二十四戒目「終演・下」
「……もしもし?」
「瑠璃! 一体どこに行ってたんだ! 今すぐ帰って……」
「たった今、陸奥実君を捕まえました」
「…………? ごめん、電波が悪いようだ。もう一回言ってくれ」
「……陸奥実君を捕獲しましたっ!」
…………
……
「…………」
「……」
「……本当かい!」
「さっきから言ってるじゃないですか……」
「ばっ場所は! 今どこだ!」
「病院前です。それと、着替えを三人分持ってきて下さい……」
「わかった! 徹、テレ……めて早く……」
…………プッ
「……これであとは待つだけですね、陸奥実君」
「…………」
車を降りると、電話の通りに“三人”がいた。そのうちの二人は全身水浸しでしかも真っ黒。一体この中で何をしたのかわからない。着替えの意味がよくわかった。
しかも瑠璃人の右腕は赤みを帯びていた。すぐに車で待たせている徹が呼び出してくれた。
そして星の隣には……。
「…………」
「……陸奥実……君」
「……」
彼が座り込んでいた。抵抗する様子は全くない。
その代わりに何にも感じられない無表情な目で睨んでくる。しかし、矛先は自分ではない。瑠璃人でも誰でもない誰かにしていた。だが、僅かに以前の彼のような雰囲気は戻っていた。そう、それは正しく、“始め”に戻りつつあるのだった。
星は何も言わないまま、瑠璃人のところへ向かった。実質、この場に二人しかいない。
自分は最初の言葉が見つからなかった。いや、見つけられなかった。当然彼を憎んでいるわけではない。ただ、彼の眼が云っている叫びにどう応えればいいのかわからなかった。
「……虹さん」
「……なんだい?」
彼の方からだった。
「……すみません……でした」
「?」
「虹さんにいつもに増して迷惑をかけてしまいました……。遂には同僚まで……」
「…………」
瞳を伏せる。先程の威圧は嘘のように消滅していた。
謝罪……だった。
通りに植えられた並木がざわざわと葉を散らせながら騒ぎ出す。
「……いいよ……。もう過ぎたことだしね……」
「……」
四つのことを見下げているわけはない。できれば、殴り飛ばしてでも返してほしい。でもそれができないのは誰だってわかっている。彼はたった独りでもがき苦しみ、たった独りでここまで来た。九月十五日、午後四時五十二分まで。だから自分は責めない。この身を裂かれようとも。そして念いは背中に積もっている。
自分は彼に歩み寄った。彼は立ち上がる。拒絶はなかった。
「君がこんなになってしまったのは自分の責任だ」
「……なぜですか?」
「……覚えていないと思うけど、君は一回精神を壊されたんだ」
「……!」
「それはきっと美浦が君に何かをしたんだと思う」
それなのに、今こうして平然と話ができる陸奥実君はすごい。事実を真っ正面から受け止めて。
「……」
「もっと早く助け出せれば、こんなことにはならなかったはずだったんだ」
「…………」
全ての引き金は自分。瑠璃人がどうのこうのじゃない。彼に注意を向けていれば、もっと考えて……。
「虹さん」
「……」
「違いますよ。それこそあなたのせいじゃありません……」
「……!」
「……美浦さんのせいでもないし、誰のせいでもないです」
陸奥実君はズボンのポケットから何かを取り出した。二つあった。両方とも見覚えがあるどころではなかった。片方を自分に手渡してくれた。軽い。湿り気がある。
「それは中で見つけた手紙です。いろいろあって二枚しかありません」
「これは陸奥実君の……」
彼は首を横に振った。
自分は頷いて、なくさないように胸ポケットに折り畳んで入れた。
「それで美浦さんを助けてください」
「! なんだって!」
「……助けてください」
自分をめちゃくちゃにした相手を助けてほしい……。彼は確かにそう伝えたのだ。どう考えたって理解できるわけがない。
しかし、裏腹に陸奥実君の顔には笑顔が浮かんでいた。悲しみ云々なんてない無垢な笑顔だった。
「全ては“手紙”のせいです。美浦さんも俺と同じように苦しんでいます。その恐怖から自分を見失っているだけなんです」
「自分を傷つけた犯人でも庇うつもりなのかい!」
「……」
怒りに似た感情が沸き上がる。仕方がないのはわかっている。でも、言わずにはいられなかった。
陸奥実君は片方を突き付けた。
「! ……陸奥実君……!」
震えていない。それほどに決意は固いのかもしれない。
「どうせ俺には先はない。だから同じ境遇に立たされている人間を救いたいんだ!」
「……!」
「……この意味、わかりますよね……虹さん……」
「…………」
“手紙”の呪縛。陸奥実君や美浦を巻き込んだ正体不明の代物。彼の願いはその謎を暴いて彼女の命を救うこと。しかし、彼女は犯人で行方不明中。海外逃亡も有り得る。仮に見つけられたとしても極刑になるかもしれない。
明らかに分は悪かった。
「…………」
「……わかった」
「!」
