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錆びた光道  作者: lazilywalker
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第六話 疑う理由

真壁修司シリーズ。

山中で発見された、一人の男の遺体。

周辺では熊の目撃が相次いでおり、当初は熊による被害と思われた。

しかし、遺体に残された傷には、わずかな違和感があった。

熊、錆びた鉄、八百万円の借金、そして山の中に引かれた一本の線。

刑事・真壁修司が追うのは、まだ存在しない「道」を巡る事件。

なお本人は、事件と同じくらいコーヒー豆の配合にも悩んでいる。


翌朝。

 三浦は出勤すると、真っ先に真壁の机へ向かった。

「調べました」

「何を」

「昨日、調べろって言ったでしょう」

 真壁はコーヒー豆を量りながら顔を上げた。

「道の先か」

「はい」

「何があった」

「よく分かりません」

「帰れ」

「出勤したばっかりですよ」

 三浦は地図を机に広げた。

「正確には、今の地図を見ても特に何もないんです。山林が続いてるだけです」

「所有者は」

「何人かに分かれてます」

「杉浦の土地は?」

「ありません」

「杉浦建設は」

「それもありません」

 真壁は豆をミルに入れた。

「じゃあ、杉浦はどこへ道を通したかったんだ」

「それを今から調べようかと」

「そうしろ」

 三浦は真壁の手元を見る。

「今日は何です?」

「キリマンジャロとマンデリン」

「混ぜるんですか」

「試す」

「割合は?」

 真壁の手が止まった。

「お前、本当に刑事か?」

「毎日聞かされてる俺の身にもなってください」

「六対四」

「どっちが六?」

「キリマンジャロ」

「じゃあ中煎り寄り?」

 真壁は少し考えた。

「それで迷ってる」

「事件より真剣ですね」

「事件は豆と違って焙煎できんからな」

「できたら怖いですよ」

     *

 午前の捜査会議では、大森耕作の名前が何度も出た。

「被害者から八百万円を借りている」

 担当刑事が資料を読み上げる。

「返済に遅れあり。さらに被害者は、大森所有の山林の一部を譲渡するよう求めていた」

 別の刑事が続ける。

「土地を巡って、複数回口論になったとの証言があります」

「誰の証言だ」

 真壁が聞いた。

「近隣の農家です。大森本人からも、土地を巡って意見が対立していたことは確認しています」

「死亡当日は?」

「大森は杉浦と会っていないと話しています」

「裏は?」

「まだ取れていません」

 会議室が静かになった。

 別の刑事が言った。

「農場を捜索できませんか」

 真壁がそちらを見る。

「何を探す」

「凶器です」

「どんな?」

「錆びた鉄製の道具」

「農家だぞ」

「はい」

「錆びた鉄の道具なんて、いくらでもあるだろ」

「だからこそ――」

「だからこそ、何を探すのか具体的にしろ」

 刑事は黙った。

 真壁は机の上の資料を指で叩いた。

「俺たちが大森を怪しいと思っている。それと、大森の農場を捜索できるかどうかは別の話だ」

「借金があります」

「杉浦から借金してた人間は大森だけか?」

「違います」

「土地でも揉めてる」

「はい」

「土地で揉めた相手は?」

「他にもいます」

 真壁は周囲を見た。

「大森には動機になり得る事情がある。だが今のところ、それだけだ」

 誰も答えなかった。

「大森が犯人だと思うのは自由だ」

 真壁は続けた。

「だが、思ってるだけじゃ他人の家や農場をひっくり返す理由にはならん」

 三浦が小さくうなずいた。

「大森を追うなとは言ってない。逆だ。追え」

 真壁は資料を閉じた。

「ただし、順番を間違えるな」

     *

 杉浦隆一が死亡した日の行動を、最初から洗い直すことになった。

 午前八時十二分。

 杉浦建設に出社。

 午前中は社内で打ち合わせ。

 十一時四十分ごろ、自分の車で会社を出た。

 その後の足取りが途切れている。

「昼飯は?」

 真壁が聞いた。

「分かりません」

