表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

九戒目「映像」

「おはよう、陸奥実さん。また、入院ですね」


 かなり年上の女の看護士さんに偶然会った。自販機の前で。ちなみに、“看護婦”さんとは呼ばず、誰にでも“看護士”さんと呼ぶのが一般的になってきている。


「またお世話になります……」


 俺はある種の有名人になっていた。昨日の件のおかげなのか、せいなのか。あれはどうやら相当インパクトがあったようだ。ただし、その代償がこの有り様だが。

 でも、あと一週間くらいで忘れるだろう。

 俺は看護士さんと別れた後、飲み物を買って戻っていく。

 この病院、今思うと相当広い。まぁ、ほとんどの科が所属しているものだから、必然的に場所も大きくなる。だが地元の人さえ迷う病院だ。ここに来て約一年の俺では迷路だ。自分の部屋の位置だけ覚えるのできつい。


「さすがにもうあれは勘弁してほしいな」


 歩きながらボヤいてみる。確かにあんなことを毎年やってたら身が保たない。その度に入院して迷路に……いや、それはないかもしれない。


「忘れてたよ……」


 俺はとても嫌な事を思い出してしまった。やはりあれのインパクトは強い。

 とりあえず久しぶりに思考をそちらに傾ける。


「あれは一体何が目的だ……?」


 まずはそこからだろう。

 行動には理由が付き物だ。理性的でも感情的でもとりあえず理由になる。そうでなければ本能で動く動物と変わらないのだ。つまり、当然“手紙”にもある……ハズだ。

 いや、そもそもこれは誰が送ってきたんだ? ゆう……は絶対ないから人間としか考えられない。

 話を戻そう。


「明らかに俺にさせたいようだな」


 そうでなければあんなイカレた方法は出してこない。

 そして、俺に殺させて何がしたい? いや、俺だけでなく同様な連中も含めて。ガラス張りの待合室で俺たちを嘲笑いたいのか? それとも別の……?


「おっ」


 遂に着いてしまった。以前もお世話になった0626号室。ちなみに部屋の数が六百二十六個あるわけではない。左二桁が科の番号で、三桁目が階数、四桁目が部屋である。部屋に関しては二桁になることもあるので、全部で五桁だ。まさしく学校の生徒番号と同じシステムである。

 俺はその部屋におそるおそる入った。


「……退院日数、わずか一日」


 おそらく、ギネスに申請できるほどの早さだろう。

 相変わらずクーラーが風を吹き出しながら部屋を冷やす。そのせいで窓のカーテンが少しだけ揺れていた。真っ白な部屋に差し込む光がそのカーテンにより、一緒に揺れている。


「……ふぅ」


 しっかりと洗ってあるシーツ。ベッドに静かに寝転んだ。その前に某炭酸飲料をベッドの脇の丸椅子に置く。時計は一時半を大きくずらしている。

 午前中、目が覚めたらいきなりここだった。そして、あの医者がいた。名前は神地かみちさん……だったような気がする。

 四日。それが言い渡された病院滞在日数だった。


「さて……」


 ついさっき買ってきたジュースを手に取る。容器の周りに僅かに水滴が張り付いている。開ける前にそれを指で拭き取ると、水滴が指に溜まり玉を作った。容器の方は太い線が描かれている。ちょっぴり冷たかった。

 やっとキャップを開ける気分になった。しかし、指が摘んだ時、軽快な響きが部屋を走る。それは俺の思考を遮断するようなノック音だった。


「……どうぞ」


 名残惜しむように元の位置に戻した。早くしないと炭酸が……。

 ゆっくりとドアが開く。すると、意外な人物がそこにいた。


「流さん……」


「……!」


 真乃だった。一瞬、美浦さんかと思ったり。

 真乃は普段と不似合いに暗い。何か嫌なことでもあったのだろうか?


