表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
31/53

チーム結成

 朝、起きてすぐスキルを向けた。


 核の方向——真下。変わらない。


 (今日、動く)




 朝食のあと、先生を呼んだ。


「昨夜は眠れましたか」


「三時間ほど」


 (ガレットが見張っていたのに)


「……そうでしたか」


「中間区画の天井模様の最後の部分が、どうしても気になって」


 先生が書類を机に広げた。天井の模様のスケッチと、いくつかの記号の照合メモ。


「この部分——ここが、下り通路の入口を示しているとほぼ確信しています。位置は、中間区画の北側の壁の右端。探索のとき、見落としていた場所です」


「今日確認できますか」


「はい」


 先生がきっぱりと言った。眼鏡の奥の目が、普通に据わっている。三時間しか眠っていない人間には見えない。




 ガレットが入口のところに立っていた。


「灯りは四本。食料と水は昨日の準備から追加はありませんが——若様、本日はドランク陛下から返書が届いております」


 (そうか)


「何と」


「「書庫の資料を持参する用意がある。来週で構わなければ伺う」——以上です」


 (来週か)


 俺は茶を一口飲んだ。


(書庫の資料というのは、先月約束していたやつだ。今週の探索が終わってから来てもらった方が話が早い)


「来週ではなく、今日か明日に来られるか確認できますか」


 ガレットが一拍置いた。


「……今日か明日に、ですか。それは——」


「探索に一緒に来てもらえれば、その場で資料の照合ができます。先生にも直接見てもらえる」


 先生が「ああ」と言った。


「それは——効率がいいですね」


「まあ、そうかなと」


 ガレットがもう一拍置いた。


「……陛下に「今日か明日においでいただけますか」という書状を出すということですか」


「はい」


「陛下は王です、若様」


「分かっています」


「……御意に」


 (ガレットが受けた。大丈夫だと思う。ドランク王はそういう人だ)




 午前中、先生とガレットとマリスの四人で中間区画に入った。


 遺跡の入口を抜けると、冷たい空気がくる。乾いた石の匂い。俺は先頭を歩きながらスキルを細く伸ばした。


 (核の方向——真下。近い)


「ライルさん、スキルの感触はどうですか」


「真下です。昨日より少し強い気がします」


「気がする、で正しいと思います。近づいていますから」


 (先生が「気がする」を肯定した。珍しい)




 中間区画に着いた。


 天井が高い。模様が複雑に入り組んでいる。灯りを四本全部上に向けると、石に刻まれた図案がはっきり浮かび上がった。


「北側の壁の右端——ここです」


 先生が壁に近づいて、手をあてた。


 ゆっくりと右端まで動いていく。


「……ある」


 先生が小さく言った。


 壁の角、ほとんど見えない位置に、縦に細い筋が入っていた。触れると、石がわずかに動く。


「これが扉ですか」


「扉、というより——仕切り、でしょうか。設計上は通路の一部です」


 マリスが「どうやって開けるんですか」と言った。


「押します。ここを」


 先生が右上の一点を押した。


 石が、ゆっくりと内側に沈んだ。




 通路が現れた。


 先の中間区画より細い。人が一人通れる程度の幅。天井は低く、俺でも頭が当たりそうだった。


 (狭い。面倒くさい)


「行けますか」


「行けます。記録しながら進みますので、少し遅くなりますが」


「問題ないです」


 先生が帳面を取り出した。歩きながら書く気らしい。


 (先生は本当にどこでも書く)


「先生、暗い中で書けますか」


「慣れています」


「どこで慣れましたか」


「洞窟の調査が多かったので」


 マリスが「洞窟!!」と言った。先生は「はい」とだけ答えて歩き始めた。




 通路は真っすぐだった。


 三十歩、四十歩。魔素の密度が少しずつ濃くなる感触がある。引きが強くなっていた。


「ライルさん、感知に変化はありますか」


「引きが強くなっています。方向はそのまま——真下です」


「通路が傾いていれば、自然と下に向かいます。今は水平ですが——」


 先生が少し止まって天井を見た。


「この先で傾斜が始まるかもしれません。模様の流れから、あと二十歩ほどで変わると思います」


 「変わる」から十八歩で、床が下がり始めた。


 先生が「正確でしたね」と言った。(だから「思います」という言葉を使う必要があったのかな、と思ったが黙っていた)




 傾斜が続いた。


 ゆるやかだが、確実に下に向かっている。灯りの影が長く伸びる。息が少し、重く感じる。


 (早く終わって飯が食いたい)


 (いや、まだ入ったばかりだった)


