箇条書きにします
翌朝、ガレットが来た。
「若様」
「はい」
「各国の代表方が、昨日の会議の「四、その他の申し入れ事項」について、もう少し詳しく確認したいとのことです」
(……昨日終わったと思ってたんだが)
「何件ですか」
「現時点で六件です」
「六件」
「はい。テルミスから二件、シュタールから一件、エンデ殿から一件、カステル卿から一件、それからイルデ先生から一件です」
(……全員からか)
「また会議ですか」
「正式な会議というより、確認の場です。今日の午前中に皆さんが出立されますので、その前に、できれば」
(……面倒くさい。でもここで断ると後が面倒になる)
「分かりました。どこでやりますか」
「昨日と同じ部屋が使えます」
「そこで」
俺は椅子から立った。外はまだ朝だった。昨日と同じ光の角度だった。
部屋に入ったら、もう全員いた。
(……集まるの早いな)
カステル卿。レオン殿。モリッツ殿。エンデ殿。イルデ先生。昨日の座席とほぼ同じ位置に自然に収まっていた。
ドランク王はいなかった。
(……あの人だけいない)
「ドランク陛下は」
「先ほど「朝の散歩に行く」と出ていかれました」
ガレットが答えた。
「……散歩」
「はい」
(会議に呼ばれてないから自由に動いてるのか、それとも本当に興味がないのか)
「では始めましょうか。六件ということでしたが」
俺は言った。
全員が書面を取り出した。それぞれが別の書面を持っていた。折り方が違う。内容が見えない。
(……これを六件、順番に聞いていくのか)
(面倒くさ)
「あの」
俺は言った。
「先に全件、項目名だけ言ってもらえますか。一件ずつ話す前に」
全員が少し止まった。
「箇条書きにします」
俺は卓の端に置いてあった紙と炭筆を取った。ガレットが昨日から使っていたやつだった。
「テルミスから、二件。何ですか」
レオン殿が少し間を置いた。それから口を開いた。
「一点目は、遺跡の学術資料の写しについて。イルデ先生の報告書が出た際に、テルミスの研究機関にも共有していただけるか。二点目は、魔素計測の定期報告について。数値を定期的に受け取れる仕組みが作れるか」
俺は紙に書いた。
一. 遺跡資料の写し(テルミス・研究機関)
二. 魔素計測の定期報告
「次。シュタールから一件」
「農業技術支援の具体的な窓口について。こちら側の担当者を決めていただければ、詳細をご相談したいと思っています」
モリッツ殿が言った。
俺は書いた。
三. 農業技術支援の窓口設定
「エンデ殿」
「護衛団の宿営地について。次回こちらに来る際、どこに宿を取るべきか確認したい」
「次回前提で話してるんですね」
「ええ、また来ると思いますので」
(……みんな来る気でいるんだな)
四. 護衛団の宿営地
「カステル卿」
「ヴァンダール家の現在の文書管理体制について。共有文書の正式な保管先を確認したい。以前の管理が不明な部分があって」
「ガレット」
「承知しております。文書管理については私から別途ご説明します」
ガレットが横から言った。
五. 文書管理の確認(カステル卿・ガレット対応)
「最後、先生」
「あの、実はですね——」
イルデ先生が帳面を開いた。
「昨日の報告で言い切れなかった点がいくつかありまして。魔素濃度の推移グラフと、遺跡の構造記録を合わせると、実はまだ未解明の区画が三つほどあって——」
「先生」
「はい」
「今は項目名だけでいいです」
「ああ。——遺跡の未解明区画の調査許可、ということで」
六. 遺跡の未解明区画の調査許可申請(イルデ先生)
俺は六件を書き終えた紙を、全員に見えるよう卓の中央に置いた。
「——こういうことですか」
全員が紙を見た。
しばらく誰も言わなかった。
「……そうです」
レオン殿が言った。
「これ、全部書いてあると分かりやすいですね」
「まとまってるので返答しやすい」
モリッツ殿が続けた。
(そうなんだ。俺は面倒だったから書いただけだが)
「では一件ずつ、方向性だけ確認します。細かい調整はガレットを通してください」
「承知しました」
レオン殿が言った。他の人も頷いた。
「一件目。遺跡資料の写し——イルデ先生の報告書が完成したら、希望する機関に配布します。写しを取る手間はこちら持ちです。追加で費用は取りません。先生、報告書の見込みは」
「一ヶ月ほどいただければ」
「三ヶ月かかっても仕方ありません。焦らずに」
先生が少し驚いた顔をした。
「……良いのですか」
「正確な内容の方が大事です。早さより正確さです」
「——ありがとうございます」
先生が帳面に何かを書き始めた。メモを取っているようだった。
「二件目。魔素計測の定期報告——やります。月一回、書面で数値を送ります。フォーマットはガレットが作ります」
「ガレット殿にお任せすれば」
「問題ありません」
(ガレットはいつも問題ない。頼りになる)
「三件目。農業技術支援の窓口——ガレットに聞いてください。俺は農業の細かいことは分からないので」
「正直なお方だ」
モリッツ殿が小さく笑った。
「農業の技術者と直接話す方が早いです。ガレットが間に入ります」
「それで十分です」
「四件目。護衛団の宿営地——南側の空き地を使ってもらって構いません。以前から使っていた場所です。次回来る前に連絡をもらえれば準備します」
「ありがとうございます」
エンデ殿が軽く頭を下げた。
「五件目。文書管理——ガレット、頼みます」
「本日の午後にカステル卿と確認の時間を取ります。半刻で終わります」
「——助かります」
