ドランク、また来た
探索の二日目は、中間区画の先まで進んだ。
下り勾配の通路。足元の石が変わり、空気がさらに重くなった。スキルで感知しながら進むと、引き付けられる方向がよりはっきりした。真下——ここからさらに下だ。
先生が天井を見ていた。
「模様が変化しています。中間区画の天井とは違う組み合わせです」
「読めますか」
「……まだです。ただ、設計に一貫性があります。読み方さえ分かれば」
「分かったら教えてください」
「はい」
(先生はまだ諦めていない。それでいい)
一時間ほど進んで引き返した。今日の成果は「通路が続いている」という確認と、先生の観察記録だ。昨日より少し多い。
館に戻ったのは昼前だった。
執務室に入ると、ガレットがいた。
「お戻りでございますか。午後三時ごろのご到着見込みでございます」
「分かりました。先生は部屋に戻られますか」
「観察記録の整理をするとおっしゃっていました」
「ご本人が決めることなので、止めなくていいです」
「承知いたしました。ただ——昼食の前に一度止めに参ります」
(ガレットが先生の食事管理を引き受けてくれている。ありがたい)
マリスが廊下から走り込んできた。
「今日来るんですよね、ドランク王!!」
「来ます」
「今日探索もして、午後ドランク王も来て——忙しいですね!!」
「順番にやれば問題ないです」
「順番でもやること多くないですか!!」
「まあ」
マリスが「まあ、じゃないですよ」と言いながら戻っていった。
(来るものは来る。順番にやるだけだ)
午後、馬車が来た。
門からの案内手順はガレットに任せてある。俺は応接室で待っていた。
廊下を走ってくる足音がした。マリスだ。来訪のたびに走ってくる。なぜ走るのかは分からないが、毎回そうなっている。
ドランク王が入ってきた。四十代後半、体格のいい人物。シュタール国王の礼装を着ていたが、この館でそれを見るのはもう何度目か。
「……また来た」
「先月も来ています」
「知っている」
沈黙が数秒続いた。
(毎度のやり取りだ)
ガレットが茶を用意した。
ドランク王が茶を一口飲んだ。
少し間があった。
「この茶は変わらないな」
「仕入れ先が変わっていないので」
「……いい茶だ」
マリスが隅で「また茶から入った」と小声で言った。聞こえていたと思うが、ドランク王は気にしなかった。
(この人は毎回まず茶を確認する。茶が変わっていないことを確認してから本題に入る。それが型になっている)
「用件を聞かせてもらえますか」
俺が言った。
ドランク王は茶の杯を卓に置いた。
「書状に書いた通り——伝えたいことがある」
「はい」
「シュタール国の北部三か村の話は、以前したことがある」
「土壌が枯れている、という話ですね」
「そうだ。あの三か村では、十年ほど前から作物が育たなくなった。水路を改修しても変わらない。私がここに来るようになったのも、ラングフォードの方法を参考にしたかったためだ——それは以前話した通りだ」
「はい」
「ただ」
ドランク王が少し前に身を乗り出した。
「先月から、あの村々の地下を改めて調べさせた。感知のできる者を使って、専門的な道具を用いて、地面の下を確認した。すると——」
「何か出ましたか」
「地面の下に、大きなものがある。空洞ではない。何かが詰まっている——人工のものだ、という報告が上がった」
(これは)
(ラングフォードと、同じ話だ)
俺は少し考えた。
ラングフォードの地下に遺跡がある。シュタール国の北部にも同様の何かがある可能性が出てきた。この山脈の地下に、複数の構造物がある——
(考えるのは後でいい。まず情報を確認する)
「記録はお持ちですか」
「持参した」
ドランク王が懐から書類を取り出した。ガレットが受け取り、俺の前に広げた。
シュタール国北部の地形図に、調査地点と感知の結果が書き込まれている。方向と、おおまかな深さ。複数地点の記録。
方向は——南東だ。
(ラングフォードの遺跡と山脈を挟んで向かい合う位置に、似た反応がある)
「先月来られた時には、この調査のことを」
「確証がなかった。今月の調査結果が出て、可能性が高くなったため来た」