「……美浦を助けるよ……」
でも、それが彼の本望なら……。なにより、彼らしかった。
「……ありがとうございます。これで思い残すことはないです」
「……えっ……?」
彼は自分に向けると、両手で持つ。それが何を意味しているのかを理解するのに、一瞬出遅れた。
「陸奥実君っ! やめろっ!」
「……さようなら」
角度をつけて思い切り振り下ろす。そして……。
……
「止めて下さいっ!」
「!」
俺の手は寸前で止まった。いや、止められた。
「…………」
「何を考えてるんですか!」
後ろから聞こえた。滅多にない怒号だった。
「どうしていつも一人で思い悩むんですか!」
「……」
「…………」
察しはついている。最も会いたくなかった人だった。
振り返った。
「何か言ってくださいよ! 流さん!」
「……」
づかづかと近寄っては胸倉を掴んでくる。相変わらずらしかった。
彼女の瞳は少し揺らいでいて、ちょっとでも擦れば溢れかえってしまいそうだ。それを怒りやらなんやらでなんとか抑えている状態だった。
栗色の髪が激しく踊る。
「……私たちがどんなに心配してたか……」
「…………」
口は簡単に言葉を出させてくれない。俺が一言でも発したら、精一杯抑えているのが一気に崩れるだろう。そして、目の前の女の子がそれによって穢れるかと思うと、嫌で嫌でしょうがなかった。俺と真乃の間にはもう境界線が敷かれていた。
「……流さん、あなたの声を聞かせて……」
「…………」
俺のはやけに頑固だった。
「流さん……」
真乃の手がぱっと離れた。と思った瞬間に……、
「…………!」
「…………」
抱きしめられた。頭の中のもやもやが一瞬にして晴れたような気がした。難しいことを振り回していたのが馬鹿らしく思える。
「…………ま……の」
「……やっとっ、聞けましたね……。りゅっうさんの声……っく……」
「……真乃……」
直に触れた。まるで我が子との再会を果たすように頬を擦り合い、吐息に当たり、彼女の嗚咽に近い囁きを一方的に聞かせる。信じられないほど温かかった。少しだけ……触れていたい……。
それが濡れてきたとき、初めて本当に“真乃”なんだと気付けた。“真乃”がすぐ側にいてくれたんだ……。
……辛かったですよね……?
「……!」
こんなにぼろぼろになって、酷いことされて……
「真乃……」
救いを求めてるのは寧ろ自分なのに、周り全員が敵で……!
「……」
私は会いたかった……救いの手を差し延べたかった……
何だろう? この頭の中に直接入り込む言葉の羅列は? 耳から入ってきているわけではない。かといって眼からでもない。人間の感覚とは違う何かが、頭の中で文字と化して理解されていく。ごく自然と、当たり前のように。
少し青い表現だが、真乃が直接俺に語りかけてくれたのかもしれない。その……何かで。
「……悪かったな。お前にこんな苦労かけて……」
「……まったくです……。女の子を泣かせるなんて最低ですよ……」
「……そうだな」
真乃の声に漸く力が戻る。でも、まだ濡れていた。そんな真乃をそっと引き離す。そろそろ……。
「真乃……。俺、行かなきゃ……」
「……!」
罪悪にはその分の然るべき裁断が待っている。これらは常に表裏一体だ。俺は大罪を犯した。だからそれに等しい罪を償わなければならない……。しかし、真乃はまた抱き着いてきた。俺を見上げて拒否の意志を連呼する。この時ほど苦しいことは今までなかった。
それでも俺は真乃を諭す。納得したかを確かめて、ゆっくり引きはがした。反抗はなかった。これで、俺は“期限”を迎えることになるのだろう。
その時、虹さんが手錠を持ってやってきた。その傍らに瑠璃人もいる。
「よし、後は自分に任せてくれ。瑠璃と東條さんには部下が送ってくれる」
「! 僕もですか!」
「そうだよ。大人しくしてなさい」
「……個人的にはありがたいです……」
そして、虹さんは銀色を俺に見せ付けて、はめた。
「……ごめん。本当はしたくないんだ……」
「構いません。……殺人犯ですから」
俺と星とかいう男は虹さんの車に乗り込んだ。この人は確か瑠璃人と一緒にいた。なのになぜ……? なんにせよ、反したには違いない。
二人が外から見詰めている。はっきりと違う空間だ。一枚しか隔てていないのに……。我ながら不思議だ。きっと、テレビとかの犯罪者もこんな気持ちなのだろう。まぁ、まさか体験できようとは思いもしなかったが。
やがて、エンジンがかかる。なんだか口の中に苦さが広まっていた。そして間もなく発進していった……。
その時だった。
「待って下さい!」
「!」
虹さんが慌ててブレーキを踏みながらハンドルを鋭く切る。金切り声を上げながら擦れていき、やがて止まった。後少しで虹さんも刑務所行きだった。
それよりも、目の前に釘付けにされた。
「待って下さい!」
「真乃!」
真乃だった。両手を一杯に広げ、車を無理矢理止めたのだ。なんて無茶な……!
