最深部
翌朝、再び地下に入った。
人数は前回と同じだった。ガレットが「前回と同じ人員で」と確認を取った。ドランク王が「また来たな」と言った。俺が「……昨日も来ました」と答えた。
(また来たの当たり前なんだが)
通路は冷えていた。灯りが揺れた。
足元の石が白い。昨日も見た。七百年前に誰かが運んできた、ここにしかない石だ。
前々室を抜けた。
天井が高い。石の柱が両側に並んでいる。壁の刻文が灯りの端に見えた。
イルデ先生の足が止まりかけた。
「先生」
「分かっています」
止まらなかった。
昨日、マリスが動かした実績があるからか。先生は刻文に視線を向けたまま、それでも足を動かし続けた。
(昨日より少し学習している)
前々室を抜けた先の通路、その奥で感触が変わった。
スキルが動いた。向こうから来る「押す感触」が、さっきより柔らかい。待っているような——昨日よりも、確かにそうだった。
「ここです」
俺は立ち止まった。
右の壁の前だった。青白い光がうっすらと壁の縫い目を走っている。前回より落ち着いた光だ。
全員が止まった。
静かだった。
「……これは」
イルデ先生が言った。
声が、いつもと違った。
「……想像以上だ」
抑えた声だった。先生が「想像以上」と言うのを、俺はたぶん初めて聞いた。遺跡の中で何かを見るたび先生は「ああ、やはり」か「これはこういうことか」と言う人だった。
「先生」
「術式の密度が——違う。これまでとは別の次元のものだ」
先生は壁に近づいた。顔が壁に寄っている。灯りを持ち上げて光を当てている。
「核を包む外膜の術式が、ここまで残っているとは」
声が低かった。俺には意味が半分しか分からなかった。でも先生の声の質が分かった。
(驚いている)
(先生が本当に驚いているのはめったに見ない)
「イルデ先生、術式の分析は後ほどお願いできますか」
マリスが静かに言った。
先生が顔を上げた。
「……はい。続きは後で」
珍しく素直に引いた。
「マリス」
俺はマリスに声をかけた。
「各国の代表、ここで一度止まってください」
「——了解しました」
マリスが後ろを向いた。
「皆さん、ここで一度止まります。ライルさんから説明があります」
全員が止まった。
ドランク王の側近三人、テルミス王国の調査担当二人、ガレット、イルデ先生、マリス。それから俺。
(全員の目が俺に来た)
「向こうに認証用の扉があります。壁に埋め込まれた形です。開くときは術式が展開して通路が広がります。入れるのは一度に一人、俺だけです」
全員が黙っていた。
「中に入ったら、俺のスキルを区画の方向に向けます。それで認証が通ります。その後、扉の向こうに何があるかを確認してから——皆さんを呼べるか判断します」
「呼べない場合もありますか」
テルミス王国の調査担当が聞いた。
「あると思います。設計が「一人で入る」形の可能性があります。実際に入ってみないと分かりません」
「その場合の連絡は」
「ガレットが外との連絡を担当しています。俺が中から合図を出せる形を考えます」
ガレットが頷いた。
「若様、合図は前々室の壁の一点を二度打ちで合わせておきます。こちらは即座に対応します」
「分かりました」
「ライル」
ドランク王が前に出た。
珍しく、静かだった。
「……なるほど」
それだけだった。
「いよいよだな」とも「さすがだ」とも言わなかった。「なるほど」とだけ言って、目で俺を見た。
(……陛下にしては珍しい)
「行け、ライル。俺たちはここにいる」
「……はい」
「任せた」
(任せたって言い方、やめてほしいんだが)
マリスが俺の横に来た。
「ライルさん」
「何ですか」
「焦らなくていいです。手順通りに」
「……分かっています」
(焦ってはいないが)
(面倒くさいのは確かだ)
「ガレット」
俺はガレットに声をかけた。
「若様、何でございましょう」
「ここからは俺おひとりで、ということですよね」
ガレットが一瞬止まった。
「……はい。若様おひとりで、です」
「……分かりました」
「若様」
ガレットが小さく言った。声が、いつもより少しだけ低かった。
「……父君の台帳の最後のページを、覚えていますか」
俺は少し止まった。
「「あとは頼む」でしたね」
「そうです」
(……親父。こういうの残すな)
「まあ——分かりました」
ガレットが深く頭を下げた。
俺は壁の前に向かって歩いた。
近づくと、感触が変わった。
押してくる感じではない。待っている。何百年も待っていたような、静かな感触がスキルを通じて来た。
(……七百年、か)
俺はスキルを向けた。
壁の光が、静かに揺れた。細い青白い線が収束点に向かって走り始めた。一本、また一本。
(来るべき者が来た——そういう感触だ)
術式が、静かに動き始めた。
壁の中心で光が一点に集まった。縫い目が、音もなく広がっていった。
扉が、開いた。
光が広がった。
その向こうには——広大な空間があった。
天井が見えない。灯りが届かない高さだった。壁一面に術式が展開している。光の線が天井から床まで、無数に走っている。青白い、冷たい光だった。
(……これは)
俺は一歩踏み込んだ。
スキルが、動いた。
これまでとは違う。遺跡の中で感じたどの感触よりも強い。土地の感触ではない。もっと深い何かが——こちらに向いている。
(向こうが、俺を見ている)
壁の術式が、ゆっくりと変化し始めた。
一面に広がっていた光の線が、中心に向かって動き始めた。収束していく。どこか一点に向かって。
(認証が、通っている)
スキルが震えるような感触があった。土地の感知がそのまま拡張されて——何かと繋がるような。
(これが「問いかけ」の前か)
そのとき。
背後から声が聞こえた。
「ライルさん」
マリスだった。
「向こうから——光が広がっています。大丈夫ですか」
俺は振り返らなかった。
「問題ないです」
「何が起きていますか」
「……術式が動いています。俺のスキルに反応しています」
「——若様」
ガレットの声がした。
「何ですか」
「記録は取れています」
(さすがだ、ガレット)
(こういうときに記録を続けるのがガレットだ)
「……ありがとう」
静かな返事が聞こえた気がした。
俺は前に向き直った。
光の壁が目の前にある。術式が全面に展開している。その奥に——何かがいる。
スキルが、また震えた。
(「問いかけ」が来る)
(面倒くさ)
俺はひとりで、前に出た。




