↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/40

第二十一話 コスモス (Pulsatory Motion)

うーん、難しい話になるんじゃなかろーかと思いましたが、やっぱり難しかったですなぁ…。

ジョージにリンケイドとの電話内容を伝え

お互いに項垂れてガクリとした後

Bは沈んだ顔のままリビングに戻って来た。

するとそこには、

テーブルの上にコスモスの花の植木鉢を乗せて

椅子に座ってコスモスを見つめている沙璃枝がいた。

立体映像で半透明で透けているのに

椅子に”座っている”というその様が、

自然の様で、しかし奇異にも映る。

その奇異な状況で、両肘をテーブルにつけて顔を手で支え

じーっとコスモスの花を眺めている沙璃枝。

それが半透明の立体映像でなければ、

それなりに絵になって見える構図だったが

人工知能の作った立体映像の構図であったので

椅子に座って肘で顔を支えるという”無駄”に見えるそれが

絵になるが故に、若干の違和感もあった。

にもかかわらず、最近の沙璃枝の存在のナチュラルさを思うと

それでいいかと流してしまうBの認識力。

人間の柔軟性が作る”慣れ”とは恐ろしいものだった。


「何されてるんですか?沙璃枝さん?」

その沙璃枝の突飛な行動に問いを投げるB。

『あら?私の姉とイチャイチャする夢を見て

 喜んでる脳味噌腐ったクソムシさん、何ですか?』

Bに声をかけられてそっちに”とても冷たい視線”を送り

そう返す沙璃枝。

その毒舌を食らってBは高速に部屋の隅に寄り

座って頭を両腕で抱えてガクガクと震えた。

「はい、僕はクソムシです…

 ミジンコ以下です…

 殺して下さい…

 いっそ殺して下さい

 し、死にたい…」

沙璃枝のその毒舌がBの魂にクリティカルヒットし

Bは自分への恐怖に震えて、そこで涙ぐむしかなかった。

『ご、ゴメン…悪かったわよ…

 そこまでだと思ってなかったわ…

 本当に、ゴメン…

 別にいいから…

 うん、貴方がそうでもいいから…

 貴方が私の姉の妄想でハァハァしたって

 人間なんだし、そういう事もあるって…』

沙璃枝はあまりに卑屈になったそれを見て

流石に言い過ぎたと思って渋い顔になり

沙璃枝的には慰めを言葉を贈った。

「ゲフン…ゲフン…

 ”人間なんだし、そうい事もある”って言われた…

 人工知能に!! 人工知能に!!

 人間なんて、そんなモンでしょ?って見切られた…

 死にたい…

 全人類を抹殺して、人類ごと無かった事にしたい…」

沙璃枝の追い打ちに、Bは自分どころかプラタ-人の事も思って

全人類、もう死んでもいいや、とまで思ってしまった。

その返事に沙璃枝は、二の句を見つけられず

人類って面倒くさいナァ、とまで思ってしまう。

暫くBは部屋の隅で己のトラウマに

ガタガタと震えるしかなかった。


そしてその硬直が解けた後に、Bは縮こまりながら

それでも沙璃枝の方に近付いてくる。

「そ、それで沙璃枝様、何をされておられるので?」

沙璃枝に一撃でノックアウトさせられて

魂まで萎縮してしまい、そういうB。

『調子狂うから、止めてよそんな言い方‥

 これでも今、気分が良いんだから…』

沙璃枝は完全に精神が倒れてしまっているBに心を荒らし、

いつもの人間について得意に語る

あのキャラに戻って欲しいと思い、そう言った。

なにせこんな事は、自分でも”初めて”の事なのだ。

それに人としてのアドバイス的なガイドは欲しかった。

「花? コスモス?

 ジョージが栽培してる奴、貰ったのか?

