二十二戒目「逃亡」
「ぜぇ……、はぁ……! はぁ……、はぁ……、ふぅ……!」
息が苦しい。一呼吸する度に喉に空虚を感じる。別の生き物を動かしているような錯覚に陥っている。それのせいで頭がやけに呆然としていて、判断がしにくい。なのに思考は一つの事に恐ろしく冷めていて、行動は暴力的だった。つまり、理性を保てていない。
足を見ればひどく汚れ、赤が目立ち始めている。痛みは蚊ほどもない。覚醒してるようだ。
そして身体はどこへ向かうのか、再び走り出した。
「虹、どうする?」
「ちょっと待っててくれ……。今考えてるから……」
九月十四日、四時三十二分を丁度指した。冷房から暖房へ変わった今、部屋は暖かい空気に包まれている。しかし、それのせいで頭が熱くなっていた。
おそらく今、自分の部下たちが陸奥実君の部屋を捜査しているはずだ。そこから見つけられれば、被害者一人出さずに確保できるかもしれない。しかし問題は今どこにいるかだ。全員で虱潰しに炙り出すか? いや、そんなことしたらパニックを引き起こしやすくなってしまう。
「虹、頭貸せ」
「……?」
言われるままにする。すると大きく振りかぶって……、
「うらぁっ!」
頭突きをくらわせた。
「うぐぉぉぉぉっ! 何するんだよ! いてぇぇぇ!」
しかしあちらもおでこを押さえていた。……自滅だ。
おかげで赤く腫れ上がり、遂にはぷっくりと膨れてしまった。
「全く! 怪我人に怪我を負わせるなんてあり得ないぞ!」
「……すまん。だが、落ち着いたろ?」
「逆にムカついてきたよ!」
「まぁ、要するに落ち着けってことだよ」
「……」
口で言えばいいのに……。
でも確かに焦っていても何も始まらない。最低でもまだ被害はない。
「よし、逆に誘うか。まずはコンタクトしないと……」
「おい、まさかここから抜け出せるとでも思ってるんじゃないだろうな?」
「……えっ?」
数年前、ある人が訪ねて来た。見た目からして他人とどこと無く違う。目は虚ろで希薄、そして異質だった。しかも独りきり。
ここに住みたい、呟くように言い放つ。勿論断りはしない。だが、どう考えてもおかしい。こんなに若そうな青年が独りで住みたい、とは。
親はどこにいる? ごく普通の質問をした。彼は、一人暮らしを余儀なくされている。学校があまりに遠いから、と添える。それなら仕方ない。契約の準備を済ませた。
それを終えて部屋を案内する。本来なら三階のはずが彼の強い要望により、二階にした。なんでも見晴らしを大事にしたいとか。なんだかんだで部屋も決まり、一息ついた。彼はお辞儀をした。そのあと、余程寂しかったのだろうか、家に押しかけ熱烈に語ってくれた。
彼は親を交通事故で亡くしてしまったらしい。皮肉にも相手方は骨折や打撲で済んだものの、青年方は彼を残して……。あっという間の惨劇。その瞬間は今でも覚えているという。しかし、頭を強く打って二、三日間は意識不明だったという。起きた時には何も無くなっていた。
彼は涙を流しながら話していた。
「…………」
「……」
「………………」
「…………」
「…………マスク、取ったらどうです? 食べにくいかと思うんですが……」
「……気にしなくていい。君にバレてしまうと、後々面倒になるからな」
「……では、早く僕を解放してくれませんか? 虹にぃのお見舞いに行かなくてはいけないんです……」
「“虹にぃ”?」
「僕の兄です。……駄目ですか?」
「その場合は死体になって帰ってもらえるが……?」
「……っ……、結構です!」
先ほどから毛ほども隙を見せない。唯一、監禁中は能動的に僕を殺してはいけないという事実を武器にしているというのに。巧くかわされてしまう。
時間感覚もあやふや、虹にぃたちの現状もわからない。第一、こいつの正体すら掴めていないのだ。
