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錆びた光道  作者: lazilywalker
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第七話 光の土地

真壁修司シリーズ。

山中で発見された、一人の男の遺体。

周辺では熊の目撃が相次いでおり、当初は熊による被害と思われた。

しかし、遺体に残された傷には、わずかな違和感があった。

熊、錆びた鉄、八百万円の借金、そして山の中に引かれた一本の線。

刑事・真壁修司が追うのは、まだ存在しない「道」を巡る事件。

なお本人は、事件と同じくらいコーヒー豆の配合にも悩んでいる。

 

三浦が真壁の机を叩いたのは、翌朝八時を少し回ったころだった。

「分かりました」

 真壁は顔を上げなかった。

「何が」

「昨日の会社です」

「朝からうるさい」

「真壁さんが調べろって言ったんでしょう」

「コーヒーを淹れてる」

「事件より先ですか」

「逆だ。これが終わったら事件だ」

 三浦は呆れた顔で、真壁の手元を見た。

「今日は?」

「キリマンジャロ」

「マンデリンは?」

「休ませる」

「豆を?」

「俺をだ」

「昨日サントスとか言ってませんでした?」

 真壁の手が止まった。

「買ってない」

「じゃあ何で悩んでたんですか」

「買うべきだったかを悩んでた」

「平和ですね」

「人が死んでる」

「真壁さんが言うと説得力ないですよ」

 真壁は湯を落とした。

「それで?」

 三浦が資料を置く。

「山の奥の土地を買ってた会社。東栄エネルギー開発」

「何の会社だ」

「太陽光発電です」

 真壁の手が止まった。

「もう一度言え」

「太陽光発電です。メガソーラーの開発会社」

 コーヒーの粉へ落ちていた湯が途切れた。

「……三浦」

「はい」

「今、大事なところだ」

「事件が?」

「蒸らしが」

「もういいですから」

     *

 東栄エネルギー開発。

 本社は県外。

 複数の地域で太陽光発電施設の開発を手掛けていた。

 大森の山のさらに奥で、数年前から少しずつ土地を取得している。

 山林。

 原野。

 使われなくなった畑。

 所有者はバラバラだった。

 それを複数回に分けて買い集めている。

 三浦が地図を広げた。

「まとめると、こうなります」

 赤く塗られた区画が山の奥に固まっている。

 真壁が言った。

「結構広いな」

「はい」

「全部この会社か?」

「直接所有している土地と、関係会社が押さえている土地があります」

「用途は確認した?」

「太陽光発電施設の計画があります」

 真壁が地図を見る。

「杉浦建設は?」

「そこなんです」

 三浦が別の資料を出した。

「杉浦建設が、造成工事の見積もりに関わっています」

 真壁の目が止まった。

「いつ」

「まだ計画段階だったころです。正式に工事を受注した記録は確認できてません。ただ、概算の資料が杉浦建設側に残っていました」

「造成だけか?」

「排水設備、法面、それと――」

 三浦が紙をめくる。

「工事用道路」

 真壁は黙った。

     *

 会議室の大きな机に、地図が何枚も並べられた。

 現在の道路地図。

 地籍図。

 杉浦建設に残されていた資料。

 東栄エネルギー開発が取得した土地。

 そして、大森耕作の山林。

「発電所を造る予定地はここです」

 三浦が指す。

 山の奥。

「公道は?」

「ここ」

 かなり離れている。

「今ある道は?」

「林道があります。ただ――」

「使えない?」

「大型車両を入れるには難しい区間があるようです」

「資材はどう運ぶ」

「それが問題だったんじゃないかと」

 真壁は地図を見た。

 太陽光発電所を造る。

 パネル。

 架台。

 重機。

 資材。

 それらを山の奥まで運ばなければならない。

 空から落とすわけにはいかない。

 当然、道がいる。

「別ルートは」

「かなり遠回りになります。しかも改良が必要な場所が多い」

