十六戒目「試練」
「ほなぁ、むっちゃん、次はコレやで! 一発決めてきぃや!」
「では、陸奥実君。私の前に来てくれたまえ。最高の瞬間を味あわせてやろう」
「りゅ、流さん……可愛すぎです! うわぁ……ヤバすぎです!」
「………………」
時は放課後。学校生徒が部活やら勉強に励んでいる中、俺らは通称“憩いの場”と呼ばれる場所にいた。そう、保健室である。この学校は全クラスにクーラーが導入されているが、保健室は格別に冷えている。それはおそらく雰囲気の問題だろう。
「あら、なかなかこれもイケてると思うんだけど、……どう?」
「あっ、さすがは秋間先生! センスありますね!」
「じゃあ、追加オーダーやなぁ!」
この保健室の先生である秋間 花火先生は女子二人と騒いでいた。切りそろえられた土色の前髪は緩いカーブを描き、後ろは紅葉のように広がっている。黒い四角のフレームの眼鏡が少し洒落ている。しかも……若い。
「もう……勘弁して……」
「むっちゃん、また追加やぁ! 多分あと四つはいくでぇ!」
いやその前に、現在の状況がどうなっているのか……想像したくない。人生最大の汚点だろう。
なぜこうなっているのかは説明しなければならない。これはつまり……。
「なっちゃん、悪いですけど、手加減はしませんよ?」
「ワイかて、負けんで!」
「陸奥実、頑張ってくれよ。罰ゲーム……」
「……その台詞、そのままお返しする」
お互いに火花を散らし、分かれていった。
テストは九時からだ。今の時間は八時五十三分。一限目は現代文。あまり得意としない教科だ。
全員、出席番号順に席に着いていた。俺は名前が後ろの方なので、席も後ろの方だ。六列のうちの窓から二列目、後ろから二つ目の席だ。ちなみに二つ前がとおちゃん、窓の列の一番前が真乃、その三つ後ろが棗さんだ。分かりづらいか。
それにしても、周りは緊迫している。無理はないだろうが、“例の連中”は暢気に話しかけている。緊張感の微塵も感じられない。
すると、前のドアが勢いよくスライドした。
「はい、みんな席着いてね! ……って着いてるよ〜! えらいなぁ!」
ここにも緊張感のない人が。
「では、最初は現文です。シャーペンと消しゴム以外は筆箱も含めバッグに入れて下さい。その後、問題を配ります」
全員、その指示に素直に従う。その後、前から裏になっている紙を二枚渡ってきた。それは表同士が向かい合わせになっている。そして新たにもう一枚がきた。こちらは解答用紙らしく、表できた。急いでクラス、番号、名前を書く。
「あと二分です。ちなみに今回のは相当レベルが上がっていますので、諦めずに頑張ってくださいね」
空気は何かが重くのしかかるように重く、さらに張りつめた。なぜそれを今更言ったんだろう?