「……では、一つだけ質問を受け付けよう。それが面白かったら答えてやる。つまらなかったら……、わかってるな? もちろん、俺たちに関しての質問はなしだ」
「……わかりました。やります」
どういう風の吹き回しだかわからないが、チャンスが回ってきた。ここでしくじってしまったら台無しだ。
おそらく面白い質問というよりも、的を得た質問が面白いとなるのだろう。そう考えればまだやりやすくなる。僕が知りたいのはまず、どうして僕を監禁するのか、現在の時間、陸奥実君との関連性だ。こいつらに関しての質問は禁止だが、陸奥実君となら話は別だ。……屁理屈だけど。
「……まだか? せめて昼飯が終わるくらいにはしてほしいんだが」
「はい」
時間も聞けて尚且つ他の二つも含まれている質問。これにニュアンスを加えてすればいけるかもしれない。早速考える。時間はたっぷりある。なぜならこの男、フェイスマスクしていてとても食べづらい。まだ半分にも到達していない。
……時間、陸奥実君、監禁…………。
僕を監禁したのはきっと陸奥実君との接触を避けるためだ。虹にぃは怪我をしているし(男の言うことが正しかったら)、徹さんは病院勤めで忙しい。となると……やはりこれしかない。
「時間、ということにしよう。質問してくれ」
「…………」
固唾を飲み込む音がやけに聞こえた。
「僕を監禁するのはいつまでですか?」
「……? もう一回言ってくれ」
わかりやすくはっきりと言った。
「……僕を監禁するのはいつまでですか……?」
「…………」
俺は握っていた箸を置いて押し黙った。そしていきなり笑い出した。
「あっはっはっはっはっ……! なるほどな! ベタな質問できたか!」
「……あっ……」
確かに。ドラマや映画などではそんな風なのはありきたりだ。顔が熱くなってきた。
「いいだろう、答えてやる。九月十五日の二十四時までだ」
「……え?」
それはつまり、十六日ということ……。……そうか。やはりそうだったのか!
念のために確認をしたが、やはり十六日までだった。これで全てがわかった。
「まっ、別に君がどうしたって逃げられはしない。解放するまでは……な」
「確かに……ひ弱な僕にはどうにもできないです」
でも諦めるわけにはいかない。ここでちんたらしていたら陸奥実君が殺されてしまう! 何とかしてここから脱出できないだろうか。
「……とすまない。電話のようだ。頼むからここにいてくれよ?」
と思いきや、男はポケットから携帯を取り出し、早々と部屋から出ていった。まるで上手く出来すぎたドラマのようだ。
蛍光灯が隙間なく照らす中、別の緑のマスクをした男が入ってきた。手には堅そうな棒を持っている。多分、見張りだろう。しかもその男は服の上からでもわかるように、筋肉が盛り上がり、まるでボクサーのようだ。背も二メートルはいっている。
どうしようか? 強行突破でいこうか? いや、無理だ。……でも行くしか……!
「……おい」
ぎらりと鮫のような目が睨み付ける。その威圧感にたじろいでしまう。
「……なっ、なんですか?」
「逃げられると思うなよ?」
逃げるだって……?
「……逃げようなんて思ってませんよ……」
「?」
僕は睨み返した。
「親友を救いに行くんです! たとえあなたのような人が立ちはだかっても!」
「…………」
一瞬だけ男が退いたような……。しかし、そんな口だけ言ってもどうもできない。物理的に不可能に近いのだから。
それでも自棄になって、男に向かおうとした時、あっちからずんずんやってきた。そして遂に僕の目の前に来た。あまりに違いすぎる体とボリュームさに圧倒された。やはり正攻法じゃとてもかなわない。
ちなみにこの人、どういう顔してるんだろう? そう思っているといきなり腕を掴まれ、引きずられていく。
「何するんですか!」
「黙れ」
もう一度睨みつける。体が固まってしまった。まさに蛇に睨まれた蛙だ。僕は殺されてしまうのにのか?
