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錆びた光道  作者: lazilywalker
3/9

第三話 錆

真壁修司シリーズ。

山中で発見された、一人の男の遺体。

周辺では熊の目撃が相次いでおり、当初は熊による被害と思われた。

しかし、遺体に残された傷には、わずかな違和感があった。

熊、錆びた鉄、八百万円の借金、そして山の中に引かれた一本の線。

刑事・真壁修司が追うのは、まだ存在しない「道」を巡る事件。

なお本人は、事件と同じくらいコーヒー豆の配合にも悩んでいる。


杉浦建設の本社は、県道沿いにあった。

 三階建ての建物の隣に資材置き場があり、その奥には重機が並んでいる。

 油圧ショベル。

 ダンプ。

 小型のロードローラー。

 鋼材やコンクリート製品も積まれていた。

 三浦が車を降りながら言った。

「鉄だらけですね」

「そうだな」

「傷から鉄が出たんですよね」

 真壁は三浦を見る。

「だから?」

「いや、何か関係あるかなって」

「この会社にある鉄製品を全部鑑定に出すか?」

「無理ですね」

「だったら今は忘れろ」

「はい」

 正面玄関には、まだ杉浦隆一の死亡を知らせるものはなかった。

 ただ、社員たちの表情は明らかに普段とは違っていた。

     *

「社長が殺されたって、本当なんですか」

 応接室で、専務の男が聞いた。

 六十を少し過ぎたくらい。

 杉浦とは会社創業時からの付き合いだという。

「現時点で詳しいことはお話しできません」

 真壁が答えた。

「熊じゃなかったんですか」

「それも含めて調べています」

 専務は深く息を吐いた。

「なんで社長が、あんな山に……」

「心当たりは?」

「ありません」

「杉浦さんは山へよく行きましたか」

「仕事なら行きますよ。うちは土建屋ですから」

「私用では?」

「さあ……山菜採りが趣味なんて話は聞いたことないですね」

 三浦が手帳に書き込む。

 真壁は聞いた。

「亡くなった日の予定は?」

「午前中はここにいました」

「午後は?」

「外へ出ました」

「どこへ」

「それが分からないんです」

「予定表には?」

「何も」

「一人で?」

「はい」

「珍しい?」

 専務が少し考えた。

「いや。社長はよく一人で出ます」

「営業ですか」

「営業もありますし、現場を見ることもあります。土地の話も自分で行くことがありました」

「土地?」

「造成とか開発とか。うちは建物だけじゃありませんから」

 真壁の目がわずかに動いた。

「最近、どこかの土地を買おうとしていましたか」

「そこまでは私も……。社長個人で話を進めることもありましたから」

「個人で?」

「ええ」

 真壁は三浦を見た。

 三浦が小さくうなずいた。

     *

 会社側の同意を得て、任意で確認できる資料を見せてもらう。

 取引先。

 工事案件。

 土地関係。

 杉浦個人が会社に保管していた書類。

 量が多い。

 三浦が机の上のファイルを見てため息をついた。

「これ全部ですか」

「全部だ」

「今日中には無理ですよ」

「誰が今日中にやれと言った」

「真壁さんなら言いそうなので」

「言わん」

「意外です」

「雑に百枚見るくらいなら、一枚ちゃんと見ろ」

 真壁は一冊のファイルを開いた。

 杉浦は仕事熱心だったらしい。

 書き込みが多い。

 土地の面積。

 工事費。

 所有者。

 地番。

 道路幅。

 見積額。

 何でも残している。

「土建屋ですねえ」

 三浦が言った。

「何を見てそう思った」

「土地を見る目が、俺たちと違う」

「例えば?」

 三浦が一枚の図面を指した。

「俺なら山は山ですよ。でも、この人は斜面の角度とか道路からの距離とか、そんなことばっかり書いてる」

「仕事だからな」

「でしょうね」

 真壁はその言葉を聞きながら、別のファイルを開いた。

     *

 夕方。

 捜査本部へ戻ると、法医から詳しい連絡が入っていた。

 三浦が報告書を持ってくる。

「真壁さん。出ました」

「何が」

「昨日の異物です」

 真壁は書類を受け取った。

「鉄を含む微粒子。それと酸化物……」

「錆ですか?」

「可能性の一つだ」

「じゃあ錆びた凶器?」

「飛ぶな」

 三浦が口を閉じる。

「鉄が酸化したものが付着していた。それ以上でも以下でもない」

「でも新品の包丁じゃなさそうですよね」

「そういう方向は考えられる」

「古い鉄の道具とか?」

「かもしれない」

「農具とか」

 真壁が顔を上げた。

「なんで農具なんだ」

「山で見つかったから」

「山に落ちてる鉄製品が全部農具なら楽なんだけどな」

「例えば、何があります?」

「工具。建設資材。古い機械。柵。ワイヤー。いくらでもある」

 三浦が杉浦建設から持ち帰った資料を見る。

「しかも被害者は土建屋」

「ああ」

「鉄なんて、どこにでもある」

「そういうことだ」

 錆。

 手掛かりには違いない。

 だが、それだけでは何も指さない。

 真壁は報告書を机に置いた。

     *

 翌日から、杉浦の人間関係を洗う作業が本格化した。

 まず会社。

 社員。

 元社員。

 下請け。

 取引先。

 土地所有者。

 工事を巡って揉めた相手。

 会社経営者である以上、関係者はいくらでも出てくる。

 しかし杉浦には、それとは別の顔があった。

「真壁さん」

 三浦が一枚のコピーを持ってきた。

「借用書です」

「誰の」

「地元の自動車修理工場の社長」

「金額」

「三百万」

「会社から?」