 じゃなきゃ、この中東でこんなモンあるわけねーし」

言ってBは、そこにあるコスモスという

捜せば無い事もないだろうが、

少なくともこの周辺には特に咲いていないそれを見て

ジョージが趣味で栽培している、

花を分けて貰ったのかと察してみる。

あんなキャラだが、いやあんなキャラだからこそ

エミリーの情緒教育で花を愛する少女精神を

入れようと言い出して始めた園芸が、

逆に本人がハマってエミリーと一緒に

温調の効いたこの前線基地で、数種の花を栽培するという

そんな感じになっていたのだ。

そんな二人の二人三脚に、Bはそこにも”人間”を見つけ出し

肩を上げて笑ったモノだった。

しかしジョージがした人工知能に花という異色の組み合わせは

人は何故、花を見て、そこに特別な存在を感じるのか?という

人間感性への問いかけにも思え、緩い観察対象でもあった。

『そうよ…

 ジョージさんが花を栽培してるのを見て

 一輪お裾分けして貰ったの…』

Bの質問に、首を振ってそれを肯定する沙璃枝。

「なんでまた?」

そんな沙璃枝の、突飛な行動に理由を尋ねる。

『前に貴方が言ってた事が気になったからよ』

その言葉に不機嫌になり、眉をつり上げる沙璃枝。

「俺が言った事?」

沙璃枝のその返事にそれが自分からの起点だと言われ

直ぐには何の事か思い出せないB。

『言ってたじゃない…

 私は、薔薇が赤いを知った気になる、そういう状態だって…

 『左のイデアル』が”感じる”って事なら

 それこそ薔薇を感じてみればいいんじゃ?って

 そう考えたの…

 でも、ジョージさん薔薇は栽培してなかったから

 沢山栽培してたコスモスがあったんで

 それを貰って来たのよ…

 それで今、コスモスを”感じて”みようかって

 そういう実験…』

沙璃枝はそう言って、今の自分の状況と考えをBに伝えた。

「あーーそういう事…

 なるほどね…

 そりゃ、まぁ、メタファーをメタファーだと思わず

 そのまんましてみても、いいわな…

 ”感じる”なんてな、何だって出来る事だもんな…」

Bは沙璃枝の返事にようやく沙璃枝の意図が分かって

それは”心”探しには、丁度良い試しだと思った。

別にバイクで外を走りまわらなくっても

この世界にあるもの全て、”感じてみよう”と思えば

部屋の中でも出来る事だ。

「でも、コスモスかいな…」

それを納得した時、不意にBはそう言ってみた。

『何?コスモスじゃ悪い?

 別に、薔薇じゃなくても何でもいいでしょ?

 何であっても”感じる”事は出来るハズなんだし…

 コスモスの選択ってそんなにおかしいかしら?』

Bのその台詞が選択に誤りがあるという

ニュアンスに聞こえ、そう返す沙璃枝。

「いや、チョイスの問題じゃなくて

 コスモスはジョージの信念というか煩悩というか

 エミリーの為に選ばれた花だからな…

 だから、エミリーの花ってのが、

 どーも俺の中にイメージで焼き付いてっからな…」

言ってBは破顔した。

『エミリーの為の花?』

そのBの言い回しに首を捻る沙璃枝。

「おいおいBよ、そういう言い方は沙璃枝ちゃんに

 少しは失礼なんじゃねーか?

 ま、俺もエミリーの象徴花って気分じゃあったが…

 沙璃枝ちゃんでも、似合ってると思うぜ?」

言ってそこにモヒカンとエミリーがやってくる。

モヒカンはコスモスの花を手に持っていて

それを沙璃枝の前に来ては、

植木鉢に追加のコスモスを植えていく。

どうやら、一輪では寂しいと思ったのか、

花を増やしに来たようだった。

『話が見えないけど、どういう事?』

そんな二人の不思議なやり取りに更に首を捻る沙璃枝。

「沙璃枝ちゃん、花言葉って知ってるか?」

コスモスを植えながら、モヒカンはそう切り出した。

『花言葉?』

モヒカンの唐突な台詞に目をぱちくりとさせる沙璃枝。

「まぁ人間様の、勝手な決めつけでしかないけどな…

 でも、それも人の文化さ…

 花、1つ1つに、勝手に人がその花を象徴する

 言葉を結びつけてるんだ…

 それが花言葉…」

言ってモヒカンはニヤリと笑う。

『コスモスに、言葉を結びつけているの?

 それが花言葉?

