13話 執行者
培養槽の表面に走った亀裂が音を立てて広がっていく。
嫌な予感がした。
いや。
予感ではない。
確信だ。
執行者の感覚が警鐘を鳴らしている。
今までにないほど強く。
まるで目の前の存在を危険だと断定するように。
「全員下がれ」
黒瀬の声が響く。
直後。
培養槽が砕け散った。
轟音。
飛び散る液体。
施設全体が震える。
そして。
中からそれは姿を現した。
最初に見えたのは腕だった。
異様に長い。
人型に近い骨格。
だが途中から魔物の外殻が混ざっている。
続いて脚。
獣のような筋肉。
最後に頭部が現れる。
魔物とも人間ともつかない異形。
複数の生物を無理やり繋ぎ合わせたような姿だった。
そして巨大だった。
三メートルはある。
施設の天井に頭が届きそうなほどだ。
「……なんだよ、これ」
高城が呟く。
いつもの軽さはなかった。
白石も言葉を失っている。
南雲だけが盾を構えた。
黒瀬の目が鋭く細まる。
「対象を危険個体と認定」
低い声だった。
「排除する」
キメラが動く。
一瞬だった。
巨体に似合わない速度。
床が砕ける。
次の瞬間には南雲の前にいた。
拳が振り下ろされる。
盾が受ける。
轟音。
施設全体が揺れた。
だが。
吹き飛ばされたのは南雲だった。
「なっ……」
高城の顔色が変わる。
南雲は秩序局第一班の防御担当だ。
その南雲が正面から押し負けた。
キメラが追撃に入る。
黒瀬が割り込んだ。
大剣が振り抜かれる。
鋭い一撃。
だが。
浅い。
硬い外殻が刃を受け止めている。
「硬いな」
黒瀬が初めて険しい顔をした。
キメラが咆哮する。
魔力が膨れ上がる。
施設の空気が震えた。
嫌な感覚だった。
まるでダンジョンそのものが反応しているような。
その時だった。
執行者の感覚がさらに強く反応する。
視界の奥。
キメラの内部。
何かが見えた。
黒い塊。
異質な魔力。
そこだけが不自然だった。
理解する。
核だ。
あそこが中心。
あれが原因だ。
「黒瀬さん!」
俺は叫ぶ。
「胸部の中心です!」
黒瀬が即座に反応する。
大剣が振るわれる。
だがキメラも学習していた。
腕で防ぐ。
外殻が砕ける。
しかし届かない。
白石と高城も加わる。
三方向から攻撃。
それでも決定打にならない。
強い。
この場にいる誰もが理解していた。
葛城達とは比べ物にならない。
もし四十五層で自由に活動していたら。
被害はとんでもないことになっていた。
キメラが再び動く。
今度は黒瀬を狙った。
拳が振り下ろされる。
避ける。
追撃。
さらに追撃。
施設が次々に破壊されていく。
押されている。
秩序局が。
その事実に俺は目を細めた。
ここだ。
執行者が反応している。
今までにないほど。
まるで目の前の存在を裁けと言っているようだった。
俺は剣を抜く。
魔力を流し込む。
感覚が変わる。
視界が研ぎ澄まされる。
キメラの動きが見えた。
核の位置も。
次の瞬間。
床を蹴る。
「黒崎!?」
高城が叫ぶ。
構わない。
キメラがこちらを見る。
腕を振るう。
避ける。
紙一重。
さらに踏み込む。
近い。
核が見える。
執行者の感覚が最大まで高まった。
今だ。
剣を振り抜く。
外殻を断つ。
肉を裂く。
骨を砕く。
一直線に。
核へ。
手応えがあった。
黒い塊が割れる。
その瞬間。
キメラが絶叫した。
施設全体を揺らすような悲鳴。
巨体が痙攣する。
そして。
崩れ落ちた。
静寂。
誰も動かない。
やがて白石が口を開く。
「……今のは」
高城が呆然としている。
南雲もこちらを見ていた。
黒瀬だけが静かだった。
倒れたキメラを見つめる。
そして俺を見る。
「なるほど」
短く言った。
「久世が協力を求めた理由が分かった」
その言葉に答える前に。
拘束された葛城が笑った。
力なく。
諦めたように。
「結局、完成しなかったか」
黒瀬の視線が向く。
「何を完成させるつもりだった」
葛城は答えない。
ただ崩れたキメラを見る。
「お前達は分かっていない」
小さく呟く。
「このままでは、いずれ人類は行き詰まる」
黒瀬の目が細くなった。
その言葉は、ただの言い訳には聞こえなかった。
銀星騎士団は何かを知っている。
だからこんな危険な実験に手を出した。
そんな予感がした。
だが今はまだ分からない。
分かっているのは一つだけだ。
銀星騎士団の闇は、まだ終わっていない。




