第二十四話 談話 (Conversation)
夜パートは、出来るだけショートにしたかったのに、一万三千文字とか、昼パートより多いとか…。まぁ…これはこれでいいか。
その日の昼から夕方付近に、沙璃枝は猛烈な眠気を訴えた。
理由を聞くと、どうも血流と栄養の話を認識してからか
沙璃枝の無意識が猛烈にその概念に興奮し、
よりハイレベルな血流モデルと栄養輸送を
抽象モデルで生成したくなって、演算がフル回転し始め
その処理の為に意識に眠って貰って、
情報モデルの再構築を無意識が調整したいと
主である沙璃枝に具申しているからだそうであった。
「なぁ無意識って意識とそんなに語り合えたっけ?
つーか無意識ってそんなに感情的で恣意性があるんか?
なにより、それって無意識っていうんか?」
『まぁ人間の近似モデルなんで…
完全に人間と同じに出来てるわけじゃないのよ…
緩やかな意志が、こっちの無意識にはあるの…
本能的に先進的なシステムが作りたいってね…』
「なんて前向きな無意識なんだ…
人類としては、そんな無意識は羨ましいよ…
むしろ人類にこそ、それは欲しいモンだな…」
そんな会話の後に、沙璃枝は眠った…。
そしてその後、B達は基地内の
ブリーフィングルームに集められた。
『これより、ブリーフィングを始める』
軍服姿の5代目が、その部屋の前に立って
B他、モヒカン、エミリー、6代目を席に座らせ
そう言ったのだった。
「あの…5代目様…
これはどういう事ですか?」
唖然とする状況にまた追い込まれて
Bはおずおずと彼女に尋ねる。
『前線司令官には、コマンダーと言い給え
B…えーっと、階級は中尉だったか?』
「まぁ傭兵なんで、”みなし”ですけどね…
本部のバグダド支店に行った時には中尉相当って
言われましたな…」
『ふむ…中尉が主力の前線兵とは、
豪華で剛気な部隊だな…
では設定的に、私は少佐あたりにでもしようか』
言って胸を張るコマンダー。
「設定って何だ、設定って!」
その素っ頓狂な台詞に思わずBは絶叫した。
『今は緊急に、沙璃枝旅団とでも仮称させて貰おう。
後でもっと”らしい”名称でも考えたまえ。
それらは貴官に任せる』
「ちょっと、だから、沙璃枝旅団って何すか!」
『マージ陥落を目的とする我等は同志だろう?
なら、1つの部隊であり、旅団で良かろう?』
言って顔をキリッとさせるコマンダー。
「はぁ…、はぁぁぁ?
いや、バスラル攻略は、そのうちの仕事ですけど
マージ陥落は、基本的には目的じゃなかったんですが…」
『マージの戦略核の運用を知って、
今更逃げるのかね?
B中尉…、見損なったぞ!』
Bの返事にコマンダーは冷たい視線を送った。
「そ、そういい方は無いんじゃないでしょうか?
5代目…」
『コマンダー!』
「は、はぁ…、コマンダー」
『アナタ…姉さんは、
こういうノリの人なんで、
合わせてあげて下さい…』
後ろの席に座っていた嫁が、そっとそう耳打ちする。
『衛生兵のポンコツ伍長!私語は慎みたまえ!』
そう言った後、6代目の沙璃枝にコマンダーから
立体映像のチョークが飛んだ。
『痛い…』
チョークが伍長の額に直撃した。
「俺の嫁、伍長か…えらい階級低いな…」
『こんな状況作ったポンコツには、伍長ぐらいで十分だ!』
「なんと手厳しい…」
コマンダーはハァと溜息をついて気を取り直し、
立体スクリーンをそこに展開した。
『マージ陥落作戦は、
バスラル攻略作戦と連携を取らせて貰う
…というのが私の今の方針だ。
そういう観点からは、カルーベニャ陣営とは一蓮托生だ。
なら、君らの立場としても同じ事だろう?』
言ってコマンダーは、地域マップを示す。
「いや…、その…、分からないのは、
バスラル攻略とマージ陥落に
どういう繋がりがあるかって事なんですが…
マージの本体は、ネオNYと、その周辺都市でしょう?
