第6話 勇者
え? 何この若干神々しい剣? 俺こんな剣手にした覚えないんだけど。いつから持ってた? そういえば教会に向かう途中、急に身体が軽くなった気がしたけど……
「それで、その剣はどうしたの?」
「いや、俺もよくわからなくて? ……ん? 頭になんか文字が……『勇者』?」
なんだ?勇者って? この剣と何か関係があるのか?
「もしかして、世力のことかしら? いつのまに覚醒したの?」
「え? いやいや、ただここに走って来ただけだよ? こんな非常事態にそんな覚醒の仕方なんて……」
町が危機的状況の中で、ただ走って覚醒するやついる? こう言う時って、魔物と戦ってる時に覚醒とか、大切な人を守る時に覚醒とか、負けそうな時に逆転の一手として覚醒とかそんなんじゃないの? え? 走って覚醒? ダサくない?
こ、こうなったら。
「アイ」
「何かしら?」
「例え世界が敵になったとしても俺はアイの味方だ」
ステンドグラスから差し込む淡い光も相待って、今ここは世界の中心ではないかと錯覚するほどサマになってるだろう。
「今更キメ顔で覚醒の瞬間を演出しても意味ないわよ?」
「……」
台無しである。
まぁ、元々手遅れだったんだけど。一生に一度の覚醒の瞬間がこんな形になるとは。
っと、今はそんな事を気にしてる場合じゃなかった。しかし、今更だけど『勇者』か……。500年前の勇者と同じ。キースの件もあるし厄介ごとが舞い込みそうだ。
まぁ、なるようになるか。とりあえずは今は現状をどうするか考えないと。
「まぁ、俺のことは置いておいて、とりあえずこれからどうするか……ん?」
ブーーン
教会の外から虫の羽ばたく音が聞こえる。魔物が近づいて来たか?町の人はほとんど地下の避難所に逃げただろうから、地上にいる俺らを察知して来たのかもしれない。
怪我人も不穏な音が聞こえたのか、小さい子どもは今にも泣き出しそうになっている。
「俺が外を確認してくるから、アイ達は教会の中でなるべく物音を立てずにいてくれ」
「……一人で大丈夫なの?」
「大丈夫さ。俺を誰だと思ってるんだ? 勇者様だぞ?」
不敵に笑ってそう告げる。
今さっき世力で知っただけ。なんの実績もない。けど、ここは見栄を張ってでもみんなを安心させないとな。
「そうね。信じてるわ」
「あぁ、行ってくる」
右手の聖剣(仮)を強く握り直しながら、教会の外に出た。
見上げる形、少し離れた所に3匹のアーマーワスプがホバリングしている。
こいつとは戦ったことがないが、町の被毒者の原因になってるから、情報は知ってる。甲殻が硬い分、重量があるのか動きは遅い。けど、両手とお尻の部分の針は次から次に撃ち出すことができるらしい。当たれば毒をくらうし、3匹もいると、避けるのは大変そうだ。
でも、何故か負ける気はしないな。世力が覚醒した影響なのか、身体が軽い。今なら、覚醒する前の数倍は速く動けそうだ。
「ふふふ、お前達じゃ俺に勝て……おわっ!?」
3匹から一斉に針が飛んできて、咄嗟に横っ飛びで回避する。
「こら!? 喋ってる最中に攻撃はレギュレーション違反だぞ!?」
この瞬間も次から次に針が撃ち出される。いったいその針どうなってるんだよ!? 3回打ち出した後にニョキニョキ針が生えてくるの気持ち悪いんだけど!
