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2話 大型新人と、大手クランの理不尽

 ――探索者になって、一ヶ月が経った。

「グルルルルッ!!」

 三十階層。

 薄暗い地下空間に、獣の唸り声が響く。

 目の前にいるのは《ブラッドファング》。

 三十階層付近に出現する狼型モンスターだ。

 鋼みたいな黒毛。

 赤く濁った瞳。

 そして、下級探索者なら容易く引き裂く鋭い爪。

 中級探索者帯では危険種として知られているモンスターだが――。

「遅い」

 俺は冷静だった。

 振り下ろされた爪を最小限の動きで回避する。

 視界が異常なほど鮮明だった。

 筋肉の動き。

 重心。

 呼吸。

 全部が見える。

 《執行者》。

 俺が“悪”だと認識した対象に対して、身体能力や知覚能力を強化するスキル。

 人を襲うモンスターは、俺にとって明確な“悪”だった。

「――はっ!」

 踏み込み。

 斬撃。

 銀色の軌跡が走った。

 次の瞬間、《ブラッドファング》の首が飛ぶ。

 巨体が崩れ落ち、粒子となって消えていった。

 残されたのは魔石と黒い牙。

「……三十階層、か」

 俺は息を吐いた。

 一ヶ月前。

 ゴブリン一匹に怯えていた自分が嘘みたいだった。

 だが、探索者というのはダンジョンに潜れば潜るほど強くなる。

 身体能力。

 魔力。

 スキル。

 全てが成長していく。

 そして俺の成長速度は、どう考えても異常だった。

 ダンジョン発生から五十年。

 現在、人類の最高到達階層は八十四階層。

 そんな世界で、探索開始一ヶ月で三十階層へ到達している探索者なんてほとんど存在しない。

 探索者の八割は、一〜十階層を主戦場にする初級探索者。

 十一〜四十階層を中心に活動する中級探索者は全体の一割五分程度。

 そして、それより上はほんの一握り。

 三十階層まで来れば、もう立派な中級探索者だ。

 しかも俺はソロ。

 異常なのは間違いない。

「……帰るか」

 俺はドロップ品をバッグへ放り込み、転移ゲートへ向かった。

     ◆

 一時間後。

 探索者ギルド本部。

 今日も中は騒がしかった。

 酒臭い空気。

 武器の金属音。

 怒鳴り声と笑い声。

 この一ヶ月で、俺もだいぶこの空気に慣れてきた。

「あっ、黒崎さん!」

 受付に行くと、若い受付嬢がぱっと顔を明るくした。

「お帰りなさい! 本日も三十階層ですか!?」

「まあ……そんな感じです」

「す、凄すぎます……!」

 その声で、周囲の探索者たちがこちらを見る。

「あいつか」

「例の大型新人」

「一ヶ月で三十階層到達したっていう……」

「しかもソロだろ?」

 ざわざわと視線が集まる。

 驚愕。

 羨望。

 好奇。

 色んな感情が混ざっていた。

 でも当然、面白くなさそうな顔もある。

「どうせ運が良かっただけだろ」

「ソロって言っても、実際は誰かに寄生してんじゃねぇの?」

「最近ギルドも騒ぎすぎなんだよ」

 聞こえるように陰口を叩く男たち。

 俺は特に反応しなかった。

 慣れている。

 昔からそうだ。

 目立てば叩かれる。

 理由なんてない。

 気に入らないから攻撃される。

 それだけだ。

「査定完了しました!」

 受付嬢が端末を確認しながら言う。

「《ブラッドファング》の魔石と黒牙、それから素材一式合わせて……本日は十五万二千円になります!」

「……ありがとうございます」

 ギルド内がざわつく。

「十五万……?」

「嘘だろ」

「三十階層を潜ってるらしいぞ」

「しかもソロだ」

「パーティーだとあれを三人か四人で分けるもんな」

「けっ、ソロで長続きなんかするかよ」

 反応は様々だ。

「それと……」

 受付嬢が少し声を潜めた。

「黒崎さん宛てに、クラン勧誘が来ています」