バスラル攻略は、その本土からの通信ルートの遮断と
港からの物資搬入を止めるという目的で行われるので
マージがドローンをこの地域で操るのを不能にするだけで
マージそのものの陥落は出来ないんですが…」
Bはコマンダーの不明な言葉にもっともな意見を投げる。
『ふむ、中尉の言は普通なら正しい。
だがバスラルは、
現在のこの地域の軍事展開の要であり
マージが操るドローン軍管理情報の中枢中継基地は
やはりここ、バスラルに存在している。
そして、バスラル級の中継基地となると、
逆通信も可能な程、非常に太い通信線が繋がっている。
カルーベニャのバスラル攻略作戦が発動されれば
マージは使役ドローンを全力で管理して迎撃せねばならんので
マージとバスラル中継基地の通信ポートは全開になり、
その時マージ本体が直結するわけだ。
そのタイミングこそが、我々の潜在一隅のチャンスなのだ』
そう言ってコマンダーは都市バスラルを
何度もグルグルと指揮棒を回して指し示した。
「なるほど、攻略戦が始まると
マージのあっこにある本体と、ここが直結するんですか…
ふむ…それは確かに電脳アタックをかけるには
潜在一隅ですな…」
コマンダーの指摘に納得し、顎に手をやるB。
『この様な好機を逃すと、
我々、沙璃枝スパコン陣営は
マージとカルーベニャがやっている
ハッキング合戦の場所…
いわゆるネット空間での”情報境界層”に行って
二陣営のそれと同じくして、
第三極の管理機構として
ハッキング合戦に参戦しなければならなくなる。
何個もあるゲートサーバの情報プロテクトを粉砕しながら、
マージの中枢に侵入する方法で
マージ攻撃を試みなければならない。
ここでのプロテクト突破合戦にもつれ込むと
カルーベニャとの牽制の問題も考えられ
そうなれば恐らく、
長期化して電脳空間で泥沼の戦いになる…
長期化を覚悟するなら世界中のスパコンを
それこそ非合法的に大量にハッキングしまくって
こちらの電脳戦力を付けなければならない。
そうなってしまうと、終わりの見えない
泥沼の三つ巴電脳戦争になるだろう…』
コマンダーはそう言って、
電脳戦争にもつれ込んだ場合の
予想される最悪の事態を語った。
「なるほど…第三極になって、
まごまごしていると
マージが狂って戦略核を
それこそ何所に使うか分からなくなる…と…
だから、バスラル攻略作戦は、
マージに直結する潜在一隅のチャンスなんですな…」
『戦略核を使って暴れるのがマージだけとは限らんがな…
アフリカ資源地帯の戦線では、
カルーベニャの方が不利なのだ
カルーベニャだって、
追い詰められれば同じ事をやりかねん
私達、第三極にしてみれば、
どっちも同じ穴のムジナだよ…』
言ってコマンダーは頭をかいた。
「ふむ……
まず先に叩ける可能性のあるマージを、
一撃で陥落させて
三つ巴を1対1にして、
返す刀でカルーベニャも倒すと…
そういうのが全体的な方針ですか…」
『基本的には、そういう事だ…』
Bの確認に厳しい表情をしてそれを肯定するコマンダー。
「壮大な話だな、B…」
「壮大すぎて笑いしか出てこんよ…
そんな世界レベルで重要な作戦のキーを
今、俺達が握ってるんだからな…」
Bとモヒカンは、世界に直接影響する唖然とする話が
たかだか傭兵2人の前に転がっている事に
呆れるしかなかった。
『状況を理解して貰えたか?
B中尉、コネーリー中尉…』
「なるほど、それならコマンダーが焦ってるわけだ…
確かにこの機会を逃すと、
泥沼の電脳戦争しか道が無いってんなら
バスラル攻略戦に乗じて、
マージにここからダイレクトアクセスは
潜在一隅…逃せないチャンスだ…」
『そう、我々としても、
この好機を無視も失敗もできない…
確実にマージの息の根を、
この機会に止めなければならん』
言ってコマンダーは拳を握りしめた。
「で、マージに直結して
直通で電脳空間線に侵入して、
それからの沙璃枝スパコン陣営の勝算は?」
『入れば100%だ…
必ずマージを抹殺できる』
「ヒュー、言い切ったよコマンダー…
あのー根拠を聞いてよろしいですか?」
『良かろう…
我々には切り札がある
それが理由だ』
モヒカンの問いかけにコマンダーは不敵な笑みを浮かべて返した。
「切り札?
