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16話 団長という男


 銀星騎士団への強制捜査から二日後。

 ギルド本部の会議室には重苦しい空気が漂っていた。

 キメラ実験施設は押さえた。

 違法契約の証拠も見つかった。

 裏帳簿も押収した。

 幹部達も拘束されている。

 銀星騎士団という組織は、既に崩壊したも同然だった。

 だが。

 肝心の男だけが捕まっていない。

 銀星騎士団団長。

 全ての元凶。

 諸悪の根源。

「まだ見つからないんですか」

 俺が尋ねる。

 久世は資料から目を離さず答えた。

「所在不明だ」

「捜索網は敷いている」

「だが足取りが綺麗に消えている」

 俺は眉をひそめた。

 普通の逃亡者の動きじゃない。

 まるで事前に準備していたかのようだった。

「逃げる準備をしていた?」

「おそらくな」

 久世が頷く。

「こうなる可能性を最初から考えていたんだろう」

 その時だった。

 会議室の扉が開く。

 黒瀬だった。

 両手いっぱいに資料を抱えている。

「新しい押収品だ」

 机の上に積み上げる。

 鈍い音が響いた。

 俺はその一冊を手に取った。

 銀星騎士団団長の経歴書。

 ページをめくる。

 若くして上級探索者となり、銀星騎士団を創設。

 大型攻略に参加し、多くの成果を挙げた。

 企業との提携。

 寄付活動。

 社会貢献。

 世間から見れば理想的な成功者だった。

「綺麗すぎますね」

 俺は呟く。

 久世が頷く。

「俺もそう思った」

 成功談ばかりだった。

 挫折がない。

 失敗がない。

 不自然なほどに。

 黒瀬が別の資料を開く。

「問題はこっちだ」

 そこには元団員達の記録が並んでいた。

 退団者一覧。

 数十人分。

 いや、それ以上だ。

「……多いな」

「調べた結果だ」

 黒瀬が言う。

「その大半が借金を背負っていた」

 俺は思わず顔を上げる。

 綾乃達と同じだった。

 違約金。

 装備代。

 教育費。

 様々な名目で借金を負わせる。

 そして抜け出せなくする。

「綾乃達だけじゃなかったのか」

「むしろあちらが一例だ」

 久世が苦々しく答える。

 胸の奥が重くなった。

 あの二人だけじゃない。

 同じような目に遭った探索者が大勢いた。

 そして、その多くが表舞台から消えている。

 利用され。

 搾取され。

 捨てられた。

「最低ですね」

 俺が言う。

「最低なのはここからだ」

 久世が一冊のファイルを差し出した。

 団長室の隠し金庫から発見された資料だった。

 俺はページを開く。

 そこには団長直筆のメモが並んでいた。

『探索者は資源』

『有望株は囲い込む』

『価値がなくなれば交換』

『感情は不要』

 思わず言葉を失った。

 人間として見ていない。

 最初から道具としか思っていない。

 綾乃達も。

 葛城も。

 銀星騎士団の団員達も。

 全員が駒だった。

「これが本性だ」

 久世が言う。

 黒瀬も頷く。

「葛城は信じていた」

「人類のためだとな」

「だが団長は違う」

 さらに資料が並べられる。

 キメラ実験計画書。

 予算案。

 運用計画。

 俺はその内容に目を通す。

 そこに記されていたのは、人類の未来などではなかった。

 私設戦力の保有。

 ダンジョン利権の独占。

 影響力の拡大。

 力。

 権力。

 支配。

 団長が欲しかったのはそれだけだった。

「やっぱりな」

 久世が吐き捨てる。

「人類のためなんかじゃない」

 俺も同感だった。

 葛城は騙されていた。

 少なくとも、本当の目的は知らなかったのだろう。

 その時だった。

「班長」

 秩序局員の一人が入ってくる。

「これも金庫から出てきました」

 差し出されたのは数枚の紙だった。

 黒瀬が受け取る。

 そして眉をひそめた。

「なんだこれは」

 久世も覗き込む。

 俺も横から見る。

 それは手紙のようだった。

 だが差出人の名前がない。

 文章も妙だった。

『第三段階へ移行せよ』

『汚染率の測定結果を報告せよ』

『次回搬入は予定通り行う』

『実験体の生存率は考慮不要』

 短い文章。

 命令文。

 そして最後に記されていた署名。

『D』

 たった一文字だった。

 会議室が静まり返る。

「団長の筆跡じゃないな」

 久世が言う。

 黒瀬も頷く。

「ああ」

「少なくとも別人だ」

 俺は紙を見る。

 嫌な予感がした。

 汚染率。

 搬入。

 実験体。

 まるでキメラ実験を当然のように管理している。

「誰なんですか」

「分からん」

 黒瀬が即答する。

「今調査中だ」

 だが表情は険しかった。

 秩序局の人間ですら知らない存在。

 それが気味悪かった。

 会議室に沈黙が落ちる。

 そして。

 勢いよく扉が開いた。

「黒瀬班長!」

 別の局員が飛び込んでくる。

 全員の視線が向く。

「見つけました!」

 黒瀬が立ち上がる。

「場所は」

「第四十八層前線拠点!」

 空気が変わった。

 ついに見つけた。

 銀星騎士団団長。

 全ての元凶。

 黒瀬は即座に指示を飛ばす。

「制圧班を招集」

「周辺封鎖」

「逃走経路も押さえろ」

「了解!」

 局員が駆け出していく。

 久世も席を立った。

「ようやくだな」

 その声は低かった。

 長かった。

 綾乃達との出会いから始まった問題。

 違法契約。

 搾取。

 キメラ実験。

 全ての先にいる男。

 俺も立ち上がる。

 ここで終わらせる。

 綾乃達のために。

 利用され続けた探索者達のために。

 そして――。

 こんな連中が二度と好き勝手できないようにするために。

 黒瀬が俺を見る。

「黒崎」

「はい」

「同行できるな」

 俺は頷いた。

「もちろんです」

 即答だった。

 黒瀬は小さく頷く。

「行くぞ」

 団長との決着は近い。

 だが俺は知らなかった。

 その背後にあるものが、銀星騎士団よりも遥かに厄介な存在であることを。



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