残り一分もないだろう。だが、それは途轍もなく長く感じる。そして一切の音もなかった。それが続くのは、学校のチャイムがなるまでの数十秒だけだった。
キーンコーンカーンコーン……キーン……
「はい、では回収してください」
一つ後ろの生徒が順に解答用紙を貰っていく。これで現代文のテストが終了した。
その集められた用紙が一つにまとめられ、福田先生がそれを確認する。その表情からみんなの出来は確認できない。そして、異変はないらしく一限目は終了した。その瞬間、全員がどっと席を立った。声に包まれた。
「……なかなか難しかった……」
もともと得意ではない分野だ。でも全力を出した。手応えはまあまあ、おそらく八十以上は取ったと思う。
気を取り直して、次は数学だ。ここは絶対に取らなければならない教科だ。真乃たちと差を付けるにはここがポイントとなる。なぜなら、以前教えた時に壊滅的にひどかったからだ。だが、それは当時の話。気は抜けない。
とりあえず、少し疲れたので机に寝そべる。しかし、それを邪魔するやつがいた。
「どうや? 天才児、陸奥実 流」
「……まあまあかな」
その一言で誰かわかった。顔を上げると案の定、脇に棗さんがいた。
「そうかぁ! ワイは絶望に平伏したんかと思うたよ」
「……どういう罰ゲームしようか考えてたんだよ。とんでもないのをな」
さすがに猛烈に勉強(一夜漬け)しただけのことがある。随分と余裕を見せつけてくる。だが、あくまでも一夜漬けだ。
「まぁ、事の発端はワイとむっちゃんや! 華々しく勝ったるからな!」
「でも次は数学だが、大丈夫なのか? なんてったって棗さんは……」
「わぁぁぁ! アカンアカン! 言うたら許さんでぇ!」
ポカポカと叩いてくるがそれを腕一本であしらう。しかも余程恥ずかしかったのか、涙目で真っ赤になっていた。あの棗さんにしてはすごく珍しいワンシーンだった。
それにしてもあれはひどかった。棗さんのプライバシーの為、明かさないでおくが、小学生でもできるようなやつを堂々と間違えたのだから。でもそれはそれで面白かったが。
「ほら、早く席着け。テスト始まるから」
「くぅ……バラしたらバラしたる……」
「え?」
棗さんはあっと口を塞ぎ、そそくさと逃げるように戻っていった。一体俺の何を知っているんだ?
かくして、二限目の数学は始まったのであった。……ちょっと気になる……。
「……終わった……」
テスト終了。例に倣って先生は帰っていった。その後、クラスはため息が溢れかえった。あちらこちらで文句を吐いたり安堵を零したり、後悔の念に駆られたりする声がする。
その意見に全く賛成だ。
「ラストは英語か……」
レベルは半端じゃなく高い。少なくとも俺はそう思っている。これでは勝負どころではない。最悪、赤点続出も有り得るのだから。
気合いを入れ直していると、もう先生がいた。しかもいつの間にかピリピリとしている。
聞くところによると、英語のテストを作ったのは、福田先生らしい。
「さぁて、みなさん。覚悟はよろしいですね?」
先生はニコニコしながら問題用紙を見ていた。
この先生、悪魔だ……。明らかに俺らが苦悩してるのを楽しんでいる。
「ちなみに、先生がやったところ、九十三点取れました。まぁみなさんはもっといくでしょうね」
だからなんでプレッシャーかけるようなことを言うんだよ!
問題用紙が前から渡された。しかもなぜか、テストまで五分も残っている。さらに、表で回ってきていた。これではカンニングに……?
「問題用紙は両面印刷で一枚のみです。問題を見てくれても構いません。チャイムが鳴ったら、解答用紙を配ります。あと、シャーペンを持ったらカンニングと見做します。」
なるほど。つまり、問題用紙に書き移すのを禁止するということか。ならば頭の中なら問題はない。
俺は裏返しにして最後のに着目した。最初の方はアクセントやら発音の問題なので、大丈夫だろう。
「……! なんだこれ……?」
そこにはこう書いてあった。
[自分の好きな諺を書き、その意味を二十語以上で答えなさい。ただし、ピリオドやコンマなどはカウントしないことにします。]
なっ、なにぃ!
「あっ、ではチャイムが鳴らないようなので、始めて下さい」
「……え?」
くそ! いきなりか!
俺は雑念を全て払いのけ、目の前の強敵の攻略を開始した。
「お願いしますから、もう勘弁してください……! もう嫌だぁぁぁぁ!」
「ダメやでぇ〜! 散々ワイを虚仮にしとってくれよったんやからなぁ……!」
俺がいつ馬鹿にした? いつ虚仮にした? むしろ、酷いことを言われた気さえする。
だが、今更正論を述べても無駄だろう。秋間先生はのりに乗っているし、馬鹿丸出しの三人衆はむしろ敵だ。今は三時半を過ぎたくらいだから、あと一時間以上は着せかえ人形をされなければならない。
「陸奥実君、君は最高のモデルだ! ぜひ、我が前橋グループに……」
「お前はまだ学生だろ……! この変態カメラマン……! いつか絶対、起訴してやるからな!」
「じゃあ、これらの写真を全国公開してもいいんですね?」
「……ぐぅ……」
もう雁字搦めだった。反論どころか従わなくてはいけない。ある意味いじめだ! いや、これは歴としたいじめだ!
