↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錆びた光道  作者: lazilywalker
4/9

第4話杉浦という男

真壁修司シリーズ。

山中で発見された、一人の男の遺体。

周辺では熊の目撃が相次いでおり、当初は熊による被害と思われた。

しかし、遺体に残された傷には、わずかな違和感があった。

熊、錆びた鉄、八百万円の借金、そして山の中に引かれた一本の線。

刑事・真壁修司が追うのは、まだ存在しない「道」を巡る事件。

なお本人は、事件と同じくらいコーヒー豆の配合にも悩んでいる。



  登記を確認すると、杉浦のメモに残されていた地番は、確かに一人の男が所有する土地だった。

 大森耕作、六十二歳。

 山間部で農場を経営している。

 野菜を中心に、一部で果樹も栽培していた。農場の裏手から山にかけて、まとまった土地を所有している。

 そして杉浦隆一から八百万円を借りていた。

「この人ですね」

 三浦が登記事項の写しを机に置いた。

「何が」

「怪しい人」

 真壁は顔を上げた。

「お前はいつから占い師になった」

「八百万借りてて、被害者のメモには自分の土地の地番まで書かれてるんですよ」

「だから殺した?」

「可能性はあるでしょう」

「可能性なら全員にある」

 真壁は机の端に積まれた資料を指した。

「自動車修理工場の社長。五百万」

 次。

「建材屋。九百万」

 次。

「元下請け業者。一千万」

 さらに一枚。

「こいつは?」

 三浦が見る。

「飲食店……六百五十万」

「杉浦と揉めてる」

「はい」

「こっちは返済を三か月止めてる」

「はい」

「それで、なんで大森だけ犯人なんだ」

「地番です」

「それは気になる」

「でしょう?」

「だから調べる」

「やっぱり怪しいじゃないですか」

「怪しいから犯人にするなと言ってるんだ」

 三浦は少し不満そうな顔をした。

「刑事って面倒ですね」

「今ごろ気づいたか」

     *

 杉浦から金を借りていた人間への聞き込みは続いた。

 最初に会ったのは、自動車修理工場の経営者だった。

「ああ、借りましたよ」

 男はあっさり認めた。

「三百万」

「杉浦さんとは、返済を巡って問題は?」

「ないですよ」

「返済が遅れたことは?」

「そりゃありますよ。商売してりゃ予定どおりいかない月くらいある」

「そのとき杉浦さんは?」

「待ってくれましたよ」

 男は工場の奥を見た。

「あのリフトが壊れたとき、銀行じゃ間に合わなかったんです。杉浦さんがすぐ貸してくれた。あれがなかったら仕事止まってましたよ」

「恩人?」

「まあ、そうですね」

「杉浦さんを恨んでいた人に心当たりは?」

 男は苦笑した。

「社長やってりゃ、嫌われることもあるでしょう」

「杉浦さんは?」

「悪い人じゃなかったですよ」

 少し間があった。

「ただ?」

 真壁が聞く。

「いや……」

「何です」

「金の話になると、細かい人でしたね」

「返済?」

「それもあるけど」

 男は少し考えた。

「土地とか、建物とか。そういうのよく聞かれました」

「あなたにも?」

「工場の土地は自分のか、とか。裏の空き地は誰のだ、とか」

 三浦が手帳に書く。

「担保の話ですか?」

「そういう感じでしたけどね」

     *

 二人目は建材店の経営者だった。

「九百万です」

 こちらも借金を認めた。

「返せって言われてましたよ。そりゃ当然でしょう」

「揉めましたか」

「多少は」

「杉浦さんを殴りたいと思ったことは?」

「刑事さん、九百万返せって言われた人間が、一度も腹立てないと思います?」

 三浦が顔を上げる。

 男は笑った。

「でも殺しゃしませんよ」

「杉浦さんから他に何か要求されたことは?」

「倉庫を売らないかとは言われましたね」

「倉庫?」

「うちが持ってる古いやつ。使ってないから」

「借金の代わりに?」

「そういう話もありました」

「売ったんですか」

「いや。別のところから金作って返しました」

「なぜ杉浦さんは倉庫を欲しがったんでしょう」

「さあ。あの人、土地とか建物好きでしたからね」

「好き?」

「仕事柄でしょう」

 男はそう言って笑った。

     *

 三人目。

 元下請け業者。

 一千万円。

 返済を巡って杉浦と激しく揉めていた。

「ふざけた野郎でしたよ」

 それまでとは違った。

「死んだからって、いい人だったなんて俺は言いませんよ」

「何があったんです」

