実は調べてた
朝食の前に、ガレットが執務室に来た。
「先生が、ご報告したいことがあるとおっしゃっています」
「分かりました。先生は」
「書類を持って廊下にいらっしゃいます」
(廊下にいるなら呼んでください、と言いかけて止めた)
(先生のペースで来た方が早い)
「こちらへどうぞ、と伝えてください」
先生が書類を抱えて入ってきた。昨日ドランク王が持参した地形図と、ラングフォードの図面と、先生自身が書いた比較の記録が重ねられている。
「昨夜、確認が取れました」
「何が分かりましたか」
「シュタール国北部の遺構と、ラングフォードの遺構——接続しています」
(接続)
「繋がっている、ということですか」
「設計の法則が一致します。渦紋の配置角度、区画の寸法比率、通路の傾斜角——全部同じ系統です。別々に作ったものではなく、同じ時代に同じ設計で作られた一体の構造です。山脈の地下全体に広がっている可能性が高い」
ガレットが静かに言った。
「……父の記録にも、同様の記述があります」
「ガレットの父の記録に?」
「以前も少し触れましたが——父が直接記した台帳の中に、この山脈の地下に関する項目がございます。「連絡路」という言葉と、いくつかの図案が。父自身も、何者かから資料を受け取ったと書いていました」
先生が「見せていただけますか」と言った。ガレットが「少々お待ちください」と言って出て行った。
(連絡路)
(ガレットの父が持っていた資料。それがドランク王の書庫の文書と同じ系統にあるとすれば)
「先生、シュタール国の書庫の資料を見た感じで——ドランク王はどれくらい詳しいと思いましたか」
先生が少し考えた。
「詳しい、というより——目の付け所が研究者に近いです。「核」「吸収陣」という言葉を使ったのも、文献から来ている言葉です。一般的に広まっている語ではない」
「学術書を読んでいる」
「少なくとも、何らかの専門的な資料にアクセスしている人物です」
ガレットが台帳を持って戻ってきた。
先生が受け取り、ページをめくった。しばらくして、止まった。
「……これは」
「何ですか」
「図案が一致します。入口の渦紋の配置——これは実物を見なければ描けない図です。ガレットさんのお父様は、実際に遺構に入ったことがありますか」
「……詳細は分かりません。ただ、父が「知っている人間がいる」と書いた部分があります。誰かから直接教わった、と」
(知っている人間がいる)
マリスが廊下から顔を出した。
「おはようございます。何か分かりましたか」
「両国の遺構が接続していることが分かりました」
「え——じゃあ、シュタール国と繋がってるということですか」
「設計上は、そうなります」
マリスが「それって」と少し考えた。
「……ドランク王が昨日「以前から調べていた」って言ってたのって——最初からそれを知ってたってことですか?」
(マリスが核心に触れた)
「可能性はあります」
「可能性って——じゃあ毎月来てたのも、もしかして——」
ガレットが静かに言った。
「……陛下は昨日、館の南側の宿に一泊されるとのことでした。今朝、また来られる予定と伺っております」
マリスが「え」と言った。
「今日も来るんですか」
「はい。昨日の地形図について、先生と追加で確認したい点があるとのことで——使者を通じてご連絡が」
(来るなら話が早い)
「分かりました。来てもらいましょう」
午前、ドランク王が来た。
昨日より礼装が軽い。移動用の服装だ。
「また来た」
「先月ほどの間隔ではないですね」
「昨日の地形図について、先生に確認したいことがあった」
「こちらへどうぞ」
応接室に茶が出た。
ドランク王が茶を一口飲んだ。
「この茶は」
「変わっていません」
「……そうか」
(今日も確認した)
先生が地形図を広げた。
「一つ確認させてください。この調査地点——深さの記録がありますが、感知した者はどのような方法を使いましたか」
「水脈探査の専門家だ。感知系の魔法を持つ者を三人使った」
「三人とも同じ結果が出ましたか」
「ほぼ一致していた。深さだけ多少の差がある」
「それは許容範囲内です。感知の精度としては十分です」
二人の話が続いた。
(俺はその間、茶を飲んだ)
(今日は別の話もある、と思っていた)
話が一段落したところで、マリスが「あの」と言った。
ドランク王が「何だ」と言った。
「一つ聞いてもいいですか」
「聞け」
「陛下が毎月ここに来ていたのって——最初から、遺跡が目的でしたか」
(直球だ)
(マリスらしい)
ドランク王が少し間を置いた。
沈黙が続いた。
「……茶も飲みたかった」
「だから毎月来てたんですか!!」
マリスが叫んだ。
「茶のついでに遺跡調査をしていたということですか!! それとも遺跡調査のついでに茶を飲んでいたということですか!!」
「……どちらも」
「どちらも!!」
(ドランク王が「どちらも」と言った)
(嘘ではないと思う。この人は回りくどいことを言うが、嘘はつかない印象がある)
「陛下」
俺が言った。
「ヴァンダール卿」
「整理させてください。陛下はシュタール国の地下問題を、いつから知っていましたか」
「……十二年前だ。北部の村々で作物が育たなくなった頃から、調べ始めた」
「十二年前に何を調べましたか」
「地下の水脈。それと——古い記録。宮廷の書庫にある、建国より前の文書だ」
「その文書に、遺構についての記述が」
「あった。ただ、場所が特定できなかった。規模も分からなかった」
「ラングフォードが回復した時——何かが変わりましたか」
ドランク王が少し止まった。
「……変わった。シュタール国北部の地下の感知結果が、一時的に変動した。水路が通じた直後のことだ」
(水路が通じた直後)