「えぇやないかぁ! そのメイド服かてものすごく可愛いんやからぁ!」
「言うなぁぁ! 恥ずかしいんだから!」
そんなことより、説明せねば……。
その次の日。つまり今日に相当する日だ。この日が俺の、いや、俺らの運命を左右する日だった。
まさか、この日が人生最大の日になろうとは当時の俺は思いさえしなかっただろう。
「おはようさん!」
「おぅ! いやぁ、肩の荷が一つ下りて楽になったぜぃ」
「ですが、安心するのは今のうちですよ?」
「そうだ。なんだかんだでこうなった以上、決めなければならない」
時計は八時丁度を示している。朝のSHRは八時半からだ。なぜこんなに集まったのかというと、
「じゃあ、罰ゲームはなんにするん?」
このためだった。この勝負はなぜか極秘のため、早めに集まる必要があった。だったら始めに決めればよかったのに。
ともかく、会議は始まった。
「全員の荷物運びっちゅうのはどうや?」
「そいつは軽すぎる。その類なら、全員の掃除分担をするぐらいだ妥当だ」
「でも逆にそれもありきたりですよね。もうちょっとこう、アグレッシブな方がいいです」
「それなら、一位の人がビリに一つだけ命令する、っていうのはどうだ?」
「……えっ?」
三人とも俺の方を向いた。ちょっと怖い。
「いや、だから……、やっぱり止めとくか。それもありきたり……」
「それにしましょう!」
「グッドアイディアやなぁ!」
「ぐっへへへ……、何を命令しようかのぉ……!」
絶対に一人だけ反応が違うやつがいるが……。とにかく、罰ゲームは決定した。あとは結果を祈るのみとなった。
その後、適当に雑談となった。話していくうちに人が増えてきて、気づくと時間になっていた。先生はみんなに呼びかけている
俺らはそれぞれ分かれる。尤も、真乃は隣の席だから行く方向は同じだが。
「流さん」
「なんだ?」
その途中、真乃が話しかけてきた。
「誰がビリか楽しみですね」
「それが自分だったら笑えないけどな」
「同感です」
席に着くと直ぐに始まった。先生の話なんかろくに耳に入らなかった。
窓の外は清々しい空模様だった。ところどころに白いのが見え、その隙間に太陽が顔を覗かせている。耳に残るガラガラ声は既に季節外れに感じる。その合間を縫って、高低のついた声がする。いい日だ。こんな日がいつまでも続けばいいのに。
ふとして、何かが聞こえた。
「それでは、三つのテストを返します」
……?
「まず、一番から取りに来て下さい。尚、現文、数学、英語の順で重ねてあります」
……え?
ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
「マジかよ! いきなりテスト返しだぜ!」
「うわぁ、どうしよう! 緊張するぅ!」
「そんなのアリかよ!」
クラスは驚きと悲鳴の嵐に襲われた。俺だってそうだ。まさか、もう順位がついてしまうとは思わなかった。
それが落ち着くのに五分くらいかかった。その後に、始まった。
「はい、どんどん来て下さいね」
まるで車の流れ作業をするが如く。スムーズにかつスピーディーに事が進んでいく。しかしその度に隅っこに佇む生徒が増えてきて、つっかえていた。それが如何に凄惨な結果かを物語っている。尤も、真乃と棗さんはそこにいなかったが。そして例のやつが現れた。
「……あっ、陸奥実君じゃないですか」
「……瑠璃人、邪魔をするな。俺は今、集中しているんだ」
「?」
ひとまず瑠璃人を戻らせる。こいつに事を知られるととんでもないことになる。すまん、瑠璃人。話は後でたっぷり聞いてやるから、今だけはそっとさせてくれ……。
そして……。
「前橋! 前橋! 早く来なさい!」
「はいはーい! すんません!」
とおちゃんの番がきた。つまり、それは俺の番を報せるものだ。列の最後尾に並んだ。
とおちゃんは軽く頭を下げて受け取った。中は見ていない。そして一人飛んで、俺の番になった。こんな気分になったのは、通知表をもらう時以来だ。
「陸奥実君、はい」
「ど、どうも……」
震えた手で受け取ると、速やかに席に戻った。
手に汗握る思いだ。異様に体が熱い。それはそうだ。この僅か数ミリにも満たない厚さが、運命を担う光なのだから。
ふと、周りが騒がしい気がする。
「陸奥実、早く開けろ! おまえのそれで全てが決まる!」
「どうなんやぁ! どうなんやぁ!」
なんでクラスの大半が俺を囲んでいるんだ? かなり怖いぞ。
そして俺は光をゆっくりと開いていく。そこに書かれていたのは……。
「しかし、あの流さんあろう者がビリだったのは意外ですよね」
「そうやな。まぁ、運も実力のうち言うからなぁ。仕方あらへん」
「違う! それはお前等が強制的に……」
「ほら、陸奥実君。スカート捲って」
「あっ! 止めろ! 捲るなよ!」
「もう、陸奥実君ってクールに見えて、シャイなのね」
テストの点数は明らかに俺が一番だった。なのに……。
「いいだろう! 点数では一番なんだから!」
「うーん……どうします?」
「しかし、名前あらへんとなぁ……」
「微妙だな」
そう、現代文以外の名前を書き忘れてしまったのだ。あまりの緊張と焦りで問題にしか目が向いていなかった。我ながら失態だ。
先生は一応、サービスしてゼロ点にはしていない。厳重注意はされたが。しかし、話の流れでは俺が数学と英語が名前書き忘れでゼロ点と見做され、ビリにされてしまう。されてたまるか!
ここは理屈で勝負するしかない。タイミングを見計らって……よし。
「みんなとりあえず、聞いてくれ」
「……なんだ?」
三人をこちらに振り向かせた。
「確かに、名前は書き忘れたのはねじ曲げられない事実だ。だが、今回の勝負はあくまでも点数勝負だ。しかも、先生も一応認めている。ならば、いいんじゃないかと思うんだが……」
あまり納得のいかない屁理屈だが……どうだ? 一応、理にかなっている理由だと思うのだが。
ところが、意外な人物が名乗り上げてきた。
「ちょっと待て!」
「!」
それはとおちゃんだった。とおちゃんはいかにも俺を疑っている素振りを見せた。今の説明にどこかおかしいところでもあるのだろうか? いや、それはないはずだ。
目の前の机を思いっきり叩いた。そのいきなりの行動にクラス全員は注目する。
「陸奥実、しくじったな! 今の言葉でお前は墓穴を掘ったぜぃ!」
「えっ!」
ズビシッ! っと指を指された。
「お前は今、自分の過ちを認めたな! ならばコレを見ろぉぉっ!」
「?」
とおちゃんが一枚の紙を見せつけた。それを手に取り、よくよく見てみる。……どう見たって解答用紙だった。これが一体何になるというんだ? もちろん、周りの生徒たちも疑問を隠せなかった。
「それが何になる言うんや?」
まるで俺の心を読んでいるかのような質問だった。それに真乃も頷く。
「それは俺の数学のテスト……らしい」
「? “らしい”ってどういうことだ?」
「名前の欄を見てみな」
そこを見てみると、書いていなかった。名前が……。しかも大きく赤丸が書いてあった。つまり……。まさか、おれの……?