「コンビニ、飲食店」

「カードの利用記録は今のところありません」

「現金かもしれん」

「はい」

「車はまだ?」

「見つかってません」

 真壁は椅子にもたれた。

 杉浦の車。

 携帯電話。

 どちらも消えている。

「会社を出るとき、何か持ってなかったか」

「確認します」

「鞄、書類、図面。何でもいい」

 三浦が席を立った。

     *

 一時間後。

 三浦が戻ってきた。

「ありました」

「何が」

「会社の防犯カメラです」

「杉浦か」

「はい」

 映像には、杉浦が玄関から出てくる姿が残っていた。

 手には薄い鞄。

 そのまま駐車場へ向かう。

「いつもの鞄か?」

「社員によると、仕事で外へ出るときに使っていたものらしいです」

「中身は」

「分かりません」

 映像が進む。

 杉浦が車に乗る。

 発進する。

 それだけだった。

「これじゃ行き先は分からんな」

「はい」

「周辺のカメラ」

「追ってます」

     *

 午後。

 一本の連絡が入った。

 杉浦の車と同型・同色の車両が、会社から山間部へ向かう県道沿いの防犯カメラに映っていた。

 ナンバーは鮮明ではない。

 だが時間帯は合う。

「大森の農場へ行く道か?」

 三浦が地図を広げた。

「途中までは同じです」

「途中まで?」

「この先で分かれます。大森の農場へ行く道と、別の集落へ行く道」

「じゃあ大森のところへ行った証拠にはならん」

「でも近づいてます」

「近づいただけだ」

 三浦がため息をついた。

「真壁さん、厳しいですね」

「何が」

「全然、大森を犯人にしてくれない」

「お前は何でそんなに犯人にしたいんだ」

「話が早いから」

「刑事辞めろ」

「冗談です」

     *

 さらに聞き込みを続ける。

 県道沿いのガソリンスタンド。

 商店。

 農家。

 配送業者。

 何人目かで、ようやく杉浦の車について記憶している者が見つかった。

「黒いセダン?」

 七十代の男性が聞き返した。

「そうです。この写真の車です」

 三浦が写真を見せる。

「ああ、これなら見たかもしれん」

「いつです?」

「何日だったかな」

 真壁は死亡した日を告げた。

「その日なら見たと思う」

「どこで?」

「この前の道」

「どちらへ走っていました?」

 老人は山側を指した。

「上だよ」

「大森さんの農場の方?」

「そっちだな」

 三浦が真壁を見る。

「間違いありませんか」

「車までは分からんよ。同じような車なんてあるだろ」

「運転していた人は?」

「見てない」

 真壁が聞いた。

「時間は覚えてますか」

「昼過ぎだったかなあ」

「なぜ覚えているんです?」

「郵便局へ行くところだったから」

「何時ごろ?」

「一時……いや、一時半くらいかな」

 証言としては弱い。

 だが一つ増えた。

 杉浦が大森の農場へ向かった可能性。

     *

 大森に再び確認することになった。

 今度は農場ではなく、警察署へ任意で来てもらった。

「何度聞かれても同じですよ」

 大森は言った。

「杉浦さんが亡くなった日、会ってません」

 真壁は向かいに座った。

「昼過ぎはどこにいました」

「農場です」

「一人で?」

「一人です」

「誰か来ましたか」

「覚えてません」

「杉浦さんの車を見た人がいる」

 大森の顔が止まった。

「うちで?」

「あなたの農場へ向かう道です」

「それが何です」

「杉浦さんは以前からあなたの土地を欲しがっていた」

「知ってます」

「亡くなった日も、あなたのところへ来たんじゃないですか」

「来てません」

 大森は即答した。

「本当に?」

「来てない」

「電話は」

「してません」

「杉浦さんからも?」

「ない」

 真壁は大森を見た。

 大森も目をそらさなかった。

「分かりました」

 三浦が少し驚いた顔をする。

「今日は結構です」

 大森が立ち上がった。

 ドアへ向かう。

 その直前、真壁が言った。

「大森さん」

 大森が振り返る。

「杉浦さんが造ろうとしていた道」

 大森の眉が動いた。

