第二十四話 独身女をクリスマスケーキに例える風潮が生き残る場所
十月十一日。
木曜日。
社長室の机の上に、クリスマスが来た。
早い。
非常に早い。
まだ十月である。
外は秋である。
ビーンズ文庫は創刊初七日を終えたばかりで、少年陰陽師の企画紙はようやく社長室の机を通過したところで、俺の私生活では十二月二十五日の予定が赤丸になったばかりである。
なのに、机の上にはクリスマスが来ていた。
雑誌の年末特集案。
広告ラフ。
読者投稿企画。
恋愛コラム。
結婚情報誌との連動広告。
クリスマスプレゼント特集。
冬の文庫フェア案。
全部、紙。
紙の帝国は、季節を紙で先取りする。
十月の社長室に、十二月の赤と緑が並ぶ。
それ自体は分かる。
出版は、店頭に並ぶ日から逆算する仕事だ。
十二月に出す紙面を、十二月に考えていたら間に合わない。
だが。
「篠宮君」
社長が言った。
「はい」
「顔が険しい」
「通常――」
小早川の視線。
止めた。
「険しいです」
「素直だな」
「禁止語が増えましたので」
「良いことだ」
良いことなのか。
分からない。
だが、今日の俺の顔が険しい理由は、単純だった。
机の上のラフに、こう書かれていたからである。
クリスマスケーキは二十五日まで。
女の幸せも、売れ残る前に。
俺は、その紙を見つめた。
久しぶりに、心の底から思った。
アウトである。
かなりアウト。
令和なら炎上。
平成十三年でも、十分に地雷。
いや、平成十三年だからこそ、まだ紙面に載りかねない地雷。
爆発物が、赤と緑のリボンを巻いて社長室の机に置かれていた。
*
午前十時。
小さな確認会が開かれた。
年末特集と広告コピーの事前確認。
出席者は少ない。
社長。
岸本。
小早川。
三浦。
雑誌編集の担当者が二名。
そして俺。
俺は秘書である。
編集者ではない。
広告の責任者でもない。
恋愛コラムを裁く人間でもない。
だが、九月十二日以降、社長室にはひとつ仕事が増えていた。
世の中の空気に対して、今出す言葉が合っているかどうか。
あの日は、飛行機、ビル、爆破、戦争、テロという言葉だった。
今日は、クリスマスケーキだった。
重さは違う。
比べるものではない。
だが、紙面に載った言葉が誰かの傷口に触れるという意味では、同じ構造を持っている。
言葉は、時期と場所で意味を変える。
そして古い冗談は、時々、古い刃物のまま紙面に残る。
「まず、これは差し替えです」
俺は言った。
ラフを指で押さえる。
「即答ですね」
岸本が言った。
「即答です」
雑誌編集の担当者、野崎という男性が眉を寄せた。
三十代後半。
軽い冗談を日常的に言いそうな顔。
悪い人ではない。
たぶん。
だが、悪い人ではないことと、悪い紙を通さないことは別である。
「そこまでですか」
野崎が言った。
「昔からある言い回しですよ」
「だから危険です」
「危険?」
「はい」
俺は紙を見た。
「古い言い回しは、古いから許されるのではありません。古いから油断して紙面に残ります」
会議室が少し静かになった。
「でも、読者も分かってますよ。冗談です」
野崎は言った。
来た。
冗談。
最強の逃げ道であり、最悪の責任回避である。
「冗談として成立していた時代があったことは否定しません」
俺は言った。
「ですが、これは読者を笑わせる冗談ではありません。読者を値踏みする冗談です」
野崎の顔が少し固くなる。
「値踏み」
「はい。女性を、クリスマスケーキの売れ残りに例えています。二十五日を過ぎたら価値が落ちる、という意味になります」
「だから、それは昔から」
「昔からある地雷です」
三浦が横で小さく息を吸った。
小早川は無表情。
社長は黙っている。
「篠宮さん」
岸本が慎重に言った。
「広告主側は、結婚情報サービスです。多少、焦りを煽る意図はあります」
「焦りを煽ることと、人格を値引きすることは違います」
言ってから、少し手が止まった。
人格を値引き。
転売厨だった俺が言うには、かなり刺さる言葉だ。
未来の俺は、需要と供給の歪みに値段をつけていた。
限定版。
品薄。
特典。
初回盤。
買えなかった読者。
欲しがる人間。
それらを見ていた。
値段をつけていた。
その俺が、今ここで「人格を値引きするな」と言っている。
滑稽だ。
だが、それでも言う。
言わないと、紙は通ってしまう。
「読者は商品ではありません」
俺は続けた。
「結婚を促す広告であっても、読者を売れ残り扱いする必要はありません」
野崎は腕を組んだ。