1匹だけなら、生え変わるタイミングで隙ができるんだろうけど、3匹がお互いの隙をカバーし合ってるせいで、攻撃に移れない。
下級はそんなに知能高くないって聞いてたんだけど。魔族が使役してる影響なのかね。
見たところ針は建物の壁を貫通する程の威力はないようだから、一旦隠れよう。
「ふー……さて、どうしたものか」
物陰に隠れて、アーマーワスプからは見えなくなっているが、無策で突っ込んできたりはしないようだ。連携が崩れて1匹が突出したりしてくれたら、各個撃破しやすかったんだが。
絶妙に剣の間合いから外れた位置でホバリングしてるのも腹立たしいな。
隠れながら、位置を変えて、屋根に上がるか?
……ん? 聖剣(仮)から何か伝わってくる。聖剣の使い方? なになに、巨大な斬撃を飛ばせる? そんな事ができるのか。
けど、今伝わって来たイメージ的に角度に気をつけないと、町や防壁に被害が出そうだな。身体の感覚にもだいぶ慣れて来たし、位置調整してぶっ放すか。
「ギギ!」
物陰から飛び出した途端にまた針の弾幕が始まる。さっきまでは難しかったが、身体能力の変化に適応した今なら避けるのはさほど難しくない。
だけど、避けてるだけだと、こいつらは今の位置から移動しそうにないな。ジャンプして斬れないこともないが、飛行能力あるやつに空中戦挑むのはリスクが高い。
そうだな、一度針が効果ないことを知らしめるために全部撃ち落としてみるか。
手の聖剣を針の側面に当て軌道をずらし地面に叩き落とす。
1……3……15……30……60
60を超えたあたりで針の射出が止まる。アーマーワスプ達も今の攻撃が意味のないことに気付いたんだろ。無限と思われる針だが、生成にエネルギーを何も消費しないわけがないし、無駄に撃ち続けるのは愚策と判断したか?
「ギギギっ」
どうやら逃走するみたいだな。魔族のいる東門の防壁を再度越えるためか高度を上げ始めた。
いいぞ、いい位置だ。そこなら、お前らしか当たらない。
聖剣を両手で握りなおし力を込める。僅かに刀身の輝きが増した聖剣を上段に構え全力で振り下ろす。
「ルクス・カリバァァー!!」
刀身から光の奔流が斬撃の形を取り、斜め上方へと飛んでいく。刹那の時間でアーマーワスプを飲み込んだ斬撃は減衰することなく町の防壁はるか上を突き進み上空の雲を消し飛ばした。
――――――
【少し時は遡って東門】
東門の外側は壮絶な光景が広がっていた。小規模なクレーターが幾つもでき、地面からは溶岩が噴き出している。
これほどの地形の変化はたった二人の人間と魔族によってもたらされている。
「あっついわね、汗かくじゃない」
「溶岩の熱の近くで汗かくだけって、本当に人間ですか〜?」
クライスから東門の確認を依頼されたエステルは、到着し魔族を目にした瞬間、即座に攻撃を加えていた。
歴戦の感がこの魔族は自分にしか相手できない。そう判断したのだ。
その判断は正しく、エステルが魔族を抑えていることによって、衛兵の被害は最小限に済んでいる。だか、それは町の最高戦力であるエステルが自由に動けない状況を意味する。
衛兵達も決して弱くはないが、エステルと魔族の戦闘の余波に耐えつつ、下級中級魔物から町を守るには些か力不足と言わざるを得ない。
「うっさいわね、歴としたか弱い人間よ」
「か弱い人間はボコボコクレーターを作ったりはできませんよ〜?」
「細かい女ね。そういう女はモテないわよ」
「貴女みたいな怪力女が言っても説得力ありませんよ〜」
「あたし、所帯持ちだけど?」
「所体を持ってるから何だって言うんですか。結婚してるイコールモテてるとは限りません。そうです、だから私が結婚していないのも別にモテていないからではありません。そう、相手に恵まれていないだけです。しようと思ったらいつでもできるんですよ。してないだけです。そこの違いは重要です。そもそも私は魔族の中でも高嶺の花に位置する存在です。気軽に声をかけられる男性もいません。立場も私の邪魔をしてますね。つまり、私はモテてるけど状況が結婚を許してくれないってだけです」
