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第八話 悪意の神殿

遺跡の入り口へと辿り着くと、ジェシカと魔法使いの一人が調査を始める。

「これは、やはり神殿みたいですね」

「だがこの形式の紋章は見たことがない。お前は?」

「これは初めてね、まだ見つかっていないものなのかも」

かなり離れた所からでも、ショーンの耳は会話をはっきりと聞き取っていた。

刻まれた紋章を見たことがないかと、アルベルトも調査に参加して確認しているようだ。

しかしどうやら、この場では詳しいことはわからないらしい。

「先に進むわよ、皆来て」

ジェシカの号令で、今度は先程よりも密集気味の隊列が組まれる。

カンテラが照らす薄ぼんやりとした遺跡へ、足を踏み入れた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


カンテラの灯りで照らしても薄っすらと見える程度の、高い天井。

石造りのその遺跡は所々に植物の根が這っており、人がいなくなった年月が伺える。

だが、奇妙なことにその遺跡は小部屋等が無く、延々と一本道の回廊が続いていた。

「…生活感がないわね、中々珍しい…」

神殿とはいえ、人間が利用するものであれば複数の部屋は必要なはずだ。

街にある教会や神殿には聖職者が住み込む為の部屋や倉庫、食堂もある。

今と古代の生活形式の違いでは説明できない違和感があった。


「――人の為の場所ではないのかしら」


ジェシカが呟いた言葉に、ショーンは背筋をぞくりとさせる。

ここに到達するまでに抑え込んでいた不安な気持ちが首をもたげる。

その感情を振り払うかの如く、更に五感を針のように鋭く、周囲へと張り巡らせる。


「―――…ッ!?」

「どうしたの、ショーン」

ジェシカがショーンの異変に気づき、声をかける。全員がその場で一旦足を止める。

「…僅か、だけど。血の匂いが…この先から、血の匂いが、する…!」

鋭敏な彼の嗅覚だからこそ嗅ぎ取れた異変。

ショーンの言葉に全員が緊張を高め、再び前進し始める―――…


「扉だわ、これは…開いてる、わね」

ジェシカが掲げるカンテラに照らされ、石造りの重厚な扉が闇の中から浮かび上がる。

アルベルトも知らないという紋章が中心部分に据えられ、それを囲むように四つの何かが刻まれている。

よくよく見ると、所々崩れているがそれは『剣』『弓』『天秤』『大鎌』のように見える。

「ボウズ、血の匂いはどうだ」

「間違いない、その扉の中から漂ってくる」

斥候もその匂いを感じたのか、アルベルトへと頷く。

全員が武具を構え、鈍器の戦士と斥候が隊列を交換(スイッチ)しアルベルトと共に扉へと向かう。

アルベルトが扉を押すと、軋むような音とともに扉が内側へ開いていく。


扉の中の光景を見たショーンは絶句する。


恐ろしく広い、神殿の最奥の広間。

奥の壁には石扉と同じ様式の彫刻が彫り込まれ、祭壇が設けられている。


そしてその祭壇の前に、まるで絨毯のように拡がる真っ赤な血溜まり。

その真紅の絨毯へ倒れ伏す、数名の人間らしき影。


薄っすらと見える程度の、どこからか発せられている青白い光がよりその紅を引き立たせ、現実感を奪う。


その血溜まりの中に佇む人影は『四人』。


彼らが持っている何かが淡く燐光を放ち、輪郭を象っている。

それは『剣』であり、『弓』であり、『天秤』であり、そして『大鎌』であった。


遺失魔法具(アーティファクト)かッ…!」

誰かが放ったその言葉を引き金に、血溜まりの四人が動き出し、信じられない速度でこちらへ迫る。


「来るぞッ!」

無口だった戦士が叫び、アルベルトと共に前へと躍り出る。


遺跡の深層で、戦端が開かれた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


「――…クソが、こいつは厄介だぞ」


相手取るは、四人。

こちらは、七人。

人数は勝っているが、こちらは手を出しあぐねいていた。


まず、遺失魔法具(アーティファクト)による身体能力の強化が行われているであろう点。

次に、天秤を持つ男の魔法を打ち消す為に魔法使い二人が抗魔法(アンチマジック)に掛り切りになっている点。

更には、弓の射撃から二人の魔法使いを守る為、大盾の戦士が釘付けになっている点。

そして――…


()()()()()()()()!どうするッ!?」


最悪な事に、遺失魔法具(アーティファクト)を振るうのは救助対象だった。

叩き落とせば正気に戻るかもしれないが、アルベルトですら苦戦し本気の悪態をつくような相手。

そんな余裕があるとは到底思えない相手だった。


「ショーン!合わせて!」

大鎌の袈裟斬りを避け、ジェシカが小円盾(ラウンドシールド)を叩きつけ体勢を崩した所にショーンが疾駆する。

それに対し、大鎌の男は骨と肉が鈍く軋む音と共に凄まじい膂力で大鎌を振りかぶり、ショーンへと叩き下ろす。