真乃は運転席の窓を開けさせた。
「行かせないで下さい!」
「……真乃……」
正直な話、哀しかった。俺の今までの行動と独りで暴走していたのが混ざり合って、出来たものが後悔だった。これを考えて動いてきたのに、それ自体が後悔に繋がっていたのだ。つまり、最初から……。
……こんな思考を張り巡らせたって無駄だ。
虹さんは真乃の肩に触れた。
「…………。東條さんの気持ちは痛いほどわかるよ。でも、ダメなんだ……」
「……どうしてですか……?」
「……」
「……流さんは被害者なんですよ! 流さんをめちゃめちゃにした犯人をほったらかしにして、被害者の流さんを逮捕するのは不自然じゃないですかっ!」
「…………」
真乃、いいんだ……。たとえ被害者だろうとなんだろうと、俺が殺人を犯したのは代わりない。揺るぎない事実なんだ。わかってくれ、真乃……。
「違う。彼は警察官四人を猟奇的に殺害した極悪犯だ。そこに不自然も理不尽も何もない。……何もないんだ……」
虹さんだって好きでやってるわけじゃない(そうなのかはわからないが)。肩にのしかかったモノが、自分の中にある正義を貫き通してるだけだ。けれど、それは無視できない。無視したら成就されないし、背くことになる。
「……真乃、わかって……」
「ちょって待てやあぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「!」
この声は……まさか……!
「黙ってきいてりゃ、理不尽がどうのこうのだって?」
「むっちゃん! 久しぶりやなぁ!」
「棗さん……! ……とおちゃん!」
後ろを見ると、懐かしい顔があった。それだけでもう……。いや、必死で堪える。
二人は車の両側に回り込んで、虹さんを挟み撃ちにする。棗さんは真乃の方へ。とおちゃんは反対側からドアを開けて睨み付ける。虹さんはさほど驚かずに冷静な態度をとっていた。面識はあるようだ。
これから何をするつもりなんだろう? 隣に座る星さんも眺めていた。
「おっさん」
「な、なんだい……?」
おっさん……?
「陸奥実は人殺しなんてできる度胸なんかねぇっすよ。こいつはアリすら踏めないんすよ」
「それは自分だって分かってるよ」
「…………」
なんだか複雑な心境だ。
「だから、むっちゃんなんかシカトして、誘拐犯見つける方がえぇと思うんよ!」
「今、捜している最中だ」
なんか馬鹿にされてるようで気持ち良くない……。
「君たちがどんなに訴えても無理だ。頼むから道を空けてくれ……!」
「いいよ、三人とも。ありがとう。その気持ちだけですごく嬉しいよ……」
「いや、よくありません」
「……!」
また別の声が今度は車内から聞こえた。これは一人しかいない。思った通りそいつは助手席に座っていた。いつの間に……。
珍しくご機嫌ななめのようだ。
「質問があります」
「……な、なに?」
「一つ、陸奥実君を捕まえたのは誰でしょう?」
「……!」
「二つ、僕を疑ったのは誰でしょう?」
「……ぅっ……」
「三つ、刑事としてあるまじき行為をしたのは誰でしょう?」
「!」
……卑怯だ。こいつ、人の弱みを握っている。これは完全に恐喝に値する。瑠璃人も現行犯逮捕できる。しかし、そんなことをしたら……、きっとばらすつもりなんだろうな……。兄弟なのに容赦はしない。
しかもハッタリだとしても、やがては同じ運命を辿ることになる。なぜなら……。
「へぇ〜! あの刑事殿が不祥事を起こしてるんですかぁ〜。気になりますねぇ……」
この女がいるからだ……。なんでこいつらは計画も立ててないのに、こんなに息が合ってるんだ……。
虹さんは結局、重圧をかけられてあえなく降参した。きっと本人もこうなるように仕組まれたと思わざるをえないだろう。
しかし、これは犯罪者に加担しているわけで、そちらの方が問題だ。よって、非常事態の尋問という名義で一先ず丸く納められた。ただし、警備員は必ず二人以上は同行しなければならないと条件を付け加える。ところが、それも強烈な重圧によって撤廃された。全ては誰かさんの計算通り。
謎の男はその一部始終を見て、豪快に笑い続けていた。
「嬉しいのやら可哀相なのやら……」