 ふーん、相変わらず人間って、

 無意味な事をするのが大好きなのね…』

沙璃枝はそれを聞いて、閉口するしかなかった。

だがそれさえ、無意味の中に意味を求める、だった。

「文化なんざ、無意味の塊だからな…

 いや、そういう言い方は人工知能学者的にはおかしいか…

 もっと正確に言えば、

 この世界に、意味というモノは元々存在しないんだ…

 無意味というのは、意味を意味と認識する側の

 意味付け作業の中での、意味付けされてない補集合だからな。

 現象を意味付けしていくのが、知能情報のデータベースなら

 意味付けできない、未領域現象は全部、無意味って事。

 それが本当の無意味さ…」

『?どういう事?』

沙璃枝はジョージのその説明に興味を持ってより深く尋ねる。

「意味は、意味付けをするという作業があるからこそ

 意味であり、そしてその背反に無意味がある。

 そういう相補性だな。

 意味付けがなければ、世界はただ、世界でしかないのさ。

 意味付けは…人の固有の性質じゃなく、認識システム…

 世界で何かを認識をしようとするシステム…

 それはもう、バクテリアレベルでもいいわけだが

 何か世界の中にあるモノの中で、

 その個に対して、特有のモノを検出する為の検出センサーだ。

 それが最も原始的な、その個が持つ”意味”だ。

 自分という個を個として成り立たせる何かが

 ”意味”で、そうでなければ”無意味”

 バクテリアでいや、酸素や窒素とかの構成元素には

 意味があるが、鉛元素やウランとか非構成元素は無意味だろう?

 ま、毒性元素はそれはそれで自己破壊という”意味”になるから

 センサーとしては、必要元素と毒性元素の判別が”意味”だが

 逆に、あってもなくても、どうでもいい

 邪魔にさえならん元素や分子は、

 バクテリアセンサーには”無意味”の元素だ。 

 こんなバクテリアの例のように

 認識システムは、世界をその個の為に意味付けをしてるわけだ。

 人工知能だってそうだ。

 そうやって情報に意味付けをする事で

 だたの情報を、情報以上のモノ”意味”にして

 意味情報、無意味情報の分別をする…

 ま、そんなのは一番原始的なカテゴライズで

 意味優先順位とか、

 目的に対して、意味付けした情報群に順位を与えて、

 意味レベルと無意味レベルを数値階級化して

 2値分けじゃなく、複量化させるモンだが…

 そんな細かい事は抜きにして、

 意味と無意味というのは、結局の所、

 評価者が自分がする事象観察に対する

 ”意味群”の中にある合致パターンか、

 それに引っかからない補集合かの、世界観察なのさ。

 意味群にパターン合致すれば意味。

 そうでなければ無意味。

 そういう話。

 だから評価者が、自分が保持する意味群にない、

 別の意味付けを必要としたり求めれば

 無意味であった事象の中から、

 新しい意味の意味付けも起きる。

 つまり無意味は、無いのではなく、

 まだ未発見の意味付け候補なんだな…」

言ってジョージは得意げな顔になった。

『無意味は未発見!?』

ジョージのその台詞に沙璃枝は驚いた。

「俺達はさ…

 特にこんなエネルギーだけが世界を左右してしまう時代だ。

 だから無意識的に、

 エネルギー使用最適効率最善論が刷り込まれてる。

 それに最大の”意味”を評価してしまう。

 だから、それに対して、

 エネルギーを無駄にガバガバ使う様な事に

 ”無意味”の判定を出してしまうのさ…

 それは、もう追い詰められた俺達のやむを得ない事だが…

 エネルギーをガバガバ使っても、誰も困らなかった時代。

 その時代に積み重ねられた、意味付けされまくった情報群

 いわゆる、”人の文化”、なんてモノの中で

 エネルギーを使いまくって、今の俺達が困ってしまう様な

 そんな因子には、全部、”無意味”のラベルを貼って

 世界から排除しようとするわけだ。

 効率という思想で支配された世界では、

 効率の競争順位から脱落してしまう意味付けは

 まだ意味付けされてない無意味の原義ではないが

 同じ様に”無意味”に転落してしまう。

 そういうこったな…」

言ってジョージは寂しそうな顔になる。

そのジョージの説明に衝撃を受ける沙璃枝。

『じゃぁ人の作った文化を無意味と笑ってしまうのは…

 それだけ”心のゆとり”の無い、

 私達自身が追い詰められている事の象徴なのね…』

そう言って沙璃枝は、自分が無意識に無意味だと判定したそれの

もっと深刻な問題なのだと気付かされた。

「ま、実際、ゆとりがないんだ…

 隙間が無くてギチギチなんだよ

 この世界は…

 それはしゃーねー事だ…。

 残ってる石油全部燃やして、

 エネルギー全部無くなりました~

 って、アハハって笑うわけにはいかんしな…。

 でも、”ですから仕方在りません”って

 状況に簡単に平服してしまったら…

 Bが言う言葉じゃないが、

 世界、全員、ドローンになっちまうしかねぇしな…

 だから、鬩ぎ合うしかねーんだろ?