「分かりました」
(確証が出た段階で来た、ということか。書状の「伝えたいことがある」という文言も、そういうことか)
「今ここに、古代魔法の研究者がいます。呼んでもいいですか」
ドランク王の表情がわずかに変わった。
「古代魔法の、研究者?」
「三日前に来ていただきました。遺跡の調査のために、王都から呼んだ専門家です」
「いつから遺跡があると」
「発見は先月です。今月に入ってから本格的な探索を始めました」
「先月——」
ドランク王が少し間を置いた。
「……そうか。呼んでくれ」
マリスがイルデ先生を呼びに行った。
先生が入ってきた。今日は荷物を持っていない。代わりに小さな紙束を持っていた——昨日の観察記録だろう。
「ドランク陛下、初めてお目にかかります。イルデ・マルクと申します。王都学術院で古代言語と魔法構造を専門にしております。著作は三冊」
「著作まで言うんですか」
マリスが言った。先生が「あ」と言った。
「……すみません。習慣で」
ドランク王が少し目を細めた。笑ったわけではないが、険が和らいだ。
「学術院の研究者か。王都では何を調べていた」
「主に古代文明の記録と、現存する構造物の解析です。この地域の遺構は七百年前のマルフ王国のものと見ています」
「マルフ王国」
「はい。この山脈一帯に複数の構造物を残した文明です。ラングフォードの遺跡もその系統の可能性が高い——それが確認できれば、陛下のお国の地下にあるものとの比較ができます」
ドランク王が少し前を向いた。
「同系統だとして、何が分かる」
「同じ設計思想で作られたなら、一方の発見がもう一方の解析に使えます。ラングフォードで核の位置が分かれば、シュタール国の遺構でも同じ構造を探せる可能性があります」
「逆も然りだ」
「はい。陛下のお国の書庫に古い文書があれば——特にマルフ王国時代の地形記録や建設記録があれば、読み合わせができます」
ドランク王が少し考えてから言った。
「……書庫にある。古い文書は、整理されていないものも含めてかなりの量が残っている」
先生の目が輝いた。
「確認させていただけますか!」
「次来る時に、持参できるものを持ってくる」
「ありがとうございます! マルフ王国の一次資料はほとんど残っていないので——もし当時の記録が残っているとすれば、学術的にも大きな発見になります」
(先生が完全に研究モードになった)
(この二人の話は任せておける)
俺は茶を一口飲んだ。マリスが隣に来て小声で「先生とドランク王が話してますね」と言った。
「そうですね」
「ライル様はいいんですか」
「進んでいれば問題ないです」
「……それはそうですね」
先生とドランク王の話はしばらく続いた。
書庫の規模。いつ頃の文書があるか。調査できる人員はいるか。ラングフォードとシュタール国で情報を共有する手順はどうするか。
先生が提案し、ドランク王が答え、ガレットが記録した。
(ガレットが自然に記録係に入っている。分かっていた)
(この形でいい。俺が口を挟む必要はない)
一段落して、ドランク王が立ち上がった。
「今日はここまでにする。書庫の整理を改めて指示する必要がある」
「ありがとうございました」
「先生のことは——また次来た時に詳しく話したい。資料を持参する」
「先生が喜びます」
「……そうだな」
ドランク王が先生の方を見た。先生はまだ自分の紙束を見ていた。ガレットとの話が続いているらしい。
「熱心だな」
「そういう方なので」
「……それはいい」
廊下を歩き始めたところで、ドランク王が俺の方を向いた。
「一つ、頼みがある」
「はい」
「核を見つけたら——知らせてもらえないか」
(核)
(その言葉を使った)
「……核、というのは」
「地下の中心にあるもの。魔素の吸収陣の——要になる部分だ」
(吸収陣、という言葉も使った)
(核。吸収陣。この二つを俺が初めて聞いたのは、先生から、三日前だ。一般に広まっている言葉ではない——少なくとも俺はそれまで知らなかった)
(ドランク王はどこで知った言葉なのか)
「……承知しました。見つかったら共有します」
「頼む」
(今聞くか、と一瞬考えた)
