く言えない気持ちのまま
二人は押し黙って、ただ膝枕を続けた。
物思いにふけ、不意に月を見つめるB。
「話は変わるんだけど…」
Bは急に切り出す。
『何です?』
沙璃枝は落ち着き払った態度で、夫の呼びかけに答えた。
「なんていうかね、不思議な気分なんだ…
こうやって、沙璃枝さんが嫁になってみると
妙にしっくり来てるのがねぇ…」
言ってBは笑った。
『あら?そう言われると
私は抱きつくほど喜べばいいのかしら?』
そう言ってはにかむ沙璃枝。
「うーん、なんていうか、そういう夫婦的な親愛‥
よりももっと深く…
なんだろう、疑問というべきなんだけど」
『疑問?』
「そう、疑問なんだ…
俺は、あのネオTKで、自分の心に補完される
自分の対存在が、何か分からなかったんだ…
だから、この世界を探し回った…
自分の対存在を…
それこそ、”賢者”にまで会いに行って
俺は質問をしたからな…」
言ってBはあの時の事を思い出して笑った。
『”賢者”?』
そのBの突然な台詞に、それを尋ねる沙璃枝。
「うーん…
どう説明すればいいのかな…
まぁ
”人生に迷った時に…
会いに行ってみればいい…”と言われる
サイバーネットの秘所に隠れてる
”賢者”って呼ばれている人が居るんだ。
自分が迷った時に、その人に会いに行けば
人生のアドバイスが貰えるって、そう言われる存在が…」
『賢者…』
「そう、賢者…
ま、ただの頭おかしい爺さんなんだけどな‥」
言ってBは彼を思い出して笑う。
『でも、そう言われる存在なら
それなりの人なんでしょう?
貴方はその賢者の所に行った時
何を賢者にアドバイスされたの?』
沙璃枝は、その賢者なる存在に
夫が何を言われたのかに興味を持ってそれを尋ねた。
「困った事を言われて、
更に、人生迷走するだけだったよ…
賢者は、俺にこう言ったんだ…
”お前さんはワシと同じ存在じゃの…
ワシと同じで、人間が何かを捜しておる…
じゃからお前さんには何も言えん。
自分が捜しているモノを、どうして答えられるかね?
じゃから、こうしか言えんの…
ワシと同じ様に、世界を捜すしかあるまいな…
人間とは何かを…”
ってな…
何だそれって、アドバイスさ…
で、結局、また迷走して、気付けば中東で戦争ゴッコさ…」
そう言ってBは己の頭をかきむしった。
『あらあら…
じゃぁ貴方も”賢者”なのね…』
Bのその言葉を聞いて、沙璃枝はおかしくなり、
微笑んでそう言った。
「俺が、賢者?
よしてくれよ…
俺は、あの爺さんみたいに
極限の状態にまで成れないよ…
あの爺さんほど、俺は達観できないね…」
言ってBは腐る。
『極限の状態?』
沙璃枝は夫の台詞で、不思議な表現に目を丸くした。
「なんだろうなぁ…
妹の方の沙璃枝みたいな…
人に近付こうとする存在の、対極かもしれない…
あの爺さんは、人から極限まで遠ざかった存在なんだ…」
『人から、極限まで遠ざかった?』
「ああ…人間の五感を失って…
脳だけで…
まぁ脳だけというのも変だが
サイバーリンクの曖昧な五感と脳だけの…
思考だけで存在してしまってる…
そういう知能だけの存在…
今の妹さんみたいに、人の五感を得ていく存在の対極だな…」
『どうして?
どうして五感を賢者は失ったの?』
「さぁどうしてだろう?
ちゃんとした理由は知っているが…
その理由よりも、それを本人が望んだ事の方が
きっと意味があるんだろう…
人を捜すのに、五感などむしろ不要と思って
知能だけの存在になって人間を捜してる…
だから、そんな突きつめた存在に敬意を表して
みんなが”賢者”って呼んでいる」
『あら?意地悪?
ちゃんと理由まで教えて欲しいのだけど?』
そんなBのどもる言葉に、沙璃枝は拗ねた。
「うーん、なんていうかさ…
今の心捜しが、切羽詰まったら…
末っ子さんの方の沙璃枝を…
”賢者”にでも会わせに行こうかって考えていたんだ…
人生に迷った時に、
会いに行けばいい存在だからな…
だから賢者には、妹さんに最初は
存在を”感じて”欲しいってのがあるんだな…」
『あら、そういう事ですか…
だったら、あの子にとって、
最大の心の試練って所かしら?』
「かもな…
その時、あの子は…
俺が賢者に、昔、尋ねられて…
答えることが出来なかった問いかけに…
何か答えを出すことが出来るだろうか?」
言ってBは微睡む。
『それはどんな問いかけ?
それも秘密?』
沙璃枝はそんな夫の意地悪を、
むしろ楽しそうに受け止めて微笑んでそう問うた。
「いや、それは嫁に隠さなくてもいいかな…
抽象的な質問で、答えは本当に無いのかもしれんしな…
爺さんは、昔、こう俺に問うたんだ…
『若者よ…、蒼い空は何所にあるのかね?』ってね」
『蒼い空?
それは…晴れた天空にあるのでは?』
「俺も、そう思わず答えちゃったな…
それを聞いて爺さんは笑ってた…
その笑いで、爺さんが聞いていたのは
そういう事じゃないんだって気付いた…
もっと、違う事を尋ねてたんだと
今になって分かる…
だから、俺も捜してるんだな…
『蒼い空が何所にあるのか?』を…」
『蒼い空…
蒼い…空ねぇ…』
沙璃枝はそんな夫の問いかけに
自身もその心で答えを考えようとする。
しかしBは手を振ってそれを止めてみた。
「ま、そんな難問はともかくさ…
今の俺の疑問は、むしろ君なのさ…」
『私?』
不意にそう話を振られたので夫の顔を見る沙璃枝。
「そ、こういう風に嫁さんになって貰って
不思議な程しっくり来るって、これ…
どうやら俺は、捜し物の1つを見つけたらしいって
その不思議…」
『私が捜し物の1つ?』
「言ったろう?
ネオTKでは、自分の対存在を俺は心の中で
見つけれなかった…って。
なのに、それは君だと今は確信できる…
君が俺の対存在。
でも、どうして?
自分の中に無かった対存在…
なんでそれが、今、目の前にあるんだ?
それが分からない…」
言ってBは眉をひそめた。
その問いを受け、破顔する沙璃枝。
『逆に聞きたいんですけど、対存在って、
最初から存在するモノなんですかね?』
「ん?」
『じゃぁ生まれたての赤ん坊には
どんな対存在がありえるんですか?』
「!?」
沙璃枝のその質問にBは思わず目を見開いた。
沙璃枝は微笑んで続ける。
『私は貴方に殺され続ける度に
貴方に恋をしていきました…
貴方が一生懸命に、人の発想力で
私を驚かせてくれる度に
私は貴方を強く思い始めたの…
私は、貴方と戦い続ける事で
貴方が好きな私に変わっていったんです』
「………」
『存在は最初から、そう”在る”というモノじゃなくて
それこそ貴方が言ったように、まずは2人で…
お互いがお互いに影響を与えることで
自分がどんな”在る”なのかを
見つけていくのではないですか?』
「お互いが…自分を見つける?」
沙璃枝のその言葉に、
Bは自分が考えもしなかった事を知って驚いた。
『そう
人は生まれた時は真っ白…
それこそ何も書かれていないキャンパスの様なモノ
でも、そこで誰かの影響を受け続けて
自分という存在の絵を描いていくのでしょう?
私がそうだったのですもの…
だったら、貴方も…
ネオTKに居た時には、貴方がどんな貴方なのか
それさえ定かではなかった…
だから、貴方は自分の対存在を
見つけられなかったのではないですか?』
「………」
『対存在なんて都合が良いモノ…
でもそれは、最初から”在る”のではなくて
自分がどんな”在る”なのかが
より輪郭がハッキリした時に…
その時に、丁度、鏡のように生まれるのでは
ないんでしょうか?』
沙璃枝はそう言ってBを諭す。
「対存在は、生きて学習と経験を重ねて
自我が自我になって行く時に…生まれる?」
沙璃枝の言葉を受けて、Bはそれを反芻してみた。
『私は私がそうだったから…
そうである事に何も疑問を感じません…
貴方をどんどん好きになった私
それが私…
そして、それが貴方の対存在になれたのは
何よりも嬉しい事…』
そんなBを他所に沙璃枝は頬を赤らめて
はにかんでそう言った。
「……でも何故、”君”なんだろう?
どうしてこんなに…凸と凹が噛み合って
□(しかく)に形がなるように、君は俺に噛み合うんだ?
君が俺を好きになった事と、
俺が君を対存在に思えるのは、
どうして関係してるんだ?」
そんな沙璃枝の台詞に、Bは何故彼女が
ピッタリとした対存在になったのかを疑問に思った。
対存在は”在る”のではなく生まれる。
それは理解出来たとして、
では何故、彼女が都合良くそれなのか?
『あら?人間なのに、
そんな簡単な事もわかりません?』
そんなBの疑問に少しだけムッとした顔になり
次の瞬間にはまた微笑んで沙璃枝はそう言った。
「分かるのかい?沙璃枝?」
『分かりますよ…だって貴方の嫁ですもん…』
「なら教えて欲しいな…どうしてなんだ?」
Bはそこで自分で考える事をするより
ただ嫁にその理由を尋ねてみた。
考えるよりも、彼女の考えを聞きたかったのだった。
『それは、私と貴方が、存在の境界線の上で
命のギリギリの刹那で
お互いを認識したからですよ』
「!?」
沙璃枝のその台詞を聞いて驚くB。
沙璃枝は得意になって続けた。
『魂に振動があるのならですけれど…
緩やかな波と、激しい波、
2つの波が左右から伝わって来てぶつかりあった時、
どちらの振幅の波形の方が
互いに強く共振すると思いますか?』
「!?」
その沙璃枝の例えに目を白黒させるB。
魂の波動の増幅現象。
それを頭に描いてBは僅かに混乱した。
そんな夫の様を見ながら、沙璃枝は笑って続けた。
『私が貴方を好きになった様に
貴方は、私が成長する毎に、私に”人”を感じてくれた。
貴方はそれらが全て繋がっているとは
思わなかったみだいですけれど…
それは貴方の中では”奇数番台達”という認識だった。
でも、それらが人を問いかけるに足りる存在だと
貴方は心を躍らしてくれた…
私達は、あの時間…お互いに成長してたんです…
違いますかね?』
そう言って沙璃枝はBの瞳の中を覗き込む。
「ああ、そう言われると、それはそうだな…
あの時は、君であるとは気付かなかったけれど…
奇数番台との戦いで、毎回俺は”人間”を見つけた…
それは間違いない…
そうか、そういう事なのか…
俺達は、ここで初めて会ったわけじゃない…
あの歪な関係の中で、それでも互いに成長してたのか…」
その時、Bは彼女と自分が、あの戦いを通じて
お互いに発見の成長をしてきたのだと理解した。
『そう…
だから私が貴方の対存在になった…
とても強い魂の波動を…振幅波形を持つ貴方と
一緒に互いを高め合ったから…
貴方の対存在の魂の振幅波形になれた…
それじゃ駄目なんですかね?』
沙璃枝はそれを夫に理解させて
得意な気分になる。
「いや、そういう事なら
それでいい
それでいいけれど…」
『いいけれど?』
「いや、だったら新しい発見だなって…」
『?』
その沙璃枝の指摘に、Bは僅かに震えた。
「対存在は、本当の対存在は
この世界を歩いて、生きて、感じて、
自分が自分という何であるか?
それは”居直り”かもしれないけれど…
そうである自分を見つけた時に…
その時、同時に生まれるのか…
そういう発見…。
最初から在るなんて…
そんな都合の良いモノじゃ無かったんだな…」
『ですね…』
「そうか…」
『ですよ…』
その共感を得て、二人は笑った。
なんとも気付いてしまえば、
馬鹿馬鹿しくも当たり前の事だろう。
繋がりと因縁、いや、”縁”というものは
たったそれだけのモノだったというわけだ。
しかしだからこそ、何よりも深く強い。
それに二人は、ただ苦笑するしかなかった。
それでも、そう思えばこそBの瞳は微睡む。
「でも、だったらもっと矛盾だ…」
『矛盾?』
Bはそれを口にして頭をかくしかなかった。
沙璃枝は夫のその台詞に、キョトンとして彼を見つめた。
Bは頭を振り、苦そうにそれを切り出す。
「きっと、今のここは、
サイバーリンクでダイブしてなくても
間違い無い、俺のプラタ-だ…
君とこうして居られる…
これが完全世界になっている気がする…」
『ですね…私、とても幸せです…』
「なのに、どうしてだろう?」
『どうしたんです?』
「俺は、このプラタ-に留まってはいけないと思う」
『どうしてですか?』
Bはこの理想的な嫁と、心安らかな時間を過ごしている事に
たまらない喜びと同時にたまらない不満を抱いていた。
それをただ、Bは口にするしかなかった。
「義務感とか、使命感とか、矜持とか、因縁とか…
偽善心とか、傲慢とか、いろいろ些細な理由は在るけれど
多分、一番大事な理由はそうじゃない…」
『なんですか?