僕と陸奥実君は虹にぃの車を降りた。その際に星さんが声をかけてくれた。“せいぜい頑張ってくれ”と“気をつけてくれ”とのこと。僕は“せいぜい刑務所に送られないようにもがいてください”と返してあげた。星さんはお手上げだった。
車が走り抜けていくと、徹さんが僕と陸奥実君を呼び出した。これからどこかヘ行くようで、彼女たちは別のパトカーに乗り込んだ。そして、僕らも乗って走り出した。
既に以前の陸奥実君になっていた。
「まさか、二人いるとは思わなかった」
「ふふふ……、陸奥実君はまだ甘いですね。でも僕もでした。こちらの作戦をやり返されるなんて、思いもしませんでした」
「お前の方が一枚上手か……」
なんとも言えない表情を描く。
それよりも、先ほどまで完全に敵と味方だったのに今では元通りになっている。正直驚きだ。もうちょっと険悪だと思っていた。そんなところが陸奥実君らしい。きっと彼女のおかげだろう。
寧ろ今の方が澄んでいる。
「……つっ……」
しかし、代償はあった。
右腕に巻き付いた包帯。大事には至らないが、痛みがはっきりしている。やんわりと染まっている。これくらいで済むのならどうってことはない。
ただ気になるのは、切られた時に腕でなく胸の辺りに鋭く突き刺さったような激痛が走ったことだ。まぁ、単純に被害妄想が大袈裟になっただけだと思う。
「……悪かったな。大丈夫か? 腕……」
「大丈夫ですよ、もう……。痛くないですから……」
「……だけど……」
この調子で、さっきから謝りっぱなしなのはしつこい。
「僕は忘れてません」
「?」
「“大富豪”、やりましょうね」
「……!」
陸奥実君は急に外を向いた。
数十分後に到着した。外は既に暗さを増していて、時間の経過を物語っていた。僕はここでやっと周りを眺められる。
オレンジ色の大きい球が雲に体の一部を隠しながら沈む。そのせいで照らされた表面は同色になる。球が沈むにつれ、赤みから青みに変化していた。正反対の位置に鋭く発光する点があった。
景色を堪能して、振り向いてみる。そこにはお馴染みのがあった。
「……今何時ですか?」
「……っと、六時近いな」
「ありがとうございます。それでは……」
徹さんに頭を下げる。向こうも軽く返した後、車を走らせてあっという間に小さくなり消えた。
その場には僕と陸奥実君と奈多弓さんと前橋君と、東條さんしかいない。彼女らは先に着いたようだ。
それ以外に誰もいなかった。
「さて、どうする? 時間なら全然あるぜぃ」
「そうやなぁ……」
妖しく微笑む。
「遊びたいし、いっぱい話したいです!」
「……僕もです」
「…………多分、権限はないんだろうな……」
陸奥実君は降参したかのようにため息を付いた。そして手で招いてくれる。それに従った。
途中、花壇が目に付いた。丁寧に煉瓦で囲われた土はそれと一体化しているようだ。中心から花が点々と咲き誇っている。花に関しては博識でないのでよくはわからない。ただ、白いとしか言えなかった。
そして、少し歩くと年代を感じさせる階段状の鉄の板たちに遭遇した。黒くて独特の模様が刻まれていて、以外と頑丈だった。
「久しぶりかもしれない」
「そうですね……」
二階の真ん中辺りのドアで立ち止まる。そして突起を捻り、引く。逆らうことなくすんなり開いた。陸奥実君が先に中に入ると、続々と倣っていく。僕はもう一度だけ見回してから後に続いた。
懐かしい。彼の家に来たのもかれこれ二週間ぶりだ。あれは……“揺さ振り”をかけた日だ。そんなことは今更どうでもいい。
「さて……何する?」
「そりゃあモチロン」
「大富豪に決まってるじゃないですか!」
「そうや! むっちゃんをみんなでハメて地獄に落とすんやで!」
ものすごい殺気を感じる。目を合わせるだけで本当に噛みついてきそうだ。余程哀れなやられ方をされたのだろう。そして陸奥実君はそれほど強運を引き寄せているのかもしれない。
僕はひとまず……。
「……あの、僕は結構ですので……」
「ダメだ!」
「ぅわっ!」
前橋君がいきなりにゅうっと現れた。
「やつを倒すには、お前の力は絶対必要だ!」
「はっ、はぁ……」
「ということで、新戸君も強制参加や」
