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最初の会議

 朝から、ガレットが忙しそうだった。




 「机の配置は——このように。カステル卿はこちら。テルミス担当のレオン殿はお隣。シュタール随行のモリッツ殿はこちら側。エンデ殿とイルデ先生はこちら」




 「分かりました」




 「若様はこちらの上座です」




 (上座は面倒くさいんだよな)




 「もう少し端じゃいけませんか」




 「いけません」




 ガレットが即答した。




 三日前から準備していたらしい。机の配置だけで昨日半日かかったとマリスが言っていた。




 「若様」




 「はい」




 「議題の確認をお願いします。書面を作りましたので」




 ガレットが書面を差し出した。きちんと製本されていた。三枚。




 受け取って、開いた。




 一. 魔素安定化の報告——各国への正式共有

 二. ラングフォード領地の今後の管理方針

 三. 遺跡システムに関する学術的共有(イルデ先生担当)

 四. その他、各国からの申し入れ事項




 (……まとまってはいる)




 「これ、どのくらいかかる想定ですか」




 「順調に進めば昼前には終わります」




 「昼前」




 「はい」




 (……昼前か。早く終われば文句はないが)




 「一から四まで、全部話さないといけませんか」




 ガレットが少し止まった。




 「……若様、これでも最低限に絞った議題です」




 「分かりました」




 「本来はもっとあります」




 「分かりました」




 「事前に確認済みの報告が三十七件——」




 「分かりました!!」




 (……三十七件)




 「若様が出ていただくのはここだけです。裏方はマリスと私で対応します」




 「マリス、頼みます」




 「はい!! 今日の!! 大事な会議の!! 全面バックアップをします!!」




 マリスが胸を叩いた。




 (……頼りになる)




 「イルデ先生の説明の時間はどのくらいですか」




 「三十分とお伝えしています。先生は五十分になる気がしていますが」




 「正直ですね」




 「経験則です」




 ガレットが淡々と答えた。




 九時を少し過ぎた頃、人が集まり始めた。




 カステル卿が一番乗りだった。次にレオン殿。次にモリッツ殿。エンデ殿は随行を二人連れてきた。イルデ先生は帳面を三冊持ってきた。




 (……帳面三冊はどう考えても五十分コースだな)




 全員が着席した。




 最後にドランク王が入ってきた。




 「——来たぞ」




 「陛下、こちらのお席へ」




 ガレットが席へ案内した。ドランク王は少しだけ部屋を見回して、それから座った。




 (なんか、この王様が一番慣れてる感じがする)




 全員揃った。




 静かになった。




 (……これ、俺が始めないといけないやつか)




 「——お集まりいただきありがとうございます。ライル・ヴァンダールです」




 俺は言った。




 「本日はシステム停止後の最初の会議です。各国にご足労いただいた件、感謝します。できるだけ手短に終わらせます」




 カステル卿が少し頷いた。




 「では議題を——」




 ガレットが書面を配り始めた。全員分。音もなく、素早く。




 「——あ」




 書面を手に持ちながら、俺は思った。




 (……面倒くさいんで、箇条書きにしよう)




 全員が書面を開いて確認している。




 「今日の議題は四点です。口頭で言います」




 全員が顔を上げた。




 「一、魔素安定化の報告。二、この領地の今後の管理方針。三、遺跡の学術的共有。四、各国からの申し入れ事項。——以上です」




 一秒、間があった。




 「…………それだけですか」




 レオン殿が言った。




 「はい」




 「書面より早くないですか」




 「書面は同じことが書いてあります。確認用です」




 (説明が面倒なので先に言った)




 レオン殿がまた書面を見た。確かめるように。それから小さく笑った。




 「……確かに同じですね」




 「はい」




 モリッツ殿が口を開いた。




 「ずいぶん、すっきりした進め方ですね」




 「面倒くさいのが嫌いなので」




 ドランク王が少し笑った。声に出さない笑い方だった。




 カステル卿が喉を鳴らした。




 「——では、一から参りましょうか」




 「そうしましょう。ガレット、お願いします」




 「——魔素安定化について、ご報告します」




 ガレットが立った。書面の一点を指しながら、静かに話し始めた。




 遺跡のシステムが停止したこと。その後、領地全域に魔素が還流していること。スキルで計測した数値の推移。




 「現在、全域の平均が七十二です。三日前の時点では北の丘が六十五、西の集落が五十一でしたが、昨日の計測では北の丘が七十九、西の集落が六十八に達しています」




 「七十二というのは」




 エンデ殿が聞いた。




 「農業が安定して成立する水準の指標です。五十を超えると凶作が起きにくくなります。七十以上は通常の豊作域です」




 「通常の豊作域」




 「はい」




 「以前はいくつでしたか」




 「——五年前のデータでは、最低域が十二から十五です」




 エンデ殿が少し止まった。




 「……十二から、七十二」




 「はい」




 「……それは」




 「七百年分の遅れが、戻ってきていますので」




 (ガレットが平然と言っているが、数字にするとやっぱりすごい差だな)




 「——イルデ先生、補足を」




 「はい」




 先生が帳面を開いた。三冊のうち一冊だった。




 「魔素濃度と土壌の関係について、文献と今回の実測データを合わせてお伝えします。——七百年前の遺跡の設計資料によると——」




 (……これは長くなる)




 ただ、誰も止めなかった。




 レオン殿が真剣に聞いていた。モリッツ殿も帳面を取り出してメモを取り始めた。カステル卿は静かに頷いていた。




 (……こういう話が聞きたかった人たちなんだろうな)




 イルデ先生が話している間、俺はスキルを静かに確認した。




 全域で動いている。今朝も上がっていた。




 (……北の丘はもう八十に近い)




 「——以上が、今日時点の学術的見解です」




 先生が帳面を閉じた。




 「先生、時間は」




 ガレットがさりげなく聞いた。




 「……四十五分でした」




 「ありがとうございます」




 (ガレットの読み、ほぼ正確だったな)




 「次に、ラングフォード領地の今後の管理方針です」




 俺は言った。




 「シンプルに言います。この領地は今後、ヴァンダール家が通常の領主として管理します。遺跡の件は終わりました。「稼働中の装置」はもうありません。共同管理が必要な理由は消えました」




 一拍の間があった。




 「——テルミス大国からの「共同管理権の要求」についても」




 レオン殿が口を開いた。




 「前提が消えましたので、対象物がありません」




 「……それは我々としても」




 「認識のご確認をお願いします」




 「——承知しました」




 レオン殿が書面に何かを書き込んだ。




 (ここが一番揉めると思ってたが、あっさりした)




 (装置が本当になくなってるので、無理なんだよな)




 「シュタール側からは」




 俺はモリッツ殿に目を向けた。




 「農業技術支援の件を、改めてご相談したいと思っておりますが」




 「それは前向きに検討します。詳細はガレットを通してご連絡ください」




 「——承知しました」




 (そっちの方が話が早い)




 会議が動き始めていた。




 箇条書きで先に全部出しておいたからか、話があちこちに散らばらなかった。一点ずつ確認して、合意して、次に進む。




 (……悪くないな)




 「——最後に、各国からの申し入れ事項です」




 「あの」




 ドランク王が口を開いた。




 全員が少しだけ王の方を見た。




 「一つ聞いていいか」




 「どうぞ、陛下」




 「——また来てもいいか」




 静かな間があった。




 (……え、今それ言う?)




 「陛下——今は会議中です」




 「分かってる。でも聞きたかった」




 (……この王様は本当に)




 「また来る、というのは」




 「なんとなく。遺跡の件は終わったが、ここはなんとなく来たくなる場所だ」




 カステル卿が小さく咳払いをした。




 「陛下、それは会議の——」




 「まあ、いいです」




 俺は言った。




 「陛下がそう思うならどうぞ。別に困りません」




 「本当に構わないのか」




 「毎月来られるよりは、「なんとなく」くらいの頻度の方がいいです」




 ドランク王が少し笑った。




 「……正直だな」




 「いつもです」




 (……でも実際、毎月来られたらさすがに面倒くさい)




 レオン殿がまた小さく笑っていた。モリッツ殿も口元が緩んでいた。




 なんとなく、部屋の空気が軽くなっていた。




 (……会議ってこういう感じになるんだ)




 「——他にご意見はありますか」




 ガレットが確認した。




 しばらく沈黙があった。




 「ないようですね。では——」




 「一つだけ」




 ゴードンが口を開いた。




 端の席に、ずっと静かに座っていたゴードンだった。




 「どうぞ」




 「若様。三日前に、「来年の播種が楽しみだ」とおっしゃいました」




 「言いましたね」




 「——種の手配は、こちらで用意できます。若様に何か必要なものがあれば、声をかけてください」




 俺は少し間を置いた。




 (……ゴードンが、そういうことを言うのか)




 「ありがとうございます」




 「若様が断言してくださったので。それだけです」




 ゴードンは短く言って、また静かになった。




 (……来年の収穫が楽しみになってきた)




 (いや、面倒なんだが——でも少し楽しみだな)




 「——では、以上で終わります。短時間でのご協力をありがとうございました」




 俺は言った。




 全員が立ち上がり始めた。書面をしまい、随行と話し始め、ガレットが各所に挨拶をしながら動き回っている。




 マリスが小走りでこちらに来た。




 「ライルさん!!」




 「何ですか」




 「終わりましたね!! 最初の会議!!」




 「終わりました」




 「昼前ですよ!! ガレットさんの読み通りです!!」




 「そうですね」




 「箇条書きにして正解でしたね!!」




 「面倒だったので」




 「それが正解でしたよ!!」




 (マリスに言われると、なんかそんな気がしてくるな)




 「若様」




 ガレットが戻ってきた。




 「はい」




 「次回の日程調整がいくつかございます。シュタール側の農業技術支援の詳細、テルミスへの書状の返答期限、イルデ先生の報告書の提出予定——」




 「まとめておいてください」




 「承知しました。もう一点」




 「何ですか」




 「ドランク陛下から「また来ていいか」という公式のお尋ねが来た場合の返答を、事前にご確認させてください」




 (……まだ言うのか、あの王様は)




 「「どうぞ」でいいです」




 「よろしいのですか」




 「毎月は嫌ですが、「なんとなく」くらいなら別にいいです。来ても俺の仕事が増えるわけじゃないので」




 「……承知しました」




 ガレットがまた動き始めた。




 部屋が少しずつ空いていった。




 窓の外、朝の光が入っていた。会議は二時間かからなかった。




 (……まあ、思ったよりは早く終わった)




 「ライル」




 振り返った。ドランク王だった。




 「陛下、まだいたんですか」




 「帰りにくかった」




 (……なんで)




 「茶でも飲んでいきますか」




 「飲む」




 「ガレット」




 「かしこまりました」




 (いつの間にかガレットが後ろにいた)




 ドランク王が椅子を引いて、また座った。さっきの会議の席のままで、ごく自然に。




 「——今日の会議、悪くなかった」




 「そうですか」




 「箇条書きにしたのは最初から考えていたのか」




 「いえ。面倒くさかったので、その場で思いつきました」




 「……それで場がまとまるとは思わなかったか」




 「まとまったんですか」




 「まとまった。レオン殿も、モリッツ殿も、話しやすそうにしていた」




 (そうだったのか)




 (箇条書きにしたら揉めるかと思ってたが)




 「ガレットが議題を整理していたからだと思います」




 「お前が言ったことは?」




 「俺が言ったのは、面倒だったので早口で並べただけです」




 ドランク王がまた笑った。声に出さない、いつもの笑い方だった。




 ガレットが茶を持ってきた。温かかった。




 「——ゴードンが、種の手配をすると言っていたな」




 「はい」




 「来年の収穫を楽しみにしているということか」




 「そうだと思います」




 ドランク王が茶を一口飲んだ。




 「……俺も来年、また来るかもしれない」




 「収穫の時期ですか」




 「いや。「なんとなく」だ」




 「——どうぞ」




 (もう諦めた)




 窓から風が来ていた。




 領地全体で、今日も魔素が上がっている。スキルが静かにそれを伝えていた。




 「若様」




 ガレットが来た。




 「次の日程調整の書面が——」




 「あとで」




 「……承知しました」




 ドランク王が茶を飲んでいた。俺も飲んだ。




 会議は終わった。面倒な手配が次からまた始まる。




 (……まあ、なんとかなるか)




 まずは、茶だ。





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