「ッ…!こいつら、人間の動きじゃない!」

間一髪右へと避け、ジェシカとショーンで挟み撃ちといった形で相対する。

戦斧もかくやという大鎌の一撃は石床を破裂させるように大穴を空けている。

まともに受ければ武具ごと寸断されるか、叩き潰されるか。


「ジェシカァッ!このまんまじゃジリ貧だ!()()()()()()()!」

剣を持つ男に対し、斥候と二人がかりで切り結んでいたアルベルトが叫ぶ。

それはつまり、この四人を見捨てるかどうかの決断。

大鎌の男を睨みつけるジェシカの瞳が、揺らぐ。


その隙をついて動き出そうとした所へ、ショーンが出だしを抑えるように斬りかかる。

こちらの攻撃を防がせ、動きを制限するようにして時間を稼ぐ。

片腕では倒せなくとも、アルベルトとの修行の成果か巧く攻めさせない戦いで相手に劣勢を強いている。


「…やるわよ、このままだと私達がやられるッ!」

自分を庇うように戦うショーンを見ると、決意したかのような号令をかける。

それを聞くやいなや、斥候が戦場を切り裂くように敵陣深くへと飛び出していく。

盾を掲げる戦士もそれに合わせ、前進を開始。

弓の男に的を絞らせないようにしながら、圧を強めていく。

「あぁ、すぐ済ませる」

アルベルトも本気になったようで、剣の男に長柄のリーチを押し付け、破壊力で優位に立ち始めていた。


強く弾いても手から離れぬ剣。それを利用し、思い切り石突きで弾いて大きくよろめかせるとー…

「助けらんなくて悪ィが…まぁ許してくれや」

ハルバードの刃を、袈裟懸けに振り抜くように一閃する。


この一撃を皮切りに、斥候が弓の男へ投げナイフを投擲し牽制。

その隙をついて突進した戦士が大盾で体当りし、仰向けに転がった所へ鈍器を振り下ろす。

止めを見ないまま駆け抜けた斥候は、携えるマチェットを天秤の男に突き立てる。

弓矢という援護もなくなり、残るは大鎌の男のみ。


大鎌の柄で組み伏せるようにして体勢を崩される。

逃げられないショーンへと振るわれようとする大鎌の一撃。

「―――…」

音もなく肉薄したジェシカがファルシオンで男の胸を貫き、その手から滑り落ちた大鎌の転がる音が戦いの終焉を告げる。


「――…ほら」

倒れたショーンへ手を差し伸べるジェシカは、苦悶に満ちた表情をしていた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


「間違いないですね。戦った四人も、死んでいるのも、消息を絶った者達です」

出発前に与えられた情報、身につけていた装具からやはり行方不明の団の者達だった事がわかる。

調査を進めると、先に死んでいた者達はほとんど抵抗もできず殺されたようだった。

狂化(バーサーク)か何かか?」

「それはわかりませんが、素手で触れるのは拙いでしょうね」

そう言いながら、魔法使いの一人が鈍い銀に輝く手袋を装着する。

これは、魔力と親和性の高い素材ミスリル銀に抗魔法(アンチマジック)を付与し、遺失魔法具(アーティファクト)の影響を遮断する魔法道具(マジック・アイテム)であった。

「それじゃ、ヤバそうだったらすぐ取り上げてくださいよ?」

アルベルト達が武具を構え、待ち構える。

倒れ伏した男から天秤を拾い上げるが、何も変化はない。

「どうだ?何か感じるか?」

「遮断は出来てるようですけど、間近で見るとクラクラしますね…相当強い呪がかけられているのか…」

「どちらにせよまともなモンじゃないって事は確かだな。こりゃ国に任せたほうがいい」


周囲を警戒し祭壇等の調査も済ませている間、ショーンは息を整えるために休憩をさせてもらっていた。

片腕を失ってからの初の実戦。

一時的とはいえ、化物のような強さを持つ者を一人で相手取ったのだから無理もなかった。

水を一口飲み、ふと顔を上げる。

「あれ―…」

一人、多い――…長剣(ロングソード)を使う人間はいないはず――…

長剣を携えた人影がジェシカへと向かう。

誰も気づいていない。当のジェシカも、壁面に彫り込まれた文様を書き写すために集中している。

ほんの少しの綻びに入り込んだ悪意。


弾けるように飛び出す。

「(間に合うか、間に合え、いや間に合わせる)」

声を出す事すら惜しく感じるその一瞬。間延びする時間。

剣の男がこちらに振り返り、迎撃しようと剣を振りかぶるのが見える。

突き出した剣と共に、体が加速するのがわかる。



「やるじゃねぇか、ボウズ」

アルベルトがそう呟くのと同時に、剣の男が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

ショーンの放った『突き』によって、その腹に大きな穴を空けていた。

無我夢中で放ったその一撃は、計らずとも『魔技』となっていた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇

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