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全員来た

 遺跡の「目覚め」から四日後の朝、ガレットが執務室に書類の束を持って入ってきた。


「若様、本日確認いただきたい書状が十一通ございます」


「十一」


「はい。昨日の七通に加え、今朝四通届きました」


 (昨日七通)


 (今朝四通)




「……なんで増えてるんですか」


「お読みになれば分かるかと存じます」


 ガレットが静かに束を机に置いた。俺は一通目を手に取った。




 テルミス大国の紋章が入っていた。


 要旨は「先般、ランデル殿が報告した遺跡の変化について確認が必要。近日中に正式な使者を派遣する」という内容だった。


 二通目はシュタール王国から。ドランク王直筆ではなく、王国外交局の書状だった。「陛下が近日中にヴァンダール領を訪問される予定。先方の受け入れ態勢を確認したい」とある。


 三通目は——聞いたことのない家名だった。




「ガレット、これは」


「テルミス王国内の大貴族、エンデ侯爵家です。今回の一件に関心を持っているとのことで。直接書状を送ってきました」


「……エンデ侯爵とは」


「若様が生まれた年に一度だけお会いになっています。覚えておいでではないかと思いますが」


「……覚えてない」


「存じております」




 (十一通か)


 (全部、遺跡の件だ)




「情報が漏れましたか」


「漏れたというより——」


 ガレットが少し間を置いた。


「魔素の還流が始まった時、ヴァンダール領の空気が変わりました。土壌の状態が変化すれば、農業スキルを持つ者や感知系の術者には感じ取れます。その後、「別の区画が目覚めた」ことで、遺跡の周辺でさらに変化が生じた。情報が外に出る前に、状況の変化が伝わった、と見た方が正確かと存じます」




 (なるほど)


 (「情報を隠した」かどうかより先に、現象が伝わった)




「マリス」


 部屋の隅でマリスが書類を分類していた。


「はい!」


「遺跡の入口の警戒はまだ続けていますか」


「続けています! 昨日も今日も人は来ていません。ただ——昨日、離れた場所から遺跡の方を見ている人影が一名いたので声をかけました」


「どうなりましたか」


「「通りすがりです」と言って去りました。服が商人にしては上等でした」




 (通りすがりが上等な服)


 (まあ、どこかの使いだろう)




「ガレット、残りの書状の要旨を教えてください。全部読む時間が惜しい」


「承知いたしました。要旨のみ申し上げます」


 ガレットが手帳を開いた。


「テルミス大国の書状が三通。要約すると「使者を送る・いつ到着するかは追って連絡・共同調査の可能性を再検討したい」です。シュタール王国からドランク陛下の来訪予告が一通。エンデ侯爵家が一通。王国内政局からの定例文書が二通——こちらは遺跡の件ではなく来月の視察に関するものです。残り四通は、それぞれ中規模の商会・学術院・神殿関係者・身元不明の一通です」




「身元不明」


「紋章がありません。消されている可能性があります」


「内容は」


「「ヴァンダール領の遺跡を学術的見地から記録したい。協力の機会を」という内容です。文面は丁寧ですが、発信元が不明瞭です」




 (身元不明の書状が、いちばん厄介な予感がする)


 (まあ後で考えよう)




「……なんで全員来るの。面倒くさ」


「それはですね!」


 マリスが手を上げた。


「マリス、今から説明するのか」


「はい!!」


「どのくらいかかりますか」


「短くします! 五分以内!」


「……どうぞ」




「まずテルミス大国ですが、前回ランデルさんが帰った直後からヴァンダール領の魔素の変化を大国内の術者が感知した可能性があります。ランデルさんの報告書がまだ届いていない状態で現地の変化が先に届くと「なにかが起きた」という事実だけが伝わります。これが大国内を動かします。次にシュタール王国のドランク陛下ですが、陛下は十二年間独自に調べていたので「目覚め」の感知感度が高いです。何かあればすぐ動く、というのが陛下のパターンです。エンデ侯爵は——テルミス王国内の大貴族で、ヴァンダール領の黒字転換をアーク2の段階から注目していた方です。遺跡の話が出たとなれば利権として動く可能性があります。商会は資源です。学術院は研究です。神殿は——古代遺跡と宗教的な絡みがある場合があります。身元不明は、どれかの代理の可能性があります」