「でも、強い言葉じゃないと読まれませんよ」
「読まれて、嫌われたら終わりです」
「嫌われるほどですかね」
「少なくとも、私は嫌です」
言った瞬間、会議室の空気が少し変わった。
私。
篠宮怜子の声で。
社長室秘書の顔で。
未婚の女の身体で。
俺は、そう言った。
俺自身は二〇二六年の男だった。
転売厨だった。
だが、今ここにいるのは篠宮怜子でもある。
社長室で働き、青い歯ブラシのある部屋に帰り、航とクリスマスの予定を入れた、未婚の女でもある。
その身体で、この紙を見る。
すると、分かる。
これは刺さる。
笑えない。
笑えないものを、笑えと言われる方がきつい。
野崎が少しだけ言葉に詰まった。
「篠宮さん個人の感想で紙面を」
「個人の感想ではありません」
小早川が言った。
静かな声だった。
会議室がさらに静かになる。
小早川は紙を見ている。
表情は変わらない。
だが、声が冷えていた。
「私も嫌です」
短い。
強い。
野崎が黙った。
三浦も黙った。
岸本が少しだけ目を伏せる。
社長はまだ黙っている。
「読者にも、嫌だと思う人はいるでしょう」
小早川は続けた。
「嫌だと思った読者は、わざわざ編集部に電話しないかもしれません。ただ、次から買わなくなるだけです」
刺さる。
非常に刺さる。
読者は怒鳴らずに去る。
棚前の一秒と同じだ。
これは自分の本ではない。
そう判断して帰る。
紙面も同じ。
これは自分を馬鹿にする雑誌だ。
そう思えば、読者は静かに去る。
去った読者は、数字には遅れて現れる。
そして現れた時には、もう戻らない。
*
野崎は完全には納得していなかった。
それは分かる。
彼には彼の現場がある。
締切。
広告主。
紙面の穴。
読ませるための強い言葉。
昭和から平成へ持ち越された冗談。
それらを全部抱えている。
「じゃあ、どうするんです」
野崎は言った。
「弱いコピーに差し替えたら、広告主が納得しません」
「弱くする必要はありません」
岸本が言った。
宣伝部の顔になっている。
「方向を変えます」
「方向?」
「焦らせるのではなく、選ばせる」
岸本は紙を取り、赤ペンで線を引いた。
クリスマスケーキは二十五日まで。
女の幸せも、売れ残る前に。
その上に大きくバツ。
代わりに、書く。
今年のクリスマスは、誰かの予定ではなく、自分の予定で選ぶ。
会議室が静かになる。
悪くない。
かなり悪くない。
少し今っぽい。
いや、二〇〇一年としては少し先かもしれない。
だが、強い。
「岸本さん」
俺は言った。
「良いです」
「広告としては、少し柔らかいです」
「でも、読者を減らしません」
「はい」
野崎が紙を見る。
「結婚情報サービスの広告ですよ」
「だからこそです」
岸本が言った。
「結婚しろ、売れ残るな、ではなく。自分で選ぶための情報がここにある、にします」
社長が少しだけ目を動かした。
「紙のプラットフォームだな」
ゼクシィ。
紙の検索エンジン。
紙の導線。
以前、社長が言っていた。
式場、広告、読者、資料請求、電話、来店。
情報の非対称性を紙で食う媒体。
結婚情報誌も、結婚広告も、焦りを煽るだけでは長く持たない。
読者が選べると思うから手に取る。
読者を追い込む紙ではなく、読者に選ばせる紙。
そう考えれば、方向は変えられる。
「社長」
俺は言った。
「このコピーなら、広告主への説明もできます」
「どう説明する」
「読者を焦らせるのではなく、行動に移す導線として置きます。資料請求、比較、予約、相談。クリスマス特集の流れに乗せつつ、読者を値踏みしない」
社長は岸本を見る。
「通せるか」
「通します」
岸本は答えた。
「ただ、広告主側が強い煽りを求める可能性はあります」
「その時は?」
「読者を失うリスクを説明します」
岸本の声は静かだった。
「九月の差し替えで、言葉は時期で意味が変わると学びました。今回も同じです。古い冗談をそのまま使うには、紙面の空気が変わっています」
「空気が変わっているか」
社長が呟く。
「はい」
俺は頷いた。
「二〇〇一年は、まだこの比喩が残る時代です。ですが、残っていることと、使っていいことは違います」
「未来のような言い方だな」
「……遠方の読者も含めた話です」
三浦が横で下を向いた。
たぶん笑っている。
遠方の読者。
便利な言い換えになっている。
*
会議は終わらなかった。
次に出てきたのは、恋愛コラムだった。
タイトル案。
独身女の聖夜サバイバル。
俺は額を押さえた。