カステル卿が言った。カステル卿が素直に「助かります」と言うのは珍しかった。
(……いつもより表情が柔らかい気がするな)
「六件目。遺跡の未解明区画の調査——先生、どの区画ですか」
「東側の第三区と、北側の補助通路二本です。設計図と照合すると、本来は扉があるはずの場所が今は壁になっていて——」
「先生」
「はい」
「区画名と場所を紙に書いてください。今じゃなくていいです。後でガレットに渡してください」
「分かりました! では——」
帳面を開きかけた先生の手が止まった。
「……「今じゃなくていい」ですね」
「はい」
「……承知しました」
マリスが横で口元を押さえた。笑っていた。
(……マリス、笑わないでくれ)
「以上です。六件、方向性を確認しました。細かい調整はガレットを通してください。出立前にお時間を取っていただき、ありがとうございました」
「——こちらこそ」
レオン殿が言った。
「昨日から、やりやすい進め方をしていただいている。こちらも助かっています」
「面倒くさいのが嫌いなので」
「それが、助かっています」
(……俺が面倒くさがることが他の人の助けになるのか)
(なんか変な話だな)
「若様」
ガレットが来た。
「はい」
「今朝の確認の場で合意した六件を、書面にします。返答期限と窓口担当者を入れた形で。よろしいですか」
「お願いします」
「——今の紙、いただいてよろしいですか」
「どうぞ」
ガレットが紙を取った。六件の箇条書きが書いてあるやつだ。書面の草案に使うのだろう。
全員が立ち上がり始めた。挨拶が飛び交い始めた。ガレットが各所に動いていた。
(……昨日もそうだったな。この人は止まらない)
「ライルさん」
マリスが来た。
「何ですか」
「六件、全部三十分以内に終わりましたよ」
「そうですね」
「箇条書きにしたからですよね」
「面倒だったので書いただけです」
「それが正解だと思います!!」
(マリスは俺のやることを全部正解と言う。ありがたいが、少し過大評価な気がする)
「若様」
ガレットが戻ってきた。
「はい」
「カステル卿が、一つだけ個別にお話ししたいとのことです。このやり方は悪くない、という話だそうです」
「……このやり方というのは」
「箇条書きで先に全件出す方法です」
(……そんなに珍しいことだったのか)
「別にただの箇条書きですが」
「カステル卿は「正式な会議でこれをやる人は少ない」と言っていました」
「面倒だからやらないんでしょう。俺は面倒だからやりました」
「……理由は逆ですね」
「逆でも結果は同じです」
ガレットが少し止まった。それから短く「承知しました」と言って、カステル卿の方に戻っていった。
部屋が空いていった。
「——来たぞ」
ドランク王が入口から入ってきた。
「陛下、会議は終わりました」
「知ってる。散歩中に終わった気がした」
(……なんで分かるんだ、この人は)
「——茶はあるか」
「ガレット」
「かしこまりました」
(ガレットはどこにでもいる)
ドランク王が椅子を引いて座った。窓の方を見ていた。
「昨日から、あの書き方を使っているのか」
「昨日は口で言っただけです。今日は紙に書きました」
「何が違う」
「口だと聞いた瞬間に終わりますが、紙は後から確認できます」
「……なるほど」
ドランク王が少し考えるような顔をした。珍しかった。
「それは、お前が考えたのか」
「今朝、面倒だなと思って思いつきました」
「面倒から思いつくのか」
「面倒くさくなると、なんとかしようとするので」
(……それが合っているのかどうかは分からないが)
ガレットが茶を持ってきた。俺の分も持ってきていた。
「若様、本日の出立前にカステル卿との話が終わりましたら、シュタール側との窓口確認も続けてよろしいですか。合わせて一時間です」
「……まとめておいてください」
「承知しました」
(また増える)
(まあ、今日中に終われば文句はない)
ドランク王が茶を一口飲んだ。
「今日も悪くなかった」
「昨日の続きをやっただけです」
「それでも悪くなかった」
ドランク王は窓の外を見ていた。領地の端が遠くに見えた。曇りだったが光は明るかった。
「——また来る」
「……どうぞ」
(もう諦めた。毎回そう言う人なので)
「今日は出立するが」
「はい」
「——来年の収穫の頃に、なんとなく来るかもしれない」
「ゴードンさんに言ってください。種の手配の話も聞けると思います」
ドランク王がまた笑った。声に出さない、いつもの笑い方だった。
(この人、そういうことを言うと笑うんだよな)
(何が面白いのかよく分からないが)
「若様」
ガレットが来た。
「はい」
「六件分の書面、草稿ができました。後ほどご確認ください。それから、本日の出立の見送りが昼前です」
「分かりました」
「マリスさんが玄関の準備をしています」
「マリス、頼みます」
「任せてください!!」
廊下からマリスの声が飛んできた。
(……聞いてたのか)
窓の外で、人が動き始めていた。荷物を運ぶ従者たちの声がした。
昨日来た全員が、今日帰る。そのための六件だった。面倒くさかったが、終わった。
(……また来るとは言っているが、次に来るのはまだ先のはずだ)
スキルを確認した。全域で、まだ上がっていた。北の丘は今朝また少し上がっていた。
(……領地は動いてる)
茶が残っていた。飲んだ。温かかった。
「若様、次はカステル卿との話が——」
「分かってます」
(……終わりが見えないが、まあ、なんとかなるか)
まずは、茶だ。