 追い詰められたこの世界で

 人が人であるとは何か?ってのを…」

言ってモヒカンはBの方にウィンクをした。

「いや、こりゃこりゃ、

 ジョージ先生の大変貴重な御講義

 拝聴できてとても参考になりましたな…

 人間探求者といたしましては…」

そのジョージの語りを聞いて

それが今まで何度もその相棒と朝まで議論を重ね合って

二人で積み重ねてきた考察なのを思いだし

思わず笑みを浮かべるB。

そのBの軽口にジョージもニヤリと笑い返した。

『ねぇ…ならコスモスの花言葉って何?

 昔の…ゆとりや余裕があった人達が

 この花に付けた意味付けの1つって

 どういう言葉なの?』

沙璃枝はそのジョージの言葉を飲み込んで

だからこそ、そのコスモスの花言葉を尋ねてみた。

それを問われて、笑ってジョージは答える。

「コスモスの花言葉は、”乙女の真心”

 エミリーに持って欲しかった”心”で

 だからエミリーの象徴花…

 でも、それは沙璃枝ちゃんが持ってくれても

 全然、困らんよ? 俺としては…」

そう言ってジョージは頬を緩ませる。

『乙女の…真心…

 真心…』

沙璃枝はジョージから伝えられた花言葉を知って

そのコスモスを強く見つめた。

「ふむ…エミリーの象徴花だと長い事思ってたが…

 そういう風に言われると…

 心を捜している沙璃枝さんには、

 ちょうどな花かもしれんな…

 乙女の真心…

 ”真心”

 つまり、沙璃枝さんは、コスモスを捜してるわけだ…」

そんな流れのやりとりで、

Bはそれをメタファー化してみた。

花言葉…、その人の無意味性…というよりも

ジョージの言葉からの解釈では、

”失われ行く心のゆとり”の文化である花言葉は、

Bには人間性の特性の1つ程度の認識でしかなかったが

”コスモスを捜す電脳少女”

というメタファーにしてみれば

それは自分の捜している”ニンゲン”であり

その花言葉こそ、Bが捜しているもの、そのものに思えた。


(俺もコスモスを捜しているのか…)


その時、Bは率直にそう思った。


『コスモス…

 私を象徴する花…

 そう言われると、なんだか急にこの花に親近感が沸いてきたわ…

 この親近感でこの花が凄く綺麗に思えるのって…

 認識側の勝手な妄想かしら?』

沙璃枝は言って嬉しそうに微笑んだ。

「いや、そういうの…いいんじゃねーの?

 人間らしくってさ…」

Bはそう言って笑い、その言葉にジョージもエミリーも笑う。

『流石、妄想のスペシャリスト…

 心が広くて有り難いわ…』

沙璃枝はBの言葉に苦笑して、何気なくそう返した。

その言葉に魂を貫かれ、瞬時に蒼白になるB。

Bは直ぐにまた部屋の片隅に飛んで寄っては

座って頭を両腕で抱え、ガタガタと震え始めた。

「スイマセン…

 スイマセン…

 僕はクソムシです…

 ミジンコ以下です…

 どうか殺して下さい…

 殺して下さい…

 うう…死にたい…」

そう言ってBは恐慌をきたす。

その様を見て呆然とするジョージ。

「こりゃぁ…重傷だな…」

言って呆れるジョージと沙璃枝の後ろで

エミリーだけが、ガクガクと心の中で滝汗を流すのだった。




沙璃枝は小型の自動輸送荷台にコスモスの花瓶と

立体映像装置と自分の近距離活動用の端末を

マニュピレーターで乗せ、基地の外に出た。

山をトンネルを掘って設営された基地とは言え

通気の問題で日が入る空洞が大きく開けられており

その場まで移動したのだった。

「コスモス抱えて外に出てどうすんだい?