だがなぜか部屋から抜け出してしまった。左右に伸びる白い通路。ところどころに区切りがされている。そこを右へ曲がった。
「……どこへ……?」
「……お前を逃がす」
「!」
それは突如優しくなった気がした。
「似ている……」
「?」
「……何でもない。忘れろ」
「……」
見た目に惑わされた(素顔はわからないが)。この人は根は優しい人に違いない。そう直感した。……声が濡れていた。
そこからは気取られないように水を打ったように静まり返る。なかなか複雑な構造らしくまるで迷路のようだ。それに部屋数がたくさんあってなぜかトイレまである。それはどこかで見たことのある気がしてならなかった。
「あの……、ここって……?」
「……ん?」
「どうしたんだい? 自分は観念したから……」
「いや、違う。……ちょっと待ってろよ……」
徹はドアをそっと開けて外を見る。そしてそのまま出ていってしまった。
この隙に……と考えたが、片腕は手錠をベッドに引っ掛けられどうすることもできない。鍵は徹が持っている。これは自分のなのに。
しばらくして帰ってきた。もう五時を余裕で過ぎている。そして手錠を外してくれた。息が荒かった。うっすらと汗もかいている。
「虹、様子がおかしい」
「? どういう事だ?」
すかさず聞き返す。
「院内に誰もいないんだ。看護士はおろか患者まで……!」
「……なんだって……!」
「どうなっている……?」
「わからない。さっきまでは確かに居たんだろう?」
「あぁ。……なぜ患者までも……?」
とりあえず、調べなくてはいけないようだ。自分は少しずつ体を起こす。途中、徹が止めに入ったがふりほどいた。
「一人じゃ心寂しいだろう? 一緒に行くよ」
「……無理はするなよ……。本来なら縛り付けてでも安静にしてもらうところなんだが……」
「念の為、チェックしとこう。徹もしておいて」
腹周りに巻いてあった包帯を一度外し、新たに取り替えた。染みが出来ていてやけに迫力があった。いかに重傷かが受け取れる。
徹にハンガーに掛けてあった上着を取ってもらう。内ポケットに窮屈そうにうずくまっている黒い物体と逆側に入っている金色をそれぞれ出す。きちんと確認した後再び戻し、上着を着た。
「できれば使いたくないね……」
「同感だ。そもそも、私は違法だ」
自分らはとりあえず、身体を解してから外に出た。
徹がゆっくり開けたその世界は重々しかった。左右に広がる通路からはなんの反響もしない。しかし静閑とは言い難い。一種の空虚だった。そんな中を散策するとなると相当きつくなるのは目に見えている。
「……虹、後ろを頼むよ」
「任せてくれ」
辺りを警戒しながら歩きだした。
「ふーっ! やっとこ着いたぜぃ……」
「暗くなるのが早くなりましたね」
「まぁ、九月やしなぁ……。……今、六時近いで」
「マジかよ……」
太陽は既に日の入りに行こうとしている。半分以上が藍色に染まり、太陽に近いところでは紅色になっていた。その狭間ではあちらからこちらへ色が移り変わっている。
ひゅうっと風が靡く。頬をすり抜けていった。
「あいつの部屋ってどこだっけ?」
「確か、同じ部屋だと聞きましたが……」
「何でいつも同じなんだろうな」
「……さぁ。偶々とちゃうん?」
透気は首を傾げるが、皆が先に行くので、後を追った。
ひとまず中へ入ることにする。正直、疲労しきっていた。バスやら何やらを乗り継いでくるのだからちょっと厳しかった。
病院の入口、自動ドアが開いた。
「あら?」
ように見えた。
再びやってみるが結果は同じ。うんともすんとも言わなかった。
「おい、おかしくないか? 開かねぇ……」
「全然まだ病院は終わってないですよ」
「開けてしもうてもえぇ?」
「え?」
なんと手動だった。誰もが疑った。
「ちゃうよ! 鍵が掛けてなかったんや!」
「…………」
「……」
とりあえず入った。
中に入ってみると誰もいなかった。電気はしっかりついているのに。それが変に怖かった。
「なんかホラー映画みたいだぜ」
「私は見慣れてますから大丈夫です」
「やけど、主人公にはなりたくなかったなぁ」
二人とも頷いた。
するといきなり向こうから物音がした。それに一同は沈黙する。
「……今、明らかにしましたよね?」
「……なんか聞こえたで」
真乃と棗は両脇にがっしりと掴んでいた。でもなんだかんだでおいしい透気だった。
「全く、ビビりばっかだな……!」
「わ、私はビビってなんか……」
ドタッ!