「杉浦個人です」

「返済は」

「残り百二十万」

「揉めてる?」

「今のところは」

「次」

「こっちは元下請けの人。五百万」

「返済状況」

「かなり遅れてます」

「次」

「飲食店経営。二百万」

「次」

「農家。四百万」

 真壁が手を出した。

「全部よこせ」

 三浦が束を渡す。

 杉浦隆一は、複数の人間に個人的に金を貸していた。

 金額も違う。

 理由も違う。

 事業資金。

 設備の修理。

 急な支払い。

 経営不振。

「闇金ですかね」

 三浦が言った。

「利息は?」

「法外って感じじゃないです」

「取り立ては」

「今のところ、そういう証言はありません」

「じゃあ決めつけるな」

「でも多いですよ」

「多いな」

 妙なのは、杉浦の評判だった。

 金を借りた者の何人かに事情を聞いたが、杉浦を悪く言わない者も多い。

「あの人が貸してくれなかったら店を閉めてた」

「銀行に断られたところを助けてもらった」

「返済が遅れたときも少し待ってくれた」

 そんな話まで出てくる。

 一方で、

「金の話になると別人だった」

「土地を持っているか何度も聞かれた」

「担保になるものはないかと言われた」

 という証言もある。

 善人なのか。

 計算高いのか。

 真壁には、まだ分からない。

 たぶん、どちらでもあるのだろう。

     *

 午後十時を過ぎた。

 捜査本部に残っている人間も減った。

 三浦は机に突っ伏しかけている。

 真壁は給湯室へ行った。

 豆を取り出す。

 マンデリン。

 昨日より挽き目を少し変える。

 湯を沸かす。

 そこへ三浦が入ってきた。

「まだ飲むんですか」

「飲む」

「寝られなくなりますよ」

「お前は?」

「俺は缶コーヒーで」

「好きにしろ」

 三浦が自動販売機へ向かう。

 真壁は豆に湯を落とした。

 膨らむ。

 香りが立つ。

 一口。

「……違うな」

「またですか」

「深い」

「昨日も言ってませんでした?」

「言った」

「じゃあなんで同じ豆なんです?」

「確認だ」

「何の」

「本当に深いのか」

 三浦は缶コーヒーを開けた。

「深かった?」

「深かった」

「でしょうね」

 真壁はマンデリンを飲みながら、借用書の一覧を眺めた。

 三浦も隣から覗く。

「多いですね」

「ああ」

「この中にいますかね」

「何が」

「杉浦を殺した人」

 真壁は答えなかった。

 一覧を指で追う。

 三百万。

 五百万。

 二百万。

 四百万。

 六百五十万。

 一千万。

「これだけ借りてる人間がいれば、恨んでる奴もいるでしょう」

 三浦が言った。

「逆だ」

「え?」

「借りたから恨むとは限らん」

「返せって言われたら?」

「それでもだ」

 真壁は紙を置いた。

「金だけで決めるな」

「はい」

「借金が動機なら、候補はいくらでもいる」

 三浦が一覧を見る。

「じゃあ、どうするんです?」

「違いを探す」

「違い?」

「杉浦が、誰に何を求めていたかだ」

     *

 三日目。

 杉浦の個人資料を整理していた捜査員から連絡が入った。

「真壁さん、ちょっといいですか」

「どうした」

「借用書関係なんですが」

 一枚の紙が差し出された。

 借主の名前。

 金額。

 返済記録。

 ここまでは他と同じだった。

 だが、余白に杉浦本人の筆跡と思われるメモがある。

 三浦が読み上げる。

「……地番?」

 真壁は紙を受け取った。

 数字と地名。

 土地を示す記載だった。

「借金の資料ですよね?」

「ああ」

「なんで土地の地番が?」

「さあな」

「担保?」

「確認する」

 借主の職業を見る。

 農場経営。

 借入額は八百万円。

 三浦が言った。

「八百万……結構ありますね」

「もっと借りてる奴もいる」

「そうですね」

 真壁は地番をもう一度見た。

 借金そのものは珍しくない。

 杉浦から金を借りていた人間は他にもいる。

 八百万円という金額だけなら、農場主一人を特別視する理由にはならない。

 しかし――。

 他の借用書にはないものが、ここにはあった。

 土地の地番。

「三浦」

「はい」

「登記を確認しろ」

「この土地ですか?」

「ああ」

「何かあると思います?」

 真壁は答えなかった。

 代わりに、冷めかけたマンデリンを飲んだ。

 やはり深い。

「真壁さん?」

「土地を見てからだ」

 三浦が出ていく。

 真壁は借用書を机の上に置いた。

 杉浦隆一は土建屋だった。

 土地を見る人間だった。

 山を見れば斜面を見る。

 空き地を見れば道路を見る。

 そして、金を貸した相手の資料にまで土地の地番を書き残していた。

 単なる担保なのか。

 それとも――。

 真壁はもう一度、その数字を見た。

 事件が起きてから初めて、金とは違うものが見え始めていた。

――第三話 了

本作品はフィクションです。


作中には実在する国名・都市名・地名・制度などが登場しますが、物語および登場人物、事件、組織の描写は創作であり、実在する人物・団体・企業・事件とは関係ありません。


また、警察・捜査・出入国管理・海外の治安機関などに関する描写についても、物語上の演出を含んでおり、実際の制度や運用とは異なる場合があります。


なお、本作品には殺人事件、遺体、犯罪、捜査などに関する描写が含まれます。

お読み頂きありがとう御座います。


続きは明日、3話投稿予定です。


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