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大国の圧力

 朝、ガレットが執務室に来た。


「テルミス大国より、使者が参っております」


 (テルミス大国)


 (来た)


「何人ですか」


「三名でございます。使者本人と、随行者二名。いずれも大国の礼装を着用しています」


 礼装、か。


 (これは面倒なやつだ)


 (ただ——来ることは分かっていた。王都でクロヴィス殿に会った頃から、いつかこうなるとは思っていた)


「分かりました。応接室に通してください。茶も用意してください」


「承知いたしました。……若様」


「はい」


「先方の礼装は、かなり格の高いものでございます。軽装で応じると印象が変わるかもしれません」


 (礼装か)


「衣装棚の最上段でしたね」


「はい。昨日のうちに出しておきました」


 (ガレットが先に動いていた。やはりこの人は分かっている)




 礼装を着た。


 シワは取れていた。ガレットが昨夜のうちにアイロンをかけておいてくれたらしい。何も言わずに準備する。それがガレットの仕事の仕方だ。


 廊下にマリスがいた。


「使者が来ましたね」


「来ました」


「テルミス大国ですよ。テルミス大国ですよ?!」


「分かってます」


「大丈夫ですか。クロヴィス様とは違いますよ、大国の本体ですよ」


「大丈夫です」


「……本当に大丈夫ですか」


「はい」


 マリスが「ライル様が大丈夫と言う時が一番不安なんですよ」と言いながら後ろについてきた。




 応接室に入ると、三人が立って待っていた。


 中央の男が一歩前に出た。四十代半ばか。背が高く、肩幅がある。大国の礼装——紺地に金刺繍、肩の装飾が厚い。ヴァンダール領の応接室には、少し大きすぎる空気を持っていた。


「ヴァンダール辺境伯殿。テルミス大国王政院より参りました、ランデル・コルトと申します」


「ヴァンダール・ライルです。お越しいただきありがとうございます」


「遠路をものともせず、このような辺境まで足を運ばれたことをお礼申し上げます」


 慇懃だ。丁寧すぎるくらいに丁寧だ。


 (こういう丁寧さは、相手を下に置いてから話し始める時のやり方だ)


「どうぞお座りください」




 茶が出た。


 ランデルが一口飲んだ。


「……結構なお味でございます」


「ありがとうございます」


 (ドランク王は毎回「いい茶だ」と言う。この人は「結構なお味」と言った。同じ茶の感想が、全然違う言葉になる)


 俺は茶を一口飲んだ。マリスが隣で静かに座っている。ガレットが後ろに控えている。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


 ランデルが軽く頷いた。


「ヴァンダール卿のご領地において、古代の構造物が発見されたとの情報が我々の元に届いております。詳細は省きますが——非常に由緒ある発見かと存じます」


「情報が届いていましたか」


「テルミス大国は、この大陸の安定と文化遺産の保護に尽力しております。古代の遺物が辺境の小領地において管理されることで、本来の価値が損なわれることを懸念しております」


 (辺境の小領地)


 (言い方は慇懃だが、内容はそういうことか)


「損なわれる、というのは」


「古代遺跡の調査・保全・活用には、相応の人員・資金・専門知識が必要でございます。失礼ながら、辺境領地に単独でそれを担う余力があるとは——」


「専門家は呼んでいます。調査も進めています」


 ランデルが軽く眉を動かした。慌てた様子ではなく、予定の範囲内という感じだった。


「それは存じております。それが故に——テルミス大国として、協力の申し出をしたいと考えております」




 「協力」という言葉が出た。


 (ここからが本題だ)


「具体的には」


「共同管理権の設定でございます。遺跡の調査・管理・活用を、ヴァンダール領とテルミス大国で共同で行う。費用・人員はテルミス大国が負担いたします」


「ヴァンダール側の役割は」


「遺跡の所在地として、立地の提供。調査への協力。それだけでございます」


 (立地の提供だけ)


 (要するに——寄越せ、ということか)


 俺は茶を一口飲んだ。


 マリスが隣でわずかに身を固めるのが分かった。ガレットが後ろで静かに記録している。


「共同管理権の設定について——具体的な条件はございますか」


「それはこれからの協議次第でございます。まず合意の意向をいただければ、詳細は王国政務院を通じて調整いたします」


「政務院経由で」


「はい。テルミス大国とテルミス王国の間には良好な関係がございます。王都の方から正式な手続きが取られることになるかと存じます」


 (テルミス王国経由で圧力をかける、ということか)


 (ヴァンダール領はテルミス王国の辺境領地だ。王国が「共同管理に協力せよ」と言えば、断りにくくなる)


 (考えてある手順だ)




 「断った場合は」


 俺が聞いた。


 ランデルが少し間を置いた。


「……古代遺跡の管理は、一国の辺境領地だけに委ねるには——リスクがございます。もし不測の事態が発生した場合、その影響が広域に及ぶ可能性もゼロではございません。その場合、周辺各国としても——何らかの対応を取らざるを得なくなる可能性もございます」


「その「対応」というのは」


「あくまでも仮定の話でございますが——万が一、遺跡の影響で周辺地域に問題が生じた場合は、その管理責任を問う声が上がることも考えられます。それを防ぐためにも、早期の共同管理体制が望ましいと——」