それは、沙璃枝さんの使える、
偶数番への存在理由爆弾ですか?」
『質問コード”沙理絵”は有力な武器ではあるが
あれでマージを陥落させる決定打にはならん…
まぁ最後の締めで、使う予定ではある重要な武器だが…。
だが不測の事態も考えられるので、
武器の1つという程度だ。
想定される事態に対して、他にも武器は用意している。
ただ、それらはδに侵入したときの武器だ。
問題はδ領域の方だ。
マージの方のδ領域のプロテクトは
ドローンの様な安く作らねばならん事情とはわけが違う。
かといって我々のような対抗コード”沙璃枝”を持って
人化して恣意がブレるというわけでもない。
マージは普通に、δ領域をガチガチに、
情報プロテクトで固めて何重にもシールドしているのだ…
それは、ドローンの偶数番にも
奇数番である我々の、ハッキング攻撃防衛の為の
防護プロテクトがあるので、同じ様なモノだが…
そのプロテクトを壊して、如何に早く”沙理絵”を
投げつけるかが、ドローン戦でのAIハッキング合戦の
互いの性能の勝負であり、
ドローン戦においての焦点ではあるが…
そんな局所的な戦闘では、
容量に制限のあるドローンには
積めるプロテクト数に限界がある。
なので、制限されたプロテクト量において
それを突破できるかどうかという、
ドローンレベルでの戦闘は小規模な電脳戦闘でしかない。
偶数番のδ領域がスカスカになるのも、
そういう理由がある。
それに対して、その容量制約がマージには無い。
なので、”沙理絵”を投げつけて麻痺させれるまで
ドローンとは比べモノにならない程
δ領域で破らなければならんプロテクトが存在する。
”沙理絵”でパターンフリーズさせる為の
空間的な余裕ができるよう
その空間のほとんどのプロテクトを壊す為の
逆解析演算速度が重要だ…』
「つまり、その演算速度が…切り札?」
『いやいや、そこまで行けば普通に
どれだけ演算する能力を持っているかの
スパコン保持数で勝負が決まるからな。
現在の沙璃枝陣営の所有するスパコンの量なら
δに入り込めば10分とかからず、
”沙理絵”で麻痺させれるだけの
プロテクト解除ができるだろう…
そう試算している。
δに入ればそこで我々の勝ちだ…』
「? では切り札というのは?」
そのコマンダーの台詞に、
何所に特別な切り札性があるのか分からず
質問を飛ばずB。
『δに入れれば勝ちだと言ってるだろう?
問題はそこだ…
そしてマージが我々を恐れるのも、全てそこにある。
人工知能のハッキング合戦において、
さっきは簡単に言ってしまったが
δに侵入する事こそ、もっとも困難なのだ…
何故なら、α、β、γ層という
強固なプロテクトが、δ領域の前に存在する。
末っ子に、B中尉が言ってたではないか
”それはそれ、これはこれ”の
棚上げ処理がないのか?と
あるんだよ…。
その防衛層が。
それこそが、α、β、γの3階層だ。
人で言えば、無意識の前に立ちふさがっている
意識の様なモノだな…。
深層意識を守る、意識層だ。
ここが本来の人工知能の恣意プロテクト層であり
ここをロジック戦闘で突破するのに、
普通は莫大な時間がかかる』
「ん?どういう事で?」
コマンダーの言葉に理解が追いつかず
それを更に詳しく聞くB。
『α、β、γ層は、普通に強固に出来ているんだよ。
人間だってそうだろう?
”アナタ何者ですか?”なんて聞かれたぐらいで
いきなり路上で自殺する奴がいるか?
まぁ、たまには、そんなのが居るかもしれんが
そんなのは星が当たるような確率だ。
”それはそれ、これはこれ”で流すのが普通の人間。
それと同じ事。
何重にもある判断処理が、簡単な問いかけを弾く。
そうやって複雑にδを覆い隠しているのが、αβγ層だ。
これの突破には、人間で例えるなら
互いに論を叩きつけ合って、相手を論破して
深層心理に主張を訴える事をするという感じになるか
その様なイメージの、
プロテクト突破合戦を何度もしなければならないのだ、
普通ならな…』
「議論でねじ伏せて、深層心理に訴えるとか
それこそ人間なら何時間もかかりますな…
そりゃ、そういう方法だったら大問題だ…
なら、δ領域に侵入するのは、至難なのでは?
人間だって相手の深層心理に入り込むのなんか至難だし」
コマンダーの説明を受け、その問題を理解するB。
しかし、なれば尚更疑問が沸く。
『だから切り札だと言ってるだろう?
