表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/53

ドランク、また来た

 探索の二日目は、中間区画の先まで進んだ。


 下り勾配の通路。足元の石が変わり、空気がさらに重くなった。スキルで感知しながら進むと、引き付けられる方向がよりはっきりした。真下——ここからさらに下だ。


 先生が天井を見ていた。


「模様が変化しています。中間区画の天井とは違う組み合わせです」


「読めますか」


「……まだです。ただ、設計に一貫性があります。読み方さえ分かれば」


「分かったら教えてください」


「はい」


 (先生はまだ諦めていない。それでいい)


 一時間ほど進んで引き返した。今日の成果は「通路が続いている」という確認と、先生の観察記録だ。昨日より少し多い。




 館に戻ったのは昼前だった。


 執務室に入ると、ガレットがいた。


「お戻りでございますか。午後三時ごろのご到着見込みでございます」


「分かりました。先生は部屋に戻られますか」


「観察記録の整理をするとおっしゃっていました」


「ご本人が決めることなので、止めなくていいです」


「承知いたしました。ただ——昼食の前に一度止めに参ります」


 (ガレットが先生の食事管理を引き受けてくれている。ありがたい)




 マリスが廊下から走り込んできた。


「今日来るんですよね、ドランク王!!」


「来ます」


「今日探索もして、午後ドランク王も来て——忙しいですね!!」


「順番にやれば問題ないです」


「順番でもやること多くないですか!!」


「まあ」


 マリスが「まあ、じゃないですよ」と言いながら戻っていった。


 (来るものは来る。順番にやるだけだ)




 午後、馬車が来た。


 門からの案内手順はガレットに任せてある。俺は応接室で待っていた。


 廊下を走ってくる足音がした。マリスだ。来訪のたびに走ってくる。なぜ走るのかは分からないが、毎回そうなっている。


 ドランク王が入ってきた。四十代後半、体格のいい人物。シュタール国王の礼装を着ていたが、この館でそれを見るのはもう何度目か。


「……また来た」


「先月も来ています」


「知っている」


 沈黙が数秒続いた。


 (毎度のやり取りだ)


 ガレットが茶を用意した。




 ドランク王が茶を一口飲んだ。


 少し間があった。


「この茶は変わらないな」


「仕入れ先が変わっていないので」


「……いい茶だ」


 マリスが隅で「また茶から入った」と小声で言った。聞こえていたと思うが、ドランク王は気にしなかった。


 (この人は毎回まず茶を確認する。茶が変わっていないことを確認してから本題に入る。それが型になっている)


「用件を聞かせてもらえますか」


 俺が言った。


 ドランク王は茶の杯を卓に置いた。


「書状に書いた通り——伝えたいことがある」


「はい」


「シュタール国の北部三か村の話は、以前したことがある」


「土壌が枯れている、という話ですね」


「そうだ。あの三か村では、十年ほど前から作物が育たなくなった。水路を改修しても変わらない。私がここに来るようになったのも、ラングフォードの方法を参考にしたかったためだ——それは以前話した通りだ」


「はい」


「ただ」


 ドランク王が少し前に身を乗り出した。


「先月から、あの村々の地下を改めて調べさせた。感知のできる者を使って、専門的な道具を用いて、地面の下を確認した。すると——」


「何か出ましたか」


「地面の下に、大きなものがある。空洞ではない。何かが詰まっている——人工のものだ、という報告が上がった」


 (これは)


 (ラングフォードと、同じ話だ)




 俺は少し考えた。


 ラングフォードの地下に遺跡がある。シュタール国の北部にも同様の何かがある可能性が出てきた。この山脈の地下に、複数の構造物がある——


 (考えるのは後でいい。まず情報を確認する)


「記録はお持ちですか」


「持参した」


 ドランク王が懐から書類を取り出した。ガレットが受け取り、俺の前に広げた。


 シュタール国北部の地形図に、調査地点と感知の結果が書き込まれている。方向と、おおまかな深さ。複数地点の記録。


 方向は——南東だ。


 (ラングフォードの遺跡と山脈を挟んで向かい合う位置に、似た反応がある)