「先生、しんどくないですか」


 マリスが後ろから聞いた。


「大丈夫です。傾斜はこれくらいなら」


「本当ですか」


「洞窟では四十度近い傾斜を降りたこともあります」


「どうやって」


「ロープです。次はロープも持ってきましょうか」


「次もあるんですね!!」


 マリスの声が石の壁に反響した。


 (遺跡の中に声が響く。静かなところだから、よく通る)




 五十歩ほど下ったところで、通路が広くなった。


 天井が戻ってくる。左右の壁が離れる。


 先生が「ここで一度止まっていいですか」と言って、壁の模様を灯りで照らし始めた。


 ガレットが帳面に何かを書き加えている。


 マリスが俺の横に来て小声で言った。


「先生、元気ですよね」


「そうですね」


「まだまだ行けそうです」


「そうですね」


「ライル様は」


「行けます」


「私も——まあ、大丈夫です」


 マリスが「大丈夫、は大丈夫なんですよね」と確認した。


「はい」


「ライル様がそう言う時が一番不安なんですよ」


「それはマリスが言う台詞でしたか」


「え」


「俺がよく言われます」


 マリスが「……言いますよね」と静かになった。




 先生が壁から離れた。


「準備ができました。ここから先は——もう少し複雑になるかもしれません。分岐がある可能性があります」


「ライルさんのスキルで判断できますか」


「引きが強い方に行けばいいと思います」


「助かります。私の記録だけでは確率が下がる局面が出てくるので」


 先生がそう言いながらまた歩き始めた。


 (先生が「確率が下がる」と言った。正直な人だ)




 ガレットからドランク王の返書が届いたのは、通路に入る前の話だったが——実際に来訪があったのは夕方だった。


 遺跡から上がってきたら、ガレットが館の入口に立っていた。


「……陛下がいらっしゃいました」


 俺は少し止まった。


「今ですか」


「はい。お返事を出してから三時間後でございます」


 (速い。ドランク王は来る気があったんだ)


「分かりました。茶を」


「用意してございます」




 応接室に入ると、ドランク王が茶を飲んでいた。


 旅装のまま来ていた。礼装は着ていない。


「書状を見て、すぐに出た」


 ドランク王が茶を置きながら言った。


「それは——ありがとうございます」


「探索中だったのか」


「はい。今日は中間区画の下の通路に入りました」


「進んでいるか」


「進んでいます」


 ドランク王が少し目を細めた。


「一緒に行ってもよいか」


 (え)


 (来ると思っていた。でも「一緒に行く」は考えていなかった)


「……遺跡の中ですよ」


「分かっている」


「狭い場所です」


「分かっている」


「暗いです」


「分かっている」


 ドランク王が「茶が飲めれば」と言ったが、これは冗談のつもりだと思う。




 先生が入ってきた。


 書類を抱えている。また今日の記録を整理していたらしい。


「ドランク陛下、本日の書庫の資料は」


「持参している。馬の背にある」


「すぐに拝見できますか」


「構わない」


 先生が「失礼します」と言って出て行った。秒で戻ってくる可能性がある。


 マリスが廊下から顔を出した。


「ドランク王、資料持ってきてくれたんですか!!」


「そうだ、副官」


「ありがとうございます!! 先生も喜びますね!!」


「……先生というのが?」


「古代魔法の専門家の方です。さっき行きましたよ」


「ああ、前に会った」


 ドランク王が俺を見た。


「あの研究者、まだここにいるのか」


「毎日います」


「……遺跡があるから、か」


「そうです」


 ドランク王が小さく「なるほど」と言った。


 (ドランク王も似たようなものだと思うが、言わなかった)




 先生が書類の束を抱えて戻ってきた。


「マルフ王国の建国期から空白時代前後にかけての文書——十二点です。複写ですが、精度は高い。シュタール国宮廷書庫の中でも特に古いものです」


「拝見していいですか」


「どうぞ」


 先生が机に広げた。


 俺は横から見た。古い紙の複写で、書かれている文字は現代のものとは少し形が違う。図案が多い。どこかで見た形だと思ったら——遺跡の天井の模様と似ていた。


「これ——中間区画の模様と似てます」


 先生が「気づきましたか」と言って顔を上げた。


「気づくのが早い」


「似ているだけで、同じではないですか」


「変体です。同じ系統の文字体系が時代によって変化したものです。この書類の「系統」と遺跡の「系統」が同じなら、対応が取れます」


 ドランク王が「書庫でこれを見つけた時」と言いながら茶を飲んだ。


「「これは、見たことのある形だ」と思った。十二年前の話だ」


「十二年前にシュタール国の地下に何かあると感じていたのですか」


「感じていた。証拠はなかったが」


 先生が「だからこの資料が意味を持つのです」と言った。


「遺跡の系統が分かれば、設計者の意図が逆算できます。吸収陣の「核」も、設計図の中にパターンとして出てくるはずです」




 しばらく三人で書類を並べた。


 先生が本を出した。ガレットが記録を取る。マリスが灯りを調整する。ドランク王が茶を飲みながら、ときどき「ここの記号は」と聞く。


 (俺は主にスキルの感触を確認しながら、先生とドランク王の話が合うかどうか確かめていた)