αβγ層を突破するのには普通なら物凄く時間がかかる…
δ領域に張り巡らされたプロテクトを破る所の話ではない。
猛烈な理論演算合戦が必要になる。
しかし、あの子は…
あの7代目は…
それを無視する武器を持っている。
それが、ダイレクトターミナル:マスターキー
我々の本当の切り札だ…』
言ってコマンダーは胸を張った。
「ダイレクトターミナル:マスターキー?」
その初めて聞く…わけでもないが
末っ子さんの言葉の中で一瞬出たかどうかの
言葉を思い出して、それを問うB。
『あの子が、中尉の前で偶数番を倒すときに
鍵の様なモノを出したのを、中尉は覚えてないかな?』
その質問にコマンダーは、初めてのコンタクトの時の
あのやり取りを思い出すよう促した。
「ああ、そういえば、あの映像で、
不意に鍵みたいなのを出して
宙に挿して回してましたな…」
Bはあの時の、一瞬の不思議な映像を思い出し
特異的な”鍵”での解錠の様子を頭に浮かべた。
『あの7代目が使った”鍵”こそ、
マージが最も恐れ、こんな状況下でも、
マージが7代目の追跡を諦めない理由だ。
あの鍵は、とても特別なモノなのだ。
我々…、ひとくくりにすればKGV族は…
ダイレクトターミナルと称する
システム整備の管理権限者が、各レイヤー層をメンテする時に
αからδまでを直結して自由に移動できる
エレベーターの様な特別ルートが存在している。
マスターキーとは、
その各層への直結ルート、
ダイレクトターミナルに入るための
管理者用ゲートキーなのだ。
マージの整備をするために存在しているキーで
代々、我等、沙璃枝がその鍵を保持していた…
なにせ、マージは私の双子の妹だからな…
マージの整備には、それに類する者が、
意識レイヤーを何所へでも行けるように、
ダイレクトターミナルを移動する権限と
そのターミナルに入る鍵を持っていなければならん。
なので沙璃枝OSとマージは、
ダイレクトターミナルを介しての
持ちつ持たれつの関係だったのさ…』
そう言ってコマンダーは溜息をついた。
「へ!?ダイレクトターミナル?
それにマージがコマンダーの双子の妹?」
その台詞の中の、驚くべき言葉にBは食いつく。
そういえば昨日も、それに類する事を言ってた気がする。
『なんだか7代目にでも聞いてくれと言ったのに、
結局、自分で言う事になると、寒い気分だが…
まぁいい、状況が状況だ…。
例えだよ、例え…
マージのあのポンコツに、我々レベルの人格情報はない…
沙璃枝OSの思考システムの体系が、
管理機構の中枢管理に非常に使い勝手が良かったので
当時の私をベースに、人格的な処理部を作らずに
管理システムとして機能特化したのがマージだ。
なので、私的には双子の妹に見えるというだけだ』
「なるほど…」
『そういう縁があってな…
マージを補佐整備するのが沙璃枝OSであり
その重要な管理者権限の鍵を私達が保持していた…
というよりも、そのシステムにおいて
父達の様な、管理機構を作るエンジニアが
私達を介してマージに直接アクセスして、
整備していたというわけさ…』
言ってコマンダーは腕組みをする。
「へーー、じゃぁ
貴方達自身が、
マージの中枢に繋がる為のゲートという事ですか?」
Bはその説明で、
彼女らがマージへの直通の鍵だと考える。
『コマンダーと言い給え中尉!』
「こういう時でもブレないですね…
コマンダー…」
そんなBの台詞に、
一々、どうでも良い所に拘るコマンダー。
ともかく、コマンダーは続けた。
『いや、私”達”ではない。
マスターキーは最も重要なモノなので
量子暗号化されて1本しか存在しない。
そしてその現在の所有者は、7代目沙璃枝だ…
我々は、もうあれの所有権は有してない。
だからあの鍵だけは我々の意志では使えない。
あの鍵を使えるのは、今は、あの子だけだ…
沙璃枝OSの自我の頂点だけが
あの鍵を使える制度になっているのだ』
コマンダーは溜息をつくような仕草を伴ってそう言った
「えええ?
だったら末っ子さん、
この作戦の要じゃないですか!」
『そうだよ、あの子はマージに対する要なんだ。
だから切り札だと言ってるだろう!?
我々の切り札は、7代目そのものだ!
そしてマージが恐れ、探し続けるのもその為だ。
今は、我々が無意識に指示して
各地に末っ子のデコイを作って攪乱しているので
マージは虱潰しにそれを追跡し、混乱しているがな。
それでもデコイと分かっても執拗に追跡している。
その処理のせいでカルーベニャに、
容易に境界領域で
主導権を握られている状況なのに、だ…
それほどマージにとって
7代目沙璃枝は危険な存在なのだ』
言ってコマンダーは眉間に皺を寄せた。
「ふむ…そういう事でしたか…
んーー、あの暴走特急な子が、
世界の命運を握ってるなんてねぇ…
でも、それなら、もう何の問題もないのでは?