「先月来られた時には、この調査のことを」


「確証がなかった。今月の調査結果が出て、可能性が高くなったため来た」


「分かりました」


 (確証が出た段階で来た、ということか。書状の「伝えたいことがある」という文言も、そういうことか)


「今ここに、古代魔法の研究者がいます。呼んでもいいですか」


 ドランク王の表情がわずかに変わった。


「古代魔法の、研究者?」


「三日前に来ていただきました。遺跡の調査のために、王都から呼んだ専門家です」


「いつから遺跡があると」


「発見は先月です。今月に入ってから本格的な探索を始めました」


「先月——」


 ドランク王が少し間を置いた。


「……そうか。呼んでくれ」




 マリスがイルデ先生を呼びに行った。


 先生が入ってきた。今日は荷物を持っていない。代わりに小さな紙束を持っていた——昨日の観察記録だろう。


「ドランク陛下、初めてお目にかかります。イルデ・マルクと申します。王都学術院で古代言語と魔法構造を専門にしております。著作は三冊」


「著作まで言うんですか」


 マリスが言った。先生が「あ」と言った。


「……すみません。習慣で」


 ドランク王が少し目を細めた。笑ったわけではないが、険が和らいだ。


「学術院の研究者か。王都では何を調べていた」


「主に古代文明の記録と、現存する構造物の解析です。この地域の遺構は七百年前のマルフ王国のものと見ています」


「マルフ王国」


「はい。この山脈一帯に複数の構造物を残した文明です。ラングフォードの遺跡もその系統の可能性が高い——それが確認できれば、陛下のお国の地下にあるものとの比較ができます」


 ドランク王が少し前を向いた。


「同系統だとして、何が分かる」


「同じ設計思想で作られたなら、一方の発見がもう一方の解析に使えます。ラングフォードで核の位置が分かれば、シュタール国の遺構でも同じ構造を探せる可能性があります」


「逆も然りだ」


「はい。陛下のお国の書庫に古い文書があれば——特にマルフ王国時代の地形記録や建設記録があれば、読み合わせができます」


 ドランク王が少し考えてから言った。


「……書庫にある。古い文書は、整理されていないものも含めてかなりの量が残っている」


 先生の目が輝いた。


「確認させていただけますか!」


「次来る時に、持参できるものを持ってくる」


「ありがとうございます! マルフ王国の一次資料はほとんど残っていないので——もし当時の記録が残っているとすれば、学術的にも大きな発見になります」


 (先生が完全に研究モードになった)


 (この二人の話は任せておける)


 俺は茶を一口飲んだ。マリスが隣に来て小声で「先生とドランク王が話してますね」と言った。


「そうですね」


「ライル様はいいんですか」


「進んでいれば問題ないです」


「……それはそうですね」




 先生とドランク王の話はしばらく続いた。


 書庫の規模。いつ頃の文書があるか。調査できる人員はいるか。ラングフォードとシュタール国で情報を共有する手順はどうするか。


 先生が提案し、ドランク王が答え、ガレットが記録した。


 (ガレットが自然に記録係に入っている。分かっていた)


 (この形でいい。俺が口を挟む必要はない)




 一段落して、ドランク王が立ち上がった。


「今日はここまでにする。書庫の整理を改めて指示する必要がある」


「ありがとうございました」


「先生のことは——また次来た時に詳しく話したい。資料を持参する」


「先生が喜びます」


「……そうだな」


 ドランク王が先生の方を見た。先生はまだ自分の紙束を見ていた。ガレットとの話が続いているらしい。


「熱心だな」


「そういう方なので」


「……それはいい」




 廊下を歩き始めたところで、ドランク王が俺の方を向いた。


「一つ、頼みがある」


「はい」


「核を見つけたら——知らせてもらえないか」


 (核)


 (その言葉を使った)


「……核、というのは」


「地下の中心にあるもの。魔素の吸収陣の——要になる部分だ」


 (吸収陣、という言葉も使った)


 (核。吸収陣。この二つを俺が初めて聞いたのは、先生から、三日前だ。一般に広まっている言葉ではない——少なくとも俺はそれまで知らなかった)


 (ドランク王はどこで知った言葉なのか)


「……承知しました。見つかったら共有します」


「頼む」


 (今聞くか、と一瞬考えた)