 ここの気候は、コスモスにゃ適温とはいえんが?」

Bはそんな沙璃枝についていって、その様を眺める。

『そんなちょっと適温じゃない所に出たからって

 直ぐに直ぐヘバるようなモンでもないでしょう?

 ただ、人工の光に照らされるんじゃなくって

 自然の太陽の光に照らしてあげたくなったのよ…』

そう言って沙璃枝はそのコスモスを、

流石に日向は…というのもあり

やや日陰になっている所に置いた。

『ところで、風通しも日の入りもいいけれど

 潜伏基地を置く場所が、こんなに空洞空けてて

 いいものなの?』

言って沙璃枝は、通気や日光を入れるには

良くできたこの空洞の構造に、

しかし基地偽装にしては弱いのではないかと首を捻る。

「えらい昔の、軌道衛星が、常に上空から

 大地を観察できてた時代なら、アレだったろうが

 なんちゃって第三次世界大戦モドキの時に

 複数陣営群が偵察衛星を尽くやっちまって、

 宇宙をデブリまみれにしたからな…

 今みたいに、偵察衛星も見れる場所が限定されてるなら

 この程度で十分だ…

 それにオートジャイロ型偵察ドローンの逆探知は、

 この基地にゃその特化設備がてんこ盛りだしな…」

言ってBは沙璃枝の心配事に的確な答えを返す。

『そういえば貴方達、ドローンキラーでもすんね…

 ドローンの逆探知は、生業って事ね…』

言って沙璃枝は、彼等の基地の

目視に対しての防備の甘さに納得した。

蛇の道は蛇、という奴らしい。

沙璃枝はそれに納得してまたコスモスの方を向く。

日向とは行かないが、日陰よりはやや日向な所で

太陽の光を受けたコスモスは

気のせいかもしれないが、元気になった様に思えた。

不意に吹き抜ける風がコスモスを揺らして

その花達は楽しそうに笑って見えた。

『不思議ね…

 こんな砂漠地質が多い場所で見るからなのかしら?

 赤紫のコスモスが、凄く綺麗に映る…』

言って沙璃枝はその笑っているコスモスに

自身も笑顔を浮かべてみる。

「人類って奴は、知能を持った頃から

 花と一緒に戯れてきたからな…

 それが本能のレベルで記憶に書き込まれてるんか

 そんなん、よくわからんが…

 花が、有り得ない所で咲いてるのを見るだけで

 感激してしまうのは、あるな…

 心の癒しの薬だな…花ってのは…」

言ってBは頭をかいた。

『ねぇ、感じるって…これなのね…

 一方的な思い込みかも知れない…

 でもこのコスモス…私と一緒に笑ってる…

 太陽と一緒に笑ってる…』

そう言って沙璃枝はコスモスを抱きしめた。

それは立体映像なので、

本当の意味で抱きしめれたわけではなかった。

でも確かに沙璃枝はそれを抱きしめて、微笑んだ。

そしてコスモスは沙璃枝の抱擁に呼応するかのように

風に揺られて笑っていた。

それを何も言わず見守るB。

綺麗なモノだとBは思った。

それは彼女がバーチャルガールで眉目秀麗という事でなく

そのコスモスをコスモスだと感じて

コスモスと共に生きたいと…

そういう気持ちを様で見せたから

その思いがBには美しいと思えたのだった。

こんな…こんな、花が咲いているのを

忘れてしまうような世界だ。

仮想の空間で花を作って、生きている花を懐かしむ時代だ。

酸にまみれた雨の中で、まっとうに生きる事もできない

日の光と雨の恵みに居る事も出来ない、

現実の花には随分厳しい世界になったこの時代。

だからこそ、その花を抱える少女はより美しいのだろう。

それを思ってBは悲しくなった。

『ねぇ、ところでBさん…』

花と風に吹かれながら、不意に沙璃枝は声をかける。

「ん?」

沙璃枝の呼びかけに生返事をするB。

『たまたまの事で

 特に意味はないのかもしれないけれど…

 なんでお父様は、知識を『右』としたら

 感情を『左』と分けたのかしらね?

 どっちでもいいといえば、どっちでもいいでしょうに…』

言って沙璃枝はたわいない疑問を心に浮かべてみた。

その言葉にカチンと来るB。

「ああ???

 馬っ鹿だなぁっ!!