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
「……やっぱりじゃんか」
半分呆れていた。
その方向は入って前方にある受付の左通路の方からだった。明かりは点いているのに、なぜか足を出すのを躊躇わせた。後ろから引き止められるのを妙に感じさせる。
透気はそれと両脇を振り払い、行く。
「とりあえず、椅子に座ってろ。……見てくる」
「お気をつけて……!」
頷き合った。
透気は壁に背をつけ、肩越しに見てみる。すると何やら聞こえてきた。どうやら何かを話す声のようだ。いきなり出るのはまずいので様子を窺う。
「……、…………ぅ……ん……ね……」
「……ぁ、確かに…………」
「……が、……を…………つもり……しょぅ……」
「わからな……」
「……?」
よく聞こえなかった。分かったのは話しこんでいるというだけだっだ。しかし、目を凝らしてみると……、
「……も、やはり…………です……」
「……! あいつは……」
新戸 瑠璃人がいた。しかもその隣にはかなり体つきのよいフルフェイスの男もいた。明らかに透気には面識はない。さらに、ある部屋の前で話し込んでいるようだ。番号は角度が悪すぎて見えない。とりあえず、引き返す。
二人が身を寄せ合っていた。
「お前ら……、どんだけだよ……」
「こ、これはいいとして、どうしたんですか?」
「なんでか知らんが、あっちに新戸とマッチョなオッサンがいる」
「? なんで?」
「知るかよ。でも、切羽詰まってるみたいだ」
「とおさん、彼らと合流した方がいいんじゃないでしょうか……?」
確かに、この誰もいないという異常事態でいつ何が起こるかわからない。でも本人は少し何かに引っかかる。この何かを置き忘れたような、そんな気分にさせるものがあった。
「……つーか、オレらは陸奥実に会いに来ただけだぜ? とっとと行こう」
「……そう、ですよね……」
「……」
結局、新戸のいる方とは逆側の通路を通っていった。
「ん?」
「どうした?」
「今人影が……」
「そうか? 俺には何も……」
「そうですか」
助けてくれた肉付きのいい人、星 衛さんは怪訝そうだった。僕的には、誰かいてくれた方が心強い。
でもまさか、ここに監禁されているとは思いもしなかった。陸奥実君は病院の一室を持つ廃墟だったが、僕は全くの逆だった。となると、ここに虹にぃと徹さんもいるはず……と思って捜しているのだが、なかなか見つからない。いち早く察知して、抜け出したのだろうか?
「とりあえずここは危険だ。早く出るんだ。出口はすぐそこにある」
星さんはその出口の方へ向かおうとした。僕は慌てて服を引っ張る。
「虹にぃを黙って見過ごせません……! 怪我をしてるんですから……」
「……そうか」
素晴らしき兄弟愛だな、と呟いたのが聞こえた。
虹にぃを捜すのに相当の時間を食っている。もう仕方ない。携帯を使ってしまおう。僕はポケットから携帯を取り出し、電話帳からかける。
「……」
「……見つかるといいな」
「……僕は見つけたくないです」
「? なぜだ?」
「ここで出会ってしまったら、僕らと同じ状況下じゃないですか。だから僕は既に徹さんと一緒に帰宅してることを望みますね」
「……なるほど」
しかし、予想通りになかなか繋がらない。ちょっと考えてみる。
虹にぃは常に携帯の電源は入れてるし持っている。でも今回は場所が場所なだけに、さすがに入れてなかった。隣にはおそらく徹さんがいるから、というのが利いている。それは逆に一つのことを示していることになる。
「星さん、虹にぃたちは残念ながら、中にいるようです」
「そうか。ここはあまりに広すぎるからすれ違いになることが多いだろう」
「では、来る可能性が高いところを先回りして待ちましょう。途中で会ってくれればいいのですが」
星さんは反抗することなく了解してくれた。僕らはそのまま真っ直ぐ歩いていった。
「徹、緊張感なさすぎだよ。もう少し自覚してほしいね」
「仕方ないだろ? 出すものは出さないと体に悪いんだ」
それは一理あるかもしれないが、堂々と言うのはやめて欲しい。
背中から這いずり回る痛みと疲労感を引きずりながら見回っていた。というより、脱出しようとしていた、なのに、徹のに待たされ大幅に時間が過ぎてしまった。丁度見つけた時計は六時二十分を指している。
「気を引き締めるから許してくれよ。な?」
「本当に医者なのかい? とにかく行こう」
歩いてどのくらいだろう? 瑠璃人はどうしているのだろう? 陸奥実君の捜索状況は? 怪我の進行は? 全くの虚無の中で疑問やら悩みやらが交錯していた。話さない分だけ頭が悩む。
無言で歩いていくと、やっと着いた。受付場に。
「やはり、ここにもいないな」
「わからないけど、人が入ってきたようだよ」
「え?」
「あそこを見なよ」
