第七話 深みを征く
「ここが…」
深淵に繋がるような洞穴―――
街から一週間ほどの場所に位置するそこは、深き森の奥深く。
魔獣の領域の中に口を開けていた。
「野営の跡…間違いないわ。ここで一泊、準備してから入ったみたいね」
「万全の準備をしていてもひっくり返されるのが遺跡探索だ。気を引き締めろよ、お前ら」
入り口周辺の探索を終えた後、皆思い思いに装具の点検をしている。
ショーンも自らの身体を包む硬革鎧のベルトを締め直し、カンテラの油を確かめる。
アルベルトやジェシカ、団員の皆から事前に探索のやり方を話に聞いているが、実践はこれが初めてだ。
「ショーン君、緊張してるでしょう?」
「あっ、あ、あぁ…そりゃ、あれだけ驚かされたらね」
ジェシカが肩を叩きながら話しかける。
どうやら不安が顔に出ていたようで、声をかけてくれたようだった。
この団の皆が遺跡探索の修羅場を潜ってきており、その話をこの二ヶ月の間にいくつも聞かされていた。
罠や入り込んだ魔獣なんぞ序の口で、魔導人形や異界から召喚された守護者なんて出てきた日には死を覚悟する事もある。
団員が死傷したこともあったし、何より熟練の探索者であったジェシカの両親ですら行方不明になった。
「ほら、ここ緩んでる。片手じゃ大変だけど、慣れないとね」
右側のベルトが少し緩んでいたようで、ジェシカがしっかりと締め直す。
特別製と言うほどではないが、ショーンの鎧は右側を完全に閉じきった形に仕立て直されていた。
アルベルトの提案で、右肩の部分には鉄製のプレートを取り付けてある。
少しでも防御力をあげられるようにとの事だった。
「ありがとう、少し落ち着いた…と、思う」
「そう、それならよかった。今回は本格的にやるわけじゃないけど、何かがあるのは間違いないから油断せずにね」
そう、今回の主目的は遺跡そのものの探索ではなく、消息を断った団の捜索。
遺跡に飲み込まれた者たちを、できれば救助、もし、それが不可能な場合はその原因の調査することだ。
ハルバードの柄を握りしめながら、洞窟の入り口の前でアルベルトが佇む。
「嫌な感じがしやがる…」
誰にも聞こえない声で、つぶやいていた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
今回の人員は七名。
ジェシカ、アルベルト、ショーン。
一人は治癒魔法、もう一人は攻性魔法が得意な魔法使いが二人。
遺跡探索の経験豊富な斥候が一人に、鈍器持つ大盾の戦士が一人、だ。
遺跡の勝手を知っており、経験の蓄積があるアルベルトと斥候のコンビがまず先行する。
お互いの死角を埋めつつ探索を行い、その次にジェシカと攻性魔法の使い手が続く。
そして殿として治癒魔法の使い手と戦士が続く。
ショーンは隊の中心付近、ジェシカと魔法使いの二人と共に足を進めることになった。
「何かあればすぐに教えてね。何がどこから飛び出すかわからないから」
「わかった」
ジェシカがファルシオンと小円盾を携えて鋭く周囲を警戒する。
まだ遺跡とは呼べない天然の洞窟を潜る道すがら、ジェシカが何度かショーンに声をかける。
「斥候や戦士の役目はあらゆる危険を事前に察知すること。こういう場所も安全とはいえないからね」
「まだ遺跡にも辿りついていないのに?」
「そう思わせられている事もあるし、遺跡から何かしらの力が漏れ出している可能性もあるもの」
古代魔法文明が遺した、大いなる遺産。
ショーンはアルベルトから聞かされた話を思い出す。
『遺跡から漏れ出る遺失魔法具の魔力で、ただの鍾乳石が石の怪物になった事もあったな』
詰まる所は『遺跡を含む周辺が全て危険』という事だ。
「感覚を研ぎ澄ませて。貴方にはそれができる」
「…わかった、やってみる」
集中する。集中する。
カンテラが照らす闇の先。
洞窟の岩を伝い落ちる水滴。
皆の靴音。
肌に感じる空気。
前を歩く者と、隣を歩く者と、後ろを歩く者の気配。
自らの感覚に埋没しすぎてもいけない。
手綱を握るのはあくまでもショーンであり、五感ではない。
神に願ったその力はこの二ヶ月の修行により更に研ぎ澄まされ―…
「(この子、やっぱり素質は十分ね)」
隣でその様子を見たジェシカは、少しずつ、お互いを補佐し合うような動きへと移行し、探索を深めていく。
「――…!」
不意に先行していたアルベルトの姿が見え、カンテラを回して合図する。
二度カンテラを回すのは合流の合図だ。背面や側面をカバーしていたジェシカにそれを伝える。
何かがあったのかと警戒を緩めぬままアルベルトの下へと足を進めた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
アルベルトに合流すると、どうやら遺跡の入り口を見つけたようだった。
「報告のあった人数分の足跡もあるし、他の道への足跡は無い。間違いなく遺跡に入っている」
「扉をこじ開けたような跡もない、というか扉自体が無いな。どうやら神殿型のようだ」
先行したアルベルトと狩人が発見した入り口は、幾つかの石柱が列石するものだった。
遺跡にはいくつか種類があり、今回の神殿型の遺跡は扉が無いことがほとんどだそうだ。
調査した学者は、古代の民が神への礼拝を行うためにその門戸を開いていたからだと言う。
「それで、魔力の反応はどうだったの?」
「多少は感じたが、守護者どころか低位の魔導人形がいるかも怪しいな」
「それはいいけれど、それならなんだって還ってこなかったんだって話よね…」
ジェシカが腕組をしながら思考を巡らせる。
「とりあえずその入り口までいきましょう。様式を見れば何かわかるかも」
「ああ、わかった。ついてこい」
再び隊列を整え、今度は全員で遺跡の入り口へと向かう。
何もないならそれでいいんじゃないか、と思うショーンがアルベルトの背中を見る。
まるでこれから戦でも始めるかのように装具を触り、ハルバードの柄の握りを確かめている。
その様子を見て不安を感じたショーンもまた、左手に握りしめたショートソードの柄を握り直した。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
響く金属音。
遺跡の床が砕け、飛び散る。
アルベルトの怒号が、響き渡る。
「――…クソが、こいつは厄介だぞ」
遺跡の奥深くにて、戦端が開かれていた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇




