再び地下へ
出発は朝だった。
門の前に、人がいた。多かった。
(……なんでこんな大人数で遺跡に来なきゃいけないの)
ざっと数えただけでも十四人いる。ドランク王の側近が三人、テルミス王国の調査担当が二人、エンデ侯爵家の手配した護衛が四人、イルデ先生、クイン、マリス、ガレット。そして俺。
全員が全員、それぞれの「準備」をしていた。
ドランク王の側近のひとりが大きな革袋を開いて何かを確認している。テルミス王国の調査担当は地形図を広げて二人で何かを言い合っている。護衛のひとりはカステル卿に報告をして、カステル卿は手帳に何かを書いている。
(朝から全員フル稼働だ)
俺はその横で立っていた。
「ライルさん」
マリスが来た。手帳を持っている。
「全員揃っています」
「……見れば分かります」
「では出発しましょう」
「俺が言う前に出発の判断をするんですか」
「ライルさんが言うより先に全員準備できていたので」
(俺の出発判断、意味なかった)
マリスが前に出た。手帳を開いたまま各担当に声をかけ始めた。手際が速い。昨日までに調整を全部終えていたからだろう、声をかけるたびにすぐ動く。
「では参りましょう」
ドランク王が後ろから来た。声が大きかった。
「いよいよだな、ライル!」
「……はい」
「地下への探索、最初のときを思い出す。あのときも朝出発だったか」
「そうでしたっけ」
「うむ。あのときは三人だったが——今回はこの人数だ。冒険みたいだな!」
(冒険、か)
「……はしゃがないでください」
「何故だ。楽しいではないか」
「遺跡に自動防衛システムが動いています」
「それも含めて楽しい」
「陛下の「楽しい」の定義が怖いです」
ドランク王が豪快に笑った。横でカステル卿が何かを手帳に書いた。
「ガレット」
俺の隣に来たガレットが静かに頷いた。
「……今回は内部に入るんですね」
「はい。人数が増えた分、内部での記録と連絡を兼任する必要があると判断しました。カステル卿には地上待機をお願いしております」
「……分かりました」
「若様。出発前の確認事項を読み上げます」
「どうぞ」
「入口から中間区画までの経路、灯り六本、食料人数分、緊急時の合図は二度打ち——地上待機のカステル卿と内政局クイン殿への連絡は私が担当します。先行するのはイルデ先生と若様、マリス殿とドランク陛下が後続。護衛は外縁で待機」
「分かりました」
「また——先生が途中で立ち止まる可能性があります」
「なぜ」
「先生は文様が目に入ると読み始めます」
(……そうだった)
「その場合は」
「マリス殿が対応することになっています」
「決まっているんですか」
「昨日の夜に決めました」
ガレットが淡々と答えた。
(昨日の夜に、また俺が寝ている間に全部決まっていた)
列が動き始めた。マリスが先頭に立っていた。
遺跡の入口は、前と変わっていなかった。
石の匂いがする。冷えている。灯りが揺れた。
俺はスキルを向けた。右の方向から、あの感触がある。前より少し強くなっている気がした。
(……目覚めているのは変わらない)
「ライルさん」
後ろからマリスが声をかけてきた。
「大丈夫ですか」
「問題ないです」
「スキルで何か分かりましたか」
「向こうはいます。動いています」
「「動いている」というのは」
「防衛術式が稼働中ということです。引きじゃなくて、押してくる感じがある」
マリスが手帳に書いた。
「では予定通り、中間区画で一度止まります」
「そうしてください」
通路を進む。列は長い。後ろから革袋の音がする。ドランク王の側近だろう。前からガレットがメモを読み上げる声がした。
「七十歩先に分岐。左が少し広い——右が核への経路です」
「分かってます」
「念のために」
「分かってます、ガレット」
「……御意に」
(毎回言う)
「冒険というのはこういうものだな!」
後ろからドランク王の声が響いた。通路に反響した。
「……陛下、声が大きいです」
「すまないな。嬉しいと声が出る」
「防衛術式が音に反応する可能性があります」
「……なるほど。では小声で話す」
ドランク王の声が、少し小さくなった。
少しだけ。
(……小さくなっているかこれ)
中間区画に出た。
天井が上がる。広い。壁際に棚の彫り込みがある。前に来たときと同じだった。ただ、天井の文様がわずかに光っていた。青白い。弱いが、確実にある。
「……光ってる」
マリスが小さく言った。
「先日より強くなっています」
ガレットが記録を取りながら答えた。
「向こうが、こちらを感知しています」
俺が言うと、全員が黙った。
「危険ですか」
マリスが聞いた。
「今すぐどうこうはないと思います。ただ——認証を済ませる前に時間をかけるのは良くない」
「では急ぎますか」
「急ぎはしません。ただ止まらない方がいい」
(立ち止まると向こうが「侵入」と判断する可能性がある)
(父がやっていたのは「感知を中和する」だったが——今その方法は使えない。認証を通すしかない)
「先生」
俺はイルデ先生に声をかけた。先生は右の壁を見ていた。
「先生」
「ああ、はい。分かっています」
「文様は後で」
「分かっています。ただ——あの収束点の形、前来たときより線の本数が増えています」
「後で」
「……はい」
(先生が一番心配だった)
「では進みます」
マリスが前を向いた。
右の通路に入った。
傾斜がある。二十度ほど下り続ける。床の石材が変わる。灯りが揺れた。天井の放射状の細密文様が流れていく。
(ここを最初に通ったときは、まだ全部がぼんやりしていた)
(今は、向こうから感触がある)
「待て」
護衛のひとりが声を上げた。全員が止まった。
「前の壁が——光っています」
