チーム結成
朝、起きてすぐスキルを向けた。
核の方向——真下。変わらない。
(今日、動く)
朝食のあと、先生を呼んだ。
「昨夜は眠れましたか」
「三時間ほど」
(ガレットが見張っていたのに)
「……そうでしたか」
「中間区画の天井模様の最後の部分が、どうしても気になって」
先生が書類を机に広げた。天井の模様のスケッチと、いくつかの記号の照合メモ。
「この部分——ここが、下り通路の入口を示しているとほぼ確信しています。位置は、中間区画の北側の壁の右端。探索のとき、見落としていた場所です」
「今日確認できますか」
「はい」
先生がきっぱりと言った。眼鏡の奥の目が、普通に据わっている。三時間しか眠っていない人間には見えない。
ガレットが入口のところに立っていた。
「灯りは四本。食料と水は昨日の準備から追加はありませんが——若様、本日はドランク陛下から返書が届いております」
(そうか)
「何と」
「「書庫の資料を持参する用意がある。来週で構わなければ伺う」——以上です」
(来週か)
俺は茶を一口飲んだ。
(書庫の資料というのは、先月約束していたやつだ。今週の探索が終わってから来てもらった方が話が早い)
「来週ではなく、今日か明日に来られるか確認できますか」
ガレットが一拍置いた。
「……今日か明日に、ですか。それは——」
「探索に一緒に来てもらえれば、その場で資料の照合ができます。先生にも直接見てもらえる」
先生が「ああ」と言った。
「それは——効率がいいですね」
「まあ、そうかなと」
ガレットがもう一拍置いた。
「……陛下に「今日か明日においでいただけますか」という書状を出すということですか」
「はい」
「陛下は王です、若様」
「分かっています」
「……御意に」
(ガレットが受けた。大丈夫だと思う。ドランク王はそういう人だ)
午前中、先生とガレットとマリスの四人で中間区画に入った。
遺跡の入口を抜けると、冷たい空気がくる。乾いた石の匂い。俺は先頭を歩きながらスキルを細く伸ばした。
(核の方向——真下。近い)
「ライルさん、スキルの感触はどうですか」
「真下です。昨日より少し強い気がします」
「気がする、で正しいと思います。近づいていますから」
(先生が「気がする」を肯定した。珍しい)
中間区画に着いた。
天井が高い。模様が複雑に入り組んでいる。灯りを四本全部上に向けると、石に刻まれた図案がはっきり浮かび上がった。
「北側の壁の右端——ここです」
先生が壁に近づいて、手をあてた。
ゆっくりと右端まで動いていく。
「……ある」
先生が小さく言った。
壁の角、ほとんど見えない位置に、縦に細い筋が入っていた。触れると、石がわずかに動く。
「これが扉ですか」
「扉、というより——仕切り、でしょうか。設計上は通路の一部です」
マリスが「どうやって開けるんですか」と言った。
「押します。ここを」
先生が右上の一点を押した。
石が、ゆっくりと内側に沈んだ。
通路が現れた。
先の中間区画より細い。人が一人通れる程度の幅。天井は低く、俺でも頭が当たりそうだった。
(狭い。面倒くさい)
「行けますか」
「行けます。記録しながら進みますので、少し遅くなりますが」
「問題ないです」
先生が帳面を取り出した。歩きながら書く気らしい。
(先生は本当にどこでも書く)
「先生、暗い中で書けますか」
「慣れています」
「どこで慣れましたか」
「洞窟の調査が多かったので」
マリスが「洞窟!!」と言った。先生は「はい」とだけ答えて歩き始めた。
通路は真っすぐだった。
三十歩、四十歩。魔素の密度が少しずつ濃くなる感触がある。引きが強くなっていた。
「ライルさん、感知に変化はありますか」
「引きが強くなっています。方向はそのまま——真下です」
「通路が傾いていれば、自然と下に向かいます。今は水平ですが——」
先生が少し止まって天井を見た。
「この先で傾斜が始まるかもしれません。模様の流れから、あと二十歩ほどで変わると思います」
「変わる」から十八歩で、床が下がり始めた。
先生が「正確でしたね」と言った。(だから「思います」という言葉を使う必要があったのかな、と思ったが黙っていた)
傾斜が続いた。
ゆるやかだが、確実に下に向かっている。灯りの影が長く伸びる。息が少し、重く感じる。
(早く終わって飯が食いたい)
(いや、まだ入ったばかりだった)
「先生、しんどくないですか」
マリスが後ろから聞いた。
「大丈夫です。傾斜はこれくらいなら」
「本当ですか」
「洞窟では四十度近い傾斜を降りたこともあります」
「どうやって」
「ロープです。次はロープも持ってきましょうか」