 息継ぎなしで喋り終えた。


 (マリスが五分以内で全部説明した)


 (……分かりやすかった)




「よく分かりました」


「ありがとうございます!!」


「以後、来客の仕分けはガレットとマリスに任せます。俺が会う必要がある順に並べてください」


「承知いたしました」とガレットが言った。


「分かりました!」とマリスが言った。




「その順序を決める基準は」


「ガレットが考えてください」


「……御意に」




 それから二日が経った。


 その間にさらに書状が四通届いた。ガレットが全部仕分けして優先度順に束ねた。


 そして——来客が来た。




 最初はテルミス大国の使者だった。


 ランデルではなかった。名をヴェルナー・クラリスと言った。年齢はランデルより若そうで、背が高く、紋章入りの外套を着ていた。従者三名。馬が五頭。


「ヴァンダール卿にお目通りを」




 ガレットが応接室に案内した。俺が入った時、ヴェルナーは立ち上がって礼をした。


「初めてお目にかかります。テルミス大国政務院よりヴェルナー・クラリスと申します」


「ライル・ヴァンダールです。ランデル殿はご一緒でないのですか」


「ランデルは現在本国にて引き継ぎを行っております。今回は私が担当させていただきます」


 (担当が変わった)


 (ランデルが「方針を確認する」と言っていたが、帰国後に交代したということか)




「大国としての立場をお伝えに参りました。稼働中の古代遺跡について、テルミスは引き続き関与を望みます。ただし前回お伝えした共同管理権の要求については——内容を改め、まず情報の共有と共同調査の形を取りたいと考えております」


「方針が変わりましたか」


「状況が変わりました。それに応じて、こちらも改めます」




 (素直に変えてくる)


 (まあ、それはそれで話が早い)




「承知しました。共同調査の形については後日詳しく話しましょう。今日は方針の確認ということで」


「はい。ただ、もう一点——」


「何ですか」


「遺跡の「目覚め」について、詳細を教えていただけますか。大国内の術者が変化を感知しておりますが、具体的な内容は分かっておりません」




 (そこを聞いてきた)


 (まあ、そうだろうな)




「詳細については、まだ調査中です。確定した情報が出た時点でお伝えします。現時点でお伝えできるのは「核の間の隣に、別の区画が存在することが分かった」という事実です」


「別の区画」


「はい」


「その区画の機能は」


「調査中です」


「……分かりました」




 ヴェルナーが引き下がった。


 (「調査中」で引く)


 (ランデルと同じタイプだ。無理に押し込まない)




 ヴェルナーが出ていくとすぐに、ガレットが戻ってきた。


「若様、シュタール王国のドランク陛下が到着されました」


「今日でしたか」


「書状では「近日中」とのみ。早かったです」


 (早い)


 (陛下は「早い」の代名詞のような人だ)




 応接室に戻ると——ドランク王が既に座っていた。


「来た」


「お早いですね、陛下」


「早い方が話が早い」


「まあ、そうですね」




「「目覚め」の件か」


「そうなります」


「刻文の解読は進んでいるか」


「先生が進めています」


「先生——あの学者か。地下でも冷静だった」


「あの人は地下でも帳面を開きます」


「……帳面か」




 ドランク王が少し口を横に曲げた。


「別の区画の正体が分かれば、また来る。今日は様子見だ」


「ありがとうございます。様子見だけでも来ていただけると、陛下がここにいるという事実が外への牽制になります」


「分かっている。だから来た」




 (陛下は分かっている)


 (シュタール王国の王が「いる」だけで、他の勢力の動きが変わる)


 (それを陛下自身が把握していて、意図して来た)




