どうぞ(諦めた)
昼前、見送りが終わった。
カステル卿が最初に出た。次にレオン殿。エンデ殿は随行を二人連れていたので少し時間がかかった。モリッツ殿は玄関でガレットと何か確認していた。イルデ先生は荷物がなぜか三袋に増えていた。
「先生、荷物が増えてませんか」
「遺跡の石をいくつか採取しまして」
「……許可は取りましたか」
「今から取ります」
「……ガレット」
「後ほど書面で対応します」
(ガレットが処理してくれる。頼りになる)
全員が出た。
庭に馬と荷車が並んでいた。マリスが元気よく手を振っていた。ガレットが各方面に頭を下げていた。
ドランク王だけ、まだ動いていなかった。
縁側のところで、領地の方を見ていた。
(……この人はいつも最後になる)
「陛下、お馬の準備ができています」
随行の一人が声をかけた。背の高い、まじめそうな男だった。
「分かった」
ドランク王は言った。でも動かなかった。
「……陛下」
「もう少しだけ」
随行員がため息をついた。声には出さなかったが、肩が落ちた。
(……部下も大変だな)
俺は縁側の端に立って、スキルを確認した。今日も全域で上がっていた。北の丘がまた少し動いていた。
「ライル」
ドランク王が言った。
「はい」
「一つ聞いていいか」
(……また何か言う)
「どうぞ」
「——毎月来てもいいか」
静かだった。
鳥の声がした。遠かった。
(……毎月)
「昨日「なんとなく」って言ってませんでしたか」
「あれは昨日の話だ」
「今日から毎月になったんですか」
「ここは来るたびに何かある」
(……そりゃそうだ。毎回ちょうどいい場面に当たってるだけだが)
「用事がある時だけにしてほしいんですが」
ドランク王が少し間を置いた。
「——用がある(なんとなく来たかっただけだが)」
「……陛下、今括弧の部分が聞こえました」
「聞こえなかった」
「聞こえました」
ドランク王が俺を見た。真顔だった。
「——毎月来てもいいか」
もう一度言った。今度は括弧なしで。
(……この人は本当に)
俺は少し考えた。
止める理由があるか。
来ても俺の仕事が直接増えるわけではない。ガレットが対応する。今まで毎月来ていたのに、今更月一回で騒ぐほどでもない。
(……来る前から毎月来てたじゃないか、この人は)
「……どうぞ」
俺は言った。
「本当にいいのか」
「もう諦めました」
「諦め?」
「「また来る」が毎回の口癖なので。毎月と聞いても、そんなに変わらない気がして」
「……正直だな」
「いつもです」
ドランク王が少し笑った。声に出さない、いつもの笑い方だった。
「——来月も来る」
「どうぞ」
その時だった。
「えっ!!!!!!」
マリスが飛んできた。
「毎月!! ドランク陛下が!! 毎月!!」
「マリス、声が大きい」
「毎月ですよ!! ライルさん!! どういうことですか!!」
「「どうぞ」と言いました」
「「どうぞ」って言ったんですか!!」
「はい」
マリスが俺を見た。ドランク王を見た。また俺を見た。
「——いいんですか」
「面倒を止めるのも面倒なので」
「……それは諦めですよね」
「そうです」
マリスがドランク王の方を向いた。
「陛下!! 毎月ですか!!」
「毎月だ」
「本当に!! 毎月!!」
「毎月来るといった。毎月来る」
ドランク王は落ち着いていた。
マリスがまた俺を見た。
「ライルさん……本当にいいんですか……」
「はい」
「……そうですか……」
(マリスが心配してくれているのは分かるが、俺が「諦めた」という理由が伝わってない気がする)
「若様」
ガレットが来た。
「はい」
「ドランク陛下の「毎月のご訪問」について、公式の日程調整が必要でしょうか」
「……必要ですか、陛下」
「必要だろうな。来る日を決めた方が向こうも動きやすい」
ガレットが小さく頷いた。
「では、今月のご出立後、陛下の侍従から日程の候補をいただく形でよろしいでしょうか」
「問題ない」
「——カシム」
ドランク王が随行員を呼んだ。背の高い、さっきため息をついた男だった。
「はい、陛下」
「来月からの日程をガレットと決めろ」
カシムが固まった。一秒ほど。
「——陛下。「毎月」というのは」
「毎月来る」
「……毎月、ヴァンダール領に」
「そうだ」
「……陛下、来月は南部の——」
「調整しろ」
「——はい」
カシムがガレットの方を向いた。目が「すみません」と言っていた。
ガレットが静かに頷いた。
(……カシム殿も大変だな)
「若様」
ガレットがこちらを向いた。
「はい」
「よろしいのですね、毎月」
「……はい」
「承知しました。日程調整はこちらで対応します」
(ガレットが「承知しました」と言う時は本当に承知してくれている。ありがたい)
マリスがまだ何か言いたそうにしていた。でも黙っていた。
ドランク王が縁側から動いた。馬の方へ歩き始めた。
「——来月も来る」
「どうぞ」
(もう何回言うんだ)
「来月が楽しみだ」
「……はい」
「お前は楽しみではないのか」
「考えていませんでした」
ドランク王が少し振り向いた。
「——考えておいてくれ」
「……善処します」
「善処でいい」
馬に乗った。随行員が後に続いた。カシムが最後に俺の方を見た。軽く頭を下げた。
(……カシム殿、すまない)
馬が動き始めた。
蹄の音が遠くなっていった。
(……来月も来るのか)
(来月が来たら再来月も来るんだろうな)
マリスが隣に立っていた。
「ライルさん」
「何ですか」
「……本当に諦めたんですか」
「はい」
「なんでですか」
「止めるより諦める方が面倒じゃないので」
マリスが黙った。少し考えていた。
「……なるほど?」
「はい」
(分かってもらえたかどうかは分からないが、まあいい)
「若様」
ガレットが戻ってきた。
「はい」
「先ほどの件、カシム殿と来月の候補日を三つ確認しました。若様のご確認をいただければ」
「……もう決めたんですか」
「決まる間に決めました」
(……仕事が早い)
「分かりました。後で見ます」
「承知しました。もう一点」
「何ですか」
ガレットが少し止まった。
「——若様、今日は少しお時間をいただけますか」
「何の話ですか」
「若様だけに、お話ししたいことがございます」
「俺だけ」
「はい」
(……ガレットが「若様だけ」と言う場面はあまり記憶にない)
「——分かりました。あとで」
「ありがとうございます」
ガレットが頭を下げた。それから書面を持って家の中に戻っていった。
(……何の話だろう)
「ライルさん、ガレットさんが珍しいですね」
マリスが言った。
「そうですね」
「「若様だけ」って言うの、初めて聞いた気がします」
「俺も記憶にないです」
(……面倒な話じゃなければいいが)
(いや、面倒な話でも聞く。ガレットが「若様だけ」と言う時は、それなりの理由があるはずだ)
スキルを確認した。
全域で動いていた。今日も上がっていた。
(……領地は動いてる)
庭が静かになっていた。出立の騒ぎが終わって、いつもの午後になっていた。
(来月もドランク王が来る。再来月も多分来る)
(面倒くさい——でも、まあ)
「若様、昼飯の準備ができています」
台所の方から声がした。
「分かりました」
(……まずは飯だ)