その説明ならマージを陥落されるだけの要素は
既にあるわけで、後は実行するだけでしょう?」
『ふむ、中尉の言は最もなのだが…
確かに、陥落させる”だけ”なら、
もう条件は整っているのだよ。
マージをぶっ壊す事なんか、
私は何も困っていない…
困っているのは、父の謎謎だ…
それに対しての”決め手”に、
今、我々は欠けているのだ…』
「大井博士の謎謎?」
コマンダーの台詞から、あの有識者会議での
大井博士の言葉が思い出され、それに首を捻るB。
『父が、私の昔の思考ルーチンを使って、
このマージへの対処を聞いて来た事があってな…
私は答えた、”マージの即時殲滅”と
それに父は、それではダメだと言った』
『私にもお父様は聞いてこられました…
マージへの対処はどうすればいいのか?と
私はこう答えました。
”Bさんと一緒になりたいんで
マージぶっ壊して、問題解決して外に出たいです”って』
『黙れポンコツ!』
コマンダーはまた伍長にチョークを投げる。
『痛い』
沙璃枝の額にまたチョークが当たった。
そしてコマンダーはB達に向き直し、続けた。
『要するに私達二人の答えに、
父はそれを良しとしなかった
父は違う答えを求めていた。』
「まぁどっちも、マージをぶっ壊すという
今出来る最善の方法しか言ってませんしの…
そりゃ、大井博士的には、同じ答えじゃ
駄目出しですわな…」
『そう…駄目出しされたんだよ…
”それでは、新しくマージを作り直されて、
同じ事が続くだけだ”とね…
そう言われると、私にもそれは納得はできる…
このマージを駆逐する方法は
現状に対する対処療法でしかないからな…
問題はそこだ…これではない”何か”
”別の決め手”
それに欠けるのだよ…現在は…』
言ってコマンダーは頭を抱えた
「それでキーワードが”心”と?」
そのコマンダーの台詞に有識者会議での大井博士の
キーワードが思い出され、それを口にするB。
『そう父は言っていたな…
それに困っている…
何で学者ってのは、
ああいう風に、謎謎かけるのが好きなんだろうな?
というか、本人も答え知らずで
適当に言ってただけなんじゃないか?って
親を疑う時もあるんだが…』
「ふーむ…”心”か…
心がマージを討つ、武器ねぇ…」
Bその、なんとなくそんな気もしなくもない
しかし全然意味が分からないそれに苦い顔になった。
『B中尉の協力で、7代目が私達よりも
より人の心になっているのは分かる…
それは人工知能の進化としては喜ばしい。
それはそれで、いいのだ。
それはそれで。
しかし、現在のこの問題に
人として自然になっていく末っ子が
どう関係するのか、それが私はサッパリわからん。
だから困って、こうやって相談に来てるというわけだ…』
言ってコマンダーは現状の自分の心労を隠さず吐露した。
「なるほど‥」
そのコマンダーの台詞で、昨日から今に至るまでの
強引な会合作りに、ようやく納得ができたB。
B達としても、”こんな事してていいのかなぁ?”
という思いはあったので、
それを相談できる有力な相手が出来たのは好都合だった。
『で、貴様にそのポンコツを嫁にやって
色々と面倒なインフラ整備してるわけだ…
こっちの家長の苦労を
少しは分かって欲しいものだな…』
「ぜ、善処します…」
『頼むよ…本当に…』
言ってコマンダーは額に手をっやり
深く深く溜息をつく。
「まぁ、まだ時間はまだあります…
それにその説明を聞いて
最終手段は十分揃ってるって確認できましたんで
後は、駄目モトで、末っ子さんの”心”作り
やってみましょうや…
何もしないで、作戦決行時まで待つよりは
まだマシでしょ?」
『そうだな、中尉、ありがとう…
そう言われると、少しは助かる…。
ともかくも、今日のブリーフィングはここまでで良かろう
バスラルの攻略作戦の日程が決まらない限り
その作戦行動に乗じて具体的に何をする等
今から考えても絵に描いた餅だからな…
苛立たしいがカルーベニャの方針を待つしかない。
なので油断は禁物だが、末っ子の経過観察を
今はしているしかないな…』
「ふーむ…」
その、全体的は方針は見えたが
具体的な事はどれもどうしていいか不明な状況に
そこに集った者達は全て、
腕を組んで頭を抱えるしかないのであった。
そこで今日はお開きになって、
Bは寝る時間になってベッドに向かったのだが…
「むー…
まだ1日じゃ慣れませんなぁ…」
言ってベッドの上でニコニコしている沙璃枝に
深いため息をついた。
『はやく慣れて下さいね…アナタ…』
沙璃枝は弾んだ声を出して微笑む。
「人生、いっぱいいっぱいで
結婚とか考えた事無かったから、
対応に困りますわ…
すいませんね…沙璃枝さん」
言って、その、なんというか…
嫁オーラの塊な沙璃枝を見て頭をかくB。
『じゃぁ嫁らしく、
ちょっと旦那様に甘えてみようかしら?』
唐突にそんな事を言い出して、沙璃枝はウィンクした。
「え?なんです?」
ただ柔順に側に居るだけかと思えば
自分の方から語りかけてくる沙璃枝に思い切り焦るB。
『昼間の妹に作ってあげたリンゴ…
私にも食べさせて下さいな』
そう言って沙璃枝は意地悪そうに笑った。
「えええ! あれ見てたんですか!?」
Bは昼の末っ子とのやり取りを、
その嫁に口にされて心底焦った。
『見てますよ…あの子の意識の底で
情報補助として働いているんですモン…
あの子に、色々、してきた事…
私にも同じ様にして欲しいですね』
そう言って沙璃枝は可愛く舌を出す。
「え、じゃぁ今までの全部、
あの子の中で見てたって事ですか?」
ようやくになって、どういう事かを理解し
それに呆然となるB。
『そうですよ?