「どうした? そんな暗くなって」


 暗いというよりも落ち込んでいるとも、申し訳なさそうとも取れる。

 とりあえずさっきのやつを別のところに置いて、真乃に椅子を差し出した。今回はちょっと動いても大丈夫だ。そして俺はベッドに足を垂らして座る。

 真乃は同時に背もたれのない四つ足の椅子にちょこんと座った。そしてすぐに頭を下げた。


「ごめんなさい!」


「? 何がだ?」


 一体何に対しての謝罪だ?


「流さんが病み上がりして間もないのに、あんな無理をさせてしまって……」


 そういうことか。

 ちょっと意外。真乃が体の事に気にかけてくれるなんて。やはり、そこらへんは女の子なのだろうか。

 さすがに悪戯心は湧かなかった。


「気にするな。いつものこと……えっ?」


 真乃が俯く。……? 


「……ぅ、……ぁぅっ、ぅぅっ……、ぇっ、ぅ……」


 泣いてるのか……? それとも嘘泣き……?


「……ぅ、ごめん、なさい……! ごめんっなさい……」


 本気泣きだった……。雫がポロポロと落ちているのがわかる。

 どうしたものか。まさかこんなに泣くとは思わなかった。その雫と時々漏れる嗚咽が俺の罪悪感を引き立てる。こんなに……。

 ちょっと展開が早い気がするが、仕方がない。


「……全く、世話のやけるやつだな」


「えっ……?」


 俺はその雫を漉くってやった。そしてニッコリと笑った……つもり。多分上手く笑えていない。

 真乃はびっくりして遠退いてしまった。確かにいきなりやれば、誰だって驚く。


「だから、気にするなって言ったろう? それに俺自身が楽しんでたんだから、誰が真乃を責めるんだ?」


 ちょっと腹は壊したが、あの時に比べたらなんてことはない。

 それを切欠に真乃は茹で蛸のように火照った。どうやら泣くことより他のことに気持ちが傾いたに違いない。

 ピタッと止んだ。


「……流さん……、あの……」


「はい、話終わり。それで何の用だ? まさかそれが用か?」


「えっ? あ、あぁ…」


 もう鬱陶しいので無理やり話を進める。こんなのを続けたら一日が終わってしまう。……鼻がかゆい。

 真乃は頭をくしゃくしゃにして唸っている。消化不良なのか。でも、さっと髪を整えて深呼吸する。


「私としたことが、入り乱れてしまいましたね」


「まぁ、いいよ。で、話を戻すぞ。何か用か?」


「はい、実は聞きたいことがあるんです……」


 真乃はやっと元に戻ったようだ。今度は大丈夫だろう。

 しかし、それから少し間が空いた。とても言いにくいことなのだろうか? その間は変な空気だった。空気に動きを感じないというか、流れが止まったというか。

 真乃の目つきが険しくなった。


「その眼、コンタクトしてますか?」


「……? あぁ、してる。それがどうした? そんな大したことじゃないだろう?」


 真乃が立ち上がって俺の前に立ちはだかる。顔が少し高くなった。

 茶色の瞳は真っ直ぐ俺を見下ろしている。いや、俺の眼をただ見つめている。


「それは、…………ですか?」


「……? 何だって?」


 よく聞こえない。まるで自分に言い聞かせているようだった。

 焦らさないではっきり……。


「……それは、カラーですか?」


「……えっ……?」


 何を言って……?


「もしかして、カラーコンタクトって知りませんか?」


 いや、知っているどころか今している。ちなみに、俺のこれはかなり特殊な素材でできていて、十日間くらいなら付けっぱなしでも大丈夫なのだ。もちろん特注です。高かったです。じゃなくて、問題はそこではない。

 なぜ真乃がそれを知っている?