「これも駄目です」
「まだ本文を読んでいません」
野崎が言う。
「タイトルで駄目です」
「厳しいですね」
「はい」
厳しい。
自覚はある。
だが、独身女、聖夜、サバイバル。
この三つを並べた時点で、すでに紙面が読者を見下ろしている。
読者を笑わせるふりをして、読者を孤立させている。
しかも、篠宮怜子の身体に刺さる。
非常に刺さる。
未婚。
二十代後半。
仕事。
恋人あり。
だが結婚はしていない。
世間の雑な目線から見れば、完全にターゲットにされる側である。
俺は男だった。
未来の転売厨だった。
だが、この身体は、この言葉を受ける側にいる。
それが不思議で、痛くて、腹立たしかった。
「代案は?」
社長が言う。
俺は少し考えた。
タイトルを弱めるだけでは駄目だ。
企画の視点を変えなければいけない。
独身女がクリスマスをどう生き延びるか。
それでは読者を笑いものにする。
ではなく。
ひとりでも、恋人とでも、友人とでも、家族とでも、仕事でも。
クリスマスをどう自分の予定にするか。
そういう方向にすればいい。
「聖夜を誰のものにするか」
俺は言った。
野崎が眉を上げた。
「抽象的ですね」
「はい」
認める。
すると、小早川が静かに言った。
「自分の予定で歩くクリスマス」
会議室が少し止まった。
岸本がすぐにメモを取る。
「良いです」
俺も頷いた。
強い。
秘書課は、たまにとんでもない言葉を出す。
「小早川さん」
俺は言った。
「使えます」
「使ってください」
「よろしいのですか」
「業務です」
業務。
強い。
非常に強い。
野崎が紙を見て、少しだけ考え込む。
「……独身女、という言葉は残せませんか」
「残す必要がありますか」
俺は聞いた。
「読者の目を引くので」
「目は引きます」
「なら」
「ただし、引いた目に嫌悪が混じります」
野崎は黙った。
「独身という状態をテーマにすることはできます。ですが、“独身女”という言葉で括ると、読者の個人名を消します」
「個人名」
「はい。読者は読者です。会社員かもしれない。学生かもしれない。恋人がいるかもしれない。いないかもしれない。結婚したいかもしれない。したくないかもしれない。仕事でそれどころではないかもしれない」
俺は紙を指で押さえた。
「それを“独身女”と一括りにすると、読者ではなく属性になります」
言いながら、自分に刺さった。
篠宮怜子。
社長秘書。
女。
未婚。
航の恋人。
過労で倒れた人。
未来の俺の身体。
どれも属性だ。
だが、属性だけで人間は説明できない。
俺も。
彼女も。
誰も。
「読者を属性で殴ると、紙面が古くなります」
俺は言った。
「二〇〇一年の今すぐ燃えるとは限りません。でも、古さは残ります」
「燃える?」
野崎が聞き返す。
しまった。
言葉が未来に寄った。
「苦情や反発につながる、という意味です」
「ネットですか」
三浦がぼそっと言った。
やめろ。
今その単語を拾うな。
だが、避けられない。
「今後、読者の反応が早く見える場所は増えます」
俺は言い換えた。
「雑誌のハガキや電話だけではありません。掲示板、メール、個人サイト。読者が言葉を持ち寄る場所が増えます」
社長の目が少しだけ鋭くなる。
「その時に、古い冗談は古いまま掘り返されます」
「掘り返される」
「はい。紙は残ります」
これは事実だ。
紙は残る。
雑誌のバックナンバー。
切り抜き。
画像。
引用。
未来では、もっと残る。
忘れられたと思った言葉が、別の場所で再び読まれる。
古い刃物として。
「紙の帝国は、残る帝国です」
俺は言った。
「だから、今の冗談は、未来の読者にも見られる可能性があります」
会議室が静かになった。
社長が少しだけ笑った。
「また未来か」
「遠方の読者です」
「便利だな」
「はい」
*
結局、ラフは大幅に差し替えになった。
広告コピー。
この秋、ではない。
この冬。
今年のクリスマスは、誰かの予定ではなく、自分の予定で選ぶ。
恋愛コラム。
独身女の聖夜サバイバル、ではない。
自分の予定で歩くクリスマス。
結婚情報サービスの導線。
焦らせない。
選ばせる。
読者を売れ残りにしない。
ケーキはケーキとして食べる。
人間をケーキにするな。
最後の一文は、社長報告には入れなかった。
入れたかった。
かなり入れたかった。
だが、秘書なので我慢した。
*
会議後。
三浦が廊下で俺の横に並んだ。
「篠宮さん」
「はい」
「今日、かなり刺しましたね」
「刺しましたか」
「刺しました」
