二十三戒目「疎外」
銃声。どうやらどこかで争っていたようだ。僕たち以外にも最低二人以上はいるはずだ。片方は無論だろう。もし、そうでなかったら……。
ひとまずここに留まっているのは危険だ。
「下の方からだ。あっちから聞こえた」
指差す方向は僕たちが入って来たところだった。一瞬脳裏に嫌なイメージが掠める。……いや、そんなことはありえない。
仮に発砲したのが敵だとすると、証拠隠滅のために行動していると考えれる。そして一発しか撃っていないということは対象を鎮圧できたと考えるべきだ。しかし、虹にぃたちも持っているから銃撃戦は避けられないはず。一発で鎮圧できたとは考えにくい。あるいはどちらかが一発で……というのは有り得るが。
どちらにしても0626号室は危ない。
僕は部屋にある一切の物をできるだけ元通りにした。
「……」
それらはポケットに入れた。
「……さて、行きますか」
「どこへだ?」
「そっちですよ」
「? 銃声のした方か?」
僕は頷いた。
「とおやん、待ってぇな!」
「はあっ、はぁっ、……はぁっ!」
時間は七時を既に回っているはず。
「あの! 散らばって捜した方がいいと思うんですけど!」
「ダメだ! お前まで誘拐されんぞ!」
バスを乗り継いでいき、終点を降りた時からずっと走りっぱなしだ。
「せやかて、範囲広すぎるでぇ!」
「……くっ!」
「!」
三人ともがむしゃらだった。捜すのに必死で、周りなんかに目を配れない。それは驚愕と困惑が生み出した副産物だ。焦らずに冷静に考えたい。
だが、その時間すら惜しい。
「くそ! あいつどこにいんだよ!」
かなり暗い道を走る。一定で明るくなったりするが、やはり暗かった。爪先にぐっと力を込め、蹴り出す。加速した瞬間に逆の足、爪先で着地し、再び加速する。ただそれだけなのにひどく疲れる。
手当たり次第に走り回り、捜した。図書館、公園、市民プール、土手とありとあらゆるところを。皮肉にも、こっちに来てあまり日が経っていないのが幸運かもしれない。土地勘はまだ鈍い方だろう。
「くそったれ! これじゃあ部活となんら変わんねえじゃねえか!」
「ひ、ひとまず休もうや……。体力ありすぎやで……」
「ちょっと厳しいです……」
二人して座り込んだ。もはや、肩で息をしないと間に合わない。汗が尋常でないくらいに垂れ落ちていく。一方で透気は爽快な汗と細かい呼吸で息を整えている。
「……うーん、普段からしてないからすぐ疲れんだ……」
「否定はしませんよ……ふぅ」
「でも……」
棗は立ち上がった。
「奈多弓の言う通りだ。休んだおかげで閃いたぜぃ!」
「本当ですかっ!」
真乃も立ち上がる。
「あぁ! オレの勘が正しけりゃ……。行くぜぃ!」
三人は一斉に走り出した。
「……っぐぅ! ぜぇっ! ぜぇっ! ……ぜぇ……!」
「……む? あっ! おい! いたぞ!」
「追うんだ! 追えぇぇ!」
「! ……ッ……!」
「? 逃げない! こっちに向かってくる!」
「……凶器を所持している!」
「仕方ない! 応戦するぞ!」
「……こちら――、――――に犯人発見! 相手は凶器を所持している! 至急、増援を頼む!」
「……つっ……!」
「くそ! 逃げたぞ!」
「さすがに頭の回転は速いな!」
「今、そこ曲がった!」
「よし! ……うぐぁぁっ!」
「!」
「なにぃ!」
「――さん!」
「………………」
「救急車呼べ! こいつは俺らに任せろ!」
「はい!」
………………
…………
……
「――さん、意識保って!」
「……っふっ! 俺に、構わずっ行け!」
「! 無理に決まってるじゃないですか! ――さんを置いていくなんて……!」
「大丈夫だ……。ほら、聞こえてきたろ? 時間がもったいない……!」
「しかし……!」
「大丈夫だって……」
「…………せめて、来たらにしてください。負傷者一人では危険です!」
「わかっ……、っ! 危ねぇ!」
「え?」
グシャァァァァァ…………
「……三人目」
「……繋がらない……。一体どうしたんだ?」
「なぁ、まさか……」
「それは有り得ない。信頼できる四人に向かってもらった。……万が一でも……」
「それより、どうするのですか? 僕らをこんなに縛り付けて連行して」
「瑠璃、言ったはずだ。事件に首を突っ込むなって。……お前たちを連行した後、尋問部に引き渡す。うちの署の連中は、たとえ自分の弟でも容赦しないからね。覚悟しなさい」
虹にぃはやはり虹にぃだった。久しぶりに再会するや否や、手錠をかけるなんて。でも虹にぃはそういう人だ。
僕らは徹さんの車で警察署に向かっているところだ。左手は星さんの右手に繋がれている。
窓の外は意外にも面白かった。機械的に並べられているビルや家などの建物から四角い光を放出する。それが横にスライドし、長細くなる。速ければより細くなり、遅いと太くなる。いかにも生き物みたいだ。
そんな事より、まさか虹にぃたちだとは思わなかった。誰に撃ったかは教えてくれなかったが、おかげで犯罪者扱いだ。僕は寧ろ被害者で星さんは恩人だ。陸奥実君もこういう気持ちなんだろう。
「陸奥実君はどうなりましたか?」
「それに答える意味はない」
ぴしゃりと打ち切られる。
「どうしてですか?」
「お前にはもう関係のないことだからだ」
「……」
虹にぃはかんかんに怒っている。だけどそれは全く嫌じゃなかった。それだけ僕を心配してくれていたからだ。嬉しかった。
でも話を聞いてほしい。
「虹にぃ……話を……」
「黙ってくれ」
「……!」
虹にぃ……! 伝えたいことが山ほどあるのに……!