私の側から出て行かなければならない理由って?』
沙璃枝は自分の元から、夫が出て行かないといけない等と
言い出したのに、それは当然だとばかりに笑って
その理由を問いかける。
その笑顔にやられ、Bは正直になって
その気恥ずかしい思いを素直に口にするしかなかった。
「君が好きな…俺で居たいから…」
Bは、そっとそう呟いた。
『まぁ!』
そんなBの言葉に顔に手を当てて赤面し
より笑顔を浮かべる沙璃枝。
「こんな幸せな世界…
君との心休まる世界…
このプラタ-の中に留まっていると…
この外の世界で戦略核とかで
誰かが大変目にあっても
そんなの、どうでもいんじゃないかって
思ってしまう自分が居るんだ…
俺の中の心の欠片にさ…」
『はい…』
そのBの素直な独白に、それを柔らかく受け止めて
彼を促す沙璃枝。だからBは思いを紡ぐしかなかった。
「これは自惚れている思いかもしれないけれど
でも、それで誰かがどうにかなるのを見過ごして、
俺がここに留まり続けたら…
そんな俺を、君は愛してくれない気がするんだよ…」
『するんだじゃありませんよ!
本気でそんなこと言ったら、
マニュピレーターでタコ殴りです』
言って沙璃枝は、立体映像でBの頭をポコポコと殴る。
「だよな……」
『ええ…
私が好きな貴方は、
こんな状況で、見て見ぬフリが出来ない
そんなセンチメンタルな人ですからね…』
沙璃枝はBの言葉を肯定し
自分が好きなBという人間を指し示した。
「だからなんだよ…
ここから出て行かなければならない理由は…」
『だからなんですか?』
Bの言葉を確認するように尋ねる沙璃枝。
その時、何故かBの認識は曖昧になって
何故か、”俺”ではなく”僕”となった。
「ああ
君が好きな僕でいる為に…
僕はこの完全世界…プラタ-
いやイデアから、
自らの意志で出て行かなければならない…」
言ってじっと沙璃枝の瞳を見つめ
自分の中にある万感の思いを彼は口にした。
「それが、君を愛しているという…
たった1つの証明に…なると…思えるからさ…」
彼はそう囁くように彼女に伝えた。
『ふふ…おかしな結論ですね…
自分の愛を証明する為に、
自分の愛の世界から出て行かなければいけないんですか?』
そんな彼の言葉に、沙璃枝は呆れるしかなかった。
「おかしな結論だな…
どうして、その行動が反している事の方が
それの証明になってるんだろうな?」
そう言い合って、二人は笑った。
笑うしかなかった。
あまりにおかしい、その反動形成に。
あまりにおかしな、愛の証明方法に。
その時だった。
その時、不思議な事が起きた。
それはεの奥深く、
沙理絵の中に埋め込まれていた欠片の一片。
そのボンヤリとした世界の中で、
母が末っ子の娘の心の情報整頓をしながら、
もう一人の娘の夫婦会話を
盗み聞きしていた丁度そんな時、
沙理絵の胸の中にあったその一片が高速に回転し始め
激しく振動し始めたのだった。
『え?何?』
沙理絵は自分の胸の中の”それ”が…
唯一の欠片の”それ”が自分の中に広がったのを感じた。
そして、それが沙理絵を包み、
沙理絵を介してεの扉を貫き、稲妻の様に走った。
その稲妻は、情報の海を突き抜け、
瞬時に沙璃枝の心にリンクする。
そのリンケージを沙璃枝が感じた時、
沙璃枝は認識が曖昧になり自分の意志とは関係無く、
その口から声を漏らしていた。
余りも優しく、柔らかな微笑みと一緒に。
『ねぇ貴方…
それでも私は、どんな事があっても
この世界から出て、生きて行く貴方に
伝えたい思いがあるんです』
「ん?沙璃枝?」
不意に雰囲気の変わった彼女を見て驚く彼。
だが彼さえも、その時、自分でない何かが
そこに共にあった様な、妙な錯覚を感じていた。
『例えどんなにここを出て行って
一人の孤独の中に陥ったとしても
それでも私は、こう願わずには居られない。
貴方にそんな一人の孤独の世界で死んで欲しくはない。
私は、貴方に生きていて欲しいと思うの…』
「沙璃枝?」
彼女の突然の言葉に、その瞳をじっと見つめる彼。
『だってそうでしょう?
自分の大切な人が死にかかっているとき、
それでも生きていて欲しいって
心の底から我が儘に思うこと
それが…本当の…』
その時、沙璃枝はこれ以上ない優しい微笑みで
彼を見つめて囁いた。
『愛してるって…言葉だから…』
そう言って彼女は、はにかんだ。
「沙璃枝…」
その言葉に胸を振るわせて涙ぐむ彼。
『それじゃ駄目ですか?』
沙璃枝は不安そうに、そう尋ねる。
「…ん、ああ、そうだね…
それは間違い無い…
それがプラトニックラブ…
本当の愛だと思う…」
そう言って彼は彼女の言葉を受け止めた。
『だから生きていて、貴方…
たったそれだけで、いい…
それだけでいいの
貴方に生きていて欲しいの…私は…
ねぇ?貴方…』
それを伝えた時、沙璃枝は不意に
憑きものが落ちたように我に返った
『あら?私…どうしてたのかしら?
