18話 最後の保険
第四十八層前線拠点。
黒瀬の刃が団長へ向けられていた。
「銀星騎士団団長」
「秩序局の名において拘束する」
静かな宣告だった。
もう逃げ場はない。
組織は崩壊している。
幹部も押さえられている。
残るはこの男だけ。
――そのはずだった。
団長は笑っていた。
「拘束、か」
まるで他人事のような声。
久世が眉をひそめる。
「何がおかしい」
「別に」
団長は肩をすくめる。
「ただ、お前達はまだ“片側”しか見ていないと思ってな」
その瞬間。
男の手が腰の装置へ伸びた。
「動くな!」
局員が叫ぶ。
だが遅い。
魔導端末が起動された。
低い起動音。
そして――施設全体が震えた。
地の底から響くような咆哮。
空気が歪む。
「何をした」
黒瀬が低く問う。
団長は微笑む。
「保険だよ」
その言葉の直後。
廊下の奥の壁が破壊された。
瓦礫が飛び散る。
そこから現れたのは――異形。
獣の胴体。
昆虫の外殻。
複数の魔物を無理やり融合させたような姿。
キメラ。
俺は即座に理解した。
副団長が扱っていた個体と同系統。
だが一体ではない。
「反応確認!」
局員が叫ぶ。
「複数個体、同種反応!」
さらに奥から咆哮。
一体。
二体。
三体。
次々と姿を現す。
四体。
五体。
六体。
黒瀬の表情が変わった。
「数が多すぎるな」
久世が呟く。
「まさか……量産していたのか」
空気が重くなる。
一体でも厄介な相手だ。
それが複数。
「葛城達が扱っていたのは試験型だ」
団長が言う。
淡々とした声だった。
「これは完成品の量産だ」
その言葉に怒りが湧く。
「ふざけるな」
俺が吐き捨てる。
団長は笑うだけだった。
「結果を出すには試行が必要だ」
「犠牲が出るのは当然だろう」
黒瀬が前へ出る。
「制圧班」
「迎撃!」
一斉に動く。
秩序局制圧班。
最上級探索者に匹敵する戦力。
剣閃が走る。
魔法が炸裂する。
キメラが一体、吹き飛ぶ。
だが。
すぐに立ち上がる。
再生。
損傷が修復される。
「再生速度が異常!」
局員が叫ぶ。
別の個体が横から突進。
制圧班の一人が吹き飛ばされた。
壁が砕ける。
戦線が乱れる。
一体なら勝てる。
だが六体は違う。
押されている。
その時だった。
さらに奥の壁が崩れた。
地面が軋む。
そして現れた。
巨体。
圧倒的な存在感。
全長十メートル近い異形。
黒い外殻。
脈動する筋肉。
背から伸びる無数の触手。
空気が震える。
「なんだ……これは」
久世が息を呑む。
局員達も動けない。
副団長の個体とは比べ物にならない。
格が違う。
「完成体……」
誰かが呟いた。
団長が笑う。
「どうだ」
「これが本当の成果だ」
狂気ではない。
確信だった。
黒瀬が低く叫ぶ。
「全員下がれ!」
その判断は早かった。
だが遅い。
完成体が咆哮する。
衝撃波で床が砕けた。
制圧班が吹き飛ぶ。
黒瀬が踏み込み、斬撃を叩き込む。
外殻が割れる。
だが――すぐに再生。
「再生速度が異常だ!」
局員が叫ぶ。
完成体が腕を振るう。
二人が吹き飛ばされた。
戦線が崩壊しかける。
その瞬間だった。
俺の中で何かが切り替わる。
執行者。
視界が変わる。
魔力の流れが見える。
核。
弱点。
すべてが“線”として浮かぶ。
完成体の胸部。
奥深くに一つだけ異常な核があった。
あれだ。
直感ではない。
確信だった。
「そこか」
俺は踏み込んだ。
加速。
触手が迫る。
回避。
腕が振り下ろされる。
すり抜ける。
一瞬で懐へ。
黒瀬の声が遠く聞こえる。
だが関係ない。
剣を構える。
「終わりだ」
一閃。
核へ刃が到達する。
そして――貫く。
轟音。
完成体が硬直した。
次の瞬間。
全身に亀裂が走る。
魔力が暴走する。
咆哮。
そして崩壊。
巨体が崩れ落ちた。
静寂。
キメラ達も同時に異変を起こす。
再生が止まる。
崩れ落ちる。
魔力が霧散していく。
連鎖的な崩壊。
「完成体が制御核だったのか……」
久世が呟いた。
黒瀬も息を吐く。
「終わったな」
その言葉に誰も反論しない。
終わった。
確かに。
そのはずだった。
「馬鹿な……」
団長の声が震える。
初めてだった。
余裕が消えている。
顔から色が失われている。
「完成していたはずだ」
黒瀬が歩み寄る。
刃が首筋に突き付けられる。
「終わりだ」
団長は動かない。
いや、動けない。
すべてを失った男だった。
だが。
小さく笑った。
不気味な笑み。
「終わり……?」
団長は俺達を見る。
「違うな」
黒瀬が目を細める。
「何が違う」
団長は答える。
「お前達はまだ知らない」
その言葉が空気を変えた。
会議室で見た記録。
署名。
D。
団長は続ける。
「俺はただの一端だ」
「計画は既に動いている」
「止まらない」
「奴らはな」
黒瀬が問う。
「奴らとは誰だ」
だが団長は笑うだけだった。
「せいぜい足掻け」
それだけ言い残し。
銀星騎士団団長は拘束された。
銀星騎士団は終わった。
だが。
俺の胸には、消えない違和感だけが残っていた。