「う、うわぁ!」
誰かに首の裏を持たれ、連行される。考えなくても想像できた。目の先には、テーブルで既に準備万端の二人がトランプを切りまくっている。その手さばきはマジシャンのようにスピーディーだった。ただ……、憎しみが募っていた。
「ま、まあ瑠璃人、とりあえずやろう。やりたいって言ってただろう?」
「……わかりました。やらないと殺されそうですからね……」
仕方なさそうに返事しても、心臓は速く打っていた。
僕らは四角いテーブルに座りこんだ。五角形のように座り、飛び出た一角に陸奥実君が座る。東條さんと前橋君は陸奥実君を挟むように座る。奈多弓さんは前橋君の隣に、僕は東條さんの隣に腰を下ろした。
「…………ふぅ。……それじゃあゲーム開始しよう」
「美浦は本当にどこにいる?」
「知らない」
「あなたは誰の犬だ?」
「わからない」
「……はぁ……」
さっきから“知らない”“わからない”の一点張りだ。明らかに星は美浦と最低でも間接的に繋がっている。それだけは確かなはずだ。そして陸奥実君を襲った犯人もおそらく……。
しかし、証拠がない。現場からは値するものは毛すら見つからないし、指紋すらない。服の繊維や足跡もないのだ。どう考えたっておかしい。最低でも髪の毛の一本は落ちているはずなのに。自慢ではないが、うちの検察官はかなり優秀で、ミスは無いに等しいくらいだ。
「虹」
「……なんだい?」
「お前の家じゃなくて、署に受け渡したほうがいいんじゃないか?」
「…………」
そうしたほうがいいのかもしれない。言い方が良くないが、星は用済みだ。尋問部へ身柄を寄越せば、大体の人間は口を割る。星も例外ではないだろう。
でも、最後に聞きたいことがあるのに……。……仕方ない。
「……“お前は美浦に自分から従って犯行に及んだのか、仕方なく従ったのか”、イエスかノーどちらかで答えてくれ」
「……!」
いつもの方式に戻そう。そちらの方が早い。するとなぜか、あっさりと“ノー”と答えてくれた。つまり……。
「……脅されているのかい?」
「当然だ! 今現在でも身の危険は減らないんだ!」
「……じゃあ事実を教えてくれ」
なるほど。美浦は武力行使で人員をかき集めていたのか。……そうすると彼女は一体何の組織に入っているんだ? 暴力団? 極道? そのくらいの、あるいはそれ以上のレベルだろう。どちらにせよ、厄介極まりない。
「……無駄だ」
ところが待っていたのは諦観だった。
「? なぜ?」
「話したとしても、遅すぎる」
「?」
遅すぎる? 何が遅すぎるんだ?
星は体を横にして仰向けになった。
「陸奥実の“手紙”は読んだか?」
「! ……内容は知っている」
「今日と明日の境目が“期限”だ」
確かに、今日は九月十五日。二十四時になれば誕生日を迎える。今の時間は七時過ぎ。猶予までにはまだある。逆に質問仕返した。
「彼は一体誰に殺されるんだい?」
「……そっちの予想は?」
返された。
「美浦」
仕方なく即答した。
「……実は、よくわからないんだ」
「? どういうことだ?」
星が起き上がって面と向かった。そして、これは憶測であって、俺は美浦に脅されていたんだ、と言い張った。とりあえず、それは置いておく。
「美浦と陸奥実はコンタクトをしていたのは事実だ。しかしそれはなぜだ?」
「そんなの私でも解るよ。情報収集のため、だろ?」
自分の代わりに徹が答えた。
「ならばそこに疑問がある。最初から美浦が犯人ならば、陸奥実とコンタクトする必要はないんじゃないか?」
「……」
美浦が犯人ならば、接近する必要がない。看護師なのだから殺す機会、方法はいくらでもあるのだから。つまり、関係性を持つことで彼が何かに巻き込まれた時、疑われやすくなるということになる。他人と他人との犯行の方がしやすいわけだ。しかし実際はそうでなかった(誘拐犯かもしれないが)。
そして星が言いたいことは……。
「美浦の狙いは陸奥実君の命そのものでなく、彼の何か……? ……!」
ふとしてあることを思い出した。
「……“手紙”だ」
ポケットに入れておいた手紙を取り出す。そしてテーブルに広げた。
「……何も……書いてない……?」