(ラングフォードの水路開通は三年前。その時、シュタール国の地下の感知結果が変わった——魔素の流れが変化したのか)
「それで、来るようになった」
「ラングフォードが回復した理由が分かれば、シュタール国の問題も手がかりになると考えた。ただ——当初は遺構があるとは確信していなかった」
「調べながら来ていた」
「……そうだ」
マリスが「それって」と言った。
「毎月来ていた理由が——ずっと調査だったということですか」
「茶も」
「茶のことは分かりました!! 茶のことは分かりましたけど!!」
ドランク王がわずかに表情を和らげた。
「副官が正直でよろしい」
「今日はそれで返せないですよ!! 陛下が隠していたことが判明した後に「副官が正直でよろしい」って言うのは順番が逆じゃないですか!!」
「……そうかもしれない」
ドランク王が珍しく認めた。
(珍しい)
(この人が「そうかもしれない」と言うのは、相当珍しい)
「陛下」
「ヴァンダール卿」
「隠していたわけではないと思っています」
「……そうだ。確証がなかった。遺構があるかどうかも分からない段階で、「調査に来た」と言えば目的が変わる。ただ茶を飲みながら農業の話をしつつ、情報を得ていた」
「それは有効な方法でした」
「……」
「怒ってはいません。同じ問題を抱えているなら、協力した方が効率的です。情報が集まる方がいい」
(怒る理由がない、というのが正直なところだ)
(ドランク王が遺跡を調べていたとして、それはこちらにとっても役に立つ情報だった。方向性は同じだ)
マリスが「怒らないんですか」と言った。
「怒る理由がないです」
「あるでしょう! 毎月来てた理由が隠されてたんですよ!?」
「茶も飲んでいたので嘘ではないです」
「そこを擁護するんですか!!」
ガレットが静かに言った。
「……若様のご判断は正しいかと存じます。陛下のご来訪が続いていたことで、我々も情報を得ていました。お互い様、という側面がございます」
「ガレットさんもそっち側なんですか!!」
マリスが叫んだ。
ドランク王が、もう一口茶を飲んだ。
「では——今後は、明示的に協力する形にしましょう」
俺が言った。
「先生とドランク王の書庫資料の比較。シュタール国の遺構の現地調査が可能かどうかの確認。こちらの探索が進んだ場合の情報共有」
「それで構わない」
「ガレット、記録しておいてください」
「承知いたしました」
先生が「あの」と手を上げた。
「シュタール国の遺構に現地調査に行けますか」
「……来月か再来月には手配できる」
「行けます! いつでも行けます!」
マリスが「先生!」と言った。先生が「あ、すみません」と言った。
「一応確認してから動きます」と俺が言った。
「……熱心だな」とドランク王が言った。
「研究者ですので」と俺が言った。
「……そうだな」とドランク王が言った。
ドランク王が立ち上がった。
「今日の話は、書状に記しておく。先生への連絡も、ガレット殿を通じてでいいか」
「はい。お願いします」
「次来た時には、書庫の資料を持ってくる」
「ありがとうございます」
「……茶は、次も同じものか」
「仕入れ先が変わらなければ」
「……そうか」
廊下でマリスが「陛下、一つだけ」と言った。
「何だ」
「最初から言えばよかったと思いませんでしたか」
「……」
ドランク王が少し間を置いた。
「茶が、旨かった」
「それは答えになってません!!」
ドランク王が廊下を歩いて行った。
マリスが戻ってきた。
「……なんか、やられましたね」
「まあ」
「毎月来てたのが遺跡調査のためだったって、そうだとは思ってませんでした」
「「以前から調べていた」と言っていたので、何かあるとは思っていました」
「え、気づいてたんですか」
「確証はなかったです。だから今日聞いてもらってよかったです」
「私が聞いたんですけど——そういうつもりで言ったんですか」
「まあ」
マリスが「まあ、じゃないですよ」と言った。
(ドランク王が「どちらも」と言った)
(茶も飲みたかった。遺跡も調べたかった。どちらも本当だろう)
(嘘をつかない代わりに、全部は言わない——そういう人だと思っていた。来てもらった方が情報が入る、という判断は変わらない)
ガレットが記録を持って来た。
「今日の確認事項をまとめました。陛下への書状の草案も」
「ありがとうございます」
「一点だけ——父の台帳について、陛下にお見せしてもよいでしょうか。「連絡路」の図案が一致しているとすれば、出所を確認したい」
「どうぞ」
「……承知いたしました。次回の面会で確認いたします」
ガレットが少し間を置いた。
「……若様」
「はい」
「父の記録に、この件が記されていた理由が——気になっています」
「気になったら調べてください。何か分かったら教えてもらえますか」
「……はい」
(ガレットの父と、ドランク王の書庫と、七百年前の遺跡が繋がっている)
(何かが解けてくる感触がある——ただ、まだ見えていない)
(見えていない間は、やれることをやる。明日また遺跡に入る)
夜、スキルを向けた。
核の方向——真下。変わらない。
(シュタール国の遺構も同じ設計だとすれば、向こうにも核がある。この山脈の地下に、複数の核があることになる)
(規模が、どんどん変わる)
(まあ、一つずつだ)
廊下でマリスの足音がして、止まった。
「……今日も「一つずつ」って思ってますか」
「思ってます」
「それは正しいと思いますけど——なんか、どんどん大きくなってますね」
「まあ」
「まあ、で片付けないでください」
「まあ、でいいんですよ。まあじゃないと、やっていけない」
マリスが少し間を置いた。
「……それは、そうかもしれないですね」
「はい」
「……お疲れさまです」
「まあ、そうですね」