 俺は茶を一口飲んだ。


 (断れば「管理責任」を問うと言っている。直接とは言わないが、言っていることは分かる)


 (面倒くさい。でも分かりやすい)




 「承知しました」


 俺が言った。


 ランデルが少し目を細めた。意外だったのか、あるいは想定の範囲内だったのか、どちらとも取れる顔だった。


「合意いただけますか」


「検討する、ということです」


「……と申しますと」


「今日突然お越しいただいて、その場で決める案件ではないかと思います。条件の詳細もございませんし、こちらの法律顧問とも確認が必要です」


「法律顧問……」


「ガレット、この領地に法律顧問はいましたか」


「……若様、少々お待ちください」


 ガレットが後ろで一拍置いた。


「……王都の弁護士に書面での確認を取ることは可能でございます」


「そういうことです。正式な手続きについては、王都経由でご連絡いただければ、然るべき対応をいたします」




 ランデルが少し姿勢を正した。


「ヴァンダール卿。申し上げておきますが——テルミス大国は、この件を急いでおります」


「何かご事情が」


「古代遺跡は——その性質上、早期の保全が重要です。時間が経てば経つほど、状況が複雑になる可能性がございます。できれば今月中に、大枠の合意をいただきたいと考えております」


「今月中に」


「はい」


 (急いでいる)


 (こちらが遺跡の深部調査を進めていることを、向こうは知っているかもしれない。何か変化があれば、管理権がないまま動かれる前に手を打ちたいのだろう)


「分かりました。急ぐ必要があることは理解しました」


「では——」


「ただ、急いでいるのはこちらも同じです。今月中に回答できるかは、確認してみないと分かりません。王都経由でご連絡いただければ、できる限り速やかに対応します」




 ランデルが少し沈黙した。


 二、三秒だったが、その沈黙は少し質があった。


 (この人は、こちらが押しに弱いと思っていたのかもしれない。辺境の若い領主、専門家ひとりと副官ひとりを連れてやっと応対——そういう見立てで来た)


 (ただ、向こうが何を言っても「急ぐのは理解した、確認する、正式な手続きで」と返す分には問題ない。別に失礼なことは言っていない)


「……承知いたしました。正式な書状をテルミス王国政務院を通じてお送りします」


「よろしくお願いします」


「なお——共同管理権の件に関しては、テルミス大国としては非常に重要な案件として捉えております。前向きなご検討をお願いいたします」


「はい、前向きに検討します」


 (前向きに検討するとは言った。合意するとは言っていない)




 ランデルが立ち上がった。


 「遠路ですが、ご回答をお待ちしております」


「ご丁寧にありがとうございました。道中お気をつけて」


「……茶は、結構なものでした」


「ありがとうございます」


 三人が廊下を歩いて行った。




 足音が遠くなった。


 マリスが息を吐いた。


「……帰りましたね」


「はい」


「「共同管理権」って言ってましたね」


「言ってましたね」


「あれ——事実上の接収ですよね」


「まあ、そうですね」


 マリスが「まあ、で片付けないでください」と言ったが、声が少し低かった。普段の叫びより、静かだった。緊張が残っているらしい。


「ライル様、断れますか」


「今は、断ってはいないです。検討すると言っただけです」


「それって——先延ばしにしただけでは」


「そうです」


「……それで大丈夫なんですか」




 ガレットが静かに言った。


「……若様のご対応は、現時点では正しいかと存じます。急ぎの合意を求めてきた場合、即答することは得策ではございません。正式な手続きを踏んでいただく、という回答は、外交上の礼を尽くしたものです」


「ガレット、正式な手続きが来たらどうするんですか」


「……それは、その時に考えることでございましょう」


「その時にどう考えればいいんですか」


 マリスがライルに向き直った。


「どうするんですか、本当に」




 (面倒くさい)


 (でも放置するともっと面倒になる。ランデルが言っていた「管理責任を問う声」というのは、向こうが動く前提で動く気があるということだ。正式な書状が来て、王都から圧力がかかれば——ヴァンダール領単独で跳ね返すのは難しい)


 (ただ——「共同管理権」を要求してきた理由が、遺跡の「古代魔法技術」への関心にあるとすれば)


 (遺跡の価値が変われば、向こうの要求の根拠も変わる)


 (核を先に止めてしまえば——魔素吸収陣が止まれば、遺跡は「稼働中の古代装置」から「停止した古代の構造物」になる。接収して何を得るのか、見えにくくなる)