「次もあるんですね!!」
マリスの声が石の壁に反響した。
(遺跡の中に声が響く。静かなところだから、よく通る)
五十歩ほど下ったところで、通路が広くなった。
天井が戻ってくる。左右の壁が離れる。
先生が「ここで一度止まっていいですか」と言って、壁の模様を灯りで照らし始めた。
ガレットが帳面に何かを書き加えている。
マリスが俺の横に来て小声で言った。
「先生、元気ですよね」
「そうですね」
「まだまだ行けそうです」
「そうですね」
「ライル様は」
「行けます」
「私も——まあ、大丈夫です」
マリスが「大丈夫、は大丈夫なんですよね」と確認した。
「はい」
「ライル様がそう言う時が一番不安なんですよ」
「それはマリスが言う台詞でしたか」
「え」
「俺がよく言われます」
マリスが「……言いますよね」と静かになった。
先生が壁から離れた。
「準備ができました。ここから先は——もう少し複雑になるかもしれません。分岐がある可能性があります」
「ライルさんのスキルで判断できますか」
「引きが強い方に行けばいいと思います」
「助かります。私の記録だけでは確率が下がる局面が出てくるので」
先生がそう言いながらまた歩き始めた。
(先生が「確率が下がる」と言った。正直な人だ)
ガレットからドランク王の返書が届いたのは、通路に入る前の話だったが——実際に来訪があったのは夕方だった。
遺跡から上がってきたら、ガレットが館の入口に立っていた。
「……陛下がいらっしゃいました」
俺は少し止まった。
「今ですか」
「はい。お返事を出してから三時間後でございます」
(速い。ドランク王は来る気があったんだ)
「分かりました。茶を」
「用意してございます」
応接室に入ると、ドランク王が茶を飲んでいた。
旅装のまま来ていた。礼装は着ていない。
「書状を見て、すぐに出た」
ドランク王が茶を置きながら言った。
「それは——ありがとうございます」
「探索中だったのか」
「はい。今日は中間区画の下の通路に入りました」
「進んでいるか」
「進んでいます」
ドランク王が少し目を細めた。
「一緒に行ってもよいか」
(え)
(来ると思っていた。でも「一緒に行く」は考えていなかった)
「……遺跡の中ですよ」
「分かっている」
「狭い場所です」
「分かっている」
「暗いです」
「分かっている」
ドランク王が「茶が飲めれば」と言ったが、これは冗談のつもりだと思う。
先生が入ってきた。
書類を抱えている。また今日の記録を整理していたらしい。
「ドランク陛下、本日の書庫の資料は」
「持参している。馬の背にある」
「すぐに拝見できますか」
「構わない」
先生が「失礼します」と言って出て行った。秒で戻ってくる可能性がある。
マリスが廊下から顔を出した。
「ドランク王、資料持ってきてくれたんですか!!」
「そうだ、副官」
「ありがとうございます!! 先生も喜びますね!!」
「……先生というのが?」
「古代魔法の専門家の方です。さっき行きましたよ」
「ああ、前に会った」
ドランク王が俺を見た。
「あの研究者、まだここにいるのか」
「毎日います」
「……遺跡があるから、か」
「そうです」
ドランク王が小さく「なるほど」と言った。
(ドランク王も似たようなものだと思うが、言わなかった)
先生が書類の束を抱えて戻ってきた。
「マルフ王国の建国期から空白時代前後にかけての文書——十二点です。複写ですが、精度は高い。シュタール国宮廷書庫の中でも特に古いものです」
「拝見していいですか」
「どうぞ」
先生が机に広げた。
俺は横から見た。古い紙の複写で、書かれている文字は現代のものとは少し形が違う。図案が多い。どこかで見た形だと思ったら——遺跡の天井の模様と似ていた。
「これ——中間区画の模様と似てます」
先生が「気づきましたか」と言って顔を上げた。
「気づくのが早い」
「似ているだけで、同じではないですか」
「変体です。同じ系統の文字体系が時代によって変化したものです。この書類の「系統」と遺跡の「系統」が同じなら、対応が取れます」
ドランク王が「書庫でこれを見つけた時」と言いながら茶を飲んだ。
「「これは、見たことのある形だ」と思った。十二年前の話だ」
「十二年前にシュタール国の地下に何かあると感じていたのですか」
「感じていた。証拠はなかったが」
先生が「だからこの資料が意味を持つのです」と言った。
「遺跡の系統が分かれば、設計者の意図が逆算できます。吸収陣の「核」も、設計図の中にパターンとして出てくるはずです」
しばらく三人で書類を並べた。