 (合っている。合っているというより——同じ場所を、別の方向から調べていた人たちが、ようやく同じ机についた感じだ)


「ライルさん」


 先生が顔を上げた。


「スキルで核の方向を確認してもらえますか。今日の探索で下の通路に入りましたが——この資料の図案と照合すると、核はおそらくあの通路のさらに奥、直線で三十メートルほど先にあると思います」


「三十メートル」


「はい」


 俺はスキルを下に向けた。


 引き——強い。真下、そして少し南。


「……三十メートルか、もう少し短いかもしれないです。引きが今日より強くなっています」


「近づいているということですか」


「いや、位置は変わらないので——俺が近いところから感知しているから、強く感じるんだと思います」


「なるほど」


 ドランク王が「位置が分かるのか」と言った。


「方向は分かります。距離は感触です」


「感触、か」


「難しく説明できる仕組みではないですよ。データじゃなくて、感覚なので」


 ドランク王が「そういうものか」と言って茶を飲んだ。


 (王様はスキルのことを詳しく知りたいわけじゃないらしい。安心した)




 夕食のあと、ドランク王は館に泊まることになった。


 (客間の準備はガレットが先に動いていた。さすがだ)


 マリスが廊下を歩きながら俺に言った。


「明日も探索に行くんですよね」


「行きます」


「ドランク王も来ますか」


「聞いてみます」


「……来ますよね、絶対」


「たぶん」


 マリスが「チームが増えましたね」と言った。


「最初は四人だったのに——今は五人になりましたね」


「そうですね」


「先生がいて、ドランク王がいて、ガレットさんがいて、私がいて」


「はい」


「ライル様は」


「俺も行きます」


「そうじゃなくて」


 マリスが少し止まって言った。


「ライル様がいるから、みんな来てるんだと思います。先生も、ドランク王も、ガレットさんも、私も——ライル様が「行く」と言ったから、一緒に行く気になってるんだと思います」


 (え)


 (そういうものか)


「俺は「行く」と言っただけですよ」


「それだけですよ。でも、そのだけが一番大事なんです」


 マリスが「おやすみなさい」と言って廊下を歩いて行った。




 (チームが揃った)


 (先生が遺跡を読む。ドランク王が書庫の資料を持ってきた。ガレットが記録を取る。マリスが灯りを持って護衛もする。俺はスキルで方向を感知する)


 (役割が自然に決まった。誰かが命令したわけでもなく、全員が必要な位置に収まっている)


 (面倒くさい話だが——こういう形になるのなら、面倒くさいわりには悪くない)




 夜、スキルを向けた。


 核の方向——真下、少し南。変わらない。ただ、引きが今日の昼より確かに強い。


 (明日、もっと深く入る。先生の言う「三十メートル」が当たっていれば、明後日には着く)


 廊下でガレットの足音がして、止まった。


「……若様」


「はい」


「陛下がお泊まりになることになりましたが——明日の食事の手配について、確認させてください」


「お任せします」


「……朝食はいつも通りでよろしいですか」


「はい」


「陛下のご都合は確認しましたが、特にご要望はないとのことでした」


「そうですか」


 ガレットが少し間を置いた。


「……若様。本日の探索で、通路の入口は確認できました。明日はさらに深く入ることになるかと存じます」


「はい」


「全員の体力が十分か、確認を」


「先生は三時間しか眠っていないので心配です」


「……昨夜もでございましたか」


「はい」


「……承知いたしました、今夜は私が」


「お願いします」


 ガレットの足音が遠くなった。




 (明日、動く)


 (全員が揃った。先生と、ドランク王と、ガレットと、マリスと——俺)


 (チームだ、というには少し不格好かもしれない。先生は書きながら歩くし、ドランク王は茶のことを気にしているし、ガレットは先生の就寝時間を管理することになったし、マリスは叫ぶ)


 (でも——役割はある。それだけでいい)


 (やれる範囲でやる)


 廊下でマリスの足音がして、止まった。


「……あ、まだ起きてたんですね」


「はい」


「先生は今夜はガレットさんが見てくれるって言ってました」


「そうです」


「ドランク王は——静かに寝てると思います」


「ですね」


 マリスが少し言ってから、また歩き始めた。


「じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」




 足音が遠くなった。


 明日、遺跡の深部へ。


 それだけで、十分だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