「仕事切られて、それでも金だけ返せって」

「借りた金ですよね」

「分かってますよ!」

 男は声を荒らげた。

 三浦がわずかに身構える。

 真壁は動かなかった。

「最後に杉浦さんと会ったのは?」

「二週間くらい前」

「亡くなった日は?」

「家にいました」

「証明できる人は?」

「女房」

「他には?」

「知らねえよ」

 十分に動機らしいものはある。

 だが、それだけだった。

     *

 車へ戻る。

 三浦が助手席でシートベルトを締めた。

「いっぱいいますね」

「何が」

「殺したい人」

「勝手に殺したいことにするな」

「でも、今の人なんかかなり恨んでましたよ」

「そうだな」

「農場主より怪しくないですか?」

「そうかもな」

「どっちです?」

「知らん」

「真壁さんでも分からないんですか」

 真壁はエンジンをかけた。

「分からないから捜査してるんだろ」

     *

 大森の農場へ着いたのは、午後三時を過ぎたころだった。

 県道から細い道へ入り、さらに山側へ上る。

 視界が開けた。

「結構広いですね」

 三浦が言った。

「ああ」

 畑が何枚も続いている。

 その向こうに作業小屋。

 古い軽トラック。

 農機具を置くための屋根付きのスペース。

 さらに奥には山が迫っていた。

 農場と山が別々にあるのではない。

 農場の背後そのものが、大森の所有する山林だった。

「大森さんですか」

 作業着姿の男が振り返った。

「そうですが」

 日に焼けた顔。

 六十二歳という年齢より少し老けて見える。

「県警の真壁です。杉浦隆一さんの件で、少しお話を」

 大森の表情が変わった。

「……杉浦さんの」

「ご存じですね」

「知ってます」

「杉浦さんからお金を借りていますね」

「ええ」

 否定しなかった。

「八百万円」

「そうです」

「返済は?」

「しています」

「遅れている」

 大森は少し黙った。

「農業なんて、毎年同じようにはいきませんよ」

「杉浦さんと揉めましたか」

「金を借りてりゃ、返せと言われることくらいあります」

 三浦が聞いた。

「杉浦さんを恨んでいました?」

 大森が三浦を見る。

「借金した相手が死んだら、借りた人間は全員犯人ですか」

 三浦が言葉に詰まった。

 真壁が口を開いた。

「そうなら楽なんですがね」

 大森が真壁を見る。

「金なら返しますよ」

「八百万を?」

「時間はかかる」

「杉浦さんは待つと言っていましたか」

「……さあ」

「他の話は?」

 大森の目がわずかに動いた。

 真壁はそれを見た。

「他の話とは?」

「例えば土地」

 大森は黙った。

 三浦が真壁を見る。

「杉浦さんの資料に、あなたが所有する土地の地番が残っていました」

「……そうですか」

「心当たりは?」

「ありますよ」

「何でしょう」

「山です」

 大森は農場の奥を指した。

「うちの山です」

     *

 三人は農場の端まで歩いた。

 畑の向こうから斜面が始まっている。

 木々が密集し、その先は見えない。

「どの辺りです?」

 真壁が聞く。

「もっと上です」

「杉浦さんは、この山を買いたがっていた?」

「全部じゃない」

 大森が答えた。

「一部だけです」

「どのくらい」

「細長く」

「細長く?」

「そうです」

 真壁は山を見上げた。

「何に使うと言っていました」

「詳しいことは聞いてません」

「売らなかった?」

「売りませんよ」

「八百万円の借金があるのに?」

 大森の顔が険しくなった。

「借金と山は別でしょう」

「杉浦さんはそう考えていなかった?」

 大森は答えなかった。

 三浦が聞く。

「借金を帳消しにする代わりに、土地を譲れと言われたんですか」

 大森の視線が三浦へ向く。

 しばらくして、

「似たような話はされました」

 と答えた。

「それでも断った?」

「断りました」

「どうしてです?」

 大森は山を見上げた。

「売れないからですよ」

「理由は?」

「うちの山だからです」

「それだけ?」

 大森は真壁を見る。

「それじゃ駄目ですか」

 真壁は答えなかった。

     *

 農場を出たあと、三浦が言った。

「かなり怪しいですね」

「またか」

「だって、八百万の借金。土地を巡って揉めてる。杉浦はその土地を欲しがってた」

「そうだな」

「動機になりますよ」

「なるかもしれん」

「なら――」

「三浦」

「はい」

