第3話 幼馴染
「「「ご馳走様でした」」」
「はい、お粗末さまでした」
母さんのご飯はいつも美味しい。火の通り具合、絶妙な味付け、レパートリーの多さ。こんなに美味しいと、父さんも胃袋を掴まれたに違いない。
けど、ご飯を食べ終わっても今だに震えが治まらないって、どんだけ深いトラウマを刻まれているのか。おいたわしや。今後、父さんの前ではフライパンの話はしないでおこう。
「にぃに、確か今日ってアイちゃんと約束してたよね?」
「うん?あぁ、薬草を取りに付いて行く予定だけど」
「ユナも付いて行って良い?」
「多分大丈夫だと思うよ。相変わらずユナはアイの事が好きなんだな」
「好きなんて軽い言葉で表せないね。アイちゃんの神々しい容姿、気品のある話し方、何事にも動じない精神力。どれをとってもすべての女性の頂点に立つお方。もはや、神様と言ってもおかしくないくらいだよ。もちろんアイちゃんの凄いところは見てわかる簡単な部分だけじゃなくて、あれはユナが7歳の時だったんだけど、道に迷ったユナを…………7歳とは思えないアイちゃんの思慮深さや、思いやりの心…………それでね」
「あ、うん」
止まることのない怒涛の褒め言葉がユナの口から溢れ出してくる。これだけ褒められると当の本人が聞いたら恥ずかしくて参りそうなものだが、なんだかんだユナとアイは同い年ということもあって仲良くやっている。
「こらアルス! ユナにアイーシャちゃんの事について深掘りしたらダメだって忘れたの!?」
「う、うっかりしてた」
「また、僕だけ徹夜コースかい?」
以前同じ事が起きた時に、父さんは朝まで徹夜でユナの相手をしていた。今の状態のユナの相手を長時間した父さんには尊敬する。……まぁ、そう仕向けたのは俺と母さんなんだけど。その時のことをまだ根に持ってるようだ。
「いいえ、今回はアルスの責任なんだから、ユナをどうにかしなさいよ?」
「うっ、わかったよ」
とは言ったもののどうしたものか。こうなったユナはそう簡単には止まらない。どうすべきだ? 甘いもので釣る? いや、甘いもの<アイだ。ならいっその事アイが来たと嘘を言うか? いや、これもダメだ。嘘だとバレた後『アイちゃんの事で嘘をつくなんてありえない』と烈火の如く怒りだし、状況が悪化する。どうしたらいい、この状況を解決する方法は一体何がある。諦めるな俺! 灰色の脳細胞をフル稼働させるんだ!
……そうだ!? もうこれしかない!
「ユナ! 俺を踏めぇぇぇー!」
「随分悩んでた割に結論がそれなのね」
母さんが何か言ってるが、気にせずユナの前に跪く。フル稼働させ熱を帯びた頭には冷たい床が心地いい。
「気持ち悪い」
グシャ
「普通に踏むのもどうなの? この子達育て方間違えたかしら?」
「それより、今の音、アルスの頭は潰れてないかい?」
容赦のない一撃が頭に突き刺さる。ふっ、体重の軽いユナの踏み付けなど効かぬ。……あれ? 何か頬に伝ってきたんだけど? ん? ユナいつのまにヒールなんて履いたの? もしかして刺さってる? ねぇ!? 刺さってる!?
「大丈夫、気のせいよ」
「なんだ、気のせいか」
「とりあえず、血は拭こうか」
「父さん何言ってるの? 気のせいだよ?」
「……僕の目がおかしいのかな?」
やれやれ、父さんは心配性だな。こんなたわいないやりとりで流血沙汰なんてあるわけないのに。
―――――
「「行ってきます」」
「気をつけて行ってくるのよ。ユナ、アルスの事お願いね」
「任せて!」
「仕方ない、この俺の面倒を見る栄誉を与えよう」
「ママ、やっぱりどこかに捨ててきてもいいかな?」
「そこも含めて任せるわ」
「俺の生殺与奪の権を妹に与えないでくれる?」
どうやら、俺が生きて帰って来れるかはユナの匙加減で決まるようだ。
「冗談は置いておいて、最近魔物の数が以前より増えてきているみたいなんだ。衛兵が町周辺を警護しているとはいえ、護身用の剣だけでも持っていきなさい」
「あなた、そういう事を言ってしまうと逆に襲われる可能性が高くなるそうよ。だから、何も持って行かない方がいいわ、むしろ靴置いてく?」
「逆張りすぎない?」
母さんの心配の仕方は少しおかしい。まぁ、母さんの場合、最悪その辺の石ころでもあれば戦えてしまうから、その辺りの感性が一般人からズレてしまうのだろう。
「とりあえず、今回は父さんの言葉を聞いて剣を持って行くよ」
「うん、その方がいいね」
「……まぁ、今のやりとりで襲われる可能性は減ったでしょうから多めに見るわ」
一体何が見えてるんだろうか? 可能性の話とかはむしろ父さんの方が得意そうなんだけど。
「にぃに、早く行こ?」
「あぁ、ごめんごめん。それじゃ今度こそ行ってくるね」
「「行ってらっしゃい」」
俺とユナは両親に見送られながらアイの家に向かって歩き出した。
――――
道すがら、周りを見ると通りは賑わっている。人口は3000人程度とそこまで大きな町ではないが、王都から遠すぎず近すぎずの立地で特産品もあることから、小さい町にしては活気がある方だろう。
「なんや、そこにおるんはアホスやないか」
また、王都に向かう中継地としての役割もあるため、冒険者や旅行客、行商人の出入りもそこそこあり、町の経済的発展に繋がっている。
