17話 銀星騎士団団長
第四十八層。
前線拠点へ向かう道中、空気は重かった。
秩序局制圧班。
黒瀬。
俺。
そして久世。
最低限の人数で進んでいる。
相手は銀星騎士団団長。
逃亡中とはいえ、上級探索者の中でも上位に位置する実力者だ。
油断はできない。
「一つ聞いていいですか」
移動しながら俺は口を開いた。
久世が振り向く。
「何だ」
「団長の実力ってどのくらいなんです」
黒瀬が答えた。
「最上級には届かない」
その一言で大体理解できた。
葛城よりは上。
だが秩序局制圧班や黒瀬ほどではない。
「それでも十分強い」
黒瀬が続ける。
「普通の上級探索者では相手にならん」
なるほど。
だからこそ、ここまで大きなクランを率いてこられたのだろう。
やがて前方に灯りが見えた。
前線拠点。
本来なら探索者達の休憩所として使われる施設だ。
だが今は静まり返っている。
黒瀬が手を上げた。
全員が停止する。
局員達が周囲を確認する。
数分後。
「反応なし」
「外周クリア」
報告が返ってきた。
黒瀬が頷く。
「行くぞ」
施設へ踏み込む。
入口。
廊下。
休憩室。
誰もいない。
逃げられたか。
そう思った時だった。
「上です」
局員が言う。
視線が二階へ向く。
階段の先。
最奥の部屋。
微かな気配がある。
黒瀬が先頭に立つ。
そのまま階段を上がった。
扉の前で止まる。
そして。
勢いよく開いた。
「秩序局だ!」
部屋の中へ踏み込む。
俺も続く。
そして見た。
一人の男が窓際に立っていた。
四十代前半。
整った顔立ち。
高級そうな装備。
落ち着いた雰囲気。
とても逃亡犯には見えない。
男はゆっくり振り返った。
そして笑った。
「ようやく来たか」
その声には焦りがなかった。
黒瀬が前へ出る。
「銀星騎士団団長」
「お前を拘束する」
男は肩をすくめる。
「そうか」
それだけだった。
抵抗する様子もない。
むしろ余裕すらある。
俺は違和感を覚えた。
普通じゃない。
追い詰められている人間の態度ではなかった。
「逃げないんですか」
俺が聞く。
男は俺を見た。
そして笑う。
「逃げる?」
まるで面白い冗談でも聞いたようだった。
「なぜだ」
「全て終わったでしょう」
「銀星騎士団は崩壊した」
「証拠も押さえられた」
「幹部も捕まった」
俺が言う。
だが男は首を振った。
「違うな」
静かな声だった。
「銀星騎士団は終わった」
「だが私は終わっていない」
その言葉に久世が眉をひそめる。
「何を言っている」
「事実だ」
男は平然と答えた。
そして窓の外を見る。
「葛城はどうだった」
突然の質問だった。
久世が答える。
「拘束した」
「そうか」
男は小さく笑った。
「残念だな」
その声音に悲しみはない。
本当に何もない。
まるで駒を失った程度の反応だった。
俺は理解した。
この男は葛城を仲間と思っていない。
利用価値のある部下としか見ていない。
「葛城を利用したんですね」
俺が言う。
男は否定しなかった。
「利用?」
むしろ不思議そうな顔をした。
「当然だろう」
その場の空気が凍った。
「優秀な駒は使う」
「それだけの話だ」
あまりにも自然だった。
悪びれる様子がない。
本気でそう考えている。
「団員達もか」
久世が低い声で言う。
「綾乃達も」
「他の被害者達も」
男は即答した。
「ああ」
「当然だ」
怒りより先に呆れた。
本当に人を人と思っていない。
「探索者は資源だ」
男が言う。
「使える者は使う」
「使えなくなれば捨てる」
「それの何が悪い」
俺は拳を握る。
綾乃の顔が浮かんだ。
真琴の顔も。
エマの顔も。
葛城の顔も。
全員、この男に利用されていた。
ただそれだけだった。
「最低だな」
俺が吐き捨てる。
男は笑った。
「理想論だな」
そして視線を向ける。
「だからお前達は弱い」
その瞬間だった。
黒瀬が前へ出る。
「もういい」
低い声だった。
「話は終わりだ」
男は肩をすくめた。
「そうか」
そして。
初めて表情が変わる。
笑みが深くなった。
「だが一つだけ教えてやろう」
部屋の空気が変わる。
男は机の上に置かれていた小さな魔導端末へ視線を落とした。
「私がやっていたことは、ほんの一部に過ぎない」
久世が目を細める。
「何だと」
「知らない方が幸せだったかもしれんな」
男は笑う。
「お前達は何も知らない」
「何の話だ」
黒瀬が問う。
だが男は答えない。
代わりにこう言った。
「ダンジョンは変わる」
「そして世界も変わる」
その言葉は葛城の証言と同じだった。
だが決定的に違う。
葛城には信念があった。
この男には愉悦しかない。
「誰に聞いた」
黒瀬が鋭く問う。
男は笑みを浮かべたまま答えない。
ただ。
「もう遅い」
そう呟いた。
次の瞬間。
男の手が魔導端末へ伸びる。
黒瀬が動く。
「止めろ!」
制圧班も飛び出す。
だが一瞬遅かった。
端末が起動する。
眩い光。
魔力反応。
そして。
部屋全体が激しく揺れた。
俺は反射的に身構える。
何が起きた。
その答えはすぐに現れた。
施設の奥。
さらに深い場所から。
聞こえてはいけない咆哮が響いた。
モンスターの声。
だが普通ではない。
嫌な予感がした。
黒瀬も久世も表情を変える。
そして団長だけが笑っていた。
「さあ」
狂気じみた笑みを浮かべながら。
「最後の実験を始めよう」
その言葉と共に。
第二の災厄が動き出した。