「反省しています」
「嘘ですね」
「少しだけ」
三浦は笑った。
それから、少し真面目な顔になる。
「でも、分かります」
「何が」
「読者を属性で殴ると古くなる、ってやつ」
「はい」
「たぶん営業でもあります。女子向けだからこう、男子向けだからこう、主婦だからこう、若い子だからこう。便利だけど、雑になる」
「はい」
「雑にすると、棚で逃げられる」
「その通りです」
棚前の一秒。
自分の本ではない。
自分を馬鹿にする紙面だ。
そう判断した読者は去る。
去る読者は、声を上げないことも多い。
静かに買わなくなる。
静かに戻らなくなる。
「三浦さん」
「はい」
「今日の件、営業向けにはどう見えますか」
「結婚情報誌や女性誌系の棚では、古い煽りが残っている店もあります。強い言葉で売るやり方もあります」
「はい」
「でも、長く見るなら、読者を戻す言葉の方がいいと思います」
「戻す言葉」
「一回買わせる言葉と、また買ってもらう言葉は違うので」
俺は足を止めた。
三浦が首を傾げる。
「どうしました?」
「三浦さん」
「はい」
「あなたは本当に営業ですか」
「最近それ、私に言いすぎです」
「すみません」
「でも、営業です」
「厄介ですね」
「それ、航さんにも言ってません?」
「言っています」
「便利ですね」
便利な言葉が多すぎる。
だが、三浦の言葉は社長報告に入れたかった。
一回買わせる言葉と、また買ってもらう言葉は違う。
これは、今日の核だ。
*
社長室に戻ると、小早川が待っていた。
「怜子さん」
「はい」
「顔が疲れています」
「少し」
「座ってください」
「はい」
座る。
素直に座る。
最近、素直に座れるようになった。
成長である。
レベルは低い。
「先ほどの会議」
小早川が言った。
「はい」
「ありがとうございました」
俺は少し驚いた。
「なぜ小早川さんが」
「私も嫌でしたので」
短い。
でも、重い。
「ああいう言葉は、笑って流す方が楽です」
「はい」
「でも、流すと残ります」
「はい」
「紙に残ると、もっと残ります」
俺は頷いた。
小早川は、自分の感情を紙面に持ち込む人ではない。
だが、今日の彼女は「私も嫌です」と言った。
それは、かなり大きなことだった。
「怜子さん」
「はい」
「十二月二十五日は、絶対に空けてください」
「その話になりますか」
「なります」
小早川の目が静かに光っている。
「今日の会議で分かったでしょう」
「何がでしょう」
「人をケーキに例えるような紙面を止めた人間が、自分のクリスマスを仕事に売り渡したら、台無しです」
刺さった。
ものすごく刺さった。
言い方。
強すぎる。
だが、正しい。
「売り渡しません」
「本当に?」
「はい」
「航さんに確認します」
「なぜ」
「監督者です」
「私の人権は」
「倒れた時に保留されました」
ひどい。
だが、反論が困難。
*
夕方。
社長に報告を上げた。
紙は一枚。
年末特集・広告表現確認。
一、クリスマスケーキ比喩は差し替え。
二、独身女の聖夜サバイバルは改題。
三、焦らせる導線から、選ばせる導線へ。
四、読者を属性で括る表現は避ける。
五、一回買わせる言葉と、また買ってもらう言葉は違う。
最後の一文は三浦の言葉だ。
社長はそこを見て、少しだけ頷いた。
「三浦か」
「はい」
「良い」
「はい」
「読者を属性で括るな、か」
「はい」
「君に刺さったな」
「……はい」
隠しても無駄だ。
社長は見抜く。
「篠宮君」
「はい」
「君は秘書だ」
「はい」
「だが、秘書も読者になる。読者でもあり、働く女でもあり、恋人でもあり、未来を見ているような顔をする妙な部下でもある」
「最後は余計では」
「事実だ」
「判断を保留します」
社長は笑った。
「人は属性では足りん」
「はい」
「その紙は、残しておけ」
「社長報告としてですか」
「いや」
社長は少しだけ考えた。
「社長室の記録としてだ」
「記録」
「九月十二日は、世界が傷ついた日の言葉を見た」
「はい」
「今日は、古い冗談の刃を見た」
「はい」
「どちらも、紙の仕事だ」
「はい」
「残せ」
「承知いたしました」
社長室の記録。
その言葉が重かった。
言葉を見る紙。
九月の差し替え。
十月のクリスマスケーキ。
どちらも同じ箱に入る。
重さは違う。
だが、紙が人を刺す可能性を見た記録としては、同じ棚に置ける。
*
夜。
航からメールが来た。
小早川さんから連絡来た。
クリスマスを仕事に売り渡すなって何?