徹に指を指して教える。そこは出入口だった。外の電気は消え、内側の光が照らす。なかなか透明な自動ドアから冷たい風が流れ込んでいる。
「誰かが開けたんだ。外部の者が入ってきたのか逆なのかはわからないけど……」
「……ちょっと待ってみようか」
「その価値はあるようだ。徹、“使い方”は覚えてる?」
「とりあえずな。だがその前にまず……だからな?」
「わかってるよ」
椅子の陰に座り込み、じっと待ち続けた。
…………
六時三十九分。受付の上にある時計はそう示している。一向に変化はない。
「……!」
と思った矢先に起きた。徹に目で合図を送る。微かながらに足音が聞こえる。しかも複数。休む間もなく、緊張感が張り詰める。
…………ッ……ッ……ッ……ッ…………トッ……
どんどん近づいてくる。しかし、なぜか複数音だったのが単音に変わっていた。おそるおそるポケットに手を伸ばす。
そして擦る音を経て、止んだ。
「…………」
どこから湧いたのか、一筋の雫が頬を伝っていく。それをゆっくりと拭う。
「……」
まさに手が触れた瞬間だった。
「東條、奈多弓、いいぜ」
「……!」
どこかで聞いたことのある声だ。ポケットから手を離し、様子を見る。
「……にし……、りゅう……いません……」
「あぁ。それどころか人っ子一人いやしないな」
「……み悪い……。早く帰らん?」
「そうだな。もうこんな時間だし」
どうやらお見舞いに来たようだ。彼らがドアを開けたらしい。
そして待っていると、二人の女の子と男の子が姿を現した。……確か彼らは……。
「ねぇ、君……」
「動くな! お前ら!」
「え?」
そういえば、徹にサインを送るのを忘れていた。
「うわぁっ!」
「なんですか!」
「チャカ持っとるで!」
あっさりとした音は反響せず、壁に穴を開ける。間一髪、三人はすぐに物陰に隠れてくれた。……やはり持たせない方が良かった。下手をすれば乱射してしまう。
黒光りするそれはいかにも、相手を死へ追いやれる死に神だった。
「徹! 今すぐ下ろせ! 彼らは一般市民だぞ!」
「……! すまん」
素直に従ってくれた。
すっかり怯えきってしまった三人をなんとか説得し、無事にコンタクトできた。落ち着かせるように椅子に座らせる。
彼らとはあまり面識がない。せいぜい、瑠璃人の友人程度にしか覚えていなかった。そこで、ここで再認識することにした。
前橋 透気君と奈多弓 棗さん、東條 真乃さんたちは六時前にここを訪れた。なんでも、陸奥実君のお見舞いに来たという。しかし、陸奥実君はおろか誰もいなかったので引き返すことにしたらしい。
「ねぇ? ここに来る途中、陸奥実君か新戸 瑠璃人を見かけなかった?」
「いや……、あっ! 新戸なら初っ端見かけたぜぃ」
「何? 瑠璃人はここにいるのかい!」
「せやけど、マッチョなおっちゃんも居たらしいさかい」
マッチョなおじさん? どういうことだ? これはやはり呼びかけるしかないな。
「わかった、ありがとう。君たちはすぐにここから離れなさい。自分たちは……」
「待って下さい!」
「?」
東條さんが叫んだ。奈多弓さんと前橋君はとても意外そうだった。
「流さんは、どうしていないんですか……? どこにいっちゃったんですか……?」
「……そうだぜおっさん! 陸奥実はどこいっちまったんだ!」
「……お、おっさん……」
まだ二十六なのに……。ショックは隠しきれなかった。背中を徹が慰めてくれた。
それはともかく、話していいものだろうか? 東條さんらは友人以上の関係にあるだろう。ならば、教えてあげれば助力になるかもしれない。しかし、彼らに殺人犯になろうとしていることを暴露するのか?
「……虹」
「…………」
こんなに迷うのは久しぶりだ。
ふとして、過去にベテランの先輩の教えてことを思い出した。“迷った時にとにかく嘘はつくな。その嘘で人を殺してしまう。”
「……わかった。言おう」
「こ、虹!」
唇を噛み締める。
「陸奥実 流は今、殺人未遂で逃走中だ。自分が殺されそうになった」
彼らにあの傷を見せた。赤いシミが多少広がっていた。もちろん痛みも比例している。
唖然としていた。
「……とにかく時間がない! 頼みがある!」
「な、なんですか?」
「彼を捜し出してくれ! 被害が増える前に!」
事件に巻き込んでしまうのは承知の上。今は猫の手も借りたいくらいだ。それでも彼らは少し困惑しながらも受け入れてくれた。……ありがとう。
念のため、携帯番号を教えた。何かあれば連絡するように、と添えて。すると一目散に駆けていった。
「……虹」
「わかっているよ。瑠璃人を呼び出したら、二人とも署に送る。それから捜索に……」
「そうじゃなくて……」
「?」
徹は額に手を当てたり脈を計ったりした。目を無理矢理見られたりもした。
「お前はもうリタイアしろ。出血しすぎて脈拍もおかしいし、唇もどどめ色だ」




