表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

5話 ノルマ

「……ノルマがあるんです」

 白峰綾乃がそう言った。

 三十二階層。

 デスアラクネの死骸が転がる通路の中で、俺は小さく眉をひそめる。

 ノルマ。

 聞き慣れた言葉だった。

 会社員時代、嫌というほど聞かされた。

 売上ノルマ。

 契約ノルマ。

 達成できなければ叱責。

 達成しても次はもっと上を求められる。

 だからその言葉自体には驚かない。

 だが、ここはダンジョンだ。

 命の危険がある場所でまで聞きたい言葉ではなかった。

「どれくらい足りないんですか?」

 俺が尋ねると、篠崎エマが答える。

「今週分のノルマまで、残り二十万円分の魔石」

「なるほど」

 話は理解できた。

 つまり彼女たちは既にそれなりの成果を出している。

 だが最後の二十万円分が届いていない。

 だから無理をして三十二階層まで潜った。

 そういうことだろう。

 もっとも。

「それでこの状態ですか」

 俺は四人を見る。

 真琴は肩に怪我を負っている。

 後衛二人も疲労が激しい。

 綾乃に至っては顔色が真っ青だ。

 どう見ても探索続行できる状態ではない。

「危険だと思いますが」

「分かってる」

 真琴が吐き捨てるように言った。

「でもやるしかないの」

「未達成だと?」

「面倒なことになる」

 今度はエマが答えた。

 短い返答だった。

 だが、それだけで十分だった。

 どうやら銀星騎士団という組織は、俺が想像している以上に面倒らしい。

 少し考える。

 そして口を開いた。

「なら、俺も手伝います」

 四人が固まった。

「え?」

 綾乃が目を丸くする。

「手伝うって……」

「そのままです」

 するとエマが警戒するように目を細めた。

「本気?」

「ええ」

「見返りは?」

 当然の反応だろう。

 見知らぬ探索者が命を助けた上に探索まで手伝う。

 何か要求されると思うはずだ。

「条件があります」

 そう言うと、エマの表情がさらに引き締まる。

「何?」

「探索が終わったら、銀星騎士団について詳しく教えてください」

 沈黙。

 数秒。

「……それだけ?」

 真琴が拍子抜けしたような顔になった。

「それだけです」

「魔石の取り分とかじゃなく?」

「いりません」

「報酬も?」

「別に必要ありません」

 四人が顔を見合わせた。

 不思議そうな顔だ。

「以前、銀星騎士団から勧誘を受けたんです」

 俺は説明する。

「ああ……」

 エマが何とも言えない顔になる。

 心当たりがあるらしい。

「契約書を読んだんですが」

 思い出すだけで呆れる。

「どう考えてもおかしかった」

 大手クランだから当然。

 お前の年齢なら妥当。

 そんな理屈で押し通そうとしていたが、納得できる内容ではなかった。

「だから気になってるんです」

 俺は続ける。

「実際にはどんな組織なのか」

 エマはしばらく考えていた。

 やがて小さく息を吐く。

「……分かった」

「ありがとうございます」

 交渉成立だった。

 ◇

 それからの探索は順調だった。

 いや。

 順調という表現は正しくないかもしれない。

 俺にとってはいつも通りだった。

 だが綾乃たちにとっては違ったらしい。

 最初に遭遇したのはオークジェネラル。

 三十二階層の強敵だ。

 中級探索者パーティーでも油断できない。

 だが。

 俺は前に出た。

 地面を蹴る。

 一歩。

 二歩。

 そして剣を振るう。

 一閃。

 首が飛んだ。

 オークジェネラルの巨体が崩れ落ちる。

 戦闘終了。

「……は?」

 真琴が固まった。

「どうしました?」

 俺が首を傾げる。

「いや、どうしましたじゃないから!」

 真琴が思わず叫んだ。

「三十二階層のオークジェネラルだよ!?」

「そうですね」

 俺は頷く。

「中級探索者のパーティーでも苦戦する相手だと思います」

「なら、どうやってそんなあっさりと……!」

「普段から倒していますから」

 事実だった。

 オークジェネラルなら何度も相手にしている。

 真琴は口を開きかけて、結局閉じた。

「……何それ」

「私も同感だわ」

 珍しくエマがぼそりと呟く。