「おい、聞いとるんか? 無視とはええ度胸やな」
「俺の両親はこの町の衛兵を統率する立場にあり、父さんが警備状況に詳しかったのは、そのあたりが関係している」
「思考がダダ漏れやで。なんでそない説明口調やねん」
「ん? なんだキースいたのか」
「今気づいたんかい」
いつの間にか目の前にキースが立っていた。昔から何かと突っかかってくるが、実害はないし悪い奴ではないと思う。多分仲良くなりたいんだろう。
「キースは仲間になりたそうな目でこちらを見ている」
「アホか、どういう思考回路しとんねん。」
「あれ? 違った? じゃあ、何か俺に用か?」
「ちょいと忠告や。アホスでも理解できるように言うたる」
「忠告? いった「ちょっと、キースさん?」……あの、ユナさん?」
キースと話してたらユナが何やら怒った様子で割り込んできた。しかも、余所行きモードだ。親しい人以外には、憧れを真似た喋り方で話して距離をとるんだけど、お兄ちゃんはユナの将来が不安です。
「さっきから兄さんに失礼じゃないですか?」
「そうだそうだ〜、失礼だぞ!」
「失礼? 何のことや?」
「恍けないでください。兄さんをアホスと呼んでいいのは許可された私だけです」
「そうだそうだ! ……ん? 誰にも許可を出した覚えないけど?」
「ふん、そないなこと知るかいな。アホすぎるこいつをアホスと呼んで何が悪いねん」
「アホすぎるは全面的に同意ですが、それとこれとは関係がありません」
「あれ? 急に味方いなくなった?」
おかしいな、途中まで2対1の構図だと思ってたのに、いつの間にか2人から罵倒されてるんだけど。
後、会話してるようで俺だけ除け者にされてない? この2人ある意味で息ぴったりなんだけど、ヤダ。
「ふん、興醒めや。もうええ、簡単に言うたる。ええかアルス、お前はアホすぎるんや。いつまでもその調子でおったらいつか痛い目見るで」
「? あぁ、よくわからないけど、肝に銘じておくよ」
「兄さん、こんな胡散臭い人の言う事を聞く必要はないからね」
「……お前んとこの妹は、相変わらずええ性格しとんの」
「だろ? 自慢の妹だ」
「アホ、皮肉や」
そう言い残してキースは雑踏の中に消えて行った。一体何を伝えたかったんだろう? とりあえず気を引き締めたらいいのかな? 魔物も増えてきてるらしいし、もしかしたら遠回しに心配でもしてくれたんだろうか?
「相変わらず失礼な人だね」
「まぁ、そう言ってやるな。あいつもつい先日『剣聖』の世力を授かったばかりで色々重圧があるんだろ」
「あの人が『剣聖』って本当なの? 伝説では『勇者』と共に魔王を討ったって言う3ケン人の1人だよね?」
「本当らしいぞ? 公にはなってないけど、父さんが言うには近々王都から使者がくるらしいからな」
「ふーん、まぁユナ達には関係ない話だね」
そう、関係ない話だ。恐らくキースは王都の使者と共に王都に行き、王立学園に入学するはず。なんだかんだありながらも長い付き合いだ。故郷を離れて1人旅立つキースの心情も理解できなくはない。
「にぃに何してるの? 早くアイちゃんのところに行くよ!」
「はいはい、今行くよ」
とりあえず、今は大遅刻をかましてる現状を、どうアイに言い訳するか考えることに集中しよう。
――――――
カンカン
「アイちゃんいますかー?」
小気味いい叩き金の音と共にユナがアイを呼ぶ。どうしよう、結局言い訳何も思いついてない。初手靴を舐めたら許してくれないかな?
「? にぃにどうしたの?」
「靴を舐める時の作法ってどんなんだっけ?」
「アイちゃんに何する気!?」
そうか、ユナに遅刻してることは言ってなかったな。あれ? ユナにも知られたら、俺捨てて帰られるんじゃ? 『アイちゃんの約束に遅刻するなんてありえない』って。あわわ、ユナにバレずにアイに言い訳をしなければいけない。難易度が跳ね上がったぞ。
「今開けるわね」
まずい、アイがドアを開けてしまう。
ガチャ
「『時間通りに来るなんて珍しいじゃない』、今日は槍でも降るのかしら」
!? 流石アイだ。状況を察して助け舟を先に出してくれるなんて。
ん? ユナから見えない位置で指を1本立ててる? え? 貸し一つ? ……謹んで受け入れます。
「ユナも来てくれたのね、ありがとう」
「アイちゃんに会いたくて付いてきちゃったけど、急に来て迷惑じゃなかった?」
「迷惑じゃないわよ。友達だもの、来てくれて嬉しいわ」
「えへへ、よかった」
嬉しそうな顔だこと。ここまでの笑顔は家でもなかなか見せないからな。
アイが教会の手伝いを始めてから、ユナが邪魔してはいけないと気を使った事で関わりが減ってるからな。本当は昔みたいにもっと遊びたいだろうに。
「それじゃあ、薬草取りに行くか」
「ごめんなさい、その事なんだけど、今日は毒消し草の採取に変更してもいいかしら?」
「別に構わないけど、薬草の方は大丈夫なのか?」
「私も詳しい事は知らないのだけど、今朝神父様が薬草は大量に手に入ったから毒消し草を取ってきて欲しいって言ってきたのよ」
「そう言う事ならいいんだけど。確か毒消し草は反対の西門側だったよな?」
「ええ、そうよ。2人とも付き添いお願いするわね」
「うん! 任せてアイちゃん!」