先生が本を出した。ガレットが記録を取る。マリスが灯りを調整する。ドランク王が茶を飲みながら、ときどき「ここの記号は」と聞く。
(俺は主にスキルの感触を確認しながら、先生とドランク王の話が合うかどうか確かめていた)
(合っている。合っているというより——同じ場所を、別の方向から調べていた人たちが、ようやく同じ机についた感じだ)
「ライルさん」
先生が顔を上げた。
「スキルで核の方向を確認してもらえますか。今日の探索で下の通路に入りましたが——この資料の図案と照合すると、核はおそらくあの通路のさらに奥、直線で三十メートルほど先にあると思います」
「三十メートル」
「はい」
俺はスキルを下に向けた。
引き——強い。真下、そして少し南。
「……三十メートルか、もう少し短いかもしれないです。引きが今日より強くなっています」
「近づいているということですか」
「いや、位置は変わらないので——俺が近いところから感知しているから、強く感じるんだと思います」
「なるほど」
ドランク王が「位置が分かるのか」と言った。
「方向は分かります。距離は感触です」
「感触、か」
「難しく説明できる仕組みではないですよ。データじゃなくて、感覚なので」
ドランク王が「そういうものか」と言って茶を飲んだ。
(王様はスキルのことを詳しく知りたいわけじゃないらしい。安心した)
夕食のあと、ドランク王は館に泊まることになった。
(客間の準備はガレットが先に動いていた。さすがだ)
マリスが廊下を歩きながら俺に言った。
「明日も探索に行くんですよね」
「行きます」
「ドランク王も来ますか」
「聞いてみます」
「……来ますよね、絶対」
「たぶん」
マリスが「チームが増えましたね」と言った。
「最初は四人だったのに——今は五人になりましたね」
「そうですね」
「先生がいて、ドランク王がいて、ガレットさんがいて、私がいて」
「はい」
「ライル様は」
「俺も行きます」
「そうじゃなくて」
マリスが少し止まって言った。
「ライル様がいるから、みんな来てるんだと思います。先生も、ドランク王も、ガレットさんも、私も——ライル様が「行く」と言ったから、一緒に行く気になってるんだと思います」
(え)
(そういうものか)
「俺は「行く」と言っただけですよ」
「それだけですよ。でも、そのだけが一番大事なんです」
マリスが「おやすみなさい」と言って廊下を歩いて行った。
(チームが揃った)
(先生が遺跡を読む。ドランク王が書庫の資料を持ってきた。ガレットが記録を取る。マリスが灯りを持って護衛もする。俺はスキルで方向を感知する)
(役割が自然に決まった。誰かが命令したわけでもなく、全員が必要な位置に収まっている)
(面倒くさい話だが——こういう形になるのなら、面倒くさいわりには悪くない)
夜、スキルを向けた。
核の方向——真下、少し南。変わらない。ただ、引きが今日の昼より確かに強い。
(明日、もっと深く入る。先生の言う「三十メートル」が当たっていれば、明後日には着く)
廊下でガレットの足音がして、止まった。
「……若様」
「はい」
「陛下がお泊まりになることになりましたが——明日の食事の手配について、確認させてください」
「お任せします」
「……朝食はいつも通りでよろしいですか」
「はい」
「陛下のご都合は確認しましたが、特にご要望はないとのことでした」
「そうですか」
ガレットが少し間を置いた。
「……若様。本日の探索で、通路の入口は確認できました。明日はさらに深く入ることになるかと存じます」
「はい」
「全員の体力が十分か、確認を」
「先生は三時間しか眠っていないので心配です」
「……昨夜もでございましたか」
「はい」
「……承知いたしました、今夜は私が」
「お願いします」
ガレットの足音が遠くなった。
(明日、動く)
(全員が揃った。先生と、ドランク王と、ガレットと、マリスと——俺)
(チームだ、というには少し不格好かもしれない。先生は書きながら歩くし、ドランク王は茶のことを気にしているし、ガレットは先生の就寝時間を管理することになったし、マリスは叫ぶ)
(でも——役割はある。それだけでいい)
(やれる範囲でやる)
廊下でマリスの足音がして、止まった。
「……あ、まだ起きてたんですね」
「はい」
「先生は今夜はガレットさんが見てくれるって言ってました」
「そうです」
「ドランク王は——静かに寝てると思います」
「ですね」
マリスが少し言ってから、また歩き始めた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
足音が遠くなった。
明日、遺跡の深部へ。
それだけで、十分だ。