「……少し考えがあります」


 俺が言った。


「考え、というのは」


「遺跡に関して、近いうちに進展があるかもしれません。それ次第で、テルミス大国の要求の中身が変わる可能性があります」


「どういう意味ですか」


「向こうが欲しいのは「動いている遺跡」だと思います。止まった遺跡なら、話が変わるかもしれない」




 マリスが「止まった遺跡」と繰り返した。


「それって——核を止めるということですか」


「はい」


 マリスが一歩足を止めた。


「でも核はまだ見つかっていないですよね」


「そうです」


「見つかるんですか」


 ライルは廊下の先を見た。


「先生が調べています」


「「先生が調べています」って——それだけですか」


「それだけです」とライルは言い、立ち止まった。「でも、先生が「明日の探索で経路を絞り込む」と言っていました」


 マリスが「だから不安なんですよ!!」と叫んだ。廊下の石壁に響いた。さっきまでの静かさが戻ってきた。




 ガレットが言った。


「……若様。先生に、現状をお伝えした方がよいかと存じます」


「そうですね。呼んでもらえますか」


「承知いたしました」




 しばらくして、先生が来た。


 書類を持って来た。今日は朝から通路の記録の見直しをしていたらしく、手が少し煤けていた。


「ランデル・コルトという使者が来ていましたが」


「え、テルミス大国の使者ですか」


「はい」


「何を言ってきましたか」


「遺跡の共同管理権を求めてきました」


 先生が少し止まった。眼鏡の奥の目が、それなりの重さで細くなった。


「……来ましたか」


「来ました。先生は予想していましたか」


「……可能性は考えていました。テルミス大国は古代技術への関心が強い。この規模の遺跡が辺境に発見されたとなれば、動くとは思っていました」


「動くのが今だったということですね」


「そうです」




 俺は少し間を置いてから聞いた。


「先生——遺跡の深部に、早く到達できますか」


 先生がすぐには答えなかった。


 マリスが息を呑んだのが聞こえた。


「……どれくらい急ぎが必要ですか」


「正式な書状がテルミス王国政務院を経由してここに届くまで——おそらく半月から一月あります。ただ、動くならそれより前の方がいい」


「今から二週間以内、ということですか」


「できれば」


 先生がしばらく手元の書類を見ていた。


 「天井の模様の解読が、あと少しのところです。中間区画の先の通路——昨日の記録で、方向の精度がかなり上がりました。ただ、核への最終的な経路は——まだ確定していません」


「確定できますか」


「……やってみます」




 先生が顔を上げた。


「ライルさん。急ぐ理由は分かりました。ただ——急いで間違えるよりは、一日かけて確認した方がいい。今日の午後にもう一度通路の記録を見直して、明日の探索で核への経路を絞り込みます。それでいいですか」


「はい、それで」


「焦る必要はないです。七百年待っていたものは、あと一日か二日でどうにかなるものではないので」


「そうですね」


「……ただ、あなたが急いでいる理由——それは正しいと思います」


 先生が珍しく、研究者の顔ではなく別の表情をした。何かを判断した人の顔だった。




 先生が出て行った。


 マリスが「先生、かっこいいですね」と小声で言った。


「はい」


「ライル様は平然としてますね」


「平然では、あまりないです」


「……え」


「面倒くさいな、とは思っています」


「思ってるじゃないですか!!」


「ただ——動く方向は決まったので、あとはやるだけです」


 マリスが「やるだけ、って言えるのがすごいですよ」と言った。




 ガレットが書類を持って来た。


「今日の使者との面会内容、まとめました。王都への確認書状の草案も作成しております」


「ありがとうございます」


「一点だけ——ドランク陛下への連絡はいかがいたしますか。テルミス大国の動きは、シュタール国にとっても無関係ではございません」


 (ガレットが、ちゃんとそこを押さえていた)


「書状を出してください。今日の使者来訪の件と、こちらの対応の方針を。詳細はまだ決まっていないので、「動きがあった」という連絡で十分です」


「承知いたしました」


「イルデ先生への連絡はガレットに任せます。先生の記録作業に必要な資料があれば、補足してください」


「承知いたしました」




 (これは急いだ方がいいやつかもしれない)


 (いや——急いだ方がいいのは分かっていた。ただ、今日の使者来訪で「どれくらい急ぐべきか」がはっきりした)


 (核を止める。それが一番早い。止めれば遺跡の「価値」が変わる。向こうが欲しいものが変わる)


 (まあ——うまくいくかどうかは、明日やってみないと分からない)




 夜、スキルを向けた。


 核の方向——真下、かなり深い場所。変わらない。


 (先生が「明日の探索で経路を絞り込む」と言った。先生がそう言うなら、できる)


 (あとはやるだけだ)


 廊下でマリスの足音がして、止まった。


「……先生、まだ書類見てます」


「そうですか」


「止めに行った方がいいですか」


「ガレットに任せてます」


「ガレットさん、さっき一緒に見てましたよ」


 (ガレットも止まらなかったか)


「では二人とも、もう少ししたら自然に止まると思います」


「……止まらなかったら?」


「その時はお願いします」


 マリスが「私が止めるんですか!!」と言いながら廊下を戻っていった。




 (テルミス大国が動いた)


 (面倒くさい。でも——放置するともっと面倒になる。これはそういう話だ)


 (先生に聞いた。核に早く到達できますか、と。先生は「やってみます」と言った)


 (まあ——なんとかなるか)


 声には出さなかった。


 出さなくても、廊下でマリスの足音がして、止まった。


「……また「なんとかなる」って思ってますか」


「思ってます」


「……そうですね。そう思えるなら、大丈夫かもしれないですね」


 足音が遠くなった。



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