4話 銀星騎士団
三十二階層。
俺は今日もいつも通り探索を続けていた。
ダンジョン探索者になってから一ヶ月。
会社をクビになり、半ば自暴自棄になって飛び込んだこの世界だったが、今となっては以前の生活よりも充実している気がする。
少なくとも。
理不尽な上司に頭を下げる必要はない。
意味もなく怒鳴られることもない。
成果を横取りされることもない。
戦って、稼ぐ。
単純な世界だった。
もちろん危険はある。
モンスターに殺される可能性だってある。
だが、それでも会社員時代よりよほど納得できる。
努力が結果に繋がるからだ。
「……とはいえ」
足元に転がるモンスターの死骸を見る。
オークジェネラル。
三十階層以降で出現する強敵だ。
中級探索者が数人で相手をするようなモンスター。
だが。
俺にとってはそうでもない。
剣を振るう。
一閃。
首が飛ぶ。
それで終わりだった。
戦闘時間は十秒にも満たない。
スキル《執行者》。
未だに詳しいことは分からない。
だが、俺が悪だと認識した相手に対して異常なほど力を発揮する。
人を襲うモンスター。
弱者を踏みにじる人間。
そういう存在を前にすると、自分でも信じられないほど身体が軽くなるのだ。
おかげで探索は順調だった。
三十階層も突破。
稼ぎも安定している。
以前の俺では考えられない状況だった。
「さて」
魔石を回収する。
今日はもう十分だろう。
そんなことを考えていた時だった。
遠くから轟音が響いた。
「……?」
俺は顔を上げた。
戦闘音。
しかもかなり激しい。
三十二階層でこれほど騒がしい戦闘は珍しい。
少し気になった。
俺は音の方へ向かう。
しばらく進んだところで、さらに異変を感じた。
嫌な気配だった。
肌が粟立つ。
まるで獰猛な肉食獣が近くにいるような感覚。
そして。
スキルが反応した。
身体が熱を帯びる。
力が満ちる。
つまり。
そこにいるのは明確な悪。
人を害する存在だ。
「……なるほど」
自然と歩く速度が上がる。
やがて戦闘現場が見えた。
四人組の探索者。
全員女性。
そして。
巨大な怪物。
「デスアラクネか」
思わず眉をひそめた。
上級探索者案件の危険種。
こんな階層で遭遇する相手じゃない。
四人の探索者たちは完全に追い詰められていた。
前衛は重傷。
後衛も消耗。
ヒーラーらしき女性は顔面蒼白だ。
そして次の瞬間。
巨大な腕がそのヒーラーへ振り下ろされた。
間に合う。
俺は地面を蹴った。
視界が流れる。
一瞬で距離を詰める。
「――邪魔だ」
剣を振るう。
斬撃。
デスアラクネの腕が宙を舞った。
悲鳴が響く。
怪物のだ。
そして女性たちが固まる。
「え……?」
黒髪のヒーラーが呆然としていた。
無理もない。
普通なら見えない速度だっただろう。
俺は前へ出る。
怪物が怒り狂ったように咆哮した。
無数の腕が襲いかかる。
だが遅い。
あまりにも。
「ギシャアアアアア!!」
腕が振るわれる。
一閃。
切断。
さらに一閃。
もう一本。
また一閃。
また一本。
まるで枝でも払うような感覚だった。
数秒後。
怪物の腕は全て地面に落ちていた。
「なっ……」
誰かが息を呑む。
後ろを見るまでもない。
驚いているのだろう。
だが戦闘は終わっていない。
デスアラクネが突進してくる。
巨体に任せた突撃。
普通の探索者なら即死だ。
だが。
「遅い」
身体を捻る。
回避。
すれ違いざまに剣を振るう。
黒い甲殻が裂ける。
鮮血。
怪物が絶叫した。
「ギィイイイイイ!!」
怒り。
恐怖。
混乱。
様々な感情が見て取れた。
だが意味はない。
スキルが告げている。
こいつは悪だ。
人を喰らう怪物だ。
ならば。
斬る。
ただそれだけだった。
俺は再び地面を蹴った。
怪物の背後へ回る。
首元へ剣を叩き込む。
甲殻が砕ける。
肉を断つ。
骨を断つ。
そして。
「終わりだ」
最後の一撃。
首が飛んだ。
巨大な身体が崩れ落ちる。
戦闘終了。
時間にして一分もかかっていない。
静寂が訪れた。
俺は剣を払う。
振り返る。
すると四人とも固まっていた。
「……大丈夫ですか?」
そう声をかけると。
「え?」
黒髪の女性が間抜けな声を出した。
「いや、その……」
言葉が出てこないらしい。
他の三人も同じだった。
やがて前衛らしい女性が口を開く。
「今の……何?」
「何って?」
「デスアラクネよ?」
そう言われても困る。
デスアラクネはデスアラクネだろう。
「上級探索者でも単独討伐は滅多に聞かないわよ……」
「そうなんですか」
知らなかった。
というか比較対象がない。
俺は他の探索者と行動したことがないのだ。
するとヒーラーの女性が恐る恐る聞いてきた。
「あの……黒崎さんは上級探索者なんですか?」
そういえば名乗っていない。
「いや、探索者になって一ヶ月です」
沈黙。
数秒。
「……はい?」
「一ヶ月?」
「嘘でしょ?」
反応は散々だった。
まあ当然か。
俺だって逆の立場なら信じない。
「とりあえず」
俺は話を切り上げる。
「怪我人がいます」
前衛の肩。
深い傷だ。
他のメンバーも疲労が酷い。
特に黒髪のヒーラーは今にも倒れそうだった。
「地上へ戻りましょう」
そう言った瞬間。
四人の顔色が変わった。
「……それは」
「できない」
リーダーらしき女性が首を振る。
「まだ?」
「まだ探索する」
俺は思わず眉をひそめた。
「この状態で?」
「そう」
「無理でしょう」
「無理でもやる」
意味が分からない。
怪我人。
疲労。
魔力消耗。
どう見ても撤退案件だ。
なのに帰らない。
理由があるのか。
その時だった。
ふと胸元が目に入った。
銀色のバッジ。
見覚えがある。
「……なるほど、銀星騎士団ですか」
女性たちの表情が固まる。
当たりらしい。
なるほど。
どこかで見たと思った。
あの勧誘の時だ。
「何があった?」
少し強めの口調で問いかける。
エマが警戒する。
「別に何も」
「嘘だな」
即座に切り捨てた。
「こんな状態で探索を続ける理由になってない」
沈黙。
誰も喋らない。
だから続ける。
「何かあるんだろ」
「……」
「言えないなら言えないでいい」
俺は肩を竦める。
「ただ、死んだら終わりだ」
その言葉に。
黒髪の女性が小さく俯いた。
何かを堪えるように。
そして。
「……ノルマがあるんです」
ぽつりと呟いた。
その瞬間。
嫌な予感がした。
あの勧誘の時と同じ。
胸の奥がざわつく感覚。
どうやら。
銀星騎士団という組織は、俺が思っていた以上に碌でもない場所らしかった。