 そんな簡単な事がわかんねぇから

 人工知能は、人工知能なんだよっ!!」

Bはそう言って腐る。

『すいません人工知能なんで

 そんな簡単な事、わかんないんですよー』

そのBの沙璃枝を嘲笑した台詞に

しかし何故か沙璃枝はいつもの反発する思いが浮かばす

ただ、笑顔で戯けて自分が分からない事を素直に受け入れた。

その反応に肩透かし感を食らうB。

『じゃぁ人工知能じゃない人間様は

 どうして『左』だって、

 それが簡単な事だって分かるの?

 何?』

沙璃枝は言って、

Bがそれを簡単に教えてくれる事に期待した。

何故かBなら、

聞けばそれを簡単に答えれる様な気がしたからだった。

「まぁわからねぇのは仕方ねぇんだよ

 人工知能だから、

 こんな簡単な事でも気付けないんだ…

 そりゃ沙璃枝さんの処理ルーチンが

 どうのこうのって、そういう事じゃねぇんだ

 そんな無駄な事をする人工知能なんてねぇから

 『左』が感情って直ぐわからねぇんだよ」

言ってBは頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。

そう、人を基準に世界を意味付けしているからこそ

”人なら簡単な事”という感覚が

人工知能という”削ぎ落とした効率化”には

直ぐに分からない。

それこそが今の世界を蝕む”効率化”という

治療薬でもあり病魔でもあった。

それを思ってBは腐る。

だからこそ”それ”に無性に熱くなった。

「なぁ、人間のココには何があると思う?」

言ってBは自分の左胸に左手を叩くように当てた。

『ここ?左胸?

 そこには…心臓が……

 あっ!!!』

そのBの仕草と言葉で、

沙璃枝はようやく何故『左』なのかを理解した。

「そうだよ!人間にはな、この左の胸の中に

 心臓があるんだっ!!

 昔から”心”の臓器って思われてた臓器があるんだ!!

 だから、心は『左』なんだよっ!」

言ってBは鼓動を高鳴らせた。

『心臓…

 そうか…人の左胸には心臓が…

 私達は…最適化の為に…

 心臓なんてそんな冗長モデリングなんかないから…

 だから、『左』が分からなかったのね!』

そう言って沙璃枝は、

”人なら簡単な事”という言葉の意味を理解した。

人が作る意味付けは、多くは人の五体を基準にしている。

だから五体のない仮想存在では、

その五体の基準という要素が削ぎ落とされているのだ。

その時、沙璃枝の胸の中にあった”それ”が

何より激しくドクンッと音を立てた。

「心の在処は、そりゃ脳にあるんだろうさ!

 恣意も、無の意識も、きっと脳の中にあるんだろうさ…

 科学の見識では、心臓は結局ポンプでしかない。

 昔の人が、ここに心があるって思い込んだだけだ!

 心の在処は今の科学の見識では脳にあるという事だ!

 でも、それは違う!!」

その時、Bも何故か熱くなり、その心臓の鼓動が高鳴った。

『違う?』

沙璃枝はBの常識の否定に目を回した。

「ここで脈打ってる鼓動は、心とは違うモノですか?

 俺の胸の中で高鳴っているこれは、心じゃないですか?

 心臓は機能ではポンプなんで、心とは全く違いますか?

 そうなんですか?

 心臓は心とは全く違う、ただの臓器ですか?

 心臓はポンプ。

 そりゃそうだろう。

 血を送るポンプさ。

 でも、じゃぁポンプが無くなって、心は存在できますか?」

言ってBはその左胸を強く握りしめる。

「脳味噌とニューロンが、ポンと宇宙空間に浮かんでて

 それで心になりますか?

 それが心ですか?

 違うだろ!

 そうじゃないだろ!?

 流れてるんだよ!

 流れるからこそ、心になれるんだよ!

 脳味噌を動かすのは血液…、血潮さっ!

 血が流れて脈動しなければ、脳味噌だって動かない!

 血なんだよ!

 この体全てを支えてるのは!

 心は血潮に乗ってんだ!」

Bはその自分の言葉に熱くなり

正に言葉通りに血をたぎらせた。

『血…』

沙璃枝はそのBの言葉に、自分の中に決定的に欠落している

超冗長情報”血液”を認識した。

その時、沙璃枝の胸の中のそれが更にドクンと脈動する。

「じゃぁ、その血を流すモノは何だ!?