 俺は自分の家では寝るとき以外でも常備しているし、人前では尚更だ。そして二週間くらい入院した時だって、医者には“コンタクトを付けている”としか伝えていない。付け換える時も男子トイレの個室で、携帯を鏡代わりにしてやった。つまり、秘密の漏洩はない……と思う。

 とりあえず落ち着こう。今ここで狼狽したら、それこそ“Yes”になってしまう。


「……なんでそう思う?」


 返答によってもそれが答になってしまうかもしれないので、神経を使う。


「あれれ……? 流さん、こちらが質問しているのですが……?」


 この手には乗らないか。

 どうする? この秘密は知られてはいけない。気味悪がられるのは百も承知だし、何よりも自分だって気味が悪い。赤が強い茶色なんてまるで吸血鬼じゃないか。

 冗談はさておき。もう最終手段だ。それは、


「いいや。そんな大層なものじゃない」


 嘘をつくこと。


「そうですか……、そうですか……」


「……あぁ。悪かったな。ご期待に応えられなくて……。……?」


 真乃は俺を無視するかのように、延々と呟いている。今日はとことんおかしい。

 その時、頭の中でいきなり何かが響き渡った。それは危険を報せる警報だった。つまり、何かがやばいということだ。ということは真乃が……?

 とりあえず、様子を見て……。

 そう思った矢先、真乃は俺を押し倒した。あまりに唐突で、何が起こったかを理解するのに数秒かかった。しかしいざ行動に移そうとするが、動かなかった。いや、動かせなかった。


「ま、真乃……!」


「……」


 そう。真乃が馬乗りしていたからだった。両膝で腕を巧く押さえつけている。

 ま、まだ心の準備が……、じゃなくて!

 真乃の顔が急接近した。顔と顔の隙間は十センチなかった。それによって肥大化する瞳が驚きを隠せない顔を映しだしている。


「流さんにも知られたくない事ってありますか……?」


「ちょっと待て、痛い! 真乃、落ち着けよ……! どうしたんだ!」


 肩にかかる強烈な圧力。真乃が肩を掴んでいる。これは女の子の力じゃない。アームレスリング級だ!


「ふふふ……。流さんってクールな反面、かなりお茶目で可愛いですね……」


 何のホメコトバにもなっていない。なぜなら、不気味に微笑んでいるからである。まるでこれから起こることを楽しむかのように、そして哀れむかのように……。

 そして気がつくと、強烈な痛みがなくなっていた。だが、両手にはそれぞれ銀色を持っていた。

 ちょっと待て! それは話にならないぞ!


「何する気だ! 早まるな!」


 もう叫ぶかのように呼びかける。そして助けを呼んだ。だが、誰かいる気配が全くない。


「流さん。我慢できません……。あなたを壊していいですか……?」


「くぅ……! 離してくれ!」


 その想いは届かなかった。それどころか二つの輪っかを腕と共に、ベッドの柵にひっかける。つまり両手は完全に動かない。乱暴に動かすと鉄同士が擦れるが、同時に手首まで傷つけてしまった。


「あなたを壊してあげます。そして私もあなたと一緒に壊れます」


「ばっ、馬鹿! 早まるなよ! 落ち着け! や、やめ……止めろおぉおぉぉぉ!」


 両手で銀色に光るそれを握り締め、ゆっくりと……、


あの古傷に……。



…………






「うわぁあぁあぁぁぁぁ!」


「きゃぁっ!」


はぁっ、はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……。

 肩が重い。腕が痛い。脇腹が軋む……。

 ここは……? って真乃!