「お願いですから……」
「黙れと言ってるんだ! ……っ……」
「! 虹! キレるな! 傷口が開くぞ!」
「…………ぐっ……、悪い……」
「……?」
そういえば先程からやけに庇っているように見える。脇腹だ。今もそこを押さえている。傷口……? 思い当たる節は一つしかない。虹にぃはやはり……!
「…………!」
「瑠璃……?」
「あ、あれ……?」
「お前……」
「……おっおかしいですね……」
眼の奥が焼けるように熱い。その根源が溢れ出す。雫が一粒ずつだったのが次第に流れを作ってきた。
何とも表現できない。複雑に絡み合ったモノが反応して体中に拡散していった。
「……ぅぐっ、ぇぐっ……、っ僕、おかしいのっです……」
「……」
「虹にぃ……、どうして僕を、また突き放すのですか……?」
「……瑠璃」
虹にぃの大きな手が頬に触れた。流れが指を経由して下へと続く。
「僕は虹にぃの役に、……んっ、立ちたかっただけぇっ、なのに……」
「瑠璃」
「虹にぃはやっぱり邪魔ですか?」
「…………」
「…………虹にぃ……」
「徹、そこを右に行ってくれ。自販機あったと思う……」
「わかった。流石は粋な兄貴ですこと……ぐがぁっ!」
「はぁっ、はぁっ……、着いたぜぃ……。ふぅー! マジで応えた……」
「……シャレにならん……」
目の前には嫌と言うほど目に焼き付いた光景が広がっていた。三人はその門前にいる。学校だ。
門は人一人分通れるくらいにずれていた。
「……ビンゴ……かな?」
「そのようですね」
躊躇わずに突き進んだ。
いつもとは違う感じだ。それは確かに、夜に入るなんて初めてだから当然かもしれない。夜の校庭はいつもより広く、何よりも飲み込まれそうだった。夜中にも部活をすることはあるが、その時はライトを点けていた。印象はまさしく表と裏だった。
そんな広大な闇をを通過し、そのまま靴入れへ直行する。
「今思んやけど……」
「どうした?」
思わず固唾を飲み込む。
「見つかったら謹慎とかあったりせぇへんか?」
「……あるかも」
「ですが、見つからなければいいと思いますよ」
さすがに肝が据わってる……、誰かが呟いた。
だがよく考えてみれば、それは彼にも言えることだ。もし一人でも発見されたら、連帯責任で全員道連れだろう。真乃の表情はあの表情だった。
そんな背徳感とちょっとした仲間意識を抱えながら上履きを履く。すると、彼のところに目がいった。
「来てんのか……?」
「……開けてみます?」
「そうやね。とおやん、開けてぇなぁ」
透気は素直に従う。ぽっかりと凹んだ取っ手に指を引っ掛け、勢いよく引いた。びっくり箱を開ける気分で開けてみる。すると水門を開けたように中の物が溢れ出てきた。全て真っ白だった。
白い妖精だった。
「なっ……」
「なんやねん! これらはっ!」
「すっ、すごいですね……」
透気は靴入れを思いっきり殴り付けた。ひしゃげてしまった。
「あのやろぉ……! ラブレターがぎっしり詰まってやがった……! オレなんか一枚ももらったことないのに!」
「知らんのかぁ? ファンクラブあるらしいで……」
「なんだってぇぇぇっ! 奴めぇぇ……許さん! 取っ捕まえて紹介させてやる!」
「大学生かぃっ!」
このままでは埒があかないと、真乃は棗を強引に連れて行った。
「それでは手筈通り、私たちは上に行きます。とおさんは下からお願いします」
「おっおう! 任せろっ!」
棗たちは闇の中へと入っていった。
「……寂しいなぁ……って……ん? なんだこれ? やけに高級そうなラブレターだな。こんなかに“陸奥実先輩、大好きです”ってかぁ〜! あぁぁぁぁぁぁっ! マジで引き裂きてぇぇぇぇぇ!」
…………ペリッ
「ちょっとだけ見ちゃえ!」
……ペリッ……ピリピリッ……
「それにしても、本格的すぎだろ」
……パリッ……!