今日何があったの。 航
情報が早い。
早すぎる。
秘書課から年下彼氏への情報共有が強すぎる。
俺は返信した。
年末広告で、独身女性をクリスマスケーキに例える表現があり、差し替えました。 怜子
少しして、返事。
うわ。
それは嫌だね。
短い。
だが、十分だった。
さらに来る。
さっちゃんはケーキじゃないので、クリスマスはちゃんとケーキ食べよう。仕事の顔したら没収だけど。
俺は携帯を見ながら、少し笑った。
ケーキ没収。
ここに戻るのか。
だが、救われた。
人をケーキにするな。
ケーキはケーキとして食べる。
それでいい。
ケーキ没収は困ります。
仕事の顔をしない努力をします。怜子
努力じゃなくて、しない。
あと、イブの日の店、仮で押さえた。
紙を広げにくい店。
仮で押さえた。
俺はその一文を見て、しばらく固まった。
予定が、現実になり始めている。
十二月二十四日。
紙を広げにくい店。
航。
たぶん美咲。
ケーキ。
仕事の顔禁止。
俺は返信した。
ありがとうございます。
楽しみにしています。怜子
送信してから、顔が熱くなった。
楽しみにしています。
仕事の返事みたいだ。
いや、でも本心だ。
航からすぐさま返事。
うん。
今の、ちょっと仕事っぽいけど許す。
許された。
少しだけ、胸の奥が軽くなった。
*
俺はメモ帳を開いた。
今日の一行。
古い冗談は、古い刃物のまま紙面に残る。
次。
読者を属性で括るな。
一回買わせる言葉と、また買ってもらう言葉は違う。
さらに。
人をクリスマスケーキにするな。
ケーキはケーキとして食べる。
これは業務メモなのか。
かなり怪しい。
だが、消さない。
最後に、少し迷って書いた。
十二月二十五日。
店、仮押さえ。
仕事の顔禁止。
ケーキ没収回避。
完全に私用だった。
だが、もう同じメモ帳に書くことに抵抗が薄れている。
仕事。
生活。
航。
小早川。
三浦。
社長。
紙。
言葉。
クリスマスケーキ。
全部が同じ紙に載る。
パッチワークは、また布を増やした。
独身女をクリスマスケーキに例える風潮が生き残る場所。
それは、会議室だった。
広告ラフだった。
雑誌の企画書だった。
古い冗談を、まだ笑えると思っている紙面だった。
だが、そこに赤ペンを入れることはできる。
完全には消せない。
世の中から一日で消えるものではない。
それでも、社長室の机に来た一枚くらいは止められる。
読者が静かに去る前に。
誰かが笑って流す前に。
紙に残る前に。
平成十三年十月。
紙の帝国の片隅で、俺はまた一つ、古い刃物に赤線を引いた。
そして、十二月二十五日のケーキだけは、ちゃんとケーキとして食べようと思った。
通常攻撃が全知系解析チート五感で、秘奥技は万能系願望顕現魔法な空飛ぶスマホ使いですが、目が覚めたら変身魔法ド素人な攻撃魔法特化型幼女の「中の人」でした。しかも現れた先生が中二。どうしてこうなったし!?
https://ncode.syosetu.com/n0076lz/
こちら、Amazonの成り上がりをモチーフにしたなろう系に偽装した現代魔法ファンタジーです。
よかったら読んでみてね⭐️
(なお、読者への挑戦状つきフルバージョンはカクヨムにあるから、
「魔法使いたちの//クロスロード〚√Δ〛――1.23%の魔法社会と消えた四人の連理比翼――」
でググってみて!)