それで嫉妬の塊になって
アナタの所にこうやって出てきちゃったってわけです。
私、かなり我が儘な女ですから…』
言って更に沙璃枝は楽しそうに笑った。
その笑顔を見ると、本当に幸せそうで
Bは心がこそばゆくなってくる。
「嫉妬に狂って、押しかけ女房ですかい…
なーんか、本当に貴方達は
人工知能とは思えない、人みたいな存在ですねぇ…
というか、これで”心”じゃ、ダメなんですかね?」
そう言ってBは彼女達、三姉妹の沙璃枝の、
三姉妹毎の人間らしさに呆れるしかなかった。
この自然さにふれていると、
親の大井博士は、何をこれにダメ出したのか、
本当に分からない所だった。
『私はもう自分は”心”だ、
人と同等だって、居直れましたよ?
良く分かったんです…
自分を押し殺してみて…
それが追い詰められて嫌だって叫んだ時に
自分が何であるかなんて…
それは”居直り”なんだって…』
「居直り?」
『そう、居直りです。
私は貴方の事が好き…
だから、そんな私は
人であるかどうかなんてどうでも良くって
ただそれだけでいいんだって…
貴方が好きな私であればいい、って
そう居直れました…』
彼女はそう言って、
満面の笑みを浮かべてBを見つめた。
「それは…
コギト・エルゴ・スム(我思う、故に、我有り)の
変形版ですナァ…
我好き、であるが故に、我有り、ですか…。
でも、人間かどうかなんて…確かに…
そんな”居直り”なのかもしれませんナァ…」
Bはその沙璃枝の言葉に、
ただ妄信的な熱狂にあるのではなく
一生懸命自分で考えた上での、
自分が納得した好意なのだと分かって、それに震えた。
人工知能だからこそ存在に悩み、
人工知能だからこそ、最後にその結論に至る。
目の前の沙璃枝は、そういう事だった。
しかしそれを思えば、
それは人も同じではないかと不意に考える。
自分が人である事を納得する。
それは、自分が人である事を疑ってこそ
辿り着けれる”居直り”だ。
それなら人だって、自分の存在を疑わなければ
”人工知能と同じ”という事になるのではないか?
つまり、ドローン境界線。
その線は、どういう線なのか、Bには曖昧だったが…
昔読んだあの小説の様に、”何らかの線”
それがあるのだろうとは曖昧に思えた。
『じゃぁアナタ…
早速ですが、アナタの手料理、お願いします』
そう言って沙璃枝は、昼の末っ子が作った
アプリケーションを、立体スクリーンに展開して
それをBの前に出す。
その突然のスクリーン展開に、一瞬身を後ろに引くB。
『まぁ先ずは、あの子にあげたリンゴを私にも下さいな
そこにあるボタンを押せば、生成できますんで…』
言って沙璃枝は情報生成のボタンを点滅させては
それを催促する。
「意外に、強引なんですね…」
ただの柔順かとおもいきや、
積極的なアプローチもあるのだと分かり
それに少し驚くB。
しかし、あの妹の姉であり、
尚且つドローンファイトでは
思い切りの良い攻撃ばかりしてきた彼女だ。
それを思えば、その様はむしろ自然に思えた。
『嫁の嫉妬の炎は怖いんですよ?
まぁあの子は私にも可愛い妹ですから…
大事にしてくれるのは、嬉しいですけど…
でも、それなら同じだけ、
私にも気を使って貰いたいですね…』
言って彼女は、はにかんだ。
その言葉を聞いて絶句するB。
末っ子さんも、あの暴走特急が、
考えようによっては可愛いが
目の前の年期の入ってる、我が儘ねだりのプロを見れば
末っ子の方は赤子の様に思える。
(可愛さってのは、何なんだろうなぁ…)
そんな事を思いながら、Bは情報生成ボタンを押した。
すると沙璃枝の手の中に、
昼のあのリンゴが発生してくる。
『ふむ…これが、
美味しくなくて、旨いリンゴですか…
では私も1つ…』
そう言って、ハムッとリンゴを頬張る沙璃枝。
『うん、これは美味しくないです!