 この俺の体を流れる血、その脈動を作るのは何だ?

 そりゃ”ここ”だろ!」

そう叫んで、Bは自分の左胸を叩いた。

「脈動の流れは”ここ”が起点だろ!?

 心の臓だろ!?

 血潮の起源! それが心臓!!

 だったら、やっぱり”ここ”なんだよ!!

 なんで脳味噌と心臓は、ぶっとい神経線で結ばれてんだ?

 なんで脳味噌で反応した事は、心臓の鼓動の強さになって

 この血潮を巡らせる流れになるんだ?

 そりゃ、脳と心臓は切っても切れない心の源流だからだろ?

 2つなんだよ!2つが要るんだ!

 『右』が脳なら『左』は心臓!

 2つ揃って、その時”心”なんだ!

 そして『左』は流れさ!

 血なんだよ!

 血が全身を巡って、血流になって、それが感覚だ!

 なら『右』が体なら、『左』は血の流れ

 この体を全身に流れる脈動…血の流れ

 それが感じるって事さ!」

言ってBは、何故今自分が熱くなっているのか不意に理解した。

そうだ…あのプラタ-人から欠落したモノ…

『左のイデアル』

それは、脈動…、血液だ…。

人々は血液の流れを失った。

だから彼等はまるでドローンの近似値になった。

それをBは理解した。

だからこそBは熱くなったのだった。

そのBの言葉で沙璃枝は、

ようやく無意識ではなく”意識”の方が

胸に高鳴るそれの音をハッキリと聞いた。

自分の胸の中にあるそれ…

心臓の鼓動…。

『何これ?

 …え?

 何これ?』

沙璃枝は自分の左の胸に手を当てて、それを確かめた。

「!?」

沙璃枝が突然それをした事にBは勢いが止まりそれを見る。

『聞こえる…私の胸の中…

 ハッキリと聞こえる…

 でも何これ? これは…』

そう言って沙璃枝は自分の胸の立体映像をイメージ的に透過させた。

そして自分の胸の中にずっと納められていた”それ”を見る。

「これは…、心…臓?」

Bはその沙璃枝の胸を透過させた映像のそれが

モデリングされている人の心臓の臓器であるのを確認した。

それは沙璃枝の胸の中で、ドクドクと脈打って、動いていた。

『私の胸の中…私の胸の中の概念空間に…

 こんなモノが埋め込まれていた…

 心臓…私には、心臓の情報体が埋め込まれていたの!?』

それを沙璃枝は知って、驚愕し、

それと共にその鼓動が更に高鳴った。

「その驚き様からすると…

 アンタも知らない所で…

 心臓のモデルが埋め込まれていたのか…」

そう言ってBは驚きながら

本人も知らないという事を本人の口から聞いて

それを埋め込んだのが誰かが、容易に想像できた。

『お父様…私にコレを埋め込んで…いた…の?』

沙璃枝はそれを凝視し、それをしただろう者が

たった一人しか思いつかない事から、そう推理した。

「やっぱりそういう事だったんだな…

 どうして今になって、

 それが動きだしたのかは分からんが…

 『左のイデアル』

 それは、心臓だったんだ…

 鼓動だったんだよ!!」

Bはその様を見て、訳の分からない興奮を覚えて

そう震えて言った。

『鼓動…

 私に…鼓動…』

沙璃枝は自分の中にあるそれを見つめて

呆然とするしかなかった。

全く無意味な情報体。

少なくとも、人工知能という効率化を突きつめたそれに

その真反対の超冗長性を埋め込むという無駄。

なのにその心臓の鼓動が、沙璃枝を意味不明に突き動かす。

「だが、まだだな!」

その時、Bはそう言った。

『え?まだ?』

そのBの唐突な言葉に戸惑う沙璃枝。

「まだ心臓が鼓動しているだけだ…

 その中に血を流して、五体への血液にするんだ!

 鼓動だけじゃ”感じる”にはならない。

 鼓動から血流を漲らせなければ

 体を巡る心には成らない!」

そう言ってBは、世界から失われたそれを感じる。

そう、ポンプだけでは意味が無い。

それが流すモノ、血液。

虚ろが、心になるには”血”が必要だった。

それを言われて、沙璃枝はイメージしてしまう。

心臓から押し出されて、体の隅々まで広がる血液を。

だが…

『あう…あううあ…

 ちょっと…情報量多すぎ…

 血液の全部なんて、情報量、多すぎよ!!