「陛下、今日はもう一名、テルミス大国の使者が来ています」


「ヴェルナーか」


「ご存知でしたか」


「名前だけは聞いている。ランデルより若い。話は通じるか」


「通じると思います」


「ならいい」




 その三十分後、マリスが走ってきた。


「ライルさん!!」


「静かに」


「すみません——エンデ侯爵の使節が到着しました。それと、学術院からの使者と、王国内政局の視察が同じ馬車で来たらしくて、門の前が混雑しています」




 (同じ馬車)


 (内政局の視察と学術院の使者が)


 (どういう経緯で一緒になったのか)




「……分かりました。全員、応接室に通してください」


「全員同時に、ですか?」


「はい」


「エンデ侯爵の使節も、テルミス大国のヴェルナーさんも、ドランク陛下も、内政局も、学術院も——全員ですか?」


「はい」


「……大丈夫ですか?」


「なんとかなると思います」




 マリスが「はいっ」と言って走って行った。


 (全員同時に通す)


 (個別に対応すると時間がかかる。同時に通せば一回で済む)


 (面倒くさいは面倒くさいが、一回の面倒くさいで済む)




 応接室が人で埋まった。


 ヴェルナーとドランク王は既にいた。そこへエンデ侯爵の使節——名をカステル・エンデ卿と言った、侯爵の次男らしい——が入り、内政局の視察代表が入り、学術院の使者が入った。椅子が全部埋まった。


 ガレットが機敏に椅子を二脚追加した。


 五人の顔が揃った時点で、室内がわずかに静止した。


 互いに互いを視認している。




 (いろいろな思惑が一部屋に)


 (まあ、俺には関係ない。全員に一回ずつ話せばいい)




「お集まりいただきありがとうございます。時間の都合で、お一人ずつ個別にお話しするより、まず現状をまとめてお伝えした方が効率的と判断しました」


 誰も異論を言わなかった。


 (反論しにくい状況だ)


 (互いの顔が見えている状態で「個別に話したい」とは言いにくい)




 俺は現状を短くまとめた。


 核の方向転換が完了し、魔素還流が始まっていること。核の間の隣に別の区画が存在することが分かり、その区画が七百年ぶりに「目覚めた」こと。区画の機能はまだ調査中であること。引き続き先生が解読を進めていること。


 以上だ。




 最初に口を開いたのはカステル・エンデ卿だった。


「ヴァンダール卿、エンデ侯爵家としては、この遺跡の管理に協力させていただきたいと考えております。テルミス王国内の貴族として、大国よりも近しい立場から——」


「大国への牽制として、ということですか」


「……言葉を選びますが、そういった側面もございます」




 次にヴェルナーが言った。


「テルミスは「共同調査」を提案しております。管理という話であれば、そこへの参加を求めます」


「シュタールはここに王がいる」とドランク王が静かに言った。「何か言うことはそれだけだ」




 内政局の視察代表——名をクインと言った、中年の男——が咳払いした。


「当局としては、まず正式な報告書を受け取りたい。それから判断します」


「承知しました。報告書はまとまり次第提出します」


「現時点での見込みは」


「先生の解読が終わった後です。二週間から一月かかるかもしれません」


「……そこまでかかりますか」


「七百年分の刻文です」


「……なるほど」




 学術院の使者——若い男で名をリベリと言った——が遠慮がちに手を上げた。


「あの——私は学術院の者で、研究目的で来ております。管理とか利権とかではなく、単純に記録をさせていただければ——」


「それは後日改めて話しましょう。今日は要旨だけ確認しています」


「あ、はい、失礼しました」




 (みんな、それぞれ別のことを求めている)


 (管理を求める者、調査参加を求める者、牽制のために来た者、書類が欲しい者、記録したい者)


 (まとめると、やることが増える)




 (……面倒くさ)




「現時点では調査を続けることが最優先です。管理・協力・共同調査の話は、調査の進捗に応じて個別にお話しします。今日はここまでにさせてください。ガレットが個別のご案内をします」


 俺は立ち上がった。




 部屋が動いた。各自が「個別に話したい」「後でよろしいか」と言い始めた。全員がガレットの方に向かった。ガレットが静かに、順番に、「こちらでございます」と一人ずつ案内し始めた。