 綾乃はただ呆然としていた。

「すごい……」

 小さな声だった。

 本当に感心しているらしい。

 その反応に少し居心地が悪くなる。

 だから話を切り替えた。

「次へ行きましょう」

 ◇

 その後も探索は続いた。

 リザードマンロード。

 巨大トロール。

 キラーウルフの群れ。

 三十二階層のモンスターたちが次々と現れる。

 そして次々と倒れていく。

 途中から綾乃たちは戦闘に参加する必要すらなくなっていた。

「本当に強いんですね」

 綾乃がぽつりと言った。

「ギルドで噂になってるのも納得です」

「噂ですか」

「大型新人って言われてます」

 そういえば聞いたことがある。

 少し前、ギルドでそんな話をされた。

「別に大げさですよ」

「いや、大げさじゃないと思う」

 真琴が即座に否定する。

「一ヶ月で三十階層突破してる時点で十分おかしいから」

 そこまで言われると返しに困る。

 だから肩を竦めるだけにした。

 そんな会話をしていた時だった。

 綾乃の足元が少しふらつく。

 俺は見逃さなかった。

「白峰さん」

「え?」

「かなり無理してませんか」

 綾乃の肩がぴくりと震えた。

「そんなこと……」

「ありますよね」

 顔色が悪い。

 魔力消耗も激しい。

 素人でも分かるレベルだった。

 綾乃は困ったように笑う。

「少しだけです」

「少しじゃないでしょう」

「うっ」

 図星らしい。

 真琴が横から口を挟んだ。

「その子、昔からそうなの」

「真琴さん」

「だって本当でしょ」

 綾乃が気まずそうに視線を逸らす。

 なるほど。

 我慢するのが癖になっているタイプか。

 あまり良い傾向ではない。

 自分が壊れるまで無理をする人間は少なくない。

 会社員時代にも何人も見てきた。

 そして大抵、周囲が止めても止まらない。

 ◇

 探索開始から五時間後。

 目標額は達成した。

「これだけあれば大丈夫ね」

 エマがようやく安堵したように言った。

「助かりました」

 綾乃も頭を下げる。

「気にしないでください」

 約束もある。

 銀星騎士団について聞かなければならない。

 俺たちは地上へ戻った。

 ◇

 探索者ギルド。

 夕方。

 帰還した探索者たちでロビーは賑わっていた。

 そんな中。

「おい」

 低い声が響く。

 その瞬間、綾乃たちの顔色が変わった。

 振り返る。

 そこにはスーツ姿の男が立っていた。

 見覚えがある。

 銀星騎士団の幹部。

 あの勧誘の時の男だ。

「何をしている」

 男が言う。

「探索終了報告です」

 エマが答えた。

「予定時刻を過ぎているな」

 一方的な言葉だった。

 すると真琴が眉を吊り上げる。

「は?」

「聞こえなかったか」

「何言ってるの?」

 真琴が言い返す。

「私たち時間通りだったでしょ」

「言い訳するな」

「いや、言い訳じゃなくて――」

「黙れ」

 男は切り捨てた。

 説明を聞く気はない。

 最初から。

 事実などどうでもいいのだろう。

 ただ叱りつけたいだけだ。

「真琴」

 エマが制する。

 だが男は鼻で笑った。

「随分と教育がなっていないようだな」

 周囲の探索者たちも見ている。

 だが誰も口を挟まない。

 銀星騎士団。

 その名前の重さを知っているからだろう。

「それより」

 男の視線がコンテナへ向いた。

「今回の回収物を提出しろ」

 エマが無言でコンテナを開く。

 大量の魔石が姿を現した。

 その瞬間。

 男の眉がぴくりと動く。

「……ほう」

 興味を持ったような声だった。

「随分集めたじゃないか」

 だが賞賛はない。

 探るような視線だった。

 やがて男は俺を見る。

「お前か」

 向こうも思い出したらしい。

 俺も忘れていない。

 不当契約。

 脅迫まがいの勧誘。

 あの時の男だ。

「まだ探索者ごっこを続けていたのか」

 男は嘲るように言った。

 その言葉を聞きながら、俺は静かに男を見つめる。

 綾乃たちの反応。

 理不尽な叱責。

 高圧的な態度。

 どうやら俺の予想は正しかったらしい。

 銀星騎士団は――思っていた以上に、腐っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