俺は前を見た。通路の奥、壁の一点が青白く光っている。
(防衛術式の反応だ)
「危険ですか」
「今すぐ動くかは分かりません。ただここが——通路の入口を認識している可能性があります」
「どうします」
マリスが静かに聞いた。
「俺が前に出ます」
「ライルさん」
「スキルを向ければ向こうの感触が変わるか分かります。変わるなら先に進める」
マリスが一瞬止まった。
「……分かりました。私が横に付きます」
「一人で大丈夫です」
「横に付きます」
(……押し切られた)
俺は前に出た。マリスが横に来た。
スキルを向けた。右の壁の向こう、押してくる感触がある。それを——真っ直ぐ向けた。中和するのではなく、「こちらが来た」と知らせるように。
感触が、一瞬揺れた。
(……反応した)
「ライルさん、何が」
「少し待って」
光が弱まった。ゆっくりと。完全には消えないが、さっきより確実に落ち着いている。
(認識した。「侵入」ではなく「来訪」として)
「進めます」
俺は後ろに向かって言った。
「スキルが通りました。先に進めます」
「確認です——危険はないと?」
「完全には言えません。ただ、この状態なら通れます」
ガレットが頷いた。
「ドランク陛下」
「うむ」
「引き続き声は——」
「小さくする。任せておけ」
「……お願いします」
列が動いた。
進むにつれて、床の石材の色が変わった。白くなっていく。前来たときに気づいた、「中心の石は外から来る」という意味の石材だ。
「これが例の」
ドランク王が小さな声で言った。
「書庫で読んだ記述と一致する」
「そうです」
「面白いな——七百年前の人間が、ここに石を運んできた」
(確かに、そうだな)
(七百年前に誰かがここに来て、石を運んで、それが今も残っている)
「……面白いですね」
「珍しいな、ライルが「面白い」と言うのは」
「そうですか」
「普段は「面倒くさい」しか言わない」
「……言いすぎです」
ドランク王が小さく笑った。
前々室に入った。
天井が高い。石の柱が並んでいる。壁に刻文がある。イルデ先生が足を止めた。
「先生」
「分かっています。ただ——この刻文の続きが解読できていない部分です」
「先生」
「ここだけ」
「先生」
「三十秒」
マリスが先生に歩み寄った。
「先生、先に進んでから改めて確認できます。今は進みます」
「……はい」
(マリスが先生を動かした)
(ガレットの昨夜の調整は正しかった)
核の間の手前まで来た。
右の壁が近い。感触が強い。押してくる。ただ——「侵入」ではなく、待っているような感覚がある。
「ここですか」
ドランク王が静かに聞いた。声が抑えられていた。
「もう少し先です。ただ——」
俺はスキルを右の方向に向けた。
「……あの壁の向こうが、今日の目的地です」
全員が壁を見た。
青白い光がうっすらと走っている。
「止まっています」
マリスが言った。
「光が、さっきより落ち着いています」
「……俺のスキルに反応しています。認識したんだと思います」
「認識、というのは」
「「来るべき者が来た」という——そういう感触です。うまく言えないですが」
マリスが手帳に書いた。
「では、認証の準備をします」
「はい」
「ライルさん、何が必要ですか」
「俺が核の間に入って、スキルを区画の方向に向けます。それだけです」
「「それだけ」ですか」
「それだけです」
マリスが一拍止まった。
「……そういうものなんですね」
「そういうものです」
(面倒くさい手順がなくてよかった)
(これが「最小コスト」なのかどうかは分からないが——少なくとも俺にできるのはこれだけだ)
俺は壁の前で止まった。
スキルを向けた。向こうから来る感触と、こちらから出す感触が——少しだけ、重なった気がした。
壁の光が、一瞬強くなった。
それから、静かになった。
(……開く、か)
(次で、開く)
「マリス」
「はい」
「認証、通りそうです」
「! 本当にですか」
「本当にです。次に来たとき——ここが開きます」
後ろで、誰かが息を吐いた。
「ライル」
ドランク王の声がした。先ほどより、静かだった。
「うむ。さすがだ」
「……さすが、ではないです。俺のスキルがそういう仕様なだけです」
「それを持っているのがお前だ」
(……そういう言い方をするか)
「では——一度戻ります」
俺はマリスに向かって言った。
「今日は手前まで確認できました。次に入るときに認証を通します」
「了解しました。では全員に撤収を」
「お願いします」
マリスが後ろを向いた。短く各担当に伝えた。全員が動いた。
ガレットが俺の横に来た。
「若様、記録は取れています」
「ありがとうございます」
「ドランク陛下も、通路で一度だけ——」
「声が大きかったですね」
「……はい」
「まあ、防衛術式には影響しなかったので」
「そうでございますね」
列が戻り始めた。
最後尾に俺がいた。前には全員の背中が続いている。
(……なんか大人数で来たわりに、全部俺のスキルで解決した)
(各国の「専門家」たちは——まあ、いてよかったけど)
(イルデ先生は文様を読もうとしたし、ドランク王は声が大きかったし、テルミス王国の担当者は地形図を持ち込みすぎだったし、護衛は護衛で「光ってます」と言ったし)
(マリスがいなかったら全員まとめる人間がいなかった)
「面倒くさ」
小さく言った。
誰にも聞こえなかった。
(……次で、開く)
出口の光が見えてきた。
朝より少し高くなった日差しが、入口から差し込んでいる。
(次で開く)
(次が、最後の手前だ)
俺は通路を出た。
カステル卿が入口の前で待っていた。マリスが駆け寄って報告をした。速かった。
(次は最深部だ)
(面倒くさ)
(まあ——行くか)