「急な早口怖いんだけど」
怪力女に負けたのが悔しかったのか、間延びした話し方をやめて言い訳が凄い。
「まぁいいわ、それで? いい加減こんな辺鄙な町を襲いに来た理由教えてくれないかしら?」
「コホン……そうですね〜、この町には特に意味などないですよ〜」
「意味がない? どういうこと?」
「そこまで、詳しく話しませんよ〜。ただ、近いうちに魔族と人間の戦争が始まるでしょうね〜」
「500年前の報復、復讐といったところかしら?」
「さぁ、どうでしょう〜」
ニコニコと掴みどころのない様子で話す魔族。エステルはその様子にイラつきを感じるが、怒りは戦闘においても精細さを欠く原因となる。
エステルと魔族の能力に大きな差はない。ほんの少しの要因が勝敗の天秤を傾けてしまう。その為、感情を排し冷静でいなければならない。
「まぁいいわ。話す気がないならさっさと戦いを終わらせましょ。もちろんあたしの勝ちでだけど」
「大した自身ですね〜。では、私が貴女に敗北を教えてあげますね〜」
「やれるものならやってみなさい」
言い終わると同時に二人は高速で前に踏み込む。エステルのメイスと魔族の溶岩で作られた鉄甲が何度も大きな音を立てながら衝突し、衝撃で暴風が荒れ狂う。
遠目で見ているにも関わらず衛兵には二人の動きが目に映ることはなかった。
どれだけの交差の末か、エステルは魔族の脳天を叩き割る為上段より渾身の一撃でメイスを振り下ろす。魔族はなんとか回避するが、振り下ろしたメイスが地面に当たった瞬間、轟音と共にクレーターが作られ、衝撃で二人の距離が空く。
「……今日一番大きいクレーターじゃないですか〜。もしかして、手を抜いてたんですか〜?」
「身体があったまってきたところよ」
「恐ろしいですね〜」
言葉とは裏腹に魔族に焦りの色はない。魔族にもまだ奥の手があるのだろう。
「しっかし、ここまで実力が近いと埒が明かないわね」
「それには同意ですね〜」
お互いに千日手となり始めている状況に辟易している様子だ。
相手の出方を窺っている時戦場に大きな音が響く。
ドォーーン!!
「何? あれ? あんたらの仕業?」
「……」
町の中から防壁を越えて上空に光の斬撃が飛んでいく。それをみたエステルは魔族の仕業かと問うが、魔族からの返答はなく思案顔となっている。
「ちょっと? 聞いてる?」
「ふふっ、これは嫌な情報を知れましたね〜。どうやら、私達の仮説は間違ってなかったようですね〜」
「? 何のこと?」
「いえいえ、こちらの話ですよ〜。……少し用事を思い出しました〜。貴女との戦いで万が一にも負けるわけにはいかないので、ここで失礼させていただきますね〜」
「あの光に何があるのか知らないけど、逃すとでも思ってるの?」
「いえ、逃げさせてもらいますよ〜?」
魔族はそういうと、上空に巨大な溶岩塊を瞬時に作り出した。
「あんた!? それ!?」
「貴女にはこの技はほとんど効かないでしょうけど、後ろにいる人間さん達はどうでしょうね〜」
「くっ!」
「それでは、失礼します、また会う事があればその時は決着をつけましょうね〜」
魔族が手を振ると溶岩塊が上空から勢いを増しながら落ちてくる。
「あぁ〜もう! 仕方ないわね!」
エステルは溶岩塊を睨むと、メイスに力を込め
「ヘヴィ・インパクトォォ!!」
言葉と共に振り上げたメイスが溶岩塊に触れ、瞬間世界から音が消えた。
静寂の中、徐々に溶岩塊に亀裂が入り、次の瞬間爆音と共に粉々に吹き飛ぶ。
エステルはすぐに周囲を確認するが、魔族の姿は既になかった。