 反射的に真乃と距離を置いた。長すぎる栗色の髪を床に散らし、尻餅をついている。どこからどう見ても頬を殴っても、やはり真乃だった。


「流さん、いくらなんでもヒドすぎますよ! 人を突き飛ばしておいて……!」


 とりあえず、謝りながら手を貸した。軽い圧力が手に掛かる。


「夢……だったのか……?」


「あっ、そういえば相当唸っていましたよ。もしかして、怖い夢でも?」


 いろんな意味で怖かった。だって目の前のやつが……。

 でも、この調子はいつもの真乃だ。ということはあれはやはり夢……? 少々リアル過ぎるが、あれは夢であったと確証づけることにする。


「ふぅ……。ところで、いつぐらいから寝ていた?」


「えっと、私が来たのは二時十分くらいですけど、その時からはずっと寝てましたよ」


 今の時間は二時三十二分十五秒を切ったところだ。ここに来たときは一時四十七分だったから、時間的なズレはない。

 俺はホッと胸を撫で下ろすのだった。


「そうだ。今日、真乃は一人なのか?」


 と思いきや。


「はい、実は聞きたいことがあるんです……」


 その一言で俺は凍り付いた。いや、まさか……? でも……。とりあえず話を進めてみよう。あの夢と同じように。


「その眼、コンタクトしてますか?」


「……あ、あぁ、してる。それが……どうした?」


 真乃が立ち上がって俺の前に立ちはだかる。顔が少し高くなった。

 茶色の瞳は真っ直ぐ俺を見下ろしている。いや、俺の眼をただ見つめている。

 ここまで全く同じだと逆に気持ちが悪いな……。


「それは、…………ですか?」


「……? 何だって?」


 ここまで同じなのか。誰かが見ていたら手抜きだと思われてしまいそうだ。

 だから頼む。あれを聞かないでくれ……!


「……それは、カラーですか?」


 ……同じ。同じだ。まるでビデオを巻き戻し、再生したかのようだ。しかし、なぜかインパクトが弱い気もする。あっさりとしていた。

 それは大きく違うことが一つあるからだった。そう、この“結末”を知っていることだ。だから、俺の知っている“結末”と違うことをすればいいのだ。

 すなわち……、


「……よく気づいたな。判ったのは真乃が初めてだよ……」


 嘘をつかなければいい。秘密を打ち明けることになるが、命に比べれば……。


「本当ですか! ちょっと嬉しいですねぇ!」


 この通り、全く違うシナリオ。

 真乃は俺の偽物の瞳をじっと見つめる。


「あの、ついでのお願いなんですけど、それを外して見せてくれませんか……?」


 そこまで?

 でも、そこまでする必要はない……。

 真乃が俺に熱烈な視線を送っている。それを避けるだけで精一杯だった。そしてついに根負けする俺であった。

 本当に閲覧料を取りたいくらいだ。いや、もう貰っているか。


「……わかったよ。じゃあ、声かけるまで後ろ向いててくれ。……恥ずかしいから」


「はい!」


 真乃は素早く背を向けてくれた。なんと素直な女の子なんでしょう。

 俺は仕方なく外すことに。コンタクトは専用の容器に入れ、近くの椅子の上に置いておいた。


「いいぞ。あまりじろじろ見ないでくれ」


「はいっ!」


 真乃は素早く振り向いた。そして本当にじろじろ見ずに、一直線に瞳をのぞき込んでいた。それはそれで恥ずかしいものだ。

 果たしてどんな想いで見ているのだろうか? 異端の眼? 好奇の眼? どちらにせよ、口外してほしくなかった。


「すごいです……」


「真乃、近すぎだよ……あっ……」


 なぜか分からないが後ろに倒れてしまった。押されて……はいない。

 そして真乃の顔が急接近した。顔と顔の隙間は十センチなかった。それによって肥大化する瞳が驚きを隠せない顔を映しだしている。つまり、同じ……?


「綺麗です……、流さん」


「あっ……!」


 古傷から痛みがすると思ったら、真乃がそこを掴んでいた。包帯を巻いてあるし傷口は塞がっているが、チクチク痛む。それによって汗が滲み出てくる。


「真乃、痛い! 止めて!」


「……!」


 我に返ったように離れてくれた。

 俺は一瞬、また殺されるのではと心配した。いや、怖かった。

 真乃がそこを優しい手つきで撫でてくれる。……ちょっとだけ痛みが和らいだ気がした。


「すみません。私、スイッチ入っちゃうとイジメたくなっちゃうんです……。流さんの眼が綺麗だから……」


 それは別に構わな……くはないが、俺に責任転嫁したよな? しかも天性の……。これから気をつけておかないと何されるかわからない。

 真乃の意外な性格。そして俺がバラしてしまった秘密。不釣り合いだけど、おあいこだろう。


「あ、流さんまた眼が……! イジメていいですか?」


「却下。速やかに退去しなさい」


 ところで、あの夢は一体なんだったんだろう?

 そんな大切な事を真乃との会話で薄れていった。そしてこれが幸か不幸か今はわからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