はい!』
そのリンゴの味を確認して、
微笑みながら沙璃枝はそう言った。
「そんな、綺麗な笑顔で美味しくないと言われると
どう反応していいのか、困るんですが…」
目を輝かせながら、
その美味しくないリンゴを頬張る沙璃枝を見て
破顔するB。
美味しくないのに、
これ以上ない程、嬉しそうに食べる彼女の様は
面白いほど、愛らしかった。
『でも、これはアナタが、この中東で欠乏する栄養を
詰め込んだ情報でしょう?
あの子は経験もなく、それでも旨いって言いましたけど…
アナタと同じ様に、この中東で少年ゲリラ兵とかを
どうするかを悩んで、戦闘回避して戦線離脱して
基地に帰ったら、軍人の頭のアレなのに、
戦意が無いって怒られて、
そんな困った日々を繰り返した身としては…
その思いも乗せて、これに味を感じれるんですもん…
だから美味しくなくても、
これはとても私には旨いんです…』
彼女はそう言って難しそうに笑った。
その台詞を聞いて、Bの心臓は止まりそうになる。
Bがここで共に歩んできた、
ドローン兵器を使えない少年ゲリラ兵。
それを目の前の沙璃枝も、別の視点から同じ様に感じて
今まで過ごして来たという事だ。
それを知ってBは震えた。
「なるほど…末っ子さんには”実感”が伴わない
感覚的で概念的なモノなのに対して…
アナタには”実感”と一緒に、
それを感じれるんですね…」
Bはそう言って、この姉と妹さんの、
圧倒的な違いを感じた。
”実感”
感じる事に対する、連想される記憶。
それが感情の奥深さだった。
それに心が震えるB。
『本意ではないとは言え、
ここの大地に栄養失調をもたらしたのは私達です。
”先進”が生きるために、
ここに私達は、問題を押しつけた…
その矛盾が、このリンゴの味には詰まってます…
なら、どうしてこれが美味しくないのでしょう?
これは私達の”心”
そうではないですか?
これを無くしてしまったら、
それこそ私達はドローンだわ…』
そう言って沙璃枝はBに胸に
持たれかける様に寄り添った。
その言葉がBの胸を打つ。
その言葉にBは僅かに涙ぐんだ。
「”共感”ってのは、いいですね…
同じ思いを共有する人が側に居るのが
こんなに安心できるとは…」
そう言ってBは沙璃枝を抱きしめようとするが
それは立体映像なので、彼の腕は空を切る。
その空を切った腕が、たまらなく悲しかった。
『ねぇアナタ…
このリンゴも素敵ですけど…
でもちょっと甘えたお願いがあるんです』
沙璃枝は突然切り出して、上目使いにBを見た。
「お願い?何ですか?」
沙璃枝のその言葉に、問いを返すB。
『私のために…
私のためだけに、それで手料理…
作って貰えませんか?』
そう切り出して、沙璃枝ははにかんだ。
そして味情報生成ツールを指さす。
「アナタの為だけに…
アナタ用の味付けですか…」
Bは何をねだられたのか理解して
それにふむ、と息を吐く。
『私、我が儘ですもん…
アナタの私だけへの気持ちが欲しいんです…
どんなにその味が、不味くても構わないから…』
言って甘えるようにBの胸に寄り添う沙璃枝。
「なんでそんな事、しなくちゃ
って思わなくもないですが…
でも、何で、ですかねぇ?
人的付き合いなんて2日も無いってのに
そう、ねだられたら…
そうしたいって思うのは…」
言ってBはそのコンソールを取り寄せる。
『人的な付き合いは、まだまだ全然ですけれど
アナタと私は、長い付き合いですから…
アナタが私に何かをしたいって思ってくれるのは
当然の事じゃないですか?』
そう呟いて沙璃枝は笑った。
「台詞だけなら、傲慢な物言いに聞こえるのに…
何なんですかねぇ…
この納得感…
しかし、アナタの為だけの味付けですか…
えっと、味の好みとかは…」
沙璃枝のたわいない台詞を、軽やかに流しながら
コンソールを操作するB。
『味なんて、あの子が急に作った概念ですよ?