「まさか、このテストが俺のって言うんじゃないだろうな?」
「まさか。んなことはないぜぃ。オレが言いてぇのはそこじゃない」
すると、俺に背中を向けて黒板の方へ行く。そこには教卓に肘を突いて居眠り中の先生がいた。そして今度はそれを叩いて、たたき起こす。
「うぉっ! どっ、どうしたんだよ、びっくりしたなぁ……!」
「先生にお聞きしたいことがあります」
とおちゃんは先生に詰め寄った。とおちゃんは一体何をしようとしているんだ? 全く読めない。
「陸奥実のテスト、名前なかったですよね? 名前を書き忘れたときはゼロ点じゃないんですか?」
「……まぁ、いくらなんでも、二つじゃあかわいそすぎるでしょ」
「ですが、それは私情ですよね?」
……まさか……。もしかして……。
読めた。とおちゃんの思惑が読めた。しかし、それはまずすぎる。それは一発逆転を秘めた荒技だ。もし罷り通ってしまったら……、
俺の負けは確実だ。
今すぐに釘を刺そうとした。だが、口が塞がれた。
「ダメデスヨ……。イマノアナタニ、ボウガイハミトメラレマセン……」
一体何語だ? まるで宇宙人が喋っているかの……。
とりあえず押さえつけられ、身じろぎ一つできない。
「ならば、なぜ……」
言うな! 言わないでくれぇぇぇ!
「オレのテストはゼロ点なのですか!」
結局、生徒全員に対する素敵な“平等化”のおかげで、こんな格好にされてしまったのだった。結果は一位は真乃、二位は棗さん、三位はとおちゃんでビリが……俺だ。まさかあんな落とし穴があるとは思わなかった。
「……なぁ、そろそろ終わりにしてくれないか? ……もう五時過ぎてるんだが……」
「だぁめやでぇ〜! あとスクール水着と猫ミミとチャイナドレスと……」
その前に、それらは誰のモノなんだ? しかもメイド服まで持ってるなんて相当……。
もちろん答は返ってこない。三人衆は服選び、変態カメラマンはレンズを磨いていた。いつになったらこいつらは飽きるんだ?
「よし、次はスクール水着でいくでぇ!」
「……え?」
「いいですね〜! 流さんのグラビアですね!」
「ぐひひひひ……! 腕が鳴りますなぁ……!」
「じゃあ、眼鏡かけましょっか!」
秋間先生がいきなり現れて、透明なフレームでなっている眼鏡をかける。コンタクトの上に眼鏡は……と思ったが、伊達眼鏡だったのでちょっぴり安心する。
「やっばすぎやぁ! メチャメチャかわえぇ!」
前言撤回。やっぱり安心できない。
「流さんは肌は白い方ですから、水着来たら……」
「魅力満載ですな」
む……つ……み……か……く……ご……
「ちょっと、待て! 誰の水着だよ! その前に男に着られたら嫌だろう! ましてや俺が着るんだぞ!」
「陸奥実君、自分に自信を持ちなさい!」
どんな自信だ! むしろ痴態だ!
「大事だ陸奥実。私が君を頂点まで導いてやる。……これらを売って」
「ふざけるな! そんな気持ち悪いのを売るな! 第一、罰ゲームは写真撮影だけじゃなかったのか!」
「……いや、これはすごいで、マジで? 髪型とか化粧したらホンマに女なれるで?」
「無視するな!」
もう逃げるしかない!
あいつらの隙が重なったのを見計らって、走り出した。何かを叫んでいるが今の俺には逃げることしか頭にない。唯一の脱出ルートであるドアに手をかける。そして思いっきり右にひっぱ……れない?
「むっちゃん待ってやぁ!」
「逃がさんぞ、陸奥実!」
「ぐわっ!」
ドアを目の前にして取り押さえられた。上からの力はとても強く、俺の力では到底歯が立たない。なにせ陸上部のエースと運動神経抜群が乗っかっているのだから無理はない。そして……。
「ショータイ〜ム!」
黒い布の固まりを手にして近付いてくるゾンビ。明らかに異質だった。
「や、やめろ……」
それはゆっくりとゆっくりと近付いてくる。一歩、一歩毎に背筋が凍っていく。
「流さぁぁぁぁぁん、覚悟おぉぉぉ……」
「うわぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」
後のことはよく覚えていない。いや、思い出したくない。




