三戒目「関係」
「え〜、それでは、校長先生にお話を伺います。校長先生、お願いします……」
「はい。えー、皆さん、明日からは夏休みに入りますが、呉々も事件や事故に巻き込まれないようにしてください。もしそうなったら、110番の後に速やかに学校に連絡してください。これからさらに暑くなりますが部活や勉強に励みながらも、精一杯遊んでくださいね! ……以上です」
「ありがとうございました。ではこれにて、第一学期終業式を終わります。諸連絡のある先生方は……」
セミたちの合唱は学校を包み込み、まだ夏は続くことを俺たちに教える。
太陽は生憎、雲に隠れていて要所要所でしか現れなかった。それでも蒸し暑さは衰えない。
「暑いな……。まるで吸血鬼に血を吸われるようにやる気が失せていく……」
俺は完全に暑さに負けていた。今年は異例の猛暑らしい。なんといったって、四十度を超える日もあったのだから当然か。つくづく、南国気分を味わっていた。
涼しくなってほしい。常日頃に思うことだ。しかし、俺は素直に受け入れられなかった。
「あと二ヶ月……。結局何も起きてないし、わからない。やはり悪戯なのだろうか……」
手紙を受け取ってから早一ヶ月過ぎてしまった。びっくりした。時間というものはまるで生き物なのだと今噛みしめる。
「……ふぅ」
「……おぃ、陸奥実」
何だと思いながら後ろを振り向いた。ちなみに今は教室だ。終業式が終わって教室で待機してるところ。
そしてそこにはよく見知った顔の生徒が立っていた。
「なんだ、とおちゃんか」
「なんだとはなんだ、陸奥実! 暢気に窓の外を眺めてるやつに言われたくはない言葉だ!」
通称とおちゃんこと、前橋 透気はうちの2−Aのクラスメートだ。最早野球部と言っていいほどの坊主頭で身長も俺よりでかいスポーツマンだ。実際には陸上部だが。
ちなみに俺は170くらいだ。
漸くこのクラスにも慣れてきて今では楽しく生活している。
「そういや、東條がお前のこと呼んでたぞ……って来た」
真乃はクラスの結構な数の女子を率いて入ってきた。女子は頭髪検査があるのだ。でも、なんで真乃はスルーなんだ?
女子に一言言うと、真っ先に俺のところに飛んできた。
「流さん、捜しましたよ!」
「いや、今の雰囲気は捜してる雰囲気ではなかったよ」
「……バレました?」
バレたとかの問題ではなくて、頭髪検査やってただろう?
ちなみにあれ以来、真乃とはすっかりになってしまったようで、今では下の名前まで呼び合う仲になっていた。
「ヒューヒューヒュー! 熱いねぇ二人とも!」
「ホントよね! あの二人はデキてるわね!」
「もしかして、やっちゃったのかしら……?」
「可能性は大だな……」
そのおかげかせいか、うちのクラスでは陸奥実&東條カップル説が成り立ってしまっていた。俺らは付き合ってないぞ!
そんな冷やかししまくりの連中にドロップキックをぶちかますやつもいた。それは一人しかいない。
「そんなんじゃありませんから!」
そのドロップキックで骨がへし折れる音がしたのは俺だけだろうか。でも内心はスッキリした。
真乃は随分変わった……。当初はおしとやかで子猫のような雰囲気だったのに、今ではかなり暴力的になったというか、おてんばになったというか。まさに、猫かぶりだったのだ。
真乃は作業を止めて戻ってきた。
「それでですね、実は……」
「ほらぁ、席に着けよぉ! お待ちかねタイムだ!」
今度はドアを叩きつけるようにして岡本先生が入ってきた。よく見ると、大量の紙を持っている。
仕方なく生徒全員は席に着いた。真乃は一体何を言おうとしたのだろう?
「さて、一学期は今日で終わりだが、校長先生の言うとおり事故に遭うなよ! では、通知表を返す。一番の者から来なさい」
通知表。その言葉はある意味、死刑よりも重みのある言葉だ。みんなはその言葉が出た瞬間、空気が重くなるのを感じただろうな。少なくとも俺はそうだ。
一番の生徒が震えた手でその“赤紙”を受け取った。赤紙とは、世界大戦の時に用いられた召集令状のことだ。
おそるおそる開く。
「……うそだあぁあぁぁぁぁ!」
そいつは爆死した。
後で見せてもらったが、……やばい、いや、やばすぎる。例えるなら、特攻しにいったが操縦不能で日本に墜落したくらいやばい。わかりづらいか。
ちなみに真乃も受け取ったが、特に何もなく平然と席に着いた。良かった方なのか?
そしてとおちゃんがやってきた。
「陸奥実、勝負だあぁぁぁ! 俺の評定平均、ピー(自己規制)点がお前のに勝ったらジュースをおごってくれ! 負けたらおごるから!」
結局いくつより上ならいいんだ? 自己規制する意味がわからない。
「むつみぃ! 早く来いよぉ!」
なんやかんやできてしまった。とおちゃんがにやにやしてこちらを見ている。自信があるのか……?