「どこへ続くか、本当に知らないんですね」

「知りませんよ」

「そうですか」

 大森は部屋を出た。

     *

「帰すんですか」

 三浦が言った。

「任意だぞ」

「でも今、反応しましたよね」

「したな」

「怪しいでしょう」

「怪しい」

「じゃあ――」

「だから何をする」

 三浦は黙った。

「逮捕するか?」

「無理です」

「農場を捜索するか?」

「……今は難しい」

「そういうことだ」

 真壁は椅子から立ち上がった。

「疑う理由と、動かせる証拠は違う」

     *

 夜。

 捜査本部に残っていたのは数人だけだった。

 三浦はパソコンの画面を見ていた。

 大森の山。

 その周辺の土地。

 所有者。

 過去の取引。

 杉浦建設の工事記録。

 真壁は少し離れた机でコーヒーを淹れている。

「真壁さん」

「なんだ」

「まだ調べてます」

「見れば分かる」

「道の先」

「何かあったか」

「杉浦名義の土地はありません」

「朝聞いた」

「杉浦建設名義もありません」

「それも聞いた」

「でも」

 三浦が画面を拡大した。

「この辺、最近所有者が変わってる土地がいくつかあります」

 真壁が近づく。

「誰に」

「会社です」

「何の会社だ」

「一社じゃありません。いくつかの地番をまとめると……」

 三浦が資料を開く。

「ここの会社が多いです」

 真壁が会社名を見る。

 知らない名前だった。

「何の会社」

「今調べてます」

「杉浦建設との関係は」

「まだ分かりません」

「調べろ」

「はい」

 三浦が再びキーボードを叩く。

 真壁は自分の机へ戻った。

 コーヒーを一口。

「……違うな」

 三浦が振り向いた。

「何が分かったんです?」

「マンデリンを深くしすぎた」

 三浦の肩が落ちる。

「そっちですか」

「キリマンジャロに合わせるなら中煎りか……」

「事件の方も考えてください」

「考えてる」

「本当ですか?」

 真壁は答えず、地図を手に取った。

 大森の農場。

 その背後の山林。

 杉浦が欲しがっていた細長い土地。

 そして、その先に点在する、最近所有者が変わった土地。

「三浦」

「はい」

「これ、おかしくないか」

「どこがです?」

 真壁が地図を指した。

「杉浦は、この土地そのものを欲しがってたんじゃない」

「昨日も言ってましたね」

「道を造りたかった」

「はい」

「なら道には、行き先がある」

 三浦が画面を見る。

「この会社が、その行き先?」

「まだ分からん」

 真壁の指が、細長い土地をなぞる。

 公道から大森の山へ。

 さらに奥へ。

 地図の上では、ただの山だった。

 しかし、その先では複数の土地が、静かに一つの会社へ集まり始めている。

「この会社を洗え」

「今から?」

「明日でいい」

「最近優しいですね」

「コーヒーがまずいから帰る」

「理由がおかしいですよ」

 真壁は上着を取った。

 その途中で立ち止まる。

「……やっぱりサントスにするべきだったか」

「もう好きにしてください」

 三浦の声を背中で聞きながら、真壁はもう一度地図を見た。

 大森を疑う理由は増えた。

 だが、大森を犯人だと示すものは、まだない。

 そして事件には、もう一つ分からないことが残っている。

 杉浦隆一は、なぜそこまでして山に道を通したかったのか。

 答えは大森の農場ではない。

 その、さらに奥にある。

――第六話 了

本作品はフィクションです。


作中には実在する国名・都市名・地名・制度などが登場しますが、物語および登場人物、事件、組織の描写は創作であり、実在する人物・団体・企業・事件とは関係ありません。


また、警察・捜査・出入国管理・海外の治安機関などに関する描写についても、物語上の演出を含んでおり、実際の制度や運用とは異なる場合があります。


なお、本作品には殺人事件、遺体、犯罪、捜査などに関する描写が含まれます。


お読み頂きありがとう御座います。

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