1話 理不尽に潰された俺は、悪を裁く力を手に入れた
「――黒崎くん。君には、今月いっぱいで辞めてもらう」
部長の言葉は、あまりにも淡々としていた。
まるで天気予報でも読み上げるみたいに。
俺――黒崎遼は、しばらく何も言えなかった。
営業部長室。
静かに唸るエアコン。
壁掛け時計の秒針。
窓の外では雨が降っている。
六月特有の湿気がスーツにまとわりついて、不快だった。
「……え?」
ようやく出た声は、自分でも驚くほど情けなかった。
田辺部長は視線を外したまま、机の上の書類を整える。
「会社としての決定だ。景気も厳しい。人員整理は避けられなくてね」
「いや……でも……」
頭が追いつかない。
俺はこの三年間、休まず働いてきた。
休日出勤もした。
他人のクレーム処理も押し付けられた。
深夜まで残業して、それでも文句を言わずにやってきた。
なのに。
切られるのは俺?
「納得……できません」
絞り出すように言うと、田辺部長はわずかに眉をひそめた。
「会社の判断だ。感情論を持ち込まれても困る」
「感情論……?」
「君は少々、協調性に問題があった。周囲とのコミュニケーションも――」
そこで理解した。
ああ、そういうことか、と。
つまり。
俺が“一番切りやすかった”。
それだけだ。
脳裏に同僚の顔が浮かぶ。
吉岡。
営業成績の数字を誤魔化していた男。
取引先とのトラブルを部下に押し付ける男。
だが、部長には好かれている。
飲み会にも付き合う。
ゴルフにも行く。
愛想よく笑う。
俺はそういうのが苦手だった。
必要以上に群れない。
黙って仕事だけしていた。
だから都合がよかった。
「……俺より問題ある人、いますよね」
思わず口から漏れる。
田辺部長の表情が険しくなった。
「黒崎くん」
低い声。
「最後くらい社会人らしくしてくれ」
その瞬間。
胸の奥で、何かが切れた。
ああ、まただ。
また俺だけが悪いことになる。
◆
『黒崎が悪いんじゃないか?』
小学校五年の時だった。
放課後の教室。
俺は床に倒れていた。
腹が痛い。
口の中が切れて、血の味が広がっている。
クラスの中心グループだった山下たちに殴られたのだ。
理由なんて覚えていない。
多分、本当にくだらないことだ。
反応が気に入らないとか、その程度。
でも、一番きつかったのは暴力じゃなかった。
教師だ。
『お前にも原因があるんだろ?』
担任はそう言った。
山下の父親は地元じゃ有名な会社の社長だった。
だから教師は山下を怒れない。
結局、泣いている俺に「仲良くしろ」で終わり。
教室の後ろでは、クラスメイトたちが笑っていた。
あの時、理解した。
この世界は平等じゃない。
力を持っている側が正しくて、弱い側が黙って耐える。
それだけだ。
中学でも変わらなかった。
高校でも。
社会に出ても。
理不尽は、ずっと俺の隣にいた。
◆
「……以上だ」
現実に引き戻される。
気づけば退職書類を差し出されていた。
「荷物は今日中にまとめてくれ」
俺は無言で立ち上がる。
本当は怒鳴りたかった。
机を蹴飛ばしたかった。
でも、できない。
怖いからだ。
退職金に響くかもしれない。
揉めた人間として扱われるかもしれない。
結局、俺は何もできない。
昔からそうだ。
「……失礼します」
情けない声だった。
部長室を出ると、同僚たちが一瞬だけこちらを見る。
だがすぐに目を逸らした。
誰も助けない。
誰も関わらない。
それが社会だ。
席に戻ると、吉岡が近づいてきた。
「黒崎、大丈夫か?」
口元が笑っている。
心配しているふりだ。
「急だったなぁ」
お前のせいだろ。
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「……別に」
「再就職頑張れよ」
軽い口調。
頭の奥が熱くなる。
でも俺は何も言えない。
ただ黙って荷物をまとめるだけ。
周囲から見れば、大人しい会社員。
実際は違う。
何もできないだけだ。
◆
会社を出る頃には、外は土砂降りになっていた。
駅前のネオンが滲んで見える。
スマホを見る。
残高、十二万四千円。
「……終わってるな」
思わず笑ってしまった。
三十三歳。
無職。
恋人なし。
貯金なし。
何もない。
駅前の大型モニターでは、探索者向け企業のCMが流れていた。
『ダンジョン資源が未来を変える!』
『探索者、月収百万円も夢じゃない!』
巨大な剣を振るう男。
炎を操る女。
歓声。
拍手。
別世界の人間たち。
探索者。
ダンジョンに潜り、モンスターを討伐する職業。
誰もがダンジョン内で一つだけ“スキル”を扱える。
探索を重ねるほど、身体能力も魔力もスキルも成長する。
危険だが、成功すれば人生が変わる。
「……力」
自然と呟いていた。
もし、力があったなら。
教師に言い返せたかもしれない。
会社で踏みにじられなかったかもしれない。
理不尽を、理不尽のまま終わらせずに済んだかもしれない。
気づけば、探索者登録センターのページを開いていた。
死亡率、年間三・七パーセント。
「は……」
笑える。
でも、今の人生を続けるくらいなら。
死ぬ方がマシかもしれない。
俺は申請ボタンを押した。
◆
三日後。
探索者登録センター。
白を基調とした建物には、若い連中が多かった。
大学生くらいの男女。
自信に満ちた男たち。
場違い感が凄い。
「次の方どうぞー」
受付に呼ばれ、個室へ入る。
中央には黒い水晶が置かれていた。
「これに触れてください。現在扱えるスキルが判定されます」
「……はい」
手を伸ばす。
触れた瞬間。
ズキンッ!!