今回は手応えは感じられなかった。よくわからないのだ。
俺は受け取りに行った。その間の距離がとてつもなく長く感じる。重圧感を感じる。
そして遂に岡本先生の前に立った。先生はかなりのしかめっ面をしている。
「陸奥実!」
「はっ、はい!」
声がうわずってしまった。
そしていきなり俺の肩を掴んだ。……痛い。
「俺ぁ今までこんな成績を取ったやつは見たことがない。つまり、お前が最初の偉人だ。さぁ、受け取れぃぃ!」
「は、はぁ……」
それはどちらの意味だ? それによって今後の対応が違ってくるぞ。
手を離すと通知表を賞状を渡す感じで渡した。俺はそれを片手で受け取る。そしてすぐその場で開いてみた。ほかの連中も俺の見たさで寄ってくる。
「……すごいですね。びっくりしましたよ」
「なんだ、このキレイに揃った数字は……!」
「いや、俺の方がびっくりしてるよ。まさか取ってしまうとは……」
結局とおちゃんとの勝負は圧勝だった。何てったってオール10だったのだから。
「すごいなぁ! 陸奥実君は!」
「そうなんですよ! ここまでくると、ヒイちゃいますよね」
「かなり酷いぞ、真乃……」
学校は終わり、念願の夏休みに入った。と言っても夏休みは明日だが。
俺らは既に帰路にいた。
ときどき雲に射し込む光がギンギンに照りつける。それがコンクリートを焦がし温度を上げていった。
「陸奥実君!」
「ん、何だ?」
「ワイ、実は早く宿題終わらせたいんやけど、手伝ってくれんか?」
関西弁で話すこの人は、奈多弓 棗さんだ。真乃曰く“なっちゃん”。
棗さんは大人顔負けの美人だ。黒髪のショートにちょっと細い顔立ち。二重の奥にある淡い茶色にはどこかミステリアスさを含んでいる。真乃が子どもなら棗さんは大人だ。しかし見た目からは判断しかねる関西弁……。
まるっきり正反対な雰囲気の二人だが、それは外側だけ。
「別に構わないけど……」
「やったぁ〜! おおきにおおきに! 真乃やんもやろなぁ!」
「はい! 喜んで!」
中身は同質の二人だった。
というか、気になることが二つある。
「どこでやるんだ?」
「決まっとるやろ、陸奥実君家や!」
やっぱり。こうなることはわかっていた。しかし、なぜ男の家に遊びにくるんだ?
「いつするんだ?」
「いつというか……、今から五日くらい泊まり込みでやればええんちゃう?」
はい、ちょっと待て。今の発言に六個くらい異議があるのだが。いや、待て。その前に冷静になるんだ。
「それはいいですね。枕投げしたくなりますね!」
うちは旅館じゃない!
そもそも勉強するだけなのに泊まり込みってどういうことだ? しかもそれでは俺の秘密が一気にバレてしまう。それだけは避けなければ!
俺はまさか使うとは思わなかった脳みそをフル動員させる。
「話の腰を折って悪いんだが……」
「ん? 何か問題発生かぃな?」
今、発生中だ。
「実はだな、うちは泊まり込み禁止令を施行中なんだ」
「え、なんでですか? 迷惑は最小限にしますから……」
「いや、前にも泊まり込みをさせた事があったのだが、その時近所迷惑になってしまって……。それで親が禁止したんだ」
以前は実際にあった話を雄弁と語る俺。納得してくれるかどうか……。
でも意外にあっさりと通った。
「そうやな。親にまで迷惑かけてまではしたくないしなぁ」
「そうですね。ごめんなさい、浮き足立っていました……」
「いや、いいんだよ。それに宿題なら図書館でも学校でもできるし」
この瞬間、物凄い罪悪感が身にまとわりついた。素直になって謝っている二人の姿を後ろめたかった。
「では、明日にでもやりましょうよ、図書館で!」
「そうやな! 枕投げは無理でも、本投げはできそうやしなぁ!」
「どちらにしても質が悪い。止めとけ」
「冗談や、なぁ真乃やん?」
「えっ? やらないんですか、本投げ?」
本当に真に受けたのか? 実際にやろうと思ったのか?
真乃は不適な笑みを浮かべながらこちらを見た。かなり不気味だ。
「っと、じゃあ俺はここで」
「あ、じゃあさいならぁ〜!」
「さよならぁ! 流さん、明日忘れないでくださいね!」
「覚えてればな!」
俺らは一人と二人に分かれていった。
そしてそれから歩いていく。そういえばまだ昼なんだ。いつものリズムが崩れていた。つまりそれは二回の食事をするということ。
「しまった。食べ物は昨日で切れてたんだった。昼はなんとかなるけど……」
夜はどうにもならない!
しかもこれから某スーパーでセールではないか!
「マズい……。仕送りしてもらってる身としては、実に見逃せない!」
俺は大量の汗を垂らしながら全速力で駆けていった。