 (いや、今ではない。聞いても「以前から気になっていた」で返ってくるだけだ)


 (来月でいい。来月には、もう少し状況が変わっているだろう)




 廊下でマリスが「陛下、一つ聞いてもいいですか」と言った。


「何だ」


「核とか、吸収陣とか——どこでご存知でしたか」


 ドランク王が少し間を置いた。


「……以前から、調べていた」


「調べていた、というのは——」


「副官が正直でよろしい」


「それで返せると思わないでください!!」


 マリスが叫んだ。廊下の石壁に声が響いた。


 ドランク王がわずかに口の端を上げた。それだけだった。


 (この人は毎回同じことを言う。マリスは毎回同じように叫ぶ。そしてドランク王は毎回、わずかだけ笑う)


 (変わらないな、と思う。それが悪いとも思わない)




「来月も来ていいか」


「どうぞ」


「次来る時には、書庫の資料を整理して持参する」


「先生が喜びます」


「……先生は、次来た時もここにいるか」


「分かりません。先生のご都合次第ですが——遺跡の調査が続く間はいると思います」


「そうか」


 ドランク王が歩き始めた。


 (何かを確認するような聞き方だった。先生がここにいる間に来る、という算段があるのか)


 (どちらとも取れる)




 馬車が出て行った。


 マリスが戻ってきた。


「帰りましたね」


「はい」


「核って言ってましたね」


「言ってました」


「吸収陣も言ってました」


「はい」


「それ——どこで知ったんでしょうね、陛下」


「分かりません」


 マリスが少し考えた。


「以前から調べていた、というのは——毎月来てたの、もしかして……」


「まあ」


「まあ、じゃないですよ!!」


「来月また聞けますから」


「……そうですね。でも、来月もはぐらかされそうです」


「まあ」


「ライル様!!」




 先生がガレットと書類を広げていた。ドランク王が持参した地形図と、ガレットの手元にあるラングフォードの図面を並べて見ている。


「……山脈の稜線を基準にすると——ここからここの範囲が、同じ地質帯に当たります。もしそこに同系統の遺構があれば、設計の法則が使えます」


「その場合、シュタール国側に何か記録が残っていれば」


「記録と現地が合えば——七百年前の空白の時代に何があったか、もう少し見えてくるかもしれません」


 (二人で進んでいる。このまま任せておいていい)


 (先生にとっては、ドランク王の書庫が新しい資料の出所になる。良いことだ)




 夜、スキルを向けた。


 遺跡はそこにあった。核の方向——真下、かなり深い場所。昨日と変わらない。


 (シュタール国の北部にも同じものがあるとすれば)


 (この山脈の地下に、複数の遺構が存在する可能性がある)


 (ラングフォードだけの問題ではなくなる。規模が違う話になる)


 (ただ、今やれることは変わらない——核を見つけること)


 (それが終われば、次が見えてくる)




 廊下でマリスの足音がした。止まった。


「先生、まだ図面見てますよ。ガレットさんも」


「そうですか」


「ガレットさん、珍しく「これは……」って声が出てました」


「どういう意味ですか」


「ドランク王が持ってきた資料が、思ったより詳しかったみたいです。「父の代の記録にも似たような……」って言いかけてました」


 (ガレットの父の記録)


 (以前も、父から受け取った地下の図面という話が出ていた)


 (繋がってくる、のかもしれない)


「先生が夜遅くまで作業しているようなら止めてください」


「は、はい!! でも、あの二人を私だけで止めるのは大変なんですよ!!」


「マリスなら大丈夫です」


「なんの根拠で!!」


 (マリスが心配しているのは止められるかどうかではなく、俺が気にかけているかどうかだと思う)


 (気にかけている。だから任せている)




 (ドランク王が「核」と言った)


 (調べていた、と言った。以前から、気になっていた、と言った)


 (毎月ここに来ていた理由が——もしかすれば、茶だけではないのかもしれない)


 (来月、もう少し聞ける話になっているだろう)




「まあ、一つずつだ」


 声に出したつもりではなかった。


 廊下のマリスが「それ今日も言ってましたよ」と言いながら通り過ぎた。


 (聞こえていたか)


 (まあ、それでいい)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