 ドランク王だけが動かず、茶を飲んでいた。




「ライル」


「はい」


「一部屋に全員入れるとは思わなかった」


「手間が省けました」


「……お前は、やはりそういうやり方をするな」


「合理的だと思います」


「……まあ、そうだろう」




 ドランク王が茶を飲み干した。


「別の区画の件、何か分かったら連絡しろ」


「はい」


「今回も急がない方がいい。焦ると判断を間違える」


「そうします」


「うむ」




 ドランク王が立ち上がって出ていった。


 部屋には俺とマリスだけが残った。




 マリスが俺を見た。


「ライルさん、すごかったです」


「何がですか」


「全員を同時に部屋に入れて、一回でまとめて話して——普通あんなことしますか」


「時間が節約できます」


「でも相手は大国の使者とか王様とかじゃないですか」


「人数が多くても一回は一回です」




 マリスがしばらく俺を見ていた。


「……ライルさんには逆らえる気がしないんですが、それは戦略ですか」


「違います。面倒くさかっただけです」


「……でもまた全員来ますよね。次も」


「来ると思います」


「どうするんですか」


「その時また考えます」




 (来るのは分かっている)


 (でも今は、今日来た分をさばいただけでいい)




 廊下からガレットの声が聞こえた。各代表を順番に別室へ案内する声だ。落ち着いた声で、丁寧に、一人ずつ対応している。


 (ガレットが仕分けしている)


 (ガレットが仕分けできる間は、なんとかなる)




 しばらくして、ガレットが戻ってきた。


「若様、各位へのご対応を確認いたします」


「どうぞ」


「テルミスのヴェルナー殿は明後日に再度お話しする日程を希望されています。エンデ卿は書状での続きを希望されています。内政局のクイン殿は報告書の提出期限について確認を求めています。学術院のリベリ殿は——遠慮がちに「また来てもよいですか」と言っておられます」


「全員、日程を後日書状で調整してください」


「承知いたしました」


「内政局の報告書の期限は?」


「三週間後を希望されています」


「先生の解読が間に合えば。間に合わない場合は延期を申し入れてください」


「承知いたしました」




 (ガレットがこなせている)


 (これ以上は増えてほしくないが、まあ、また来るだろう)




「ガレット」


「はい」


「今日の来訪者の数と用件を記録しておいてください。次に来た時、前回と内容が変わっているかどうかを確認したいので」


「承知いたしました。既にまとめております」


 (ガレットは既にまとめていた)


 (まあ、ガレットだ)




「若様、少し落ち着いて話し合いましょう」


 ガレットが手帳を閉じながら言った。


「今日対応した内容を整理し、次の来訪に向けて優先順位を決めたいと思います。現時点では「調査の進捗を待つ」という方針で統一されていますが、各勢力が何を求めているか、それぞれ少しずつ異なります。若様がお一人で全部把握するより、私が整理してから確認いただく形がよいかと」


「それでいいです。任せます」


「承知いたしました。明朝、整理してお持ちします」




「ガレット」


「はい」


「今日の対応、ありがとうございました」


 ガレットが少し止まった。


「……恐れ入ります」


「全員案内するの、大変だったと思います」


「慣れております」


「そうですか」


「……ただ、一度に五名様というのは——多少、管理に工夫が必要でした」




 (ガレットが「工夫が必要でした」と言った)


 (ガレットにとっては珍しい状況だったということだ)




「次は減らします」


「……そうしていただけますと、私も助かります」


「善処します」


「……お願いいたします」




 ガレットが出ていった。


 マリスが「私も書類の続きをやります」と言って部屋を出た。


 静かになった。




 窓の外を見た。空が少し傾いている。


 スキルを向けた。土壌の魔素濃度が、また少し上がっていた。遺跡の右の壁の向こうからは、まだ感触が来ている。


 (今日来た全員が、この感触のことを知っている)


 (知らないのは「何の感触か」だ)


 (それが分かれば、話し合いの中身が変わる)




 (先生の解読を待つ)


 (それしかない)




 (……面倒くさ)




 まあ、なんとかなるか。



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