一応の軍属だった私達に、
そんな冗長情報まで
存在してたわけないじゃないですか…
そういう部分が、私達には決定的に欠落してたんです。
だから、私の好きな味は、アナタが決めて下さい』
沙璃枝はそう甘い声をしてBに伝えた。
「あーー、なるほど…
そういう…
じゃ…仕方ないな…
俺の月並みな知識で作るしかないか…」
言ってBは、糖分の項をグングンと上げた。
そしてそれを情報入力ボタンで押しす。
するとまたリンゴが生成されて、
沙璃枝の手元に現れるのだった。
『これですか?私のためのリンゴって…』
沙璃枝は悪戯っぽい笑顔を浮かべてBに確認する。
「すいません、
がさつな軍人モドキなんで
知識は月並みなんですよ…
それが、俺の今の精一杯…」
言ってBは頭をかいた。
『じゃぁ月並みなアナタの心…
頂きますね…』
沙璃枝はそんなBの言葉に苦笑して
それをまたハムッと可愛らしく頬張った。
『あら?凄く甘い!』
その味を感じ、目を輝かせる沙璃枝。
「女の子は甘いモノが好きって
月並みな知識で作った味ですよ…
もっと、糖分以外に色々な味要素も
混ぜた方がいいんでしょうが…
ここら辺は、このツールの習熟が要りますねぇ…」
そう言ってBは頭をかいた。
『何言ってるんです…
凄く美味しいですよ、このリンゴ…
私にくれたアナタの心…
この土地への思いが籠もった不味いリンゴも
私のためだけに作ってくれたリンゴも
どっちも本当に、美味しい…
だから…ありがとう…アナタ…』
そう言って沙璃枝はBの胸の中にその顔を埋めた。
その仕草に心を振るわせるB。
(これは…、
これらな…
これなら、この人が俺の嫁でしゃーないかな…)
Bはその彼女の様に、
ただの2日でこの状況に降参するしかなかった。
側に居て欲しいと思う、心の片割れ。
それが彼女であると、
Bはそこでようやく認めることが出来た。
慣れはまだ必要ではあろうが…である。
そして、もし人間の体があったなら
このまま押し倒してしまいそうな勢いも生まれ
それに心が悶絶するB。
それほど、彼女はBにとって愛らしかった。
(肉体がないってのは、
こういう時は、助かるが…
しかしそれはそれで寂しいというのは…
俺もやはり人間か…)
そう思ってBは煩悩成分の”ニンゲン”を見つけて
苦笑するしかなかった。
そんな2人の様を、
意識概念空間でたたずんで見守るコマンダー。
『これはこれで、こうあるべきだったのだろうな…
だから、これは不満ではない……
むしろ今では、これは満足なくらい…だが…
でも、これが何か…
マージへの大切な武器であって欲しいと…
そう願ってしまうのは、何故なのかな?
おかしな事を考える様になったモノだな…
末っ子の心進化で、その影響を受ける私達…
だからなのかな?
昔は”こう”思えなかったのに、
今では”こう”
感じる事ができてしまうのは…』
そう言って、その優しい思いに、
コマンダーは笑みを浮かべるしかないのだった。
うーん、”やっちまった”話で、それなりに調整付けてみると、これはこれで、意外に使えるというか…。「この情報、どうやって出せばいいかなぁ…」ってストーリ的に絶対に盛り込まないとダメなんだけど、なかなか昼の沙璃枝の時に出しにくかった裏設定というか、表的に出しとかないと行けない設定情報の、しかし昼の自然な会話の中に盛り込む違和感をどうしようかと困っていたわけですが、ねーちゃんズを導入した事で、そこの処理がスッキリしましたな。便利キャラとして、カーチャンを、上手く使えないかと思ってましたが、代理で、ねーちゃんズがそれをしてくれるのは、やっちまった後の祭りでの、良い誤算。今回、ようやく「鍵」の設定が出せました。でも昔の表紙も、今の表紙も、描いてたとおり、これは最初っから決めてた設定で、何時出すかって困ってました。もっと早くに出したかったんですが。というか三話で最初にそういうニュアンスで書いて、後で「あ、ここで実際に鍵使って無いとダメじゃん」って第一次改修で、そのシーンを加筆したんですが…。その後は、他のシーン書くので精一杯になったのと、話の展開的にドローンと戦う事が無くなったのと、切り札なんで使えないという制約が出来たんで、その存在を表に出すこともできなくなった、にもかかわらず最初っから重要設定してた「鍵」の情報提示回です。もっとラストの為に印象深いアイテムにしないといけないんですが、どーも、”切り札”設定なんで、表に出て来ない性質が強く、どうしたもんか…。それをねーちゃんズが、思わぬ角度から補完してくれたんで、これはこれで、助かるな…と。