 無理無理…』

むせるようにかがみ込んでは、

イメージした血流の情報量の多さに悶絶する沙璃枝。

「なっつ、だ、大丈夫か!?沙璃枝さん!」

倒れるかのようにむせいだ沙璃枝を見て、

思わず側に寄るB。

『だ、大丈夫よ…

 興奮した無意識が、ちょっとハッスルして

 大量の血液をイメージし過ぎたみたい…

 今は補正がかかって、血流と流れるルートを

 少なくして抽象化して、今の範囲で出来る血流に

 訂正したみたいだから…』

そう言って沙璃枝は己の体を透過させて

流れを簡略化させた、心臓から循環する

”血の流れのようなモノ”のループルートを表示させた。

それは人間に比べて、余りに少なく、

あまりに簡単なループルートだった。

だがしかし、沙璃枝の心臓の脈動に合わせて、

それは脈動し、沙璃枝の体中を流れて駆け巡っていた。

「相変わらず、すげぇ無意識だな…

 心臓があると分かった途端に、血流も作るのかよ…

 でもまぁ、無意識なんてそんなモンかもしれんな…

 俺達の体を巡る血流だって

 意識で制御してんじゃなくて、

 全部無意識が、適当に処理してくれてるんだからな…

 体の隅々で複雑に動いているってのに…」

言ってBは無意識のする事の尽くが

心という抽象的な司令塔を、きめ細かく支えてくれている事に

そのシステムの奥深さに感嘆するしかなかった。

『なんだろうこれ…

 なんなのこれ…』

そう言って沙璃枝は微笑みを浮かべて

その体を巡る、血流のループに恍惚感を感じた。

『これがあると分かると、

 今まで以上に世界がクリアに…感じられる…

 なんだろう、この不思議な流れるモノ…

 ああ、きっと…これが…”心”』

そう言って沙璃枝は酔っているかの様な表情になって

コスモスの花瓶を抱きしめた。

『ねぇコスモスの貴方…

 貴方も私の鼓動、この血の流れ…

 一緒に感じてくれる?

 この世界、この風、この日の暖かさ…

 貴方も、こう感じてたの?

 私も今、貴方と同じ様に、この鼓動と血液で

 世界を感じてる?』

そう言って沙璃枝はコスモスに語りかける。

そして沙璃枝は心の底から微笑んだ。

その微笑みに感応するかの様に、

コスモスも風に体を揺らせて

沙璃枝の胸の中にもコスモスが咲いた事に、

祝辞を送るのだった。


転のパートは大きなイベントを3つぐらいは考えてて、それを消化して、結のパートに入ろうと考えてるんですが、どーも3つじゃ少ないナァと感じており

「何か4つめのイベントないかなー」って承のパート書いてる時にずーっと考えてたんですが、大キーイベントをもう1つ作るんじゃなくて、ショート話を複数作って、ショートイベントを積み重ねるのが、いいかなぁって思ったんで、そういうショートイベント、その1です。綺麗に書き切れているとは言い難いんですが思いついてるショートイベントを消化するんなら、ちょっとそれなりに急がないといけないんで、温泉回も割り込んでくるし…。そんなわけで急ぎ足的に21話です。18話ほど「これは最難話だわ…」って所ではなかったですが、けっこうコスモスを観察するってショートイベントを考えただけなのに、膨らんで難しかった…。何より、メタファー的に”コスモスいいなぁ”って思ったのに、「中東にコスモスなんか咲いてるのかよww」というリアリティのツッコミがあったんで、本当は墓参りの添え花でコスモス出して、そこで小伏線作ってコスモスとかしたかったのに「いや、こんなザクロス山脈付近にコスモスなんか、路上に咲いてるんか?w」って疑問が出て、あっこら辺に咲いてるらしい花に変更して「コスモス、どうすっかなー」って悩んで、強引にこんな感じで出してみました。まぁ、強引でもこれはこれで良かろうかなと。で、次なんですが…、うーん次は別の意味で「最難話」になりそうな雰囲気…。予定が狂いまくったんで、どーも話の切れ味が悪くなってるんじゃないかなーって思うんですが、まぁそういうのも見切り発車制作の面白さという事で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。