第四話 はじまりの帰路
「いや、すまなかった!この通りだ」
頬を腫らしたショーンに、女団長ジェシカが治癒魔法をかけながら謝罪していた。
その隣には、ショーン以上に顔を腫らしたアルベルトが転がされている。
「いや、こっちも悪かったよ。知らなかったとはいえ、あんな事言ってすまない」
かつて別の傭兵団に所属していたショーンは素直に謝罪する。
傭兵団なんてものは、脛に傷を持つものなんてごろごろいる。
必要以上に詮索しないのが暗黙の了解だと、忘れてしまっていたのだ。
「ジェシカ、俺にも…」
「お前は薬草でも使っていろ!」
アルベルトはわざと、ジェシカの事も禁句の事も伝えていなかった。
残念でも無いし当然とも言える言葉と共に、薬草の入った袋を投げつけられる。
「…よし、本職じゃないが治ったはず。どう?」
「も、もう痛みは引いたから。大丈夫」
顔を間近に覗き込まれ、ショーンはどぎまぎしてしまう。
恋なんて転生前も後も経験が無かった為、すくんで顔を赤くしてしまう。
その様子を見ながら、ニヤつきつつ薬草をペタペタ顔に貼り付けているアルベルト。
今度はショーンがその顔に包帯を投げつけた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
この傭兵団は、元々はジェシカの両親が創設した団だった。
冒険、開拓を主とし、今は稼げる雇われ傭兵として活動をしていた。
「どっちも遺跡調査から帰ってこなくてね」
当時十歳にもなっていなかった、両親の一粒種。
アルベルトが仮の団長として、団を離れなかった者達を纏め上げ解散の危機を乗り切ったという。
今では副団長としてジェシカを補佐し、その豪腕を奮っている。
俺凄いだろ、と言わんばかりに腫れた顔を笑わせているが、ジェシカとショーンは溜息しか出せなかった。
「てことは、戦争が終わったら…」
「あぁ、また開拓や冒険…遺跡の発掘に戻るよ」
ジェシカの顔に暗い影が落ちる。
「せめて、遺品くらいは、ね」
ショーンは彼女の志に胸を打たれる。
自分は、何かこういう志はあっただろうか?
父の道を継ぐ事も考えなかったわけではない。
だが、結局は兵としての役目を投げだしこのザマだ。
「…何、くだらないプライドだよ。両親が作り、アルベルト小父さまが守ってくれて、皆が助けてくれたこの団を誰にも渡したくなかっただけ」
ショーンを殴った時の戦士としての顔とは違う、女性らしい微笑み。
寝転がっていたアルベルトが背を向け、白髪交じりの頭をぼりぼりと掻く。
この団の結束が強いのも、ジェシカが団長として慕われているのも。
好々爺のようなアルベルトが信頼されているのも頷ける。
「アルベルト小父さまが連れてきた子だし、戦えないにしても仕事はある。安心して」
「ありがとう。でも、オレは戦いたい。戦う事しか、知らないから…」
「焦らなくてもいい。戦うにしろ、違う道にしろ、これからなんだから」
ジェシカの掌がぽんと頭に乗り、撫でる。
ショーンの目には、ジェシカに母が重なっていた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
天幕の外。
「おい、団長、どうだ?」
「いや普通に治療してるぞ」
「当たり前だろアルベルトさんいるんだぞ」
「はやく身を固めて貰わんと困るんだがなぁ」
「何やってんだはよ押し倒せよ」
「あの小僧にできるわけないだろ」
「団長が押し倒すんだろ?」
「団長を押し倒せるくらいじゃないといかんだろ」
「団長が上位に決まってんだろ、団以外の大切なもんが絶対いるだろ」
「あ?やんのか?」
「お?こいよやってやんよ」
「貴様らそこに正座ァアッ!!!」
ジェシカの怒号が響く。
全部聞こえていたショーンは、この団に入った事を少し後悔した。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
色々な騒動が起こった次の日。
陣地を引き払った傭兵団は、拠点のある街への帰路へついた。
「今回も激戦だったみたいですな、団長さん。皆さん、あんなに顔が腫れていらっしゃる」
「い、いえ。皆強いですから大丈夫ですよ」
途中、補給をした村でそんな会話もあったが、ショーンは気にしないでおいた。
旅路の間、団員から色々な話を聞いた。
開拓最前線にて、魔獣の脅威を退け作った村が街と言えるほどにまで発展した話。
古代魔法文明の遺跡から発掘した遺失魔法具の話。
財宝を護る、強大な力を持つドラゴンから命からがら逃げ帰った話。
どれも、ショーンの冒険心を――眠りかけていた心を――奮い立たせるには、充分だった。
そして、彼らは話の締めにいつも似たようなことを言う。
「もう仲間なんだから、お前も一緒にやるんだよ」
くすんでいた純粋な心が、再び輝き始める。
帰路についてから、一週間後。
団が拠点を構える、王国屈指の商業都市に到着する。
かつて《死神》と呼ばれ恐れられた少年は、もういない。
ここから、後に偉大な冒険家の一人として讃えられる、《隻腕の戦士》としての人生が始まろうとしていた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
とりあえず、第一節が完成です。
趣味全開の作品、ご観覧ありがとうございました。