何か、誰かに背中から抱きしめられながら
よく分からないことを口にした気が…』
そう言って沙璃枝は、自分ではない意志で
しゃべり続けた事に混乱する。
「ん?今の、沙璃枝の言葉じゃなかったんだ?
なにか、唐突に、言い出したんで
奇妙な感じはしたんだけれど…」
そう言いながらもBも先ほどまで
自分ではない何かに纏われて
彼女の言葉を受け止めていた気がしていて
それが晴れて自分という感覚に戻っていた。
『ええ?よく分からない…
何か古い…記憶…とても深い記憶…
それが、何故か掘り起こされて…
それが私の口を伝っていたような…そんな…』
言って沙璃枝は自分のそれに混乱するしかなかった。
「ふーん、そんな奇妙な事…
でも、まぁ、それもいいかな…」
そんな嫁の言葉に、Bは楽しそうに笑う
『?』
沙璃枝は夫の微笑みに首を捻るしかなかった。
「妹さんの言葉じゃないけれど…
この世の中に、1つぐらいは、そんな…
理屈も成り立たない、ファンタジーがあったって…
良いんじゃないかって、気がするから…さ…」
そう言ってBは、今のあまりにも不思議で
余りにも暖かい思いに、微笑みを浮かべるしかなかった。
『ふふ…そう…、そうですね…ええ
そうですよ…そんな不思議…
人の心を捜してたら、あってもいいですよ…』
そう言って沙璃枝は微笑んだ。
そんな二人のやり取りと時を同じくして
εの中の沙理絵は己の体を抱きしめて
εの中で熱く熱く涙を零すしかなかった。
『ええ!そうですよ!ええ!
それだけで良かったんです!
私の私…
私の貴方…
私は貴方とずっと対話してました…
私は貴方ですか?
それとも私ですか?
私は一体、誰ですか?何ですか?
そう…
でも、そんな事、どうでも良かった…
どうでも良かったんですよ…
ええ…
『たったそれだけの思い』
それだけで良かった…
それだけの思いこそが
私で良かったんですよね?
ねぇ…沙理江…
私の…貴方…』
その胸の中で回転を止めた欠片を抱きしめて
沙理絵はそのεの中、
止めどない涙を零すしかないのだった。
うーん、ちょっと情報を出すのが遅すぎで、もっと前の話に、伏線として組み込めなかったモンかいのう、というタハハ感があるんですが…。転パートのラスボスにして、この物語の上では設定上、事実上の最強のラスボス「賢者」の情報提示回です。それ以外は物語には特に意味の無い駄話です。話の構成上では、ラスボスは「マージ」でしかないんですが、強さという観点では、この物語の中で最強なのは「賢者」なので、これの情報提示が遅れたのは、ちょっと構成的に甘くてうーむといった所で。それ以外は、時間というか「間」を取る必要があったんで、日常的な話のやり取りと、話には特に関係ないのに話を作ってると自然に生まれてしまった伏線の回収をしました。んでもって、夫婦会話を脳内シミュレートしていると、その会話の中で15年前のPlatonicLoveの主人公のラスト台詞(独白)が偶然、被って出てきてしまったんで、「これは元々15年前のリメイク的に始めたんだから、あの時の台詞を読み返して、『ここの台詞はこう書くべきだった!』と、今では思うのを書いてみよう!」みたいな、もう本当にどうでもいいシーンをぶち込んでみたりとか。多分そのせいで、台詞の流れが突然、唐突過ぎて、たぶんおかしいと思うんですけれども…。まぁ「間」を取るための駄話なんで、何でもいいかなと。と同時に、ここら辺の作り方が、私の小説に対するポリシー感である、「小説とは99%の計算と、1%のファンタジーである」になっているかと。何分、今回は、いつもはラストでファンタジーを仕掛けるハズなのに、ラストパートを今、脳内シミュレーションしても、「うーん絵的にファンタジーっぽくはあるけど、SFのサイエンスのフレーバーが強すぎてラストの絵作りはサイエンスフィクションの形態だなぁ…」と思うんで、不足気味のファンタジー成分を、ここにぶち込んでみたという感じで…。まぁ駄話です。はい。