「ぐっ……!?」
頭を内側から叩き割られたような衝撃。
視界が赤黒く染まる。
耳鳴り。
そして、頭の奥底から“何か”が浮かび上がってくる。
まるで最初からそこにあったものを、無理やり引きずり出される感覚。
『執行者』
脳裏に文字が浮かぶ。
「……執行者?」
受付嬢が端末を確認し、首を傾げた。
「聞いたことのないスキルですね……」
同時に、能力の情報が頭へ流れ込む。
【執行者】
『己が悪だと認識した対象に対し、身体能力・知覚能力・魔力操作能力を強化する』
「悪……」
曖昧だ。
だが、理解できた。
これは理不尽を憎む俺自身から生まれた力だ。
◆
その日の夕方。
俺は初心者向けダンジョンへ来ていた。
第一層。
最低ランクモンスターしか出ない区域。
それでも怖い。
手汗で剣が滑りそうになる。
「……帰るか?」
弱気な言葉が漏れた、その時。
ギャギャッ!!
ゴブリンが現れた。
緑色の皮膚。
濁った目。
汚い牙。
錆びたナイフ。
怖い。
本能的にそう思う。
だが同時に、別の感情も湧き上がる。
こいつは人を襲う。
人を殺す。
悪だ。
ドクン、と心臓が脈打った。
「――っ!?」
世界が変わる。
視界が鮮明になる。
ゴブリンの動きが、異常なほど遅く見えた。
振り下ろされたナイフを避ける。
剣を振る。
ザンッ!!
一撃だった。
ゴブリンの首が飛び、粒子となって消える。
「は……?」
息が止まる。
初心者が初戦でゴブリンを瞬殺?
ありえない。
だが胸の奥には確かな熱が残っていた。
力だ。
俺にも、力がある。
その時だった。
「おいおい、新人じゃねぇか」
後ろから声。
三人組の探索者だった。
装備は派手だが、目つきが悪い。
「初心者が一人とか危ねぇぞ?」
「その魔石、俺らが預かってやるよ」
恐喝。
初心者から戦利品を奪う連中。
俺は拳を握る。
「……嫌です」
そう言った瞬間、空気が変わった。
「あ?」
男の一人が笑う。
「新人のくせに逆らうのか?」
「調子乗ってんなぁ」
次の瞬間。
ガンッ!!
「ぐぁっ!?」
鈍い衝撃。
脇腹に激痛が走った。
男が鉄棒で殴ってきたのだ。
防具越しでも息が詰まる。
「ははっ、弱っ!」
「探索者ごっこしたかったのか?」
さらに髪を掴まれ、無理やり引き倒される。
地面に顔を打ちつけた。
「っ……!」
「どうするよ? 魔石奪った後、口封じするために裸の写真でも撮っとくか?」
男がスマホを取り出し、見下した笑みを浮かべる。
「こういう陰キャって、ネットに流されたら死ぬほど効くだろ」
ゲラゲラと笑う三人。
その瞬間。
胸の奥で、何かが爆ぜた。
『悪』
そう認識した途端。
全身を熱が駆け巡る。
「……は?」
男たちの顔が変わった。
自分でも分かった。
今の俺は、さっきまでとは別物だ。
恐怖より先に、怒りが来ていた。
ずっとそうだった。
奪われる側。
耐える側。
踏みにじられる側。
でも――。
「それ……理不尽だよな」
一歩踏み込む。
床が砕ける。
「なっ――」
拳を振るう。
ドゴッ!!
「がっ!?」
男の体が吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「ば、化け物!?」
残り二人が武器を抜く。
だが遅い。
視界の中では、止まって見えた。
蹴り。
肘打ち。
骨が軋む感触。
悲鳴。
三人は数秒で地面に転がっていた。
俺は荒い息を吐く。
胸の奥が熱い。
でも、不思議と心は静かだった。
初めてだった。
理不尽を押し返したのは。
倒れた男たちを見下ろしながら、俺は静かに理解する。
――俺の人生は、ここから始まるのだと。
本作はAIの補助をを借りています。
何卒、お付き合い頂けると幸いです。
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