「こっちは?」

 真壁が大森の山を指した。

「公道から入れば短いです」

 三浦が答える。

「ただし――」

「大森の土地を通る」

「はい」

 真壁の指が止まった。

 杉浦が借用書に残した地番。

 細長い土地。

 山林として見れば、妙な形だった。

 家を建てる土地ではない。

 農場を広げる土地でもない。

 それ単体では大きな価値があるようにも見えない。

 だが。

 道として見ると意味が変わる。

「なるほどな」

 真壁が呟いた。

 三浦が聞く。

「やっぱりこれですか」

「まだ決めるな」

「でも――」

「資料を探せ」

「何を?」

「杉浦建設がこの計画に関わってたなら、もっと残ってる」

     *

 杉浦建設の倉庫から、古い計画資料が見つかったのは午後だった。

 正式な設計図ではない。

 検討段階の図面。

 現況図のコピー。

 手書きの数字。

 勾配。

 幅員。

 排水。

 概算工事費。

 その中に、一枚だけ色鉛筆で線を引いた図面があった。

 三浦が息を止めた。

「真壁さん」

「ああ」

 公道から山へ一本の線が延びている。

 大森の所有する山林を抜ける。

 さらに奥へ。

 線の先にあるのは、東栄エネルギー開発が土地を集めていた場所だった。

「これ……」

「道路だな」

 図面の余白に杉浦の筆跡らしいメモがある。

 用地。

 排水。

 勾配。

 そして、大森の名字。

 三浦が言った。

「杉浦が欲しかったのは、やっぱり山じゃない」

 真壁は答えなかった。

 まだ図面を見ている。

「真壁さん?」

「排水」

「え?」

「ここに書いてある」

 図面には、道路沿いの排水設備についての簡単な書き込みも残っていた。

 三浦が気づく。

「大森が言ってた話……」

「ああ」

 杉浦も分かっていたのだ。

 山を切り開いて道路を造れば、水への対策が必要になることを。

「ちゃんと考えてたんですね」

「土建屋だからな」

「じゃあ大森の心配は、考えすぎだったんでしょうか」

「それは俺たちが決めることじゃない」

 真壁は図面を置いた。

「杉浦は対策できると考えた。大森は信用しなかった。それだけだ」

「でも同じ図面を見ても、二人には全然違うものに見えてた」

 真壁が三浦を見る。

「どういう意味だ」

「杉浦には道です」

 三浦が図面を指した。

「大森には水ですよ」

 真壁は少し黙った。

「たまにはいいこと言うな」

「たまには余計です」

     *

 東栄エネルギー開発にも確認を取った。

 計画自体は実在していた。

 山林を利用した太陽光発電施設。

 ただし事業はまだ進行途中で、造成工事にも入っていない。

 そして杉浦建設は、地元側で工事を請け負う候補の一社だった。

「杉浦さんから提案があったんです」

 担当者はそう話した。

「提案?」

「アクセス道路です」

「大森さんの山を通るルート?」

「所有者名までは覚えていませんが、最短で公道へ抜けるルートがあると」

「用地は確保できていた?」

「いえ。杉浦さんが交渉していると聞いていました」

「交渉が成立すれば?」

「検討価値はありました」

「杉浦さんにとって利益になる?」

 担当者は少し考えた。

「工事を受注できれば、当然」

 真壁は手帳を閉じた。

 ようやく一本につながった。

 杉浦が大森に金を貸したこと。

 山林の地番を記録していたこと。

 借金の整理と引き換えに、その一部を求めたこと。

 細長い土地。

 道路。

 そして、その先にある太陽光発電計画。

     *

 帰りの車で、三浦が言った。

「これで動機はかなり強くなりましたね」

「誰の」

「大森です」

「どうして」

「杉浦が農場の上に道を造ろうとしてた。大森は水害を心配して反対してた。しかも借金まである」

「そうだな」

「杉浦が死亡した日には、農場へ向かった可能性もある」

「そうだな」

「もう十分怪しいでしょう」

「怪しい」

「じゃあ農場を――」

「まだだ」

 三浦がシートに沈んだ。