「杉浦から金を借りてた人間は何人いた」

「今確認できてるだけで十一人」

「揉めてたのは」

「六人」

「土地や建物の話をされた奴は」

「……四人」

「大森だけじゃない」

 三浦は黙った。

「でも地番をメモしてたのは大森だけです」

「今のところはな」

 真壁は車を走らせた。

 バックミラーの中で農場が小さくなる。

 その奥に山がある。

 大森は山を売らなかった。

 八百万円の借金がある。

 それを整理できる可能性があったにもかかわらず。

 真壁には、そこが引っ掛かった。

     *

 捜査本部へ戻ったのは夕方だった。

 三浦が登記図や地図を机いっぱいに広げる。

「大森の土地、これですね」

「どれだ」

「ここ」

 山林は広い。

 農場の背後からさらに奥まで続いている。

 その中に、杉浦がメモしていた地番がある。

 真壁は眉を寄せた。

「これだけ?」

「はい」

「山全部じゃない?」

「違います」

「妙だな」

「何がです?」

「杉浦は土建屋だぞ」

「はい」

「山を欲しがるなら、もう少しまとまった土地を欲しがらないか」

 三浦が地図を見る。

 杉浦が目を付けていた土地は、確かに妙だった。

 細長い。

 面積だけ見れば、山林全体のごく一部にすぎない。

「何か建てるには細すぎますね」

「そうだな」

「資材置き場にも向かない」

「そうだな」

「じゃあ何で欲しかったんでしょう」

「それを調べる」

     *

 真壁は給湯室へ行った。

 三浦もついてくる。

「今日は何です?」

「キリマンジャロ」

「マンデリンやめたんですか」

 真壁の手が止まった。

「お前、本当に覚えてるな」

「毎日聞かされてますから」

 真壁は豆を量った。

「マンデリンに寄せるなら、もう少し深くてもいい」

「昨日は深すぎるって言ってませんでした?」

「キリマンジャロと合わせるならだ」

「同じコーヒーなのに?」

 真壁が振り返った。

「同じじゃない」

「面倒くさいなあ……」

「キリマンジャロの香りを残すなら、中煎りくらいで止めたい」

「はい」

「でもマンデリンのコクを出すなら――」

「真壁さん」

「なんだ」

「山の話しましょう」

 真壁は湯を注ぎながら言った。

「してる」

「してませんよ」

「似たようなもんだ」

「どこが」

「何を残して、何を生かすかだ」

 三浦が首をかしげる。

 真壁自身、事件とコーヒーを結びつけるつもりなどなかった。

 ただ頭の中では、さっき見た地図が消えなかった。

 広い山。

 その中の細長い一部分。

 杉浦は、そこだけを欲しがった。

 金では説明できない。

 土地の広さでも説明できない。

 真壁は抽出したコーヒーを一口飲んだ。

「……こっちだな」

「今度は正解ですか」

「いや」

「違うんですか」

「まだマンデリンが強い」

「入ってないでしょう、今」

 真壁が三浦を見る。

「ブレンドした場合の話だ」

「もう帰っていいですか」

「駄目だ」

 真壁はカップを持ったまま給湯室を出た。

「大森の山、もう一度調べるぞ」

「何を?」

「杉浦が欲しがった理由だ」

「借金の代わりじゃ?」

 真壁は立ち止まった。

「逆かもしれん」

「逆?」

「借金があったから土地を欲しがったんじゃない」

 三浦の顔から笑いが消えた。

 真壁は続けた。

「土地が欲しかったから――金を貸したのかもしれん」

 三浦が黙る。

 真壁は机の上に広げられた地図へ戻った。

 まだ何の証拠もない。

 ただの可能性だった。

 それでも一つだけ、はっきりしてきたことがある。

 杉浦隆一が大森耕作に求めていたものは、八百万円ではないのかもしれない。

 では、なぜ。

 この山の。

 この細長い場所なのか。

 真壁は地図を見つめた。

 答えはまだ、山の中に隠れていた。

――第四話 了

本作品はフィクションです。


作中には実在する国名・都市名・地名・制度などが登場しますが、物語および登場人物、事件、組織の描写は創作であり、実在する人物・団体・企業・事件とは関係ありません。


また、警察・捜査・出入国管理・海外の治安機関などに関する描写についても、物語上の演出を含んでおり、実際の制度や運用とは異なる場合があります。


なお、本作品には殺人事件、遺体、犯罪、捜査などに関する描写が含まれます。

お読み頂きありがとう御座います。

感想や評価、ブックマークをいただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。