(いや、今ではない。聞いても「以前から気になっていた」で返ってくるだけだ)
(来月でいい。来月には、もう少し状況が変わっているだろう)
廊下でマリスが「陛下、一つ聞いてもいいですか」と言った。
「何だ」
「核とか、吸収陣とか——どこでご存知でしたか」
ドランク王が少し間を置いた。
「……以前から、調べていた」
「調べていた、というのは——」
「副官が正直でよろしい」
「それで返せると思わないでください!!」
マリスが叫んだ。廊下の石壁に声が響いた。
ドランク王がわずかに口の端を上げた。それだけだった。
(この人は毎回同じことを言う。マリスは毎回同じように叫ぶ。そしてドランク王は毎回、わずかだけ笑う)
(変わらないな、と思う。それが悪いとも思わない)
「来月も来ていいか」
「どうぞ」
「次来る時には、書庫の資料を整理して持参する」
「先生が喜びます」
「……先生は、次来た時もここにいるか」
「分かりません。先生のご都合次第ですが——遺跡の調査が続く間はいると思います」
「そうか」
ドランク王が歩き始めた。
(何かを確認するような聞き方だった。先生がここにいる間に来る、という算段があるのか)
(どちらとも取れる)
馬車が出て行った。
マリスが戻ってきた。
「帰りましたね」
「はい」
「核って言ってましたね」
「言ってました」
「吸収陣も言ってました」
「はい」
「それ——どこで知ったんでしょうね、陛下」
「分かりません」
マリスが少し考えた。
「以前から調べていた、というのは——毎月来てたの、もしかして……」
「まあ」
「まあ、じゃないですよ!!」
「来月また聞けますから」
「……そうですね。でも、来月もはぐらかされそうです」
「まあ」
「ライル様!!」
先生がガレットと書類を広げていた。ドランク王が持参した地形図と、ガレットの手元にあるラングフォードの図面を並べて見ている。
「……山脈の稜線を基準にすると——ここからここの範囲が、同じ地質帯に当たります。もしそこに同系統の遺構があれば、設計の法則が使えます」
「その場合、シュタール国側に何か記録が残っていれば」
「記録と現地が合えば——七百年前の空白の時代に何があったか、もう少し見えてくるかもしれません」
(二人で進んでいる。このまま任せておいていい)
(先生にとっては、ドランク王の書庫が新しい資料の出所になる。良いことだ)
夜、スキルを向けた。
遺跡はそこにあった。核の方向——真下、かなり深い場所。昨日と変わらない。
(シュタール国の北部にも同じものがあるとすれば)
(この山脈の地下に、複数の遺構が存在する可能性がある)
(ラングフォードだけの問題ではなくなる。規模が違う話になる)
(ただ、今やれることは変わらない——核を見つけること)
(それが終われば、次が見えてくる)
廊下でマリスの足音がした。止まった。
「先生、まだ図面見てますよ。ガレットさんも」
「そうですか」
「ガレットさん、珍しく「これは……」って声が出てました」
「どういう意味ですか」
「ドランク王が持ってきた資料が、思ったより詳しかったみたいです。「父の代の記録にも似たような……」って言いかけてました」
(ガレットの父の記録)
(以前も、父から受け取った地下の図面という話が出ていた)
(繋がってくる、のかもしれない)
「先生が夜遅くまで作業しているようなら止めてください」
「は、はい!! でも、あの二人を私だけで止めるのは大変なんですよ!!」
「マリスなら大丈夫です」
「なんの根拠で!!」
(マリスが心配しているのは止められるかどうかではなく、俺が気にかけているかどうかだと思う)
(気にかけている。だから任せている)
(ドランク王が「核」と言った)
(調べていた、と言った。以前から、気になっていた、と言った)
(毎月ここに来ていた理由が——もしかすれば、茶だけではないのかもしれない)
(来月、もう少し聞ける話になっているだろう)
「まあ、一つずつだ」
声に出したつもりではなかった。
廊下のマリスが「それ今日も言ってましたよ」と言いながら通り過ぎた。
(聞こえていたか)
(まあ、それでいい)