「またですか」

「まただ」

「いつになったらいいんです?」

「俺に聞くな」

「じゃあ誰に」

「証拠に聞け」

 三浦が窓の外を見る。

「証拠って喋らないんですよ」

「だから面倒なんだ」

     *

 捜査本部へ戻ると、真壁は図面を机に広げた。

 何度見ても分かりやすい。

 公道。

 大森の山。

 太陽光発電予定地。

 三つを一本の線が結んでいる。

 三浦が隣に立つ。

「最初からこれが見つかってたら早かったですね」

「そうでもない」

「そうですか?」

「最初にこれを見たら、太陽光発電の話ばかり追ってたかもしれん」

「結果は同じじゃ?」

「捜査は答え合わせじゃない」

 真壁は図面を指した。

「熊」

 次に、杉浦の写真。

「刺創」

 鑑定結果。

「錆」

 借用書。

「金」

 大森の土地。

「山」

 そして図面。

「全部別々だった」

「今はつながった?」

「一部はな」

 三浦が聞く。

「何がまだ足りないんです」

「殺した証拠だ」

 それだけは、まだなかった。

     *

 真壁は給湯室へ入った。

 三浦も当然のようについてきた。

「なんで来る」

「今日は何かなと思って」

「仕事しろ」

「してます」

 真壁は二つの袋を出した。

 キリマンジャロ。

 マンデリン。

「また六対四?」

「いや」

「五対五?」

「迷ってる」

「豆の前で?」

「ああ」

 三浦は壁にもたれた。

「事件の方はずいぶん進んだのに」

「コーヒーは進まんな」

「サントス買えばいいじゃないですか」

 真壁が三浦を見る。

「簡単に言うな」

「そんな重大な話ですか?」

「重大だ」

 結局、六対四にした。

 一口飲む。

「……違う」

「また?」

「マンデリンじゃないのかもしれん」

 三浦の顔が真剣になる。

「犯人が?」

「豆が」

「紛らわしいんですよ」

 真壁はカップを持って机へ戻った。

 図面をもう一度見る。

 公道から延びる一本の線。

 山を抜け、その先の発電予定地へ届く線。

 杉浦隆一が欲しがっていたのは、山ではなかった。

 借金の返済でもなかった。

 少なくとも、それだけではない。

 三浦が後ろから図面を覗き込んだ。

「これ、太陽光発電所のための道だったんですね」

「ああ」

「だったらタイトルみたいですね」

「何がだ」

「いや、何でもないです」

 真壁は図面の線を指でなぞった。

 山の奥に造られる発電所。

 そこで太陽の光は、電気に変わる。

 そして金に変わる。

 だが、そのためには。

 まず、そこへ行く道が必要だった。

 真壁の指が、大森の山で止まった。

「光を金に変えるための――道か」

 その道は、まだ存在していない。

 図面の上にしかない。

 それでも一本の道を巡って、人間はすでに争っていた。

 そして一人が死んだ。

 真壁は図面から目を上げた。

「三浦」

「はい」

「もう一度、杉浦が死んだ日の足取りを全部洗うぞ」

「大森じゃなく?」

「大森だと決めるためじゃない」

「じゃあ?」

「違うなら、違うと決めるためだ」

 三浦は少し笑った。

「やっぱり刑事って面倒ですね」

「今ごろ気づいたか」

 真壁は冷め始めたコーヒーを飲んだ。

 事件には道が見えた。

 だが、その道を誰が血で汚したのか。

 答えはまだ、図面の外にあった。

――第七話 了

本作品はフィクションです。


作中には実在する国名・都市名・地名・制度などが登場しますが、物語および登場人物、事件、組織の描写は創作であり、実在する人物・団体・企業・事件とは関係ありません。


また、警察・捜査・出入国管理・海外の治安機関などに関する描写についても、物語上の演出を含んでおり、実際の制度や運用とは異なる場合があります。


なお、本作品には殺人事件、遺体、犯罪、捜査などに関する描写が含まれます。

お読み頂きありがとう御座います。

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