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詰まりを取るだけ

 二日目の朝、ゴードンたちが昨日より早く来た。


 (……気合い入ってる)


「若様、今日はどこからやりますか」


 ヨムが馬車から降りてきた俺を見るなり言ってくる。


「幹線二本目の入口あたりに大きめの詰まりがあります。昨夜スキルで確認したので、そこから始めましょう」


「幹線二本目って、西の水路ですよね」


「そうです」


 ゴードンが道具を担ぎながら、ぼそりと言った。


「あっちは十年以上詰まってたと思いますよ。西の畑は完全に死んでる」


「十年……」


「ええ。昔は西の畑の方が土がよかったんですが、ここ十年で一気に——」


 (十年。そこだけ先に詰まり始めた理由があるかもしれない。まあ今は考えても仕方ないか)


「とりあえず行きましょう」


「はい」




 西の幹線は、昨日よりひどかった。


 水路そのものが土砂で半分埋まりかけていて、端から見ただけでは水路かどうかも分からない区画がある。スキルで見ると、底に詰まりが連続していた。


「ゴードンさん、この区間の流れ、どの方向に向かってるか知ってますか」


「東から西に流れて、一番下の溜まり場に出るはずですが——今は詰まりすぎてどこへも流れてないんで」


「分かりました。じゃあ上流から順に潰していきます」


 農民が六人に増えていた。ガレットが昨日のうちに声をかけてくれたらしい。昨夕、幹線に水が流れるのを見た者から話が広まったようだった。


「……六人になりましたね」


「声をかけてみましたところ、来てくださいました」


「助かります」


 ガレットが少し間を置いた。


「若様が直すと聞いて——自分も手伝いたいと」


 (なるほど。昨日の成果が伝わったのか)


「では、始めましょう」




 午前中、五箇所を解消した。


 昨日より密度が高かったが、六人になった分だけ早い。俺がスキルで場所を案内して、農民たちが掘る。このリズムはすっかり定着していた。


 三箇所目あたりで、スキルの数値が動いた。


 (……あ)


 土壌魔素——昨日のまま12%のはずが。


 いや、待て。


 (12%……じゃなくて、14%? いや18か)


 数値がはっきりしなくて、意識を集中した。


 浮かんでくる数字は——18%。


 昨日から変わっていなかったのに、朝からの三箇所分が効いたのか、一気に上がり始めていた。


「……へえ」


「若様?」


 ヨムが作業の手を止めて振り返った。


「魔素、動き始めました。18%」


「……え?」


「昨日まで12%だったのが、今18%に上がってます」


 ヨムが固まった。


 ゴードンがスコップを止めて、こちらを見た。


「今日の分も合わさった、ってことですか」


「たぶん。幹線一本目と今日の三箇所分が重なったんじゃないかと思います」


 ゴードンがヨムを見た。ヨムがゴードンを見た。


「……続けましょうか」


「あ、はい」




 昼休みに、俺はもう一度スキルで確認した。


 ——22%。


 (早い。思ったより反応している)


 昨日一日で12%のまま動かなかったのに、今朝から加速している。理由はたぶん、幹線一本目の開通後に一晩水が流れ続けたことと、今日の作業が上乗せされたことだ。


 農民たちが休憩している間、ゴードンだけ水路の縁に座って、流れを見ていた。声はかけなかった。




 午後から幹線二本目の大きな詰まりに差しかかった。


 長さで三メートルほど、泥と枯れ葉が圧縮されて固まっている。突き棒では崩せない硬さで、スコップで少しずつ切り崩すしかなかった。


 全員がかりで一時間かかった。


 崩れた瞬間、水が来た。


 昨日の幹線一本目よりも勢いがある。濁った水が、長い間止まっていた水路を押し流すように流れていく。


「来た——!」


 ヨムが叫んだ。農民たちが声を上げた。


 ゴードンだけが、また黙って水を見ていた。


 俺もスキルで確認した。


 土壌魔素——22%。まだ変わっていない。でも水の流れが増えた。夕方から明日にかけて数値は変わると思う。


「今日はここまでにしましょう」




 三日目は幹線三本目に入った。


 ここが一番奥で、一番長い。詰まりの数がスキルで数えると十四箇所ある。今日だけでは終わらないかもしれない。


「多いですね」


「ええ。でも一個ずつ潰せばいいので」


 ゴードンが歩きながら言った。


「若様、考えてみると——一日目が七箇所、二日目が八箇所だったんですよね。あんたのスキルのおかげで俺らが無駄なく動けてるから、こんなに速い」


「そうですね」


「一人でやってたら三倍はかかってた」


「そうかもしれないですが、俺一人では掘れないので。お互い様です」


「……そういうとこですよ、あんた」


「何がですか」


「いや、こっちの話」


 (なんだろう。まあいいか)