「なんで蝋で留めてあんだ? しかもあいつの名前も筆記体だし。こりゃあ、金持ちの家だなっと……っておいおい! 二枚入ってる!」
……トッ…………
「ラブメッセージ贈りすぎだろ! ……ふむ、どれどれ」
……ッ……ッ……
「……何も書いてねぇ。こっちは……陸奥実用か? 用意周到だな。……んで、こっちは……」
……チッ……
「うげっ! びっしり埋めすぎだろ! 読む気失せるわ!」
……チッ……チッ……
「つーかよぉ……」
……チッ……
「さっきからてめぇ、うるさっ……」
バチチチチチチチチチチチチィッ!
「っっっ!」
ドタッ……
「はぁ……、夜の学校はさらに怖いですね……」
「そうやな。 ……すんません! 誰かいるぅ!」
「……なっ、なっちゃん! 警備員に見つかったらどうするんですか!」
「ちゅうか、あんさんがビビってただけやん……」
二人とも相変わらずだった。真乃は棗の腕にしがみついて離れない。いや、離さない。足を震わせながら歩いていた。
空高く見下ろす丸は太陽のように照っている。窓から廊下へと注がれる。まるで道を照らすかのようで、夜なのに影と光とをくっきりと分かれていた。だが、少し肌寒い。
「……流さん……」
「……」
「…………」
「……心配?」
「……いいえ。してないですよ」
光にちょうど入った。微笑んでいた。無理をしているのがよくわかる。それは果たしてどちらによってかはわからないが。
柔らかく逆の手で肩に触れる。
「強がらなくてもえぇんやで」
「……っ……強がってません!」
「……!」
腕を離した。そして突き放す。棗は呆気に取られたが、顔をしかめらせた。
「……」
「なぁ、真乃やん。ワイな、聞きたいことがあんねん」
「?」
ゆっくりと詰め寄る。
「……どうしてそんなにむっちゃんが……」
真乃の耳に近づいてそっと囁いた。
「……なんや?」
「……! ……それは……私は……」
「違う」
真っ直ぐに見詰めた。真乃の瞳を。
「……水は透明。濁っていたって透明にできる。逆だってできる。でも、人間には当て嵌まらない」
「……な……なっちゃん?」
「……そのはずなのに、あなたは何故例外なの? この世に例外は有り得ないのに……」
真乃は目を伏せた。それに倣って顔を俯かせる。
「それともあなたは……」
「!」
頬を持ち上げ、無理矢理目を合わせた。
「……“水”なの?」
「…………」
ふるふると弱々しく震えていた。
今度は棗が俯いた。すると、目一杯に笑顔を見せ付ける。明らかに不似合いだった。
「こらぁぁっ! 君たちっ!」
「!」
「なんで中にいるんだ! こちらに来なさい!」
「……マズイなぁ……」
随分と声に張りがない人だった。それでもとりあえず警備員なので仕方なく行くことにする。そして目の前にするやいなや、真乃は携帯を取り出した。
「すみません……。その前に警察に電話していいですか?」
「どうしてだ?」
「昨年の文化祭の時の知ってますよね?」
「…………あっ、あぁ」
返事が遅かった。
「数万円が酒屋に消えちゃったんですよね……」
「……あっ……」
「いや、消したんですよね?」
「…………」
「にゃはは……恐ろしや恐ろしや……」
たとえ彼女と面識が全くなくても、力が勝っていても勝てないような気がする。
しかし、警備員は俯いたままでなにも言わない。そしてついには立ちすくんでしまった。
「私はまだ辞めるわけにはいかないんだ……。だから大人しく帰ってくれ……」
「どういうことですか?」
「……実はな」
警備員は静かに語り出した。
「私は家族の柱だ。妻と子ども三人いる。娘が挟まれて生まれたんだ。情けない話だが、一番下の、君らと同じくらいの息子が引きこもっているんだ」
「……なんでや?」
「…………私たちは本当の親ではないんだ……」
「えっ…………」
なぜか真乃が過敏になった。
「どこで知ったのか、クラスメートから過剰ないじめを受けたらしい。ましてや頭の出来る子だったから簡単に対象になってしまった…………」
それと一体何の関係があるのだろう? しかし、真乃はいきなりその人の肩を抱いてあげた。棗は驚きを隠せなかった。
「……わかりました。もう結構です」
「真乃やん……?」
「大変失礼しました。すぐに立ち去ります」
「……え……?」
真乃は立ち上がると、逃げるように走り去った。棗も頭を下げてから後を追う。
「どうしたんや? らしくないで……!」
「流さんはここにはいません」
「? なんでわかんねん?」
「…………」
二人は四階から一気に一階に戻る。相当速いペースで棗は付いていくのがやっとだった。だから何も言えなかった。いや、どちらにしても言えないかもしれない。口に出したら……という話を作ると身が震える。
靴入れに着くとすぐに脱ぎっぱなしだった靴を履く。そして暗闇に消え入った。
「後少しね……」
「……そうですね」
「しかし、おかしな世界だわ」
「なぜですか?」
「だって誰も私をかまってくれないんですもの……。ウフフフフ……」




