六戒目「時間」
[……そもそもなぜ、自殺件数は増加傾向にあるのだろうか? 確かに現代社会は複雑化している。様々な感情が人々を狂わせ……と言っても納得はいく。
しかし今回は違う。倍近く増加しているのだ。
八月九日現在の自殺件数は推定、四万五千件。昨年度の現在の約一.九倍だ。
この異常事態について、政府の……]
「なぁに見てるんですか?」
「あっ、いや、見てわかるだろ? 新聞だよ」
世の中は物騒になっている。その中で鍵を握るものは“情報”だ。
様々な意見交換や問題について詳しく載っている。そもそも、新聞自体暇なら見るが。
でも今回ばっかりはそうはいかない。なぜならこの原因を知る一人だからだ。そして、この怪我のおかげで気づいた点がある。まさしく、怪我の功名である。
「ふぅ……」
そう。俺以外に手紙を持っていることだ。これはかなりいい情報だ。いるのといないのとで大きく変わる。
相談ができることだ。同じ境遇に立たされてる者同士、助かりたい気持ちは分かり合えるはず。
しかし逆に言えば、分かり合ってくれなければ用はない。つまり、生贄にされる。
さらに警察にお世話にならずになおかつ手っ取り早い殺し方。それは自殺に追い込むこと。俺の手紙の回避方法の三番目を見てくれれば話は早い。
親友を抹殺する。
抹殺方法に自殺は駄目とは書いていない。
……ここまでくると恐ろしい。我ながらまるで狂言者のようだ。
なんとかしなきゃ……!
その時、真乃がいきなり立ち上がった。いきなりはびっくりする。
どうやら時間のようだ。今は九時ちょっと過ぎ。面会時間っていつまでなんだろう?
「それでは今日はこの辺で帰りますね」
「……そうだな。ひ弱な陸奥実に無理させちゃあダメだよな」
さっきまでだらけていた連中だが、果たしてそれは気を遣ってくれてるのか、けなしているのか。
でもどうこう言いつつも毎日来てくれるのは嬉しかった。時々、他のクラスメートも来てくれるが、こいつらほどではない。それでもすごく嬉しいが。
三人はそれぞれ荷物を持って立ち上がる。
「じゃあ、また明日な!」
「……りが……と……」
「何か言いました?」
「あぁ、いや、またな!」
そして三人は廊下へと消え去っていった。ドアを閉めるその音がまるで俺を隔離する。そしてまた孤独感を痛感させられるのであった。
やけに寂しくなった。俺はリモコンでテレビをつける。ちょうどお笑い番組がやっていた。
「……?」
そういえば、やけに冷えたものを感じる。特に頬を中心に。原因はすぐにわかった。
「窓が開いてたか。……届くか?」
俺は全力を振り絞り、窓に手を伸ばした。届きそうで届かない。自分の腕ってこんなに短いのか? まぁ、寝た状態ではさすがに無理だ。ちなみに誰も起き上がってとは言っていない。
リトライ。再び挑戦する。
「……あとちょっと……」
のところで手に阻まれた。とても細くて綺麗な手先だった。
「駄目よ、無理しちゃ……。」
俺の代わりにドアを閉め、鍵をかけてくれた。
その看護士さんはすごく魅力的な女性だった。端麗な顔つき、とても長い金髪、綺麗なアーチを描くまつげの奥のエメラルドグリーンが揺らいだ。
「さ、早く横になって」
俺の衰弱した体は言われるがままに寝かせられる。実際に痛いというのもあるが、それよりもその瞳に釘付けにされた。
日本人にはないエメラルドグリーン。
そして看護士さんはちょっとだけテレビを見る。どうやら好きな芸人が出ていたらしく、大人特有の含み笑いをしていた。
しかし、なぜかリモコンで音量調節をする。少しものうるさくなる。さらに窓の鍵をしっかり点検する。何かおかしい。
「…………」
そしてドアの方を見やる。鍵がかかっている。つまり、外側からは侵入不可能。
それがわかった途端、頭の警報が鳴り響く。これが三度目だ。心臓が速く鼓動して、体中から信じられないほどの汗がでる。クーラーが悪寒を促進させる。
「……見つけた……」
「……!」
周りに聞こえるかと思うくらい心臓が跳ね上がった。……警報が木魚を叩く音に変わった瞬間だった。
叫ぼうとした時、口を塞がれた。あの綺麗な手で。声が出ない……。
あの傷が……。
「うふふ……」
不気味に妖しく微笑む。もう、駄目か……。
しかし、パッと俺を解放し、頬に手を当てる。冷え切った汗を温めた。
「私と、同じ人……」
「……えっ……?」
看護士さんはすぐにトレイをベッドの近くに持ってきてくれた。そこには二リットルの水とコップが二つある。
その二つともに水を注ぎ手渡してくれた。正直戸惑った。もしかしたら毒が……、いや、ここまでして殺す理由はない。 一思いに飲み干す。
「……ふぅ」
ひんやりした水が熱を奪いながら喉を通り過ぎ、胃に到達する。そのひんやりさが心臓や脳のオーバーヒートを抑えていった。二杯目には完全に冷やしきり、正常に作動する。
落ち着きを取り戻したところで俺はおそるおそる慎重に尋ねる。
「あなたが……俺を刺した……人ですか?」
看護士さんは明らかに表情を曇らせる。それが俺に確信をもたらした。しかし、焦ってはいけない。まだ安全圏ではないからだ。
しばらく沈黙が続く。
「……」
「…………」
…………
沈黙を破ったのは、看護士さんの頷きだった。
「そうよ……。なら、手錠をかける?」
もう観念はしていると思うが、それとは裏腹に威圧感が立ち込める。乱暴に水を注ぎ、口に流し込んだ。コップを握る両手が微かに震えている。
俺は決めた。
「いや、手錠どころか、電話も使いませんよ」
「えっ……?」
かなり驚いていた。それはそうだ。自分に危害を与えておいて、それを許すなんて有り得ないのだから。
看護士は少し笑った。
「あなたも持ってるわね? ……手紙」
「……わかってたんですか?」
「女特有の勘よ。気にしないで」
綺麗なブロンドをなびかせながら言った。この人は一体……?
看護士さんの名前は美浦 陽さん。手紙は今年の二月十二日の次の日、つまり十三日に手紙が来たらしい。そして期日は来年の誕生日の二月十二日。
「あなたはいつぐらいに……?」
「俺は二ヶ月くらい前の六月二十二日です。そのようだとかなりバラつきがありますね」
そしてわかったことが二つ。一つ目は年齢に関係ないこと。よく、同年齢の人たちだけ対象にするふざけた事件などがあるが、これは例外のようだ。
二つ目は期日だ。どうやら期日は絶対に次にくる誕生日のようだ。その証拠に美浦さんの期日は来年の誕生日であるのが何よりの証。
「情報交換をしましょう。こんな機会はありませんから」
「……そうね」
俺らはそれから小一時間くらい情報交換した。お互い包み隠さず話し合う。
この機会をどれほど望んでいただろう。同じ境地に立たされている者同士で話したかったのだ。変な言い方だが、仲間がいてよかった。
「そういえば、あなたの手紙って話によればかなり違うわね」
「……どういうことですか?」
頭に嫌な予感がよぎる。
「あなたは二通来たのよね? 私は一通しかもらってないの」
「…………」
さて、問題が発生した。
全て共通だと思われた手紙にいくつかの違いがあったのだ。果たしてどちらが……?
美浦さんは続ける。
「しかも名前を書かされたわ。そしたら文章が現れて、こう書いてあったわ……」
その声が震えていて怖かった。……大丈夫だ。幽霊はいない。
[美浦 陽さん、あなたは2020年の二月十二日にお亡くなりになられます。ですが、それを回避するための方法があります。]
細かいところを抜けば俺のとさして変わらない。しかし、最初だけだった。
[一、素直に諦める。
二、自分の年齢から抹殺する無関係の他人の年齢を引き、それが0になるように抹殺する。
三、十八歳未満の無関係の他人を四人だけ抹殺する。
四、最も親しい友人を一人抹殺する。
注、四をお選びの際は一つ条件があります。それは、あなたが手を下すこと。“直接”であればよいのです。
その他、あなたはわけもわからず人気もない裏路地で――――――されて死ぬでしょう。
そして従うか逆らうかは自由です。]
「……本当、ですか……?」
あまりにもめちゃくちゃ過ぎる。例えどれかを選んで成功させたとしても、代償が大きすぎる。待っているのは、地獄の結末だ。
しかも死に方まで……。これも明らかに悪戯を超えている。
「私は……、どうすればいいの……?」
美浦さんはとうとう泣き崩れてしまった。俺のベッドにしがみついて。たくさんの雫はシーツを湿らせていった。
俺もどうすればいいのかわからない。手紙をもらったあの日からずっと……。でもすべき事は理解してるつもりだ。
「美浦さん、あなたは俺を殺そうとした犯人ですが、そんなことは忘れます」
「え……?」
「生き延びるんですよ! 別の方法で! それに手紙がデタラメかもしれないじゃないですか!」
気休め程度にしか聞こえないだろうな。でも……。
「……そうね……ありがとう……!」
くしゃくしゃになり果てていた顔に喝を入れる。ついでに美浦さんにもやってあげた。……やり返された……。痛い。
正直、俺は犯人を憎んでいたし恨んでいた。こんな痛い思いさせやがって……と。
でもそれよりも憎むべきものがあるじゃないか。こんなふざけた手紙なんかすぐに解いてやる。そして生き延びてみせる。
「幸か不幸か推理系の小説や謎解きをやってたかいがあった」
「……あっ、そうだわ。それを聞いて思い出したことがあるの」
既に泣き終えていた美浦さんがちょっと嗄れて言った。余韻が残っている。
すると白衣のポケットからメモ用紙くらいの紙を渡してくれた。見てみると、数字の羅列とアルファベットの文章だった。
「私の携帯の番号とメールアドレスよ」
「いいんですか?」
「構わないわ。あと、あなたのはあとでいいから……」
美浦さんは最後の一杯を飲むと、立ち上がった。そういえばもう十一時前だ。
「今日はありがとね」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
トレイを片手でしっかりと持つ。そして一礼してから出口へと向かっていった。
ドアは空いた手で開かれて、徐々に閉じていき、閉まった。今度こそ独りになってしまった。
「……ふぅ」
さっきまで湿っていた場所が、少し乾いていた。