 午前中に六箇所を解消したところで、ゴードンが急に立ち止まった。


「若様、ちょっと待ってください」


 水路から少し離れた場所、西の畑の端の区画に向かって歩いていく。


「ゴードンさん?」


 追いかけると、ゴードンがしゃがみ込んでいた。冬の間に固く締まった灰色の土の表面に、顔を近づけて、じっと見ている。


「若様、見てください」


 俺も近くに寄った。


 土の表面に、小さな緑色の点が見えた。


 芽だった。


 指の先ほどの大きさで、まだほとんど土から出てきていない。でも確かに、ここ数日で出てきたものだ。


「……芽が」


「ええ。この区画、去年の秋に最後の種を蒔いたんですが、なにも出なかったんです。今年も諦めてて——でもここに来たらこれが」


 ゴードンが小さな芽をそっと指さした。周囲を見回すと、三つ四つ、似たような緑の点が土から顔を出していた。


 ゴードンは、手のひらを広げて、芽の周りの土をそっと押さえた。何かを確かめるような、静かな動作だった。


 俺はスキルで確認した。


 土壌魔素——24%。


「早いですね。思ったより効果が出てる」


「……若様が驚いてる」


「少しは」


 ゴードンが苦笑いした。


「珍しい」


「芽が出るとは思ってましたが、三日目でとは思ってなかったので」


 ヨムが隣で芽を見ている。声を出さなかったが、目の端が赤くなっていた。しゃがんで指を伸ばしかけて、土に触れる直前で止めた。


「……去年は何も出なかったんですよ」


「ヨムさんもここで種蒔いたんですか」


「少し手伝いました。ゴードンさんが——」


 ゴードンが立ち上がった。


「続きを片付けましょう。日が落ちる前に八箇所は終わらせたい」


「了解です」




 その日、幹線三本目の十四箇所のうち十一箇所を解消した。


 残り三箇所は翌日に持ち越したが、流れは通っている。水路の三本が、完全ではないものの、ほぼ通じた。


「今日で幹線は八割方開通ですね」


「あとは支線の詰まりですか」


「そうです。ただ支線は幹線ほど大きくないので、一箇所あたりの時間は短いと思います」


 ガレットが静かに聞いていた。


「若様、今日の魔素の数値は」


「さっき確認したら24%でした。朝から2%上がってます」


「……着任から三日で、12%が24%になったということですね」


「はい」


「……」


 (ガレットは何か言いたそうだが、言わない。まあ聞かなくていいか)


「明日も同じ人数でお願いします。残り三箇所と支線の優先度が高い場所から」


「承知しました」




 帰り道をゴードンと並んで歩いた。


 特に話すことはなかったが、ゴードンが口を開いた。


「若様は、何年でこの領地を立て直すつもりですか」


「別に何年、とは考えてないですが」


「は?」


「水路の詰まりを取る。魔素が上がる。作物が育つ。その順番でやれば自然にそうなると思って。スケジュールは考えてないですね」


 ゴードンが黙った。


「……普通は逆順に考えます。いつまでに何を達成する、って」


「そうですね。でもこの場合、順番が分かってるのでステップ通りにやれば着くと思います。時間より手順が大事かと」


「……若様、本当に変わってる」


「そうですか」


 ゴードンが少しの間、黙った。水路の音が遠くから聞こえた。


「ええ。でも——こういう変わり方なら、悪くないと思います」


 (なんか褒められた気がするが、どう返せばいいのか)


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 ゴードンが少し笑った。




 館に戻って食事を済ませ、寝る前にスキルを流した。


 (今日の最終確認)


 意識を集中すると、数値がゆっくりと浮かびあがってきた。


 土壌魔素——28%。


 (……28)


 朝が24%で、夕方が24%で、それが今28%に上がっている。幹線三本目の開通で夜から効いてきたのかもしれない。あるいは昨日の幹線二本目の流れが積み上がったのか。どちらもある気がした。


 (あと2%で30%。最低ラインに届く)


 三日前は12%だった。


 (……なんか、早くない?)


 嬉しいのかどうかよく分からないが、悪い感覚ではなかった。


 スキルをもう少し先に向けた。水の流れがある。幹線三本、今日ほぼ通った。水路の中を水が動いている感覚が、手の平で温かみを感じるような——いや、そこまでではないが、動いているのは分かる。


 (明日の作業で幹線の残り三箇所を終わらせて、支線に入れば——)


 そこで、気づいた。


 水路の底。正確には、底より少し下の、地面に接している部分。


 そこに——ある。


 あの最初の夜から感知していた黒ずんだ何か。あの時は輪郭だけ分かって、遠くてよく見えなかった。でも今は水の流れが増えたせいか、その何かが少しだけはっきりしている。


 形はまだ分からない。石ではない気がする。岩でもない。


 ただ——水が流れるにつれて、そのものが何かを「引っ張っている」感覚がある。水路が通じるほど、その引きが強くなっているような。


 (……吸ってる?)


 魔素の流れが、その黒ずんだ何かの方向に少し傾いている感じがした。水路の流れとは別の方向に、かすかに何かが引っ張っている。


 もう少し詳しく見ようとしたが、数値がぼやけた。遠すぎるか、あるいは深すぎるのか。


 スキルがそこまでを映さなかった。


 (……まあ、今日はここまでか)


 窓の外は暗かった。水路の方向から、水が流れる音がかすかに聞こえる。


 三日前は何も聞こえなかった音だった。



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