「……クラン?」

「はい。こちらです」

 差し出された封筒には、銀色の紋章が刻まれていた。

《銀星騎士団》。

 大手クランの一つ。

 界隈で名の知れた名前だ。

「銀星騎士団?」

「あの悪名高いところか」

「うわ、終わったなアイツ」

 だが周囲の反応は良くない。

 俺も顔を顰めた。

 たった一ヶ月、活動しただけ。

 それでも耳にするほど、評判の良くない大手クラン。

 封筒を開く。

 中には契約書が入っていた。

 読み進める。

 そして。

「…………正気か?」

 思わず声が漏れた。

 コンビニバイトと変わらない給料での固定給制。

 ドロップ品の所有権はクラン側。

 攻略情報の全面提出義務。

 外部活動制限。

 無断脱退時には高額違約金。

 さらに。

『クランが指定する探索行動を最優先とする』

 実質的な拘束契約だった。

 奴隷と何が違うんだ、これ。

「当然の契約だ」

 後ろから声がした。

 振り向く。

 そこに立っていたのは、長身のスキンヘッドの男だった。

 白銀のコート。

 胸元には《銀星騎士団》の紋章。

 周囲がざわつく。

「あれ……《銀星騎士団》幹部の」

「剣城だ……!」

 男――剣城は、俺を見下ろすような目で見ていた。

「新人が勘違いしないことだな」

「……勘違い?」

「我々、大手クランに所属できる。お前は、プロになるということだ。それだけで価値があると言っている」

 当然みたいな口調だった。

「探索者の殆どは社会では通用せずこんなところに落ちてきた不適合者だ。加えて、お前みたいな三十路の新人探索者、この条件でも破格じゃないか」

 周囲が静まり返る。

「若い才能ならまだしも、三十三歳。伸び代にも限界がある。だがウチは拾ってやると言っているんだ」

 俺は黙って契約書を見る。

 剣城は続けた。

「ソロ探索者など、いずれ必ず行き詰まる。装備、情報、人脈。全てクランが握っている」

「……だから従え、と」

「当たり前だ」

 鼻で笑う。

「お前一人で何ができる?」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷えていった。

 ああ、と思う。

 結局どこへ行っても同じなんだ。

 力を持ってる側は、持ってない側を支配する。

 理不尽を当然みたいに押し付けてくる。

 学校と同じ。

 会社と同じだ。

「……断ります」

 俺は契約書を閉じた。

 一瞬、空気が止まる。

 剣城の眉がぴくりと動いた。

「……何?」

「こんなの契約じゃない。奴隷だ」

 周囲がざわつく。

 だが、俺は止まらなかった。

「大手クランだから? 年齢的に妥当? だから従え?」

 怒りが滲む。

「ふざけるな」

 剣城の目が細くなる。

「……新人の分際で、口の利き方を知らんな」

「妥当な口の利き方だと思いますが」

「後悔するぞ」

 低い声だった。

「ソロの探索者は、いずれ潰れる。いや、潰されてきた」

「……」

「装備流通、素材取引、高難度ダンジョン許可。全て大手クランが影響力を持っている」

 露骨な脅しだった。

「ウチの圧力を舐めるなよ」

 周囲の探索者たちも息を呑む。

 でも。

 不思議と、俺は冷静だった。

 昔の俺なら怖がっていた。

 謝っていた。

 頭を下げていた。

 でも今は違う。

 理不尽を飲み込むだけの自分じゃない。

「そうですか」

 剣城の表情が凍る。

「──くだらない」

 それだけ言って、俺は背を向けた。

「貴様――!」

 怒声が飛ぶ。

 だが、俺は止まらない。

 ギルドの自動ドアが開く。

 夜風が頬を撫でた。

 俺はそのまま、振り返らずにギルドを